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Secret 5


いつもなら朝の眩しい日差しと、音量を小さく設定してある目覚まし時計ですぐさま起きるのに、今朝はベッドから出たくなくて、隣で眠る司の温もりを、いつまでも感じていたかった。

あんなに離れていた時間があったのに、今は、こうして当たり前のように傍にいられる。過ぎるほどの幸せだ。
それなのに不安を抱く私は、臆病であり欲張りだ。

遠距離時代は、傍にいられないことに不安を覚え、眠れない夜も幾度となくあった。
そんなことを司に打ち明けてみたところで、傍にいることは叶わない。ならば、余計な心配を掛けたくないと、ただひたすらに会える日を指折り数えて待っていたっけ。

けれど、約束の日まであと半年と迫った頃、私にもたらされたのは、帰国延期の悲しい報せだった。
ショックだった。所構わず泣き叫びたかった。

それでも、私に対する司の想いが、色褪せることなく胸に届いたから、大変なのは司なんだと自分に言い聞かせ、電話の向こうにいる司には、強がってみせたり、時に励ましたり。
生まれる不安や悲しみを覆い隠し、色んな方法で楽しみを見い出しては、気持ちの折り合いをつけてきた。また、そうするしか術はなかった。
でも、素直に感情を出せる人が私の近くにはいた。


その日は久しぶりに、桜子と滋さんと三人で飲んでいた時のことだった。
どこかおかしい。そんな異変に気付くのに、そう時間はかからなかった。

いつもなら、率先して場を盛り立てるはずの滋さんの言葉数が少ない。お酒も、いつにも増してピッチが早いようだった。
そんな滋さんを気に掛けつつ、化粧室へと行っていた私が、二人の待つ個室に戻ろうと扉の前まで来た時、決定的な場面は訪れた。

『何でよ……、何で司の傍に行ってあげないのよ。私ならすぐにでも駆け付けて、司を支えてあげたいって思うのに。本当に好きなら、そうするはずでしょ? どうして、あんなに普通でいられるのよ!』

帰国が叶わなかった司を思い、泣いているだろう滋さんの様子が扉を挟んでいても伝わって来る。
私を庇うように桜子が嗜める声と、『許せない。誰のために頑張ってると思ってんのよ!』それでも止まらない滋さんの批判めいた言葉に、私は凍りついたように、暫くその場から動けなかった。

ずっと司を好きだった滋さん。
滋さんも、私同様、司の帰国を待ち侘びていたに違いない。
そんな自分の想いをひた隠して、私を励まし応援してくれていた滋さんは、大切な友人だ。

きっと私達が滋さんの目の前で幸せでいるのなら、友人としていつまでも応援してくれただろう。
それが、司の帰国は延期。遠く離れた場所にいる司の心情を第一に思えば、私の取る態度に我慢ならず、抑えられなくなったようだった。

それからだろうか。
私は何も聞いていない風を装ったし、直接は何も言ってはこなかった滋さんとは、お互いいつも通りに接しながらも、何かが変わった、と感じるようになったのは。
女同士だからこそ分かる微妙な空気は、きっと私だけじゃない。滋さんも感じているはず。

大切な友人と言いながら、本音を語り合えることが出来なくなった私達。
愛する人が同じ男性であるばかりに、徐々に私と滋さんの関係を歪なものにしていく、そんな気がしていた。



「……何見てんだよ」
「え?」

目を瞑ったまま話し出す司。

思考を巡らせながら、ぼんやりと司の寝顔を視界に収めていた私は、不意に声を掛けられ驚きとともに我に返る。

「そんなに愛しい旦那の顔を見ていてぇのか?」

寝起きにも拘らず綺麗な顔はそのままで、口元を緩ませた司は、柔らかに目を細めて私を見る。
その瞳は、どこまでも優しく、愛情を感じずにはいられなかった。

だから、滋さんが流した涙のわけも、司が何も語らない理由も、私は知らなくていい。
多分、司がそう判断して、私に言わないのだろうから。

でも、少しだけ。もう少しだけ確かなものが欲しいと思うのは、幸せに慣れてしまった私の我がままなのだろうか。

「起きてたの?」
「いや。でも何か熱い視線を感じてよ、目が覚めた」

寝てるのに視線感じるなんて、どれだけ野生的な勘の持ち主なんだろうか。 あまりにも司らしい答えに、クスリと自然と笑みが零れてしまう。

「司の言うとおり、愛しい旦那様の顔見ていたかっただけ。ダメだった?」

気恥ずかしさから隠れるためでもあったけれど、何よりも司の温もりに触れたかった私は、大きな胸に顔を埋めてしがみつく。
朝から珍しいこと言う私を見て驚いたのか、司は失礼な事に上半身を起こすと、私の額に自分のものを重ね合わせ、

「熱はねぇな……どっか調子の悪いとこはねぇか?」

本気で心配している様子だ。
ここまで真顔で心配されるのも心外だ。

「体調が疑われるほど、おかしい?」

「可愛らしいこと言って抱きつくなんて、珍しいだろうが。夜ならともかく、朝はガンガン中華なべ叩いて煩せぇだけだからな」

「失礼な。色々と女心は微妙で複雑なんです!」

「は? 分かんねぇな……もしかして、何か不満でもあんのかよ」

途端に不安そうになった司は、窺うように私を見る。

「ううん、幸せだなって、そう思っただけ」

「そ、そうか……?」

「迷惑?」

「んなわけあるか! 嬉しいに決まってる。いつもこうも素直だといいんだけどな」

そんな風に言うけれど、昔よりは何倍も素直になった。自分ではそう思っている。



司の腕の中にしっかりと包み込まれて、どれくらい経っただろうか。
時間も気にせずに抱きしめあっていたけれど、流石にいつまでもこうしているわけにはいかない。

「ちょっと腕緩めて? いい加減支度しなくちゃ、西田さんや桜子が来ちゃうよ?」
「待たせときゃいい」

俺様モードをひた走る司がなかなか離してくれなくて、いよいよ時間も限界に来ているのを確認すると、不意打ちのキスを落とし、固まっている隙にベッドからの脱出は成功した。

「っきしょっー! 油断したっ!」

騒ぐ司の声を背後に聞きながら、司がよく使う台詞を心の中で呟いてみる。

────『充電完了』。

よし、私らしく今日も一日頑張ろう。

気持ちを切り替えた私は、スッキリした気持ちで、いつもより遅い朝のスタートを切った。

そんな風にして気持ちを切り替えた30分後。
桜子が、取り立てて珍しくもない状況を知らせにやって来た。

「おはようございます」
「おぅ、三条! 今日もつくしを頼むな!」

司がいつもより機嫌良く対応するのは、朝のあのひと時があったからか。
だとしたら、あんな風に甘える朝の一時も悪くないかも、と思ったけれど、直ぐに撤回。それだけで済まなくなる可能性は大だ。やはり危険すぎる、と即座に考えを改めた。

「どうしたんですか? 道明寺さん」

眉間に皺を寄せた桜子は、怪訝そうな顔で司を見る。

「別に何でもねぇよ。いつもと変わんねぇし」

十分変わっていると思うけれど、深くは桜子も追求しない。

「そうですか。でも、せっかくご機嫌なところ申し訳ないですけど、出てしまったものは仕方ありません」

桜子は鞄から一冊の雑誌を取り出した。
それを見た瞬間に、あ、またか、と全てを悟る。

その雑誌には、司の熱愛報道が載っていた。
それを見て慌てたのは、私ではなく、勿論桜子でもなく、司一人だけがあたふたとしている。そんな様子を呆れたように桜子が見ていた。

「つ、つくし。こんなの嘘だからな! 信じんじゃねぇぞ! 大体、こんな女、俺の記憶にも残っちゃいねぇし。そもそも何で、こんなもんつくしに見せんだっ!」

仕舞いには桜子にまで怒り出して、大騒ぎだ。

「司、煩い! 疚しくないなら別に隠す必要もないじゃない。今に始まったことじゃあるまいし、司がNYにいた時なんて、いつもこうやって桜子と一緒に司の記事見てきたわよ。ねぇ、桜子!」

「はい。道明寺さんがNYへ行ってからというもの、月に1~2回のペースで、次から次へと女性との話題を提供してくれたお陰で、私もそれなりに楽しませて頂きました」

「楽しむって何だ! それにな、俺は話題を提供した覚えはねぇっ! 俺の知らぬところで勝手に面白可笑しく書き立てられてたんだっ!」

「嘘だって分かっていたって、先輩にしてみたら面白くなかったはずですよ。だったら、いっその事楽しんじゃえなんて、無理して頭切り替えて、ここまでやってきたんです」

ちょっと待って、桜子。その先はあまり言って欲しくないかも……。

「どういうことだよ、楽しむって」

不機嫌を隠そうともしない司の声は、トーンが一段低いものへと変わる。

「私も、この発想は可笑しいんじゃないかと、先輩の神経を疑いましたけどね。元々、先輩は変わった人だからしょうがないと割り切って、私も見せてもらったんです。そしたら意外と面白くて」

そう言って、クスクス笑う桜子だけど、変わった人っていうのは失礼なんじゃないだろうか。
個性的なメンツに囲まれている自分は、至ってまともな常識人だと自負しているだけに、納得がいかない。

「何を見たんだよ」

しかし、私の常識人を主張しようにも、青筋を浮き上がらせる司を前にしては、それも出来やしない。
この状態の司に屈しない桜子は強者だと感心するけど、これ以上は黙っていて、と桜子に睨むように念を送る。
しかし、笑み一つを寄越しただけで、私の願いは蹴散らされた。

「先輩は、道明寺さんの記事を全部見てきたんです。で、その記事の道明寺さんにいたずら書きをしたのがエスカレートして、それはそれは面白いくらいに、雑誌の中の道明寺さんを甚振っていましたよ」

「何を書いてた?」

私をひと睨みした司は、桜子に詳細を促す。

「最初は、可愛いもんだったんですけどね。道明寺さんにヒゲをつけたり、髪型をアフロにする程度で。そのうちに、書くだけじゃ飽き足らず、他の雑誌を切り抜いては、道明寺さんの写真に貼り付けて、ドレスを着る道明寺さんが仕上がったりしていました。
時には、道明寺さんの顔が『○ラエもん』に変わり、アルマーニのスーツを着こなす『○ラエもん』の図、なんてものもありましたね。
ムンクの『叫び』のあの顔になってたこともありましたっけ。本物の絵の中の人物には、髪の毛がなくて可愛そうだからって、道明寺さんの豊富なクルクル……あ、いや失礼、髪型は残したままにしたりして。
つまり、原形が道明寺さんかも分からないほど、雑誌の中の道明寺さんは、それはもう笑えるくらいに先輩に甚振られてたってことです」

「………つくし、随分と楽しかったみてぇだな」

楽しくなんかないわよ。そんな記事ばかり見せられて。

「まあ、そう怒らないであげて下さい。先輩なりに自分が笑っていられる為の手段だったんですから」

何も言えないでいる私の変わりに、助け舟を出してくれる桜子。といっても、桜子がバラさなきゃ怒らせることもなかったのだけれど。

隣では溜息を吐いた司が、

「……で、今回はどうする? 俺を何に変身させるつもりだ? それでつくしの気が済むなら好きにしろ」

えっ、遊んでも良いの? 本人公認だなんてラッキー!……なんて話に乗るはずがない。
こんなバカ話をお披露目されている間に、今日の記事のことなんて頭からスッパリ綺麗に消えているんだから。
何より隣には司がいる。それだけで充分だ。

「今回は、もう消化されたから大丈夫」

「あら残念。今日も楽しませて貰えると思ってたのに。何が楽しいって、自分が愛してる人をあそこまで弄れる先輩が面白かったんです。まあ、大人の女性のすることじゃありませんけどね。
あ、それからその先輩の作品集ですけど、きっとこの家のどこかに、まだ隠し持っていると思いますよ?」

と、最後まで暴露し続けた桜子。

それから数日後。
大量の雑誌がテーブルの前に積み重なり、その前には、不機嫌モード全開の司が座っていた。

どうやら見てしまったらしい。数ある作品集の中の、その一つを。
元々は、司がどこかのご令嬢をエスコートしていたはずの記事の中の写真は、私の手により、司がエレガントなドレスを纏った美作さんをエスコートする絵面へとすり替わっていた。
司に寄り添う美作さんの写真を、睨むようにじっと見る青筋を出現させた司は、痙攣か、と傍目からでも分かるほど、プルプルとその身を震わせていた。

だから敢えて言わなかった。
大量の雑誌の中には、類バージョンや、西門さんバージョンもあるってことを。
間違っても言えなかった。
実は魔女バージョンもあるんです、ってことだけは。


だけど、こんなイタズラも、もうお終いだ。そんな必要なんてないのだから。
今は、愛する人が直接否定して抱きしめてくれる。
少し妬いたりはするけれど、そんな乱れた気持ちを鎮めてくれるのも、司だけ。
その司が傍にいて幸せを分け与えてくれるなら、もう他のものは必要ない。

こうしてこの幸せは、いつまでも続いていくはずなのだから……。




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  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Fri
2020.09.04

-  

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2020/09/04 (Fri) 07:58 | REPLY |   
Sat
2020.09.05

葉月  

ス✢✢✢✢✢✢✢ 様

こんばんは!

司の熱愛報道は、特に遠距離時代は辛いものだったと思います。
どんなに信じていても、離れている分だけ不安は煽られでしょうし。
その発散がイタズラ書きなのですが、こんなんで良いのだろうか、と悩みながらもあのような方法に。
ちなみに、どうでも良いプチ情報ですが、あきら&類&総バージョンは、リメイク版で付け足したものです。勿論、魔女バージョンも!

そしてそして、ス✢✢✢✢✢✢✢さんの意見に激しく同意する部分が!
敢えてどことは言いませんが(分かるかしら!?)
同じ意見過ぎて安心しました!
じっくり語り合いたくなりました(笑)

司の知らぬところで、女の友情間に生まれてしまった溝。
やはり、つくしの立場じゃ司の元に行くのは難しいですよね。
却って迷惑をかけるだけ、と考えてしまうだろうし、それが普通だと思います。
そこからして、滋ちゃんとの価値観とは、かなり違うかと。
その価値観のズレと恋心が、二人の間に距離を生んでしまいましたが、司は何も知らないままで……。
なかなか告げ口みたいなことも出来ないですし、つくしはモヤモヤを一人抱えたまま、そして、このお話を読まれる皆様は、イライラを抱えることになるやもしれません(汗)

前半はお話の動きがメチャクチャ遅いですが、根気強くお付き合いただければ嬉しく思います。

コメントありがとうございました!

2020/09/05 (Sat) 21:08 | REPLY |   

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