Precious Love 1
こちらのお話は4話完結の短編となります。
あり得るのか疑問な設定含みですが、あくまで妄想、フィクションだと寛大にご理解頂ければ幸いです。
「しかし、珍しいよな。司が俺達を呼び出すなんてよ」
「だよなー。いつもなら俺達なんて邪魔者扱いなんじゃねーの?」
「そうそう! 滋ちゃんとは遊んでもくれずに、すっかり放置だもんね!」
「それは仕方ないですよ、滋さん!」
今日は、NYから急遽一時帰国した道明寺さんの鶴の一声で、こうしてメープルの一室に全員集合となった。
美作さんや西門さんが言うように、道明寺さんにしては本当に珍しい。
いつもなら先輩を独り占めして、下手をしたら帰国していたことさえ私達には内緒にしていることも良くある。
事実、2ヶ月前もそうだった。
でもそれも致し方のないこと。
何しろ二人は、もう七年も離れ離れの生活を強いられている。
限られた時間の中で、誰にも邪魔されずに恋人とだけ過ごしたいという気持ちは、痛いほどに理解出来た。
だから尚更、今日の道明寺さんの行動は意外で、既に集まってる仲間達からは、一斉に疑問の眼差しが向けられている。
「…………おまえらに報告がある」
道明寺さんの静かな声に、私達は前へ横へと、相手を変えながら目配せをした。
…………まさか!?
…………いよいよか?
…………とうとう結婚に踏み切るのか?
誰しもの目が、待ち侘びていた朗報が来るのかと目を輝かせ、きっと期待に胸を膨らませている。七年間と言う年月を考えれば、思いも一入(ひとしお)だ。
目を瞑っていたはずの花沢さんさえ瞬時に目を開き、そんな皆の浮き足だった様子に、遂に滋さんが我慢の限界を突破し切り出した。
「司、もしかして結婚とか?」
訪ねておきながら、答えはもう分かっているとばかりに、滋さんの顔は、はち切れそうなほど満面に笑み崩れている。
「あぁ」
「そうか!」
「 やっとだな!」
「 きゃーーっ!」
一斉に歓声が上がる。
「牧野が来たらちゃんと話す」
付け足された道明寺さんの口調は、緊張しているようで、いつになく硬い。
道明寺さんの言葉に、心得たようにそれぞれが笑顔のまま頷いた。
これは、私達の前での公開プロポーズになるのかもしれない、と誰もが察している様子での頷きだった。
流石の私も、嬉しさの余り叫んでしまいそうになるのを必死に堪え、口角を最大限に上げるに留めた。
こんなに嬉しいことはない。
この七年、先輩にとって決して楽な日々ではなかったはず。
愛する人が常に傍らに居ないということは、寂しさや忍耐とも戦わなければいけない。不安に揺れた日だってあったに違いない。
距離になんて阻まれることのない普通の恋人達でさえ、すれ違いは生じるのだから。
それでも、二人は互いを信じ、長い時間を重ねてきた。
道明寺さんへの愛情が、道明寺さんから受ける底知れぬ深い愛が、距離を跳ね退け二人の絆を固めてきた。
今夜、漸く二人の想いと努力が報われる。そう思うと、私の心も過去に経験がないほどに弾んだ。
誰よりも大切な先輩と、憧れの道明寺さんが見つけた幸せ。それが、いよいよ形を成す瞬間に立ち会える。目撃者になれる。
私の幸せも、間違いなくこの後待ち受けるだろう瞬間に訪れるに違いない。
───先輩、早く駆け付けて下さいよ!
逸る気持ちを抑え心で願う。
遅れるとは訊いていたけれど待ちきれなくて、はしゃぎそうになる自分を誤魔化すように、目の前のギムレットに口をつけた。
先輩が高校の国語教師になって二年目。
この春から初めてクラス担任を任され、早速、忙しさに追われている先輩は、仕事が片付き次第、シェアハウスをしてる優紀さんと合流して来る予定になっているけれど、時間を見ればそろそろ顔を見せても良い頃だった。
緩みの引かない口元のまま仲間を見渡せば、メインイベントはこれからだと言うのに、前祝いのつもりか、皆の飲むペースは驚くほどに早い。
今日ばかりは仕方がないか。
美容の天敵すら臨むところ。寝不足もアルコールも今夜は引き受けよう。
これから先に始まる、どんちゃん騒ぎを見据えて覚悟したところで、部屋にベルの音が響いた。
「来たーーーッ!」
脱兎の如く飛び出して行ったのは滋さんだ。
「きゃーーっ、つくし待ってたよーーっ!」
もしかしてこれは、また先輩が抱き締め殺されかねないパターンだったり?
飽きもしない芸当に内心呆れながら、助け船を出すかと腰を上げかければ、「早く早く!」と急かす滋さんの言葉が続く。
今日ばかりは、イベントを優先したらしい、と胸を撫で下ろし腰も下ろした。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
「すみません。遅くなりまして」
先輩と優紀さんが、皆にペコペコ頭を下げながら並んで入って来る。
皆からの挨拶を受けながら、先輩はソファーに身を落とすと、道明寺さんへと嬉しそうに視線を合わせた。
「道明寺お帰り」
「あぁ」
「やっと全員集合だな。先ずは乾杯と行こうぜ」
割って入った西門さんの横で、ポンっと爽快な音が空気を裂いた。美作さんが開けたシャンパンだ。
それを慣れた手つきで片手で持つと、人数分を注ぎ 、それぞれの前に琥珀色に染まるグラスを置く。
「乾杯の前に……ね、司?」
急かすのは滋さんだけど、他のメンバーも今か今かと待ち遠しいのが表情からも見てとれる。きっと私も同じ顔をしてるはず。
何も知らないのは、何事? と、キョトンとみんなを見回している先輩と優紀さんだけで……
「……牧野」
道明寺さんは、いよいよ口を開いた。
「うん? なに?」
膝の上に両手を組んだまま、道明寺さんが先輩を見つめ再び話し掛ける。
「牧野…………俺と別れてくれ」
「……ぇ」
─────今…………なんて?
瞬時に全員を一瞥すれば、凍り付いたように誰の表情からも色が消えていた。
…………一体、何が起こったの?
『別れる』って…………ナニ?
意味を咀嚼したくないと脳が拒絶し、体に悪い動悸を感じる。
先輩の僅か一文字の小さな声を最後に、誰もが言葉を忘れ沈黙が張り付いた。
それは、一分にも満たなかったはずなのに、とてつもなく長い感覚に包まれ、誰でも良いから早くこの動揺を拭って欲しかった。
何かの冗談だと笑い飛ばして欲しかった。
…………でもそれは、叶わなかった。
「頼む。牧野、俺と別れてくれ」
抑揚のない道明寺さんの声が無情にも響く。
「な、なに言ってんの! 司、おかしいよ! だって司は結っ、」
「止めろっ、滋!」
先を言わせまいと、被せるように美作さんの声が割る。
それは、普段の美作さんからは想像もつかないほど聞いたことのない怒声で、余計にこれが緊張を強いられたリアルな場面なんだと嫌でも思わせる。
「………… 道明寺、理由を訊いても良い?」
痛みを孕んだ震えた声だった。
そうだ。誰よりもこの現実を受け入れ難いのは、震えた声を絞り出している先輩だ。
だから、冷静にならなきゃいけない。
この先の答えが覆らなかった時の為に、先輩を支えられるように、自分だけでもしっかりと…………。
「結婚しようと思ってる」
っ! と、詰まらせ息を呑んだのは誰なのか。それとも自分か。
「それって…………政略結婚ってこと?」
さざ波一つ表情に刻まない道明寺さんは、必死になって感情を押し止めてるだろう先輩から目を離さないでいる。
「違う。結婚したい女が出来たってことだ」
「うそ…………嘘だよね?」
出来ることなら、この怯える声に耳を塞いでしまいたい。その先にある道明寺さんの言葉を、これ以上鼓膜に侵入させないためにも……。
「嘘じゃねぇ。だから別れて欲しい」
先輩は唇を噛み締め、誰もが絶望で言葉を失う中、
「真面目に言ってるのか?」
西門さんが紡ぐ。
それは、怒りを含みながらも、どこか懐疑的な声音(こわね)にも聞こえた。
道明寺さんは、視線を一ミリも動かさず、先輩を見据えたまま答えた。
「冗談なんかじゃねぇ。本気で言ってる」
「急に……急に心変わり……したってこと?」
力なく追い縋る先輩の声が心に痛い。
「あぁ」
「嘘……、だよね? そんな急に……。道明寺、どうしたの? ねぇ、冗談でしょ?」
「持たせてある牧野名義の通帳はおまえの物だ。そのまま受け取って欲しい」
淡々としたこの声は、本当にあの道明寺さんのものなのだろうか。
先輩の気持ちを蔑ろにする言葉に、怒りなのか怯えなのか悔しさなのか哀しみなのか、ありとあらゆる感情が突き上がり、気を抜けば全身が震えそうになる。
「なに、それ…………手切れ金だとでも言うつもり?」
「そう受け取って貰って構わねぇ」
「バカにしないでっ!」
立ち上がった先輩の声が跳ね上がった。
座ったままの道明寺さんは、それでも目を逸らさずに、見上げる形で先輩を見ていた。
「すまない。無駄な時間に付き合わせて、申し訳なかったと思ってる」
「…………無駄?」
吐息に交ざった、辛うじて聞き取れる呟きが転がり落ち、
「おまえにとっては、無駄っ……、」
─────パンッ!
乾いた音が空気を切り裂く。
道明寺さんが言い終える前に、先輩の右手は、容赦なく道明寺さんの左頬に振り下ろされていた。
「無駄って何よ! 勝手にそんな一言で片付けないで!」
先輩は、道明寺さんを殴った手で首もとから何かを引きちぎり投げつけた。
…………それは、肌身離さずつけていた土星のネックレスだった。
「あんたなんか好きにならきゃ良かった…………、最後にそんな風に思わせないでよ」
悲しく吐き出された想いに、私の涙腺まで決壊しそうで必死に堪える。
先輩は、バッグを掴むと私達に、そして七年間の全てに背を向けた。
「先輩!」
「つくしッ!」
「つくし」
直ぐさま、優紀さんが立ち上がる。
「直ぐに追いかけます。それまで先輩を」
頷いた優紀さんは、皆に頭を下げて走ってこの部屋から出ていった。
ホテルの部屋のドアが閉まる音を合図に、美作さんが詰め寄る。
「司、結婚したいと言ったな? 女を妊娠でもさせたのか?」
冷静かつ尤もな事実確認だった。
いきなり他の女と結婚なんて聞かされれば、真っ先にそれを疑ってしまう。
「それはねぇ」
良かった。
肯定されたらどうしよう、と内心怯んでいただけに、先輩にこれ以上の傷を重ねさせずに済んだと、僅かにだけ胸のつかえが落ちた。
「責任とってって話じゃねーんなら、本気かよ。牧野とも結婚って騒いで、今度は別の女と結婚してぇからって牧野切り捨てて。随分とめでてぇ話だな」
西門さんが怒りまかせに吐き捨てる。
その横では滋さんが泣きじゃくり、反論もせず黙りこむ道明寺さんを、花沢さんがただ静かに見ていた。
恋愛は、どちらかが土俵を下りればそれまでだ。心変わりしたことを責める権利は、私達にはない。それが許されるのは当事者だけだ。そう頭は理解するのに、言わずにはいられなかった。
「道明寺さん? ずっと牧野先輩だけを想ってきたあなたが、急に心変わりなんて信じられません」
「…………女なんて最低な生きもんだって思ってた俺が、突然牧野に落ちた。それと同じだろ。時間なんて関係ねぇ」
確かに、道明寺さんは先輩と出逢い、短い期間に一気に上り詰めた恋をした。
それを前提とされたら、悔しいけれど返す言葉は見つからない。
でもそれは、真剣で本気な愛となったから、距離に邪魔されても七年も続いてきたはずで、私達だって二人の愛を疑ったことなんてない。
だからこそ、まだ信じていたくて、蜘蛛の糸を掴むように綻びを探す。
この悲しい結末の何処かに、攻め込めば矛盾が潜んでいるんじゃないかと、希望を見つけたくて悪足掻きする。
「では、もう一つだけ……。どうして私達をこの場に立ち会わせたんですか?」
「言ったろ、結婚の報告だ。揃ったところで報告した方が面倒がなくていい。式への招待状は、改めておまえらに送る」
「そうですか。結婚の報告なら、もっと他にも面倒がない方法は幾らでもあると思いますけど。だからこそ、私達がここに呼ばれたことには、何か思惑が隠されてるのかと思いまして」
「考えすぎだ」
本当にそうなんだろうか。どうしても信じられなくて、僅かな可能性に賭け言葉を付け足す。
「道明寺さん、私とは目を合わせて下さらないんですね」
挑発すれば、瞬間的にだけ目線を上げ私を見た。
分からない。
私との会話中、目を合わせなかったのは、特別意味はなかったのか。それとも、目は口ほどに物を言うだけに、悟られたくない何かを隠しているのか。
後者の可能性に賭けたい。そう思っても、これ以上、私が遣り合ったところで平行線を辿るだけ。
だから、僅かな変化も見逃しはしないで、とバッグを掴みながら、私以上に冷静な判断を下せる人に託すように目線を移した。
「三条、牧野のとこに行くの?」
直ぐに私の視線に気付いた花沢さんに頷き返す。
「はい」
「そう。後で連絡する」
「分かりました」
立ち上がる私に「牧野を頼む」と、美作さんから声がかかり顎を引く。
表情に怒りを滲ませ押し黙る西門さんを横目に、泣き続ける滋さんの肩にそっと手を乗せてから、メープルの一室を後にした。

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