その先へ 41
道明寺HDに置いた、新プロジェクトチームがある部屋の中。キャビネットの前に立ち、手にはファイルを広げたまま、全体に目を行き渡らす。
ここでは、20数名程のメンバーが忙しなく、それでいて遣る気に満ちた表情できびきびと動いている。
定時まであと僅かでも、気が弛む様子もない。
大々的にマスコミに発表しスタートを切った新プロジェクトは、問題もなく順調そのものだ。
とは言っても、まだ1ヶ月にも満たなく、始まったばかりで油断は禁物だけれど、チームの状態はかなり良いと言える。
世間からの注目を浴びているのと同様、道明寺と美作さんが初めて直接手を組むことが、良い意味でメンバーに刺激を与えたようで、自ずと士気も高まり遣る気は上昇。
そのメンバーを率いる道明寺と美作さんの息もピッタリだ。
二人の間に、13年近くもの空白の時があったなんて信じられないほど、二人にとって会えない時間は、何の障害にもなってはいなかった。
それだけ、幼い頃からの結び付きは固くて深い。隔てた時間など罅(ひび)にもならない。
恐らく、ここには居ない他の二人も含めて、見えない"絆"が存在しているはず。
その見えない絆をバランス良く調整してるのが美作さんで、きめ細かやかな気遣いを発揮し、私に対してもそれは同じだった。
花沢類が今はフランス勤務で、その様子を細かく教えてくれたのも美作さんだし、西門さんに至っては、二人が組むことをマスコミで知り、早速、道明寺との飲みの誘いを持ちかけて来たらしいけれど、
『牧野が一緒じゃなきゃ行かねぇ』
『そもそも、そんな時間あるかよ! 今は忙しいから、落ち着くまで当分無理だって断っておいたからな』
道明寺が駄々を捏ねるのもお見通しだったのか、西門さんの提案を伝えつつも、私の存在をまだ誰にも知らせていない美作さんは、組んだ腕の下からVサインを作って見せて、安心しろとでも言うようにアピールしてくれる。
そんな美作さんとの仕事は、道明寺にとってもやり易い様だった。
絆だけじゃない。
阿吽の呼吸を取れる二人は、それだけ有能で、普通の人の倍のスピードで先を見通し動いているからだ。
今も、部屋の前方にあるホワイトボードの前に立ち、若き指導者の貫禄を放ちながら、打ち合わせをしている二人。
今夜は、著名人が多数集まる、マスコミも駆け付けているだろう大きなパーティーへも出席することが決まっている。
世間へのアピールに、道明寺と美作さんの存在はかかせない。
立場にしても能力にしても、何よりビジュアルまで備え持っているのだから。
手元にあるファイルを読む振りをして、そんな二人を視界に収める。
────この状態を、ずっと保てることは出来るだろうか……。
自分の中に、ひんやりと冷たい暗い影が差す。
道明寺や美作さんのカリスマ的リーダーシップに導かれるように、活気付いているプロジェクトチーム全体をもう一度見渡した。
「────さん?…………牧野さん?」
突然、肩を叩かれ驚きで我に返ると、高鳴る胸に手を充てた。
「わっ、吃驚した!……ご、ごめんなさい、ボーッとしてて」
弾みで落としてしまったファイルを慌てて拾う。
「すみません。何度か声を掛けたんですけど」
声を掛けてきたのは、チーム内の若手男性社員。
私のあまりの驚きように、彼の方も驚きを隠せず体勢は退き気味だ。
「あの……、この書類の確認をお願いしたかったんですけど」
遠慮がちに差し出してくる書類を受け取り、素早く内容を確認すると、作った笑みを張り付けた。
「分かりました。過去の案件と照らし合わせて、私の方で仕上げておきますね」
「はい、宜しくお願いします」
預かった書類を手に、今は仕事に専念しようと、過去のデーターを確認しに法務部へと向かった。
***
「────じゃあ、こうなった場合は、向こうに任せるってことで良いな?」
「…………」
「おい、司?」
「…………誰だ、あのやろう」
「司、訊いてんのかよ! って、訊いちゃいねぇな」
俺の視線が一転集中、微塵も動かなくなったことに気付いたあきらは、俺の目線の先を追う。
俺達の向かう眼差しの先には、若い男から書類を受け取り、笑顔で話す牧野がいた。
「あのなぁ、牧野だって仕事してんだよ。他の男と話すのも仕方ないだろ」
あきらが、呆れ交じりに溜息をつく。
「知らねぇ男と話すのもムカつくが、そんなんじゃねぇよ」
「知らねぇって、間違いなくおまえんとこの社員だ」
んなことは分かってんだよ。
あきらのボヤキを無視して、少し距離の空いた所にいる西田に、指先一つでこっちに来いと合図を送る。
直ぐに傍に来た西田に、
「あの男は誰だ?」
男の方に向かって顎をしゃくる。
「あの男とは?」
目印になるはずの牧野は、部屋から出て行きもう居ない。
後方に目を移しながらも、ターゲットを見定めきれない西田に「キャビネットの前に立ってる、ひょろっとした男だ」と、苛立ちを声に乗せた。
「うちの社員でありプロジェクトメンバーの一人ですが」
「西田さん、相手しなくていいから」
「畏まりました」
おまえは、誰の秘書なんだ?
あきらの言いなりになるんじゃねぇよ。
どいつもこいつも、当たり前のことばっか言いやがって。
名前を教えろ、名前を!
それとも、俺がアイツに危害でも加える危険を察知して、わざと名前を教えねぇつもりか?
最大級の剣を乗せて睨んでみても、西田は口を閉ざして平然としていやがる。
「牧野と喋った男を排除してたらキリねぇだろう? 残るは女ばっかだ。そうなったら司だって面倒になるぞ。俺だって愛想振り撒くのに大変で仕事に影響を来す」
愛想振り撒くのを前提にするとか、そもそも間違った理由で西田のフォローすんな!
第一、俺が心配してんのは、んなことじゃねぇんだよ。
「はぁ~」
これ見よがしに一つ溜息を吐き出す。
仕方ねぇ、と大人の余裕を取り戻し、妥協案で我慢してやる。
「西田。社員に徹底させろ。牧野に触れるのは一切禁止だ。アイツを驚かせる奴が居たら左遷な」
「…………」
「司、おまえ…………」
呆れ返ってるのが丸分かりのあきらは、二の句が継げられないでいる。
妥協してやった俺に対して失礼な奴だ。
そうやって馬鹿にしてっけどな、どうすんだよ。牧野の心臓が止まっちまったら!
あんな男なんか、重石抱えさせて東京湾に沈めてやるとこだッ!
「あきら、見てなかったのかよ。牧野がビビらされたとこ」
「おまえと打合せしてるつもりでいた俺が、見てたと思うか」
つもりじゃねぇし、俺だって仕事はしてた。たまたま気になって見たら、牧野が驚いてて、俺の方がビビったつーの。
「急に肩叩かれて、こうだぞ? こう!」
「バカっ! 止めろ! 分かった、分かったから、頼む。その図体でピョンピョン跳ねるなッ!」
…………おまえが見てねぇつーから、教えてやってんだろうが。
唸りながら頭抱えんじゃねぇよ。
前にも何度か見たことある。
牧野はな、何か考え出すと、ボーッとしてんのか、周りが見えねぇ時があんだよ。
そんな時に不用意に声かけたり、肩に触れてみろ。
あんな小っさくて華奢な女、心臓が止まっちまったっておかしかねぇだろうが!
そんなことにでもなってみろ。俺の心臓も確実に止まる。
「これじゃ、西田さんも大変だよなぁ」
「いえ、慣れとは恐ろしいものです。これしきのことは平常と言うべきでしょう。それより、お二人ともそろそろご準備を。今回のパーティーは遅れる訳には参りませんので」
揃いも揃って馬鹿にした挙げ句、憂鬱でしかないパーティーへのタイムリミット。
不貞るのも嵩(かさ)増しだ。
「これも仕事だ。ほら、着替えに行くぞ」
不満を表情でアピールする俺に構いもせず、あきらが強引に背中を押した。

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