fc2ブログ

Please take a look at this

その先へ 3


それは、本当に偶然だった。

この世界に身を投じ、右も左も分からずの私を気に掛けてくれたのが、今、目の前にいる神島会長と、今日はまだ姿の見えないその奥さんだった。

鉄の女と呼ばれる遥か前。
初めて大きな仕事を任され手を組んだのも、当時は社長であり、神島会長が率いる神島コーポレーションだった。

それ以来、仕事を抜きにしてもこうして屋敷に訪れ、分刻みのスケジュールの中、僅かな時間を見つけては費やしている。
この時間だけは、穏やかでいられた。

仕事では一切の妥協は許さない強面の会長と、いつまで経っても可愛らしさを失わない会長の愛妻。
愛妻の前では口元を引き締めることも忘れる会長の傍らで、奥様は昔とは変わってしまった私にも優しく接して下さる。

憧れだったのかもしれない。
羨ましかったのかもしれない。
社会に出れば性別が足枷となり、やがて鉄の面を纏うしかなかった、辿ってきた道。
どうして私は、この夫婦のように穏やかには過ごせなかったのだろう、と。
あるべき妻の姿として、母として、夫と寄り添い生きる道が許されなかったのか、と。

そして、この夫婦だけは変わらずにいて欲しいと願うと共に気付くのだ。
自分の中にもまだ、人間らしい感情が存在しているのだということに。

だからこそ、戦える。
喩え、世間から恐れられようとも。子供達に恨まれようとも。全てを受け止め、人として女として失った犠牲の元に、明日に立つ。
まだ人間でいられるからこそ、必要とあらば守る者の為に鬼にでも邪にでもなる。
さもなければ私は、とっくに道明寺という怪物など潰してる。
寂しい思いをさせてしまった椿や司の生活を脅かし、十何万といる社員やその家族を守る意義なども忘れて、自らこの手で……。


この日も、私の均等が保たれる穏やかな一時となるはずだった。

「今日は、奥様はお出掛けでいらっしゃいますの?」

お茶をもてなして貰ってから暫くしても、いつもいるはずの奥様の姿は見えない。

「申し訳ない。今日は先客がいてね。妻と私の友人なんだ。いや、孫と言っても差し支えないかな」

傍に愛妻が居ないというのに、茶目っ気に笑みを浮かべる会長の目線が窓へと向けられた。

「見てごらん。あんなに嬉しそうなサチの顔を」

そう言って立ち上がった会長に続き、窓辺へと向かう。

「一年くらい前だったか。買い物に出掛けていたサチが走って来た若者とぶつかってしまってね。たまたま傍を歩いてた彼女が、咄嗟に受け身となって、倒れたサチを庇ってくれたんだよ」

「彼女が…………っ!」

背中を見せていた彼女が屋敷へと向きを変えた瞬間、息を飲んだ。

「お陰でサチはケガ一つなかったが、彼女は背中を打ち付け足も捻挫してしまってね。大丈夫だと言い張る彼女を無理に病院に連れて行って以来、今じゃこうして茶飲み友達だ」

この私が見間違えるはずがない。
肩下まで伸びるストレートな黒髪。
以前よりも更に細くなったか、華奢な体つき。
この場所からはハッキリとは分からないけれど、今も黒く大きく真っ直ぐな瞳は変わらないままに違いない。
奥様を助けたというエピソードが、それを裏付けているはず。
黒のブラウスにグレーのスーツ。
地味な装いのはずの彼女がとても眩しく映った。

「最近では、お茶だけでは飽きたらず、裏では彼女に良い見合い相手は居ないかと世話まで焼きたがる始末だ。そういう私も、彼女のファンではあるのだかね」

頭で考えるより先に、それは零れ出ていた。

「うちの……、うちの息子ではダメでしょうか。是非、彼女を息子に紹介して下さい」

「……司君をかね?」

この人の前だからだろうか。
本当の自分が顔を出してしまう場所だから、普段とは掛け離れた行動を取ってしまうのだろうか。
いや、多分違う。これは本能だ。

彼女なら、彼女さえ傍に居てくれたなら、司は人間としての感情を、生きる力を取り戻せるはず。
嘗ての日々がそうだったように。

その昔、生まれ変わったかのような司を目の当たりにして、息子が奪われてしまうと危機感を覚えた。
あれも本能だったというしか説明がつかない。
隠していた母性や嫉妬を疼かせてしまうほどに。17歳の少女に過剰な攻撃を仕掛けてしまうまでに。

その時とはまるで違う今の司からは、感情を読み取るのは難しい。
仕事はきっちりとこなしてる。
それは親の期待以上に。
なのにそこに生き甲斐を感じてる風でもなく、何も希望を持たず、ただ淡々と仕事をこなす日々。
激情に任せ、物に当たり散らすこともなくなったのが逆に怖くもある。
そんな司の姿を見るにつけ、まるで破滅の日を待ちわびているようだと感じ始めたのは、何時からだっただろうか。

勝手なのは分かっている。
今更、身勝手だと罵られるのも覚悟の上。
それでも……、
それでも……。

「お願い致します、会長。取り持っては頂けませんでしょうか? お願い致します」

私は見つけてしまったのだ。
偶然にも彼女を。
今までの行為を棚に上げ、息子可愛さに頼むしかない自分はなんて滑稽だろうか。
それでも諦めるわけにはいかなかった。

滅多に下げたことのない頭を下げれば、沈黙が横たわる。
静かな時が流れた後、会長が低い声で想いを紡いだ。

「君が何を考えているのかは分からないが、これだけは覚えていて欲しい。彼女を傷付けるようなことがあれば、この私が黙ってはいないよ、とね」



***



「後は、若い二人でって言うのが定番なのかしらねえ?」

この場の状況に驚愕した私に、真っ先に謝罪してくれたサチさん。でもそれは、驚かしてしまったことに対してだけで、騙し打ちのようなこの見合いは含まれていないと思われる。
その証拠に、この部屋に入った時から食事が終わった今に至るまで、本当に嬉しそうに笑み崩れたままだった。

「デザートはお二人で、ね? まだ二人とも、まともにお話をしていないんですもの。先ずはお互いを知るところから始めませんとね。私達邪魔者は、この辺で退散と致しましょう」

70歳を疾うに過ぎてるとは思えないほどの軽快な喋りと、見た目も若いサチさんは、どこまでもお見合いの定番に則り仕切っている。
この明るさのお陰で、何とか食事の時間は乗り切ったものの、口にした折角の高級料理の品々には、何の感想も持てないほど居心地が悪かった。
この場に居ることだけでも誉めて欲しいくらいだ。

そもそも、お互いを知る必要なんてない。
───少なくとも、私には。
それを知ってるだろうはずの人にチラリと目を遣れば、

「牧野さん今日はどうもありがとう。また、お会いしましょう」

と、こちらが震えてしまうくらい恐ろしいことを穏やかに話した魔女は、立ち上がると皆と共に部屋を出て行こうとする。

「……今日はご馳走様でした」

背を向けた4つの背中に、誰が支払ってくれたのかは知らないけれど、余計な言葉は避け無難な挨拶を返す。
今、大御所達に何を言っても無駄。
ならば、目の前にいるこの男に、このお見合いはなかったことにして欲しいと、言い出て去る方が早い。

今日何度目かの諦めを引っ提げ、記憶がない相手に幾分の落ち着きを取り戻していた私は、出ていく皆の足音が遠ざかり、聞こえなくなるのを静かに待った。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト



  • Posted by 葉月
  •  7

Comment 7

Mon
2018.02.19

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/02/19 (Mon) 01:31 | REPLY |   
Mon
2018.02.19

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/02/19 (Mon) 05:41 | REPLY |   
Tue
2018.02.20

葉月  

コメントありがとうございます!

ス******* 様

引き続きお話にお付き合い下さいまして、ありがとうございます。

今回は、ほぼ楓さん視点でした。
立場が楓さんの葛藤を生み、また隠されていた愛情もあったはずと、このような形で書かせて頂きました。
次回は、司とつくし二人きりの場面に突入します!
またお時間のあります時にでも、遊びに来て頂けたら幸いです。

コメント、本当にありがとうございました!

2018/02/20 (Tue) 08:15 | REPLY |   
Tue
2018.02.20

葉月  

コメントありがとうございます!

*香 様

今回もお話にお付き合い下さり、ありがとうございます!

恐縮するほどのお言葉、有り難く読ませて頂きました。
楓さん視点は難しいですね。息切れしました(苦笑)
次は、二人のシーンとなります。
またお付き合い頂ければ嬉しく思います。

また、質問についての件ですが……。
改めて別の形でお答えさせて頂けたらと思います。
少しお時間を頂戴してしまうことになるかもしれませんが、宜しくお願い致します。

いつも頂くお心遣いに感謝です。
コメントありがとうございました!

2018/02/20 (Tue) 08:30 | EDIT | REPLY |   
Tue
2018.02.20

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/02/20 (Tue) 20:26 | REPLY |   
Tue
2018.02.20

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/02/20 (Tue) 23:19 | REPLY |   
Thu
2018.02.22

葉月  

コメントありがとうございます!

k**** 様

初めまして!
遊びに来て下さりありがとうございます。

私も司ファンです(笑)
少しでも幸せにと願うのですが、その途中過程においては、色々と試練を与えてしまうかもしれませんが……。
このお話は、司30歳、つくし29歳設定となっています。
これから徐々にお話が動き出すと思いますので、またお付き合い頂ければ嬉しく思います。
今後とも宜しくお願い致します!
コメントありがとうございました。

2018/02/22 (Thu) 21:40 | EDIT | REPLY |   

Post a comment