fc2ブログ

Please take a look at this

Lover vol.52


 Lover vol.52


「ただいまー!」

実家のインターフォンを鳴らし、開けられた玄関を潜って威勢良く言えば、

「⋯⋯あら? 肝心な道明寺さまは?」

迎える側の第一声が、何とも失礼なこれ。
私の背後ばかりを気にかける母親は、肝心・・な娘の夫の姿ばかりを探している。
私が重そうに荷物を抱えているのが目に入らないのか、相も変わらず娘に酷い。
どんだけ司贔屓なんだと、呆れ塗れに半目で母を見た。

「司なら、急遽確認しなきゃならない仕事が入って、会社に行ったわよ。夕飯までにはこっちに来るって言ってたから、そのうち現れんでしょ。それより、小さい箱だけでも持ってくれると、凄ーく助かるんですけど!」

「あらやだ、重そうね」

思ったとおり、今気づいたとばかりの言いっぷりだ。
本当に目の前の娘を視界に入れていなかったとは⋯⋯。
どんだけ司を待ち侘びてたんだか、この人は。


残念ながら、軽井沢から邸に戻った司を待ち受けていたのは、

『お休みのところ大変心苦しいのですが、一度、会社にて確認していただきたいものがございまして』

全く心苦しさを感じさせない無表情の西田さんで、司は無慈悲にも連行された。
夕飯はこっちで摂ることになっているから、そう遅くなることはないと思うけど。

重ね持っていた上段の小さい方の箱を母に預けた私は、僅かに軽くなった荷物を持ってズカズカと上がり込む。
足を踏み入れたダイニングには、母とお茶を飲んでいたのか、丁度良くおばあちゃんがいた。

「おばあちゃん、司からお土産よ!」

「おやまぁ。司くんがかい?」

「うん!」

テーブルに箱を置き、封じてあるテープを剥がして蓋を開ければ、飾りの松の葉と氷以外、隅から隅までぎっちりと並ぶ、鮎、鮎、鮎。

⋯⋯っ! 何匹あんのよ、コレ!

加減を知らない司らしい量に、目を見開くしかない。

「まぁ。⋯⋯そう。司くんが鮎を⋯⋯本当に、あの子は⋯⋯」

何だろうか、このおばあちゃんの反応は。
何やら含みがありそうな言いように、落ち着かせた目線を祖母へと移す。

「おばあちゃん、どうかした?」

おばあちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせて、真相を教えてくれた。

「前に司くんが来たとき、色々話したって言ったのを、覚えてるかい?」

「そういえば、そんなこと言ってたね」

前回の訪問の夕食後、私が片付けを手伝っている間、ゲームに耽っているパパたちには混ざらず、司だけはおばあちゃんと一緒にいた。その時のことだ。
私たちが以前に別れたことや、今回の結婚に至るまでを司は語ったのだと、あの日おばあちゃんは言っていたけど、この口ぶりから察するに、どうやらそれだけじゃなかったようだ。

「その時にね、田舎の話もしたんだよ」

「田舎の話?」

「そう、福島の話をね。
私が以前は福島に住んでたって言ったら、司くんの会社の社食では、率先して福島県産の食材を使ってるって教えてくれてね。それを訊いて嬉しくなっちゃったもんだから、私が東京からお祖父ちゃんのところに嫁いで真っ先に思ったのは、空気が美味しくて、野菜も果物もお米も、食べもの全部が本当に美味しくて、食べることが何よりも楽しみだったって、嬉々としてそんな話をしてしまったんだよ」

今、血筋を垣間見た気がする。
私の食いしん坊は、まさかの祖母からの遺伝だったのか。

「その中でも特に気に入って大好物になったのが鮎の塩焼きで、それまで食べたことがなかったから、余計に嵌ってしまってね。お祖父ちゃんが元気だった頃は、夏になると自ら釣ってきてくれて、亡くなってからは、山本不動尊に良く買いに行ったものだよ」

祖母の話が刺激剤となったのか、無意識のうちにしまい込んでいた記憶のページが開く。

山本不動尊――――祖母の自宅から20分ほど車を走らせたところに、そんな寺院があったのを思い出す。
祖母と共に何度か訪れたことがある場所だ。

渓流に架かる赤い橋を渡ると長くて急な石段があって、登りつめた先の洞窟に尊像が納められていたはず。
でも子供の頃は、厳かで静謐な雰囲気が何となく怖くて、足が竦んで。
それなのに、山本不動尊に行く祖母に着いて行っていたのは、境内にある食事処で売られている、焼き立ての団子がお目当て。
私と進が買ってもらった団子を頬張る傍では、確かにいつだって祖母は鮎を食べていた。
その場所で鮎の塩焼きが買えることさえ忘れていたが、今はその光景がしっかりと脳裏に思い浮かび、そして――――ハッと気づく。

もしかして、そんな話を訊いたから、だから司は鮎を用意してくれたの⋯⋯?

「車の免許を返してからは、なかなか買いに行くこともできなくてね。そんなつまらない話を訊かせてしてしまったもんだから、きっと司くんに気を遣わせてしまったんだろうねぇ」

『――――本当は俺らで釣りたかったんだけどよ――――』
『ばあちゃんに食わせてやれ――――』

数刻前の司の言葉が蘇る。

初めから司は、おばあちゃんに鮎を食べさせるつもりで⋯⋯。

あのバカ、それならそうと言ってくれれば良いのに。

「司、そういうこと何も言わないから⋯⋯」

「それが司くんなんだろうね。掛け値なしの優しさを持っている子なんだよ」

日頃は横柄で横暴で、けれど、それに反して情の深い一面を隠し持っているのを、悔しいけれど知っている。

「それにしても、鮎を食べるのは久しぶりだねぇ。司くんに感謝しなきゃいけないねぇ」

目を細めて艶のある鮎を見ている祖母は、本当は違う何かを見ているように思えて、考えるより先に思考は口から零れた。

「おばあちゃん、福島が恋しい? 田舎に帰りたい?」

顔を上げた祖母は、一瞬だけ驚いたような顔をして、でもまた直ぐに穏やかな笑みに戻る。

「恋しいけれども、心の中にある思い出だけで充分。過去にばかり囚われてしがみついていたって、何も良いことなんてないからねぇ。だからね、つくしちゃん。つくしちゃんも、今をちゃんと生きて、前をしっかり向いて歩いて行かなきゃいけないよ」

突っ立ったまま、テーブルに乗せていた私の手を、おばあちゃんのものが優しく包む。
更にその上に、包まれた方とは逆の手を重ねた私は、「うん」と静かに頷いた。

「さあさ、つくしには勿体ない道明寺さまが帰って来る前に、さっさと夕飯の用意するわよ。お母さん、鮎は串付きの方が食べやすいわよね? つくし、これ使っても良いんでしょ?」

あっちにこっちにと忙しなく会話を振るママの「これ」とは、私が持ってきた、母に預けた方の小さい箱。
その中身は家庭用焼き鳥機で、鮎を焼くのに丁度良いかと思い持ち込んだ。

「うん、使って。っていうか、それあげる」

「まだ新しそうなのに、貰っても良いの?」

もう使う機会がないものだ。
でも、それを説明するには、心あらずでゆとりがなくて、頷くだけに止めた私は――――

「これで焼くだけじゃ間に合わないから、グリルも使えば良いわね。ほら、つくしも手伝って」

ママに言われるがまま手伝いをはじめても、どうしてもソワソワと落ち着かなかった。

黙々と夕飯の準備をして、またもや、定時前に帰ってきたパパに焼き鳥機で鮎を焼かせて。
ある程度の用意が済んで茶碗をテーブルに並べる段になっても、ちっとも心は落ち着かなかい。
それもこれも、司のせいだ。
おばあちゃん曰くの、『掛け値なしの優しさ』とやらに触れたせい。
挙げ句、いつかの光景が頭にチラつき始めて⋯⋯。

「あー、もう!」

私は、借りていたエプロンを乱暴に脱ぎ捨てた。

「ママ、あたしちょっと出かけてくる!」

キッチンにいる母親に向かって叫ぶ。

「え? 道明寺さまが来るっていうのに、どこ行くのよ!」

「直ぐ戻るから! ママ、自転車借りるね!」

そう言って、全速力で自宅を飛び出した。



✦❃✦



いつかの光景が隣にある。
みんなが揃い、夕飯を食べ始めたというのに、隣の男は動かない。茶碗を手にしたまま、一向に食事に手を付けようとしない。
まるで、いつかの光景――――前回、ここで食事をしたときのように。

ただ、一点だけ違うのは、その表情。
前は不貞ていたが、今は締りのない顔を晒している。
今日もまた、我が家の夕食には飛び入り参加の類もいるのに、それすら気にならないのか、ご満悦だ。

⋯⋯こっちが恥ずかしいから、その顔引っ込めなさいよ!

そう思うも、つつけば浮かれた司が何かを言い出すやも知れず、恥をかきたくない私は押し黙るしかない。

「司くん。鮎、とっても美味しいよ。どうもありがとうねぇ」

「喜んでもらえたなら何よりです」

おばあちゃんに話しかけられた一瞬だけは、まともに対応した司だけれど、直ぐにニヤけた顔に逆戻る。

類にだって、昼間はあんなに怒っていたくせに、

「単純」

類にバカにされても反応しないほど、上機嫌らしい。
進の存在に至っては、居ることすら気づいているのかいないのか。

そのご機嫌な理由が、茶碗にある。
前回は、自分だけ茶碗が違うことにイジケていた。子供みたいに。
その顔が脳裏にチラついて離れなかった私は、だから急いで買い物に出た。司の茶碗を求めて。

でも、みんなとお揃いの茶碗は探しても見つからなくて、仕方なく私と司、二人お揃いの茶碗を買った⋯⋯そう、あくまで仕方なくだ。
つまり、私が買った茶碗は、世間で言うところの夫婦茶碗ってやつで。それが、大いにこの男を喜ばせているらしい。

あんたが、おばあちゃんに親切にしてくれたから、そのお礼よ!
それだけなんだからね!
だから、うっとりした目で、あんたと私の茶碗を交互に見るのは即刻止めなさい!

そう言いたくても、頭にお花が咲いている司に触れれば、土壺に嵌るのは私のような気がして、これまた何も言えない。

司の向こう側では、面白がって目をキラキラさせている類が視界に入り落ち着かず、顔の向きを若干おばあちゃん寄りにする。

が、おばあちゃんまでもがニコニコしていた。
呆れるどころか、うんうんと嬉しそうに頷きながら、目を細めて司を見ている。

⋯⋯居た堪れないんですけど。

遂に限界を突破した私は、隣の男の足を踏みつけ、

「いい加減食べなさいよね!」

言い捨てると、祖母側へ体ごと向きを変えた。
こうなったら、何を言っても勝てる気がしない類は諦め、せめて祖母だけでも、

「そうだ、おばあちゃん!」

全く別の話題を振って、気を逸らせるしかない。

「私ね、今、野菜を育ててるの」

「おや、つくしちゃんがかい? それは大変だろう」

「うん。でも楽しいよ。もう直ぐ色々と収穫できそうなんだ」

そこまで言って、前々から考えていたことを口にする。

「ねぇ、おばあちゃん。収穫したら持ってくるから、一緒に食べてくれる?」

子供の頃は、祖母が育てた野菜を食べ、大人になった今、今度は自分が作った野菜を祖母に食べてもらう。
恩返し、というにはお粗末だけれど、あの夏の日の思い出があったからこそ始めた野菜作り。
その野菜をおばあちゃんと一緒に食べながら、『田舎で過ごした夏の思い出が、今でも私の大切な宝物なんだよ』そう、愛情を沢山注いでくれた祖母に感謝を伝えよう。

「もちろんだよ。つくしちゃんが育てた野菜を食べれるなんて、また楽しみが一つ増えたねぇ。つくしちゃんの野菜は食べられるわ、この前は進くんが、可愛らしいパジャマを買ってきてくれるわ、その上、心優しい司くんっていう孫まで増えた」

「ぐふっ⋯⋯!」

やっと食べだした司だったが、褒められたことに動揺して喉を詰まらせたのか、変な音を出す。

「優しい自慢の孫たちと、その孫たちの大切な友達である類くんに囲まれて、私は、世界一幸せな『おばあちゃん』だ」

「おばあちゃんったら大袈裟よ! でも、そんなもので喜んでくれるなら、沢山お野菜持ってこなくっちゃ! おばあちゃんの野菜には負けるかもだけど、楽しみに待っててね!」

「ああ、一緒に食べるのを楽しみにしてるよ」

けれど――――。









そんなささやかな約束が果たせる日は、永遠に訪れることはなかった。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト



  • Posted by 葉月
  •  4

Comment 4

Sat
2023.09.02

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2023/09/02 (Sat) 06:09 | REPLY |   
Sun
2023.09.03

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2023/09/03 (Sun) 23:36 | REPLY |   
Wed
2023.09.06

葉月  

き✤✤ 様

デレ顔の司くん。
想像できちゃいますよね(*´艸`*)
何でも手に入れることができる大金持ちの御曹司なのに、揃いの茶碗一つで大喜びする、単純で可愛い男子です。

つくしも、おばあちゃんの前では、石のような頑固さも少しだけ解れるようでして⋯⋯。
そんな仲良しのつくしとおばあちゃん。
しかし、ほのぼのとした雰囲気から一転、次話からは厳し目のお話となります。
次回は長いお話となりそうですが、お時間を見つけてお付き合いいただければ幸いです。

コメント、ありがとうございました!

2023/09/06 (Wed) 18:05 | EDIT | REPLY |   
Wed
2023.09.06

葉月  

ク✤✤ 様

単純男、司くん。
夫婦茶碗一つで、ニヤけ面が元に戻りません。
でもきっと、そんな脂下がった顔でも様になってしまうんでしょうね。
司なら、どんな顔でも尊いんじゃないかと!

ここに来て、少しずつ、少しずつ、ほんのちょっぴりだけ距離が縮った気配のする二人。
ここまで来るのに、既に52話も消費しているという、亀もびっくりの速度です(;・∀・)
一体、あと何話書けば二人は幸せになってくれるのか。若干、遠い目になりつつ、掛け値なしの優しさを持つ司に、早くつくしが絆されてくれるのを待つばかりです。

過去一、長いお話となりそうですが、引き続き、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

コメント、ありがとうございました!

2023/09/06 (Wed) 18:06 | EDIT | REPLY |   

Post a comment