Secret 1
こちらは、昔のお話のリメイク版となっております。初めましての方も、読まれたことがあります方も、お付き合い頂ければ幸いです。
財政会、国内外の有名人達が集う、日本を代表する企業の創立パーティー。
様々な分野に手を広げ展開している企業だけに、集まる顔ぶれも多種多様で、日本とは思えないほどの異空間の場となっている。
しかし、どこのパーティーに顔を出しても、中身は変わりやしねぇ。
相も変わらず、煌びやかな衣装と、鼻に付くほどのきつい香りを身に纏って、俺の周りをうろつき回る女共。それをかわせば、今度はチャンスとばかりに近づいてくる腹黒親父達が待っている。
忍耐を何重にも重ね上辺だけのトークをこなすのも、毎度のことだ。
しかし、今日はいつもと違う場面が訪れた。
それは、人々のざわめきと共に、一斉に会場の入り口へと向けられるフラッシュの瞬き。
フラッシュの先には、ハリウッドで活躍中の日本人俳優と、今、日本で最も勢いのある、雑誌を中心に活躍するモデルとのツーショットがあった。
フラッシュをくぐり抜けた男女が、笑顔を振り撒きながら会場の中央まで来るのを見た俺は、現実を突きつけられ息を呑んだ。
その女性の美しさを目にして、俺の胸は異常なまでに高鳴る。同時に、押し沈めていた黒い感情が沸々と溢れ出すのを自覚する。
そんな俺の気持ちなど知る由もないどっかの世話好きオヤジが、俺に紹介するべく二人を促し連れて来た。
自己紹介する俳優が差し出す右手に、軽く触れるだけの挨拶を返せば、今度は隣の美しい女が、同じように右手を差し出し笑みを向けてくる。
「初めまして、道明寺さん。 牧野つくしです」
そう。今、目の前にいる女は、間違いなく高校生の俺が初めて愛し夢中になった女、牧野つくしだ。こいつさえいれば、もう他には何もいらない。そう思った唯一の女だった。
牧野は、俺がNYへ行ってる間に、T・O・Jの審査員だった、デザイナーA・スミスに声を掛けられ、1度だけのつもりで引き受けたモデルの仕事が思いのほか評判を呼んでしまい、それを切っ掛けに、今じゃ知らない者がいないほど、瞬く間にスターへと上り詰めてしまった。
俺はと言えば、高校を卒業して渡米したものの、約束の4年では戻って来れず、2年オーバーした6年後、日本支社の副社長として帰国した。
戻ってきた時には、既に牧野は今の地位を築き上げていて……。
そして、帰国から一年後の今年───────俺は、結婚した。
牧野。初めまして、なんだな。
渦巻く様々な感情を無理矢理押し込め、牧野から差し出された手を握る。
「初めまして、道明寺です」
今更紹介するまでもない関係だったはずが初対面を装い、ありきたりの挨拶を交わさなければならない現実。
牧野は、昔からでは想像もつかないほどのオーラを放ち、見る者を魅了する大きな黒い瞳で、未だに俺の心を掻き乱していく。
────なぁ、牧野。俺があの時4年で戻って来ていたら、その瞳は、俺だけに向けられていたのか?
その眼差しは、俺だけのものじゃなかったのか?
この俳優も牧野に気があるのだろうか。柔らかに目を細め牧野を見つめていた。牧野もそれに応えるかのように、まばゆい笑顔を向けた。
無理だった。これ以上、この場にいるのは耐えられなかった。
だが、自分の置かれた厄介な立場では、パーティーを抜け出すことは許されず、拷問のような時間の中、アイツをなるべく視界に収めないよう、時が流れるのをただひたすら待つしかなかった。
お開き近くになって漸く辺りを見回せば、牧野の姿はもう何処にもなく、今度はそれが俺の心を凍らせていく。
────────牧野。
凍てつく心が欲するままに、愛する女の名前を小さく呼んだ。
✢
パーティーが終わり、社に一度戻って書類を片付ければ、帰宅する頃には、日付は明日になろうとしていた。
結婚と同時に移り住んだこのマンションには、俺の帰りを待つ妻がいる。
チャイムを鳴らせば、その女が俺を出迎えた。
玄関に入ると同時、目の前にいる女に今夜のイラつきをぶつけるべく、頭を押さえ込み唇に貪りついた。
────あの魅了する、牧野の黒い瞳を思い浮かべながら。
驚きを隠せないでいる女になんて気遣う余裕もなく、ただ自分の抑えきれない感情をひたすらにぶつける。
そのうちに苦しくなったのか、女は腕の中でもがき出した。
俺のイラつきは収まらないが、それでも僅かな理性で女を解放してやる。
普通じゃねぇ夫の姿にビビッてるのか、肩で息をしながら俺を見上げきた。
「……どう……したの?」
どうもこうもねぇよ。
「ムカつくんだよ」
「え?」
「何もかもがムカつく」
「…………」
何でなんだよ、牧野。
あの瞳も、笑顔も、俺だけのものだったはずなのに……。
イラつきを隠せない俺に、妻は黙って抱きついてきた。
「好きよ」
その言葉を聞くなり、再び貪るように女の唇に喰らい付く。
今度は俺の想いを包むかのように、女の腕はしっかり俺の背中に回され、俺は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「………………牧野」
ポツリ呟く俺を訝しげに見上げる妻。
「え?……牧野って?」
「あんな目で他の奴を見んじゃねぇ」
「あんな目って何よ。それに何で今更、牧野なわけ?」
「さっきのは牧野だったんだよ。つくしじゃねぇ。つくしは俺だけのもんだ! でも、牧野は俺だけのもんじゃねぇ!」
「はぁ? 意味が分かんない。私は私。それに、あれは仕事。つくしも牧野も一番好きなのは、司だよ?」
そう言ってはにかむ妻を、俺は何よりも誰よりも愛している。俺にとって最高の宝物で、最愛の妻だ!
今、目の前にいるのは、18の時からずっと愛して止まない女────牧野つくし。
いや、今は道明寺つくし、俺の妻だ!
1ヶ月前、俺と牧野つくしは、長い遠距離恋愛を乗り越え、晴れて夫婦となった。
しかし、この事実はごく内輪だけの────Secret 。

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