Precious Love*番外編─再会*
こちらは短編【Precious Love】の番外編となっております。本編をお読みになってからお進み下さいませ。
気付かなかった。
背後に停まった車の気配も、その車のドアが開き、アルファルトを数回刻んだ足音も。
すぎなハウスの前で止められなくなった自分の嗚咽が邪魔して、だから耳に何も入らなかった。
肩を叩かれるまでは。
「先輩?」
肩に乗った桜子の手の重みに顔を上げる。
桜子は『見て?』と言うように背後に目線を動かし後を追えば──────────居たッ!
涙で滲んだ先。
ずっとずっと忘れたことのない、記憶の中より少し痩せた道明寺が、驚いたように立ち尽くしていて…………。
気付けば意識する前に体が反射し、駆け出して大きな胸へと飛び込んだ。
「……道明寺……道明寺……ッ!」
「…………牧野っ!」
伝えたい言葉なら沢山ある。
沢山あるのに、喉の奥にある大きな塊が迫り上がって、届けたい言葉の邪魔をする。
八年もの間、封印して来た愛しい名を呼ぶのが精一杯で、胸の中で泣くあたしを、戸惑ったように数秒遅れて、恐る恐る道明寺が包み込んだ。
「道明寺さん、お久しぶりです。三田くんなら来ませんよ。先日、三田くんに会ってお願いしたんです。道明寺さんを、この時間に呼び出してくれって」
「………は?」
腕の中に包まれながら、やり取りを訊く。
この前、桜子が会ったと言うなら、三田くんと言う子が学費の援助を受けた子なのかもしれない。
「道明寺さん、ホテル転々とし過ぎですよ! どれだけ私達が手間取ったと思ってるんですか? 情報得ても行ったらもういないし。仕方なく三田くんに協力して頂きました。ハウスの子の頼みなら無視しないと思いまして、三田くんに話した女性に会わせたいから力を貸して欲しい、ってね」
「っ……!」
動揺が走ったらしい道明寺に構わず、背中に回した両腕に力を込めてしがみついた。
"私達"と言うなら、桜子を始めとして、あたしの知らないところで、きっと皆が動いてくれてたんだ。
この空白の八年を埋める為に、終わらせる為に……。
皆の優しさに胸が熱くなって嗚咽が激しさを増せば、
「頼む……泣くな」
頭上から焦ったような小さな声が落ち、大きな手があたしの髪を優しく撫でる。
「折角メイクも完璧にしたのにぐちゃぐちゃになっちゃいましたけど、道明寺さん、後は先輩のことお願いします。私の任務はここまでですから」
「…………あ、あぁ」
「それと……、道明寺さん? 道明寺さんの苦労は仲間達はみんな知っています。八年間、本当にお疲れ様でした」
そう言って桜子の足音が遠ざかって行く。
桜子にお礼を言わなきゃって思うのに、今日のメイクだって、道明寺に会わせる為にしてくれたのかもしれないのに、胸が詰まって言葉を吐き出せない。
それに今は、一時も道明寺から離れたくなくて、しがみつく腕を解けなかった。
「…………牧野?」
「…………」
「牧野? 取り敢えず車乗るぞ?」
頷いてはみたけど、全く力を緩めないあたしに、道明寺は苦慮しながら歪な格好で車に乗り込むと、それでも離れようとはしないあたしを膝の上に置き、横抱きにして座らせた。
静かに走り出した車の中。
「ぜ……んぶ……訊い……たよ」
「………………そうか」
道明寺の首に腕を巻き付け、首筋に顔を埋めながら絞り出した声は途切れ途切れで、落ち着かせるように、道明寺の手が背中をトントンと叩く。
自分でも涙を止めたいのに、しゃくり上がった喉元を止められず、上手く言葉を繋げられない。
「泣くなよ……おまえに泣かれると、どうして良いか分かんねぇ」
…………困らせたくない。
一人で孤独の中、戦ってきた人に、きちんと言葉にして伝えたい。
「道明寺……、の……結婚披露宴……テレビ……で見たの」
背中でリズムを刻んでた道明寺の手がピタリと止まる。
「その時……にね……分かったの……道明寺が……無理してるって」
どう捉えて良いのか分からないのか、止まったままの道明寺に、この八年、誰にも言わずに隠し続けてきた想いを告げる。
「そんな道明寺を見て……あたしも我慢……しなきゃって……騙された振りして、足枷になっちゃいけないって。きっと必死に………頑張ってるんだろうからって。でもね、道明寺を忘れたことなんてない! 今でも道明寺を愛してる!」
最後に一番伝えたい想いを、嗚咽を撥ね付け叫ぶように告げれば、再会してから最大の力強さで抱きしめられる。
「牧野……」
「何も知らなくて……ごめん」
「……違ぇ……おまえが謝るな」
「…………」
「俺の傍に置いとくには危険だった。おまえが狙われるかもしんねぇし、おまえを手放してでも俺が動かなきゃ、おまえが安心して暮らせる日常も消えかねなかった」
どれだけ辛い日々に身を置いてきたんだろう。
あたしだけじゃなく友人達まで欺いて、全部背負って自分を犠牲にして……。
「ずっと祈ってた。牧野の幸せを……」
「なれるはずない。 道明寺が一緒じゃなきゃ、あたしは幸せになんてなれない」
八年ぶりのこの胸の中は、何もかも変わっていない。
道明寺の身に纏う香りも、体温の高さも。そして、彼を愛する自分の気持ちが、今も変わらず此処にある。
もう失いたくない。
失いたくないから、あたしから言う。
ずっと戦って守ってくれた人の前で、恥ずかしいとか、強がるとか、そんなものは不要だ。捨ててしまえば良い。
そんなものを理由に誤魔化すくらいなら、あたしの気持ちなんて所詮その程度のもだってことになる。
こうして、気持ちを伝えられる距離にいられることが、どれだけ貴重で幸せなことなのか、もう痛いくらいに充分過ぎるほど分かったから……。
だから────。
「これから先の道明寺の時間を全部あたしに頂戴! 道明寺と一緒に幸せになりたい」
「……ッ!」
幸せにしてあげるなんて、偉そうなことはもう言えない。
これだけ深い愛情で守ってくれた人と、ただただ一緒にいたい。例えどんな苦労が待ち受けようとも、この先は寄り添って支えて生きていきたい。
驚いたように、ビクッと跳ねた道明寺の腕からは力が抜け、あたし達の間に僅かな隙間が生まれる。
見上げれば、やはり道明寺は信じられないものでも見る様に目を瞠っていて、泣きじゃくったあたしの顔は相当酷いだろうけど、本気だって分かって欲しくて目を反らさなかった。
「それって……、俺と結婚する気があるって受け取ってもいいのか?」
「そう思ってもらわなきゃ、あたしが困る」
瞠っていた双眸を細め、見る間に苦い表情に歪む。
何でそんなに辛そうにするのか分からなくて、
「道明寺?」
不安気味に問いかけると、強いはずの道明寺は震えた声で言った。
「…………いいのか? 一緒に住んだこともねぇしフェイクだけど、戸籍上はバツついてんだぞ?」
そんな事か、と思いきり首振る。
「そんなの関係ない。もうイヤなの……あんな寂しい思いをするのは。道明寺の居ない無意味な時間を過ごすのはイヤ」
「牧野…………どんな理由であれ、おまえをあんな形で傷付けて悪……ッ、」
何を言い出すのか分かって、その先を食い止める。こうなれば実力行使だ、と道明寺の唇に自分のものを押し当て強引に塞いでしまう。
守ってくれた道明寺に、謝罪なんて言わせない。絶対に。
触れてた唇をそっと離し、
「謝ったら許さないから」
強気に出てはみたものの。
本来の自分なら有り得ない行為に、後から恥ずかしさが追い掛けてきて、ジッと見つめてくる道明寺に抱き付き、赤く染まった顔を隠す。
「どうして会いに来てくれなかったの?」
「…………酷ぇ傷付け方して、合わせる顔がなかった」
…………バカ!
なんでそんなに不器用なのよ。
大切に想ってくれてのことでしょ?
こういう時こそ俺様でいてよ!
孤独の中、戦ってきたに違いない大きな背中を労うように擦る。
「辛かったのは道明寺でしょ? 苦しかったよね。 寂しかったでしょう?……もう、道明寺にそんな思いさせたくない」
「……牧野」
吐息が交じり「……愛してる。牧野だけしか愛せねぇ」震える声のまま耳元で囁かれ、
「結婚して? 牧野」
うん、と頷けば、一際きつく抱き締めらた。
あたしもお返しにとばかりに力を込めると、これだけはと念を押す。
「でも、これだけは約束して?」
「ん?」
「お願い。もうあたしの前から消えたりしないで? もしまた危険なことがあったとしても、その時は、堕ちるところまで一緒に堕ちよう」
「……ッ!」
「逃げようたって無駄だからね? 地獄の果てまで追いかけてやるんだから」
いつかのセリフをそのまま返す。
あたしの首筋に顔を埋めた道明寺からは、
「…………何おまえはパワーアップしてんだよ」
深い溜息と共に掠れた声が溢れ出る。
「俺を殺す気か? 幸せ過ぎて胸が痛ぇ。俺、死ぬんじゃねぇの?」
「やっと会えたのに、そう簡単に死なれちゃ困る! で、約束は?」
数秒間を開けて道明寺は答えた。
「もう離さねぇ。約束する」
「絶対だからね?」
「あぁ。離さねぇよ。だから、もう一度悪かった」
……うん?
今の流れで、もう一度悪かったって何?
脈絡がなく脳内に疑問符が浮かぶ。
「どうしてここでまた謝るの?」
本気で分からず、抱き付いていた道明寺から離れ、様子を窺うように顔を覗けば……、
「謝ったらキスしてくれんじゃねぇの?」
熱を孕んだ眼差しとぶつかり、固まる暇もなく道明寺の左手に顎を固定された。
「足んねぇよ。全然、足んねぇ」
言い終わると同時に道明寺の唇があたしの元に落ちてくる。
一度、二度、と触れるだけのキスをして……。
三度目に、噛み付くようなキスを仕掛けられた。
唇のラインを舌がなぞり、隙間を作れば急かさず侵入してきて口内を蹂躙する。
顎に置かれていた手は後頭部へと移動し、がっちり押さえこまれて逃げることも出来ない。
吐息まで呑み込むような激しいキスに、頭が痺れてクラクラしてくる。
息も絶え絶えに、
「ふんっ……ぅ」
自然に声が洩れ落ちれば、余計に煽ったのか、意識まで奪うつもりなんじゃないかと一段と激しさが増した。
絡まり合う舌が紡ぎだす水音に刺激されて、気持ちが高揚し道明寺のキスに溺れてく。
必死に受け止めて、求めるように追い縋って……。
いよいよ息継ぎが巧く出来ず苦しくなった時、唇から温もりが消えた。
ギュッと抱き締められ、道明寺が耳元に甘く艶のある声を注ぐ。
「続きはホテルの部屋でな?」
いつの間にか止まっていたらしい車は、ホテルの地下駐車場にいて……。
何なく横抱きのまま降ろされ、そこから直通のエレベーターに乗り込み、あっという間に部屋に連れ込まれると、静かにベッドに横たえられた。
のし掛かるように見下ろす道明寺からの、熱の籠った眼差しを受け止める。
「いいか? 抱いても」
「…………断る理由が見つからない」
体重を乗せないように優しく包まれながら、距離をなくした二人のキスがまた始まる。
キスの相性は細胞レベルで決まると言う説がある。相手の遺伝子を残したいか否か。
女はそれを本能で知ると言う。
ならば、あたしはこの男が欲しい。
キスで分かる。本能が細胞が、この男を欲してると。
自分の全てを投げ出しても惜しくない、この世でただ一人、目の前にいる愛しい男だけを……。
身に纏うものを取り払い、手で指で唇で、まるであたしの存在を確かめるように、優しく、熱くなぞっていく。
あたしの名と愛の囁きを繰り返し、うっすら涙を滲ませた道明寺に心も体も委ねれば、何度も高みを見せられ、何度も求められて……。
声にならない声を上げて二人で上り詰めた先。白く弾ける幸せの波に堕ちていった。
「大丈夫か?」
覚醒して徐々に瞼を開ければ、引き締まった体の中に閉じ込められていて、愛しそうに見つめる眼差しと合う。
「ごめん、あたし寝てた?」
「30分くれぇな。久々過ぎて無理させたから、キツくねぇか?」
「だ、大丈夫」
その"無理"を思い出し、顔が火照るのが分かる。
道明寺は、あたしと別れてから本当に誰ともそういう関係は持たなかったらしく、またあたしも同じだと伝えた途端、道明寺の箍(たが)が外れた結果の"無理"。
きっと明日は筋肉痛になるかもしれない。
「まさか、寝顔見てたんじゃないでしょうね?」
照れ隠しに、威嚇にもならない迫力ない睨みを見せれば、
「ケチケチすんな。塗り替えてぇんだよ、記憶を」
隙間なく抱き締められた。
「ずっとな、思い出すのは、あの日のおまえの顔だった」
道明寺の指すあの日がいつなのかなんて、訊かなくても分かる。
「これから牧野を傷付けるって分かってんのに、おまえが泣こうが喚こうが、どんな顔でも、絶対目に脳に焼き付けとこうって。見とかなきゃなんねぇって。記憶に刻めば辛れぇのによ」
「どうして? って訊いても良い?」
顔を上げ目を見て訊ねれば、道明寺はあの日を思い出しているのか、哀しそうに力ない笑みを浮かべた。
「…………もう二度と牧野とは会えねぇって覚悟してたからな。どんなおまえでも覚えておきたかった。俺が消される可能性もあったし」
「ッ!」
ドクンと心臓が悪い跳ね方をして息を呑む。
消されるって……、道明寺が殺されていたかもしれないってこと?
あたしは、本当に何も知らずに生きてきたんだと思い知らされ、恐い可能性を想像して背筋が凍る。
「バーカ、んな顔すんな」
前髪を掻き上げられ、額にリップ音が落ちる。
「全部終わった。もう何の心配も要らねぇ」
「…………本当に?」
「あぁ、本当だ。もう大丈夫だ」
髪を梳いた指先が耳朶を弄り出し、首筋をなぞり出したところで、なし崩しに誤魔化す気じゃないかと、心配で浮かんだ疑問を突きつけた。
「じゃあ、どうして? 桜子が言ってたよね? ホテルを転々としてるって。 誰かに狙われてるからじゃないの?」
「違ぇよ。心配ねぇから、おまえに言えた話だっつーの。転々としてんのは、煩せぇんだよ。社の奴等がな」
本心なのか、射ぬくように視線を刺せば、どうやら嘘ではないようで「マジで心配ねぇって」と、疑いの眼差しを向けるあたしに苦笑いだ。
本当に大丈夫そうだと、跳ね上がった胸を一先ず撫で下ろす。
「煩いって、お母さん?」
「いや、ババァと親父は何も言ってこねぇ。他の奴等が戻れって煩せぇだけだ。俺はまだゆっくりするつもりだってのによ」
本当は、ご両親だって戻って来て欲しいはずだ。
だけど、こうして黙認してるのは、きっと道明寺の苦労を知っているからに違いない。
満身創痍で戦って来た道明寺を、今は許される限り休ませてあげて欲しいって、あたしも願ってしまう。
「じゃあ、暫くは王様先生だね?」
微笑みながら訊ねれば、照れたのか視線を外される。
「アイツ等、特にチビ共は、ギャーギャーピーピー煩ぇけど面白ぇな。笑ったり怒ったり泣いたり意地悪もしたりしてよ。良いことも悪いことも自分の思うがまま素直に動きやがる。腹黒い狸や狐に囲まれてたから、何か新鮮で見てると面白ぇ」
気を張り巡らさなければ生きて行けなかっただろう時を思うと、子供達との触れ合いは、今の道明寺にとって癒しの時間になってるのかもしれない。
「たまに、アイツ等とメシも食ったりしてよ」
「え? 道明寺も一緒に?」
「あぁ。ボランティアの奴等やガキ共が一緒になってメシ作って、この前、初めて豚汁?っつーの食った」
正直、意外すぎて目を丸くする。
言葉にせずともそれが分かったのか、道明寺は「俺の中におまえが居たからな」と話を続けた。
「金出して旨いもん食わせてやるのは簡単だ。けど、アイツ等には帰る家があって、その環境の中で生きてかなきゃなんねぇ。アイツ等の将来、全部俺が引き受けてやるわけにはいかねぇしな。だったら、贅沢を覚えさせんじゃなくて、みんなで貧乏食囲んで、ワイワイ言いながら食う方がいいんじゃねぇかって。牧野ならそうすんだろうなって思ってよ。いつも、牧野ならって、おまえ基準で考えてた。
会えなくても、そうやって牧野を近くに感じていてぇっつーか、な」
「…………道明寺」
「アイツ等がもし、高校ン時のおまえみたいに、貧乏でも必死に真っ直ぐ生きて、その先へ進みたいって歯食い縛んなら、そん時は力を貸してやりてぇ。そういう牧野みてぇなガキが一人でも増えりゃ、この先の未来、少しはまともな世の中になるかもしんねぇしな。歪んだ世界を見た後の、小さな希望の光だ、アイツ等は」
それだけ見たくもないものを目にし、暗い世界を生きてきたってことだ。
そんな世界を愁い、希望の光を探して託したいんだ。
恵まれた環境に生まれても寂しさと隣り合わせで、力ある家柄故に、世に出れば不条理な闇に巻き込まれて……。
それでも闇に潰されず、闇に呑み込まれもせずに、こうして未来を見据え子供に寄り添う道明寺は、強くて、そして誰よりも優しい。
「なんか……あたしの恋人は、益々良い男になり過ぎて困っちゃうよ」
また涙が込み上げて来そうになり、誤魔化すように笑顔で言えば、
「恋人? じゃねぇだろ?」
そう言って、道明寺はニヤリと口端を引き上げた。
***
「どうする、どうする? 突撃しちゃう?」
「滋さん、落ち着いて下さいよ。隣のスイートに私達がいると知ったら、それだけでも大暴れしかねないのに」
「桜子心配すんな! 司が暴れたら、今夜は俺が一人犠牲になってやる」
「プッ、総二郎、司殴っちゃったの気にしてんだね」
「煩せぇーぞ、類! つーか、類もなんであん時止めねーんだよ」
「ん? だって昔、司と総二郎でやり合ったの俺だけ見てなかったし。レアなシーン見ときたいでしょ」
「やり合うどころか一方的だったんだから、類もそこは止めに入れ! 俺は二発目で止めたぞ? 振り払って三発目行くなよ」
「総二郎は黙って三発は殴られなきゃね? でも、司の三発食らったら総二郎は病院送りかも、ぷっ!」
「煩せぇよ! つーか、類はテレビ消せっ!」
「やだ。 リモコン返してよ」
その時、テレビから流れ出た音に全員が誘われるよう視線を移すと、暫し訪れた静寂。
しかし次の瞬間には、一斉にそれは打ち破られた。
「ギャハハハ、腹痛ぇ」
「マジかよっ!」
「ぷっ、くくくっ」
「きゃーーーっ、やるぅー、司っ!」
「つくし……良かった」
「先輩っ!」
12の瞳の先には、ニュース速報のテロップの文字。
そこには、
『道明寺司氏、一般女性と入籍を発表』
とあった。
「桜子、つくしを司に会わせたのって何時だっけ?」
興奮気味の滋に桜子が答える。
「夕方の四時です」
「早ぇ、早すぎる! 六時間後にはもう入籍って、流石ヒーローはやることが早ぇ!」
総二郎はソファーを叩き、皆の笑い声が木霊する中、今度は全員のスマホが音を奏でた。
『Thank Youな!』の後に続く
『邪魔したらぶっ殺す!』のメッセージ。
何年のブランクがあっても、友人達の悪巧みは読めるのか、お礼の後の物騒な殺人予告の下には、二人の写真が添付されていた。
「マジかよ! あいつら二人で式まで挙げたのか?」
それは、十字架の前で私服のまま並ぶ二人の姿で、新婦の頭にだけ白いヴェールが乗せられている。シンプル過ぎるほどの式の形態なのに、それでも幸せに満ち溢れてるのが写真からも伝わってくる。
「なんだ、この司の腑抜けな顔は! カメラすら見てねぇーし!つくしちゃんしか目に入ってねぇーのかよ!」
「そりゃそうでしょ。嘘でも神に誓うのは嫌だからって、前は式挙げないくらいだもん。牧野と誓えて感動してるんじゃない?」
「だな。こんな顔にもなるってもんだ」
司、牧野、おめでとう……類の呟きを訊いて桜子が立ち上がる。
「よーし、今日は朝までガンガン飲みますよー!但し、 今夜は二人の邪魔は禁止です! 私が絶対に許しません!」
らしからぬ発言に、滋は桜子の腕を抱き締め、うんうんと頷き、ハンカチを差し出したあきらは、威勢の良い強気な宣言とは裏腹に、涙があふれて止まらない桜子の頭に手を置いた。
「そうだな、今夜は二人を祝って、俺達だけでここで飲み明かそうな」
「俺達も鬼じゃねーし、初夜は勘弁してやって、隣には朝、突撃しようぜ! つーか、2ヶ月後あたりには、道明寺夫人ご懐妊って速報が流れんじゃね? って、おいこらっ! 類、寝んじゃねぇーよっ!」
───八年遅れで繰り広げられる宴。
つくしが寝ていた僅か30分の間に、両家の親に連絡して承諾を得た、司の嵐のような行動力。
入籍、二人きりの挙式、と漕ぎ着けたこの驚異のスピード結婚を、心の底から喜ぶ仲間達がいる。
笑って泣いてバカ言って……。
翌日が平日だということも忘れた宴は、有言実行、朝まで延々と続けられた。
【Precious Love番外編─再会】fin.

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