Secret 15
「類、悪いな、突然」
「あきらって暇なんだね」
人の顔を見るなり憐れむ目でしみじみと言うな!
「バカヤロー、俺だって暇じゃねぇよ!」
アポなしで来たのは確かに申し訳ない。だが、これがジッとしていられるか!
その原因となった週刊誌を手に持つ俺は、それを類の前にグイッと差し出した。
「類、これもう見たか?」
「うん。朝からテレビでも派手に報道してるしね」
「司は何やってんだよ。牧野大丈夫か? そもそもどう思うよ、この写真」
「出るはずない写真でしょ、普通なら」
「……出るはずない?」
司と司の母親に、滋と滋の両親。大企業のトップの両家が顔を突き合わせた会食シーンの写真が、今朝マスコミに流れた。
「司、今日帰国するんでしょ?」
俺の疑問をサラリと流した類は、この場では答えを言うつもりがないのか。どっちにしろ今夜は場を設け、司を交えてじっくり話を聞こうと思っていた俺は、類にも約束を取り付ける。
「あぁ、類も今夜空けとけ。もうすぐ司も戻ってくる頃だろうから、ちょっと行って捕まえてくる」
「司だって忙しいだろうに、電話すれば済む話じゃない?……やっぱり、あきら暇なんだ」
「ふざけんな、ダチ思いなんだ!」
直接顔を見れば分かることもあんだろうが。夜まで待つにはまだ時間があり過ぎる。親友が窮地に陥ってないか、ひと目見て安心出来る材料が欲しいんだよ、俺は。
類の失礼な物言いにも挫けず「また夜にな」と場を後にすると、ダチ思いの俺は、早速車に乗り込むなり司と連絡を取った。
司は、空港から社に戻っている途中らしく、奴の執務室で待つよう言われた俺は、指示通り司の会社へ乗り込み待ち詫びること30分。
秘書の滋を引き連れ戻って来た司と、漸く合流出来た。
「よう、司。お疲れさん」
「おぅ、待たせたな。にしてもお前、暇なのか?」
お前までそれかよ!
今日二度目の言葉にムッとし、噛み付いてやろうかと思ったものの、類のところにも寄って来たなんて滋に知られたら、余計なことを勘繰られそうだ。
仕方なく反論は腹立たしさと一緒に呑み込んだ。
「暇じゃねぇけどな、近くまで来たから挨拶がてら顔見に来てやったんだ。それに今夜久々に飲まないかと思ってな。今日は、牧野も居ないんだろ?」
「何で知ってんだよ。てめぇ、つくしと連絡取ってんじゃねぇだろうな?」
仮に取ってたとしてもいいだろうが。自由自在に青筋を操ってダチを威嚇すんな。
「桜子だよ、桜子から聞いたんだ」
「そうか」
「ちょっと、あきら君。今、NYから戻って来たばっかなんだよ? 司は疲れてるんだから、飲みに行くならまた別の日にすればいいじゃない」
俺達の会話を傍で聞いてた滋が口を挟む。
例えば、俺の女性秘書が同じような状況で、同じように口出したらと考える。
…………うん、完全にアウトだな。
秘書が口を出して良いどころか、仕事の範疇を超えた余計なお世話。そんなことをうちの女性秘書がしたとしたら、恋人気取りか、と内心思いつつ、女性を傷付けるのを本意としない俺は、優しく嗜めるに留めるだろう自分を想像し、肩を竦めた。
「滋、一応これでも客だ。先ずは茶を出すのが先だろ。コーヒー持ってきてくれ」
滋に余計な口を利かせないためか、珍しく真っ当な指南で、秘書を逸脱した滋の先を封じた司。
俺を『これでも』で片付けたのは不服もんだが、この際横に置く。
「ごめん。直ぐに用意するね」
素直に従う滋が部屋を出て、完全に扉が閉まるのを確認すると、司が対面のソファーに腰を下ろし切り出した。
「話があんだろ」
「あぁ。滋の前では話せない」
「分かってる。今夜、時間作る。あいつらも来んのか?」
俺が連絡した時点で、司は先を読んでたらしい。
「あぁ。マスコミが大騒ぎだ、お前らのことで。分かってんだろ?」
「今も帰国早々、マスコミに追い掛け回されてきたとこだ。それよか、場所はメープルでいいか?」
「大丈夫だ」
俺達が集まる時に大抵使うのがメープルの会員バーだ。奥に個室があり、他人の目や耳を気にせず落ち着いて話が出来る。
「9時位には行けると思う」
「了解。じゃあ、俺帰るわ」
「んだよ、コーヒーくらい飲んでけよ」
「あのな、お前らが思ってるほど俺だって暇じゃねぇんだよ」
「お前らって?」
「さっき、類にも会って来たら、暇なんだねって言われたんだっ! 分かるか? 寝るのが趣味な男に言われたこの屈辱が!」
「ふっ、そっか」
笑ってんじゃねぇよ。でも、その顔を見て少しだけ安堵する。
一体裏でどうなってるのか心配で、少しでも早く司の様子を知りたかった。
笑っていられるなら大丈夫だよな? 少なくとも切迫しているようには見えない。
ダチに会ってた時間をこれから補わなければならない俺は、夜に備えて急いで司の会社を出ると、自社に戻り仕事に没頭した。
✢
「この写真、冷静になれば分かることだよな。出るはずもない写真だって」
肝心な司はまだ到着していないが、類と総二郎を前にして早速話を切り出した。
週刊誌を目にした時は俺でさえ動揺した。そんなものを牧野が見たらどう思うか。そう考えたらジッとなんてしていられず気忙しく動いていた俺は、相当冷静さを欠いていたようだ。
よくよく考えれば、分かることだった。
日中に類が言ったように、出るはずがない写真であると。
反応したのは総二郎だった。
「大河原がわざと出した以外考えらんねぇよな? でも、何で今出す必要があんだ? プロジェクトの大事な時期だろ。世間に知らしめる為か?」
俺が腑に落ちないところは、総二郎も同じだったらしい。
「司を手に入れるためなら大したことじゃないでしょ。それに写真一枚流すだけで済むんだから、手っ取り早いし」
全てお見通しのような類の発言に、要領を得ない俺と総二郎は、首を傾げながら顔を見合わせる。
「どういう意味だ?」
早く真実を知りたい俺は、司を待たずして類に答えを求めた。
「これだけの大企業のトップが顔合わせする場所なら、セキュリティーだって万全なはずでしょ。それが写真を撮られた上に世間に出回ったってことは、大河原側が操作したと思って間違いない。牧野の存在を知っているからこそ、こんな手を使ってきたんだろうね」
写真が出回った理由は、類の推察通りだろう。冷静になれば俺にも導きだせたものだ。
だが、何故それを今出すのか、どんな意図があるのか。それが分からず答えを待っているのに、相変わらず類は真相を明確にはせず、飄々としている。
自分だけ分かっている風な類を、いよいよせっつこうかと思った時、当事者の司が到着した。
「悪りぃ、待たせた」
慌てた様子もなく悠然とした足取りで現れた司を急かしたくなるが、これも性分か。先ずは山崎の25年ものを、氷を入れたグラスに注いでやる。
「ほら、司」
司に渡してやるや否や、さっきまで飄々としていた類が、乾杯もさせずに司に詰め寄った。
「これって予想してたこと?」
週刊誌を差し出し、いきなり本題に触れる類に対して、司は静かに「いや」と一言否定した。
「じゃあ、どういうことだよ司」
類に続き総二郎も急き立てる。
「何かするんじゃねぇかと思ってたが、まさかあの食事会にこんな意味があったとはな。正直、食事会の写真を撮って直ぐに出してくるとは思わなかった。でも、これで当分は何もしてこねぇよ」
「どうして言い切れる?」
遂には俺も訊ねるが、それに答えたのは司ではなく類だった。
「手を出さなくても十分ってこと。後はマスコミが勝手に騒いでくれるからね」
「ああ」
頷く司も類と同様の考えらしい。
「司、類。もっと分かり易く説明しろっつーの」
総二郎の意見に激しく同意だ。
俺たちの苛立ちがやっと届いたのか、類は淡々と話した。
「今までの司の噂って、ただ司が女と並べば、それをすぐに週刊誌に載せてただけ。取ってつけたような記事をダラダラと書き連ねてね。マスコミにしてみたらそれだけで十分でしょ。売れればいいんだから。真相なんてどうだっていい」
確かに司の記事を載せると売り上げが伸びるのは知っている。
類はお酒を一口含ませてから、先を続けた。
「今回は、相手である大河原滋だけじゃない。相手の両親と司の母親もいる。大企業のトップが雁首揃えるなんて、今までにはないことだよ。それだけ信憑性が高いって、当然マスコミは思うだろうね」
「ってことは、これからも司と滋のこと、益々書き立てられるんじゃねーの?」
総二郎の言葉に、司も、そして類も何も答えない。つまり、無言の肯定だ。
大河原は今のプロジェクトもあるし、目立って何かを仕掛けられるはずもない。
でも、この写真一枚出せば、世間はこれが真実だと思うだろう。
だとしたら……と考えて、俺は思うがままを口にした。
「司、これからもこんな記事が頻繁に出んなら、牧野に全部話した方がいいんじゃないのか? 牧野は何もまだ知らないんだろ? 知らなきゃ余計不安にさせるだけだ」
「ダメだ!」
間髪いれずに大きな声で却下される。
「何でだよ」
「この写真を出したってことは、大河原が俺と滋の婚姻に本気だってサインだ。
そして、ターゲットはつくしだ。つくしの存在を知っているからこそ、何かを仕掛けるより精神的につくしを追い詰めようってのが、狙いの一つだろう。
もう一つは、つくしの動きを制限するため、かつ動いた時の代償まで考えてやがる。
今じゃつくし自身がマスコミにターゲットにされる立場だ。俺と一緒にいるとこなんか写真にまた撮られたら、滋との仲が真実だって思われている今、その間に割り込んで来た女として、マスコミがつくしを槍玉に挙げるのは目に見えてる。そんなことにでもなったら、あいつの仕事にとっては致命的だ」
司と滋の仲を真実のように世間に知らしめ、牧野を精神的に追い詰めると同時に、下手に動けば世間が牧野を叩く構図を作りあげた、牧野封じの策か。
妻であるのは牧野なのに、良いように事実が捻じ曲げられていく。
だったら尚更、牧野には話すべきだ。
「だからこそだろ? 本当のことを知っておいたほうが牧野だっていいだろうが」
「あきら、さっきも言ったが、プロジェクトもあるし、大河原はこれ以上のことは何もしてこねぇよ、暫くはな。
プロジェクトの目処がついたら、大河原にはつくしとの結婚を打ち明けて、理解してもらえるよう努力はする。
けどな、万が一向こうが暴挙に出んなら、俺も容赦はしねぇ。そん時は返り討ちだ。だがそれは最終手段で、出来れば避けて通りてぇシナリオだ。
ただ、動かなきゃなんねぇ時が来た場合、つくしが色々知ってると、俺が動きづらくなる」
まさか、と自分の顔色が変わったのが分かった。
司がそこまで言うからには、何かあった時は、完膚なきまでに大河原を叩くつもりだ。ただ追い詰めて落としどころを探るんじゃなく、妥協の余地なしで跡形も無くなるまで。
しかし、大河原が全盛期より劣ったとはいえ、決して力を失くしたわけじゃない。
「司、全面戦争すんなら、道明寺だって無傷じゃいらんねぇぞ?」
経済界にだって影響が及ぶ。
果たして勝算はあんのか?
「何のために3週間もNYにいたと思ってんだよ。大人しくNYに留まってたのは、向こうの企業と手を組むためだ。いざって時は、そこと同時に大河原を叩く。やらなきゃこっちが何されるか分かんねぇし」
司の本気度が窺えて言葉を失くす。その間に、総二郎が口を挟んだ。
「でもよ、その動き大河原にはバレてねぇの? NYには滋も一緒に行ってたんだよな?」
確かに秘書として滋を近くに置いている以上、考えたくはないが、滋から大河原に情報が流れる可能性だってある。
「滋にはNYでは違う仕事を振ったし、向こうの企業と組んだのも気付いてねぇよ。こっちでの滋の仕事も完全にコントロール下に置いてある」
滋の仕事にも制限かけてたのか。それも本人には一切気付かれないようにだろう。
大河原との戦争も視野に、徹底的に準備を進めてるってとこか。
「俺が動けば滋の生活も人生も脅かすことになるかもしんねぇ」
この司の言葉が、最終手段に及んだ場合の大河原の最悪な結末を暗示している。
今まで何不自由ない暮らをしていた滋の立場もどうなるかは分からない。いや、全てを失うだろう。しかしそれは、司の望むところではないはずだ。
それに加え、こんな最悪の結末があるかもしれないと牧野が知ったら、あいつは黙っていられるだろうか。
ここにきて漸く司の懸念を理解した。
「大河原が傷付けば、その分、牧野も胸を痛める」
割って入ってきた類。それに反応するように、司は一気にグラスの酒を飲み干すと、再び口を開いた。
「あいつは、自分のことなら我慢できても、他の奴が絡んでくるとなると話は別だ。他人が傷付くのは、自分が傷付く以上に苦しむ……だから本当のことは言えねぇ」
「昔、漁村に行った時みたいにね」
司の言葉に付け足すように話す類。
司は空になったグラスを置くと、膝の上で肘をつき、両手を握りしめ押し黙った。
その姿は苛立っているようにも、怯えているようにも俺の目には映った。
司が何よりも守りたいのは牧野だ。そして、その通りに司は行動するだろう。
だが、牧野の性格を考えても、過去の経験からしても、誰かが傷付くのを知っていながら自分の幸せを望む女じゃない。
司と滋の婚姻を跳ね付けるために最悪のシナリオが用意されていると牧野が知れば、牧野は司を止めにかかるだろう。
やるかやられるかの世界で、それは足枷になる。司の最大の強みでもあり弱点でもある牧野が介入すれば、司の判断が狂うかもしれない。動きづらくなる、そう言った司の心情も、なるほどな、と納得した。
もっと怖いのは、滋を思い自分の胸も痛めるに違いない牧野が、その事態を回避するために、自ら身を引く選択だってしかねないってことだ。
自分のせいで、と間違った解釈をするほどのお人好しだ。
きっと司は、それを何より恐れている。
大河原が何か仕掛けるより、司にとっちゃよっぽど怖いことだ。
────誰もが最小の傷で済む着地点はないのか。
それぞれが行く末に思案してるだろう沈黙の中「司?」と、類が呼ぶ。
「本当のことを伝えないのは分かる。でも、自分の事なら我慢出来るって言ったって、今回牧野が傷付くのは、どうしたって避けられないよ」
「俺がつくしを支える」
真っ直ぐに向けられた類からの眼差しを、厳しい視線で刺し返した司。
「その言葉、忘れないでね」
鋭い視線を受けてもさざ波一つ表情に刻まない類は、泰然と釘を刺した。
司も類も、牧野に対して願うことは一つだ。牧野の幸せだけを願っている。
二人の思いが本気なだけに、残された俺と総二郎は、何も言葉を繋げず緊張が孕んだ空気に包まれた。
そんな緊迫した状況を破ったのは、着信音だった。司のだ。
司は、ポケットからスマホを取り出し相手を確認すると、瞳を極端に和らげ、早足で個室を出て行った。
あの目、あの慌てよう。おそらく牧野からの電話に違いない。
✢
今日、司が3週間ぶりに帰ってくるという日に、タイミング悪く私は沖縄で泊りがけでの撮影だ。
運が悪いことは重なるもので、司の姿を見ることが出来たのは、ホテルの部屋のTVで見た、司の熱愛報道でだった。
相手は、今度ばかりは本命だと言われている、前回に引き続きの滋さんだ。
同じ女性と繰り返し報道されるのは、今までにはないことだった。
今回は、司とお義母様、そして滋さんとその両親までもが、一同に介して食事しているところをスクープされたらしい。
TVではその写真を映さなかったものの、ご丁寧にイラストにして紹介していて、それは私の過去の記憶を呼び覚ました。
高校生だった頃に見せられた場面。
騙まし討ちだった言う、司と滋さんのお見合いの席だ。
見せしめのために私は呼ばれた。現実を分からせるために。
まるでデジャブだ。
気持ちを落ち着かせる為にテラスに出て、夜風に当たりながら、ぼんやりと思う。
互いの親までが顔を揃えたとなると、世間の誰しもが、司と滋さんの付き合いが本当だって、きっと信じる。
私だって、流石に何かある。そう思わずにはいられない。
もしかしてこれは、高校生の時と同じような意味合いがあるのではないか。私に見せしめとする意図されたものが。
滋さんが秘書になると決まった時から、既に筋書きは用意されてたのかもしれない、と勘が告げる。
でもきっと、司は何も言わない。
例え、私の知らないところで見えない力が働いていたとしても、司が何もないと言うのなら、私は大丈夫、と笑顔でそう言うしかない。
そうしなければ、司に負担をかけてしまう気がした。
潮の香りを感じながら大きく深呼吸をすると、部屋に戻りスマホをタップした。
✢
『もしもし、司?』
「おぅ、つくしか。もう仕事終わったのか?」
『うん、さっき終わってホテルに戻ってきたところ。司も長いNY出張お疲れ様でした』
会食の写真をマスコミが取り上げているのを、知らないはずがない。
だが、つくしの声音は普段と全く変わらないものだった。
「つくし、もう知ってると思うが、何も心配することはねぇからな? ただの食事会なのによ、まったく適当なことばっか書きやがって。マスコミはホント当てになんねぇな」
『そうだね、マスコミの書くことが本当なら、司って凄く女性にダラシナイ人になっちゃうもんね』
あえて明るく振舞う俺に、つくしも軽い調子で乗ってくる。
「冗談じゃねぇよ。俺はつくしが全てで、それ以外は興味なんてねぇのに」
『またそんな恥ずかしげもなく』
「ホントのことだし誰も聞いてねぇよ。それより、あんまり考えんなよ。お前、想像力豊かだからな。俺のことだけ考えときゃいいんだよ。分かったな」
『分かってるってば! 私なら大丈夫だから。じゃ、明日も早いからもう寝るね』
「あぁ、早く寝ろ」
『うん、おやすみ』
「あぁ」
いつもと変わらぬ口調。不安な様子を微塵も感じさせない態度。だからこそ浮き彫りになる不健全さ。
滋が秘書になる時だって、滋の歓迎会の時だって、大丈夫な振りをしながら不安が見え隠れしてたって言うのに。
電話だったからか?……いや、そうじゃねぇ。
あいつはまた自分一人で抱え込もうとしてる。全ての感情を飲み下して。
そうさせてしまっているのは、俺だ。
今すぐにでもつくしの元へ飛んで行きたい衝動に駆られながらも、それが出来ない俺は類達の待つ場所へと戻った。
「牧野だったか?」
個室に戻れば直ぐに訊ねてきたあきら。
「あぁ」
「大丈夫だったか、あいつ」
「いつもと変わんねぇ」
そう俺が答えるなり、類が知ったように言ってくる。
「そんな時程、牧野って危ういよね」
「お前に言われなくても分かってんだよ」
「そう? なら良いけど。司がNYに行ってる6年間だって、結構無理してたよ。でも今回は、それ以上に牧野にとっては辛くなるだろうね。相手は友達の大河原滋だし、それにこれから何度も同じ相手との話題を耳にするとなると、流石にメンタルがやられてもおかしくない」
そんなの類に言われるまでもない。
さっきから、つくしのこととなると何でも知った風に饒舌になりやがって。
遠距離時代、こいつはこいつなりのやり方で、つくしを守ってくれたのも理解してる。今だって、つくしを想って心配してるだろうことも。
だが、勝手は承知の上。面白くねぇもんは面白くねぇ。
「類、今度は俺が傍にいる。つくしは俺の妻だ。辛い思いさせたとしても、俺がつくしを守るのは当然だ。それにその役目は俺しか出来ねぇ」
「なら良いけど。やっと結婚したって言うのに、牧野の泣く顔は見たくないからさ」
俺だって同じだ。やっと手に入れたつくしを苦しめたくなんかねぇ。
ただ、幸せにしてやりたい。誰よりも俺がそう望んでる。
付き合ってる時とは訳が違う、俺たちは結婚したんだ。それだけの絆がある。
何があっても、つくしは乗り越えてくれるはずだ。
幾許かの憂いはあっても、そう信じたかった。

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