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Lover vol.51


「司さま、お待ちしておりました。遅ればせながら、この度はご結婚、誠におめでとうございます」

「ああ。今日は世話になる。妻のつくしだ。これからよろしく頼むな」

出迎えてくれたのは、この別荘の管理をしている川村さんという男性で、年の頃は50代半ばだろうか。噂の蕎麦打ち名人という方だ。
その後ろには、使用人の方たちもいるけれど、そう多くはない。

石張りと木で造られたモダンな別荘は、南側部分が緩やかな曲線を描き、贅沢に嵌め込んだ大きな窓からは絶景のパノラマが拝める造りになっている。
もはや空間の無駄遣いじゃなかろうか、と思うほど玄関からして圧倒的な広さを誇っているここは、本邸とは違って、少人数にて守ってくれている訊いている。

川村さんは目尻を下げ、見るからに人の良さそうな温和な顔で私と向き合った。

「つくしさま、お初にお目にかかります。こちらを管理しております、川村と申します。使用人一同、つくしさまにお会いできるのを楽しみにしておりました」

「はじめまして、つくしです。こちらこそ、お会いできて嬉しいです。今日はお世話になります」

挨拶をしながら右手を捻り、更には振る。
なぜそんなことをしているかといえば――――ふざけたことに司が私の手を握って離さないからだ。
挨拶をするのに、これはない。
類と手を繋いでいたって話がよっぽど面白くなかったのか、車の中で突然人の手を握りしめたかと思えば、指まで絡めてきた。
振り解こうと頑張ってみても、こうしてガッチリ掴んで離しやしない。

そんな私たちの手元に視線を落とした川村さんさは、嬉しそうに笑み崩れた。

絶対、勘違いしている。
仲睦まじく見えるんだろうけど、全然違いますから!
何ならさっきまで言い合いしてましたから! 
そう言いたいけれど、初対面の人に、いきなりそれもどうかと思い言葉を呑む。

「さあさ、お疲れになったでしょう。お風呂のご用意ができておりますので、先ずは汗を流されてください。もちろん、お着替えもご用意してありますので、ご心配なく。上がられましたら、直ぐに昼食をご用意いたしますね」

結局、バスルームに入る直前まで、司の手が離れることはなかった。



 Lover vol.51



汗を流しサッパリした私たちは、浅間山を望む広いウッドデッキのテラス席に案内された。
森に抱かれた場所に建つ別荘は、どこを切り取っても一枚の絵画のようで、初夏の兆しを感じる陽射しに目を細めながら、暫し風景を楽しむ。

やがて、パラソルの下のテーブルに運ばれてきたのは、噂の手打ち蕎麦に天婦羅。それと、本わさびが一本、鮫皮おろしと共に添えられてある。

「最初は、蕎麦つゆにつけずに、すりおろしたわさびを蕎麦に乗せ、そのままお召し上がりください。蕎麦とわさびの香りが楽しめるかと思います」

川村さんに言われたとおり早速、わさびを自分ですりおろして蕎麦に乗せて口に運ぶ。
噛めば、ふつりと切れる食感が堪らない。
蕎麦のほのかな甘みと旨みが舌に広がるとともに、わさびの辛味がツーンと鼻の奥を刺激する。遅れて爽やかな香りが通り抜けていった。

「味わい深くて美味しい」

お世辞でも何でもなく沁み沁み言えば、司も頷く。

「お、悪くねぇな」

舌の超えた司も納得の味だったようだ。

「繊細な味が堪らないよね。これは癖になるかも」

「つくしさま、食べたくなったら、いつでもいらしてくださいね。お待ちしておりますよ」

「はい! その時は遠慮なく!  こんなに風味豊かなお蕎麦は初めてです」

美味しい物と川村さんの穏やかな笑みに釣られて、私も自然と顔が綻ぶ。

「それに、おろしたてのこのワサビも、爽やかで美味しい。⋯⋯これ――――」

「焼き鳥にも合いそうだな」

今まさに言おうした呟きを司が奪う。
どうやら思うところは同じだったらしい。

「こちらのわさびも、近くの沢を利用して私が育てておりまして、よろしければ、お持ち帰りになられますか?」

「え、良いんですか?」

「もちろんでございます。道明寺家の土地で育てている道明寺家所有のものですから、お好きなだけお持ち帰りください。食後、沢へ案内いたしましょう」

「ありがとうございます! 嬉しい!」

喜びながら、チラリと頭を掠めるのは、例のアレ。
このワサビで焼き鳥を食べるとなると、きっと、あの店もどきで焼くことになる。また司の思いどおりになるのかと溜め息が漏れそうになるが、建ててしまったものは仕方がない。

元はと言えば、悪妻目指して明るいうちからビール片手に焼き鳥を食べたのが発端だ。
まさか、気に入られるとは思いもしなかったが、焼き鳥の美味しさを教えてしまった自分にも、責任の一欠片くらいはあるのかもしれない。
そう思って店もどきを受け入れるしかない。諦めよう。
それに、日本三大地鶏の仕入れ契約をしてしまったのだから、使わないのは勿体ない。
その鶏たちにこのわさびを添えたら最高に決まってる。食べる前からわかる。絶対に美味しい。

つまるところ、美味しさの魅力の前では抗えないっていう情けない話で。不満の残滓は呆気なく無力化され、近いうちにわさび乗せの焼き鳥にありつこうと、調子の良い私の頭の中はそればかり。
そんな私に、川村さんが声をかけた。

「魚の方ももう直ぐ焼き上がりますので、もう少々お待ちくださいね」

「はい。皆さんも遠慮せずに召し上がってくださいね」

沢山釣れた川魚は、到底司とふたりで食べ切れる量じゃなく、使用人の方や、付いてきてくれているSPの方たちにも振る舞ってもらえるよう、事前に頼んである。

「お気遣いありがとうございます、つくしさま。お言葉に甘えて、一同有り難く頂きます。――――それとこちらは、司さまに頼まれていたものになります」

別の使用人が運んできたものを受け取った川村さんが、それを私の前に静かに置く。

置かれのは、鮨桶。
その中身は――――。

「イクラづくし」

唖然としながら呟いたとおり、オレンジに輝くイクラの軍艦のみが、びっしりと並んでいる。
その意図など考えるまでもなく――――。

「おぅ。急遽、頼んだ。思う存分喰え。この俺が泣きそうになるくれぇの話聞いちまったら、喰わせてやりたくもなんだろ」

やっぱりな理由だった。

「いや、あんた、派手に吹き出してたでしょうが」

「いいから、沢山喰えよ。ニジマスになんか負けんじゃねぇぞ」

泣きそうになるどころか、今だって笑っている司だが、どうやらからかっているわけではなく、本気で同情しているらしい。
司自ら小皿に醤油まで入れてくれる。

どんだけ可哀想だと思われたんだ、私。

にしても、蕎麦に天婦羅、これから川魚だってくるのに、そこにイクラ。食べられるのだろうか。

けれど、そんな不安は杞憂だった。
貧乏育ちの勿体ない精神が育んだ強靭な胃袋は伊達じゃなく、予め、お蕎麦の量を少なめにしてくれていたお陰もあって、気づけば不安どころか美味しく綺麗に平らげていた。





「川村さん、色々とありがとうございました」

「とんでもごさいません、つくしさま。ご一緒できて喜びしかございません」

食後に沢を案内してくれた川村さんは、私たちを見送るため、こうしてエアポートにまで来てくれている。
沢では想像以上の数の山葵わさびが青々と葉を広げていて、その傍で育っていたクレソンと共に、袋いっぱいに持たせてくれた川村さんには、何から何まで世話になりっぱなしだ。

「司さま、こちらを」

川村さんが自身の手に持つ物に視線を落とす。
ずっと気にはなっていたのだが、川村さんの腕には紙袋がぶら下がり、腕に抱えているのは発泡スチロールの謎の箱。

司はそれが何であるのか知っているようで「ああ」と頷いたあと、中身の正体を教えてくれた。

「鮎だ。本当は俺らで釣りたかったんだけどよ、この辺りはまだ、鮎釣り解禁になってねぇらしい」

川魚の王様、鮎。
それを何故に? 

「仕方ねぇから、川村に頼んで用意してもらった。つくしの実家に土産だ」

「え、うちの実家に?」

「あぁ。ばあちゃんに喰わせてやれ。東京に着いたら届けに行こうぜ」

まさか、実家へのお土産だったとは。
実家を気にかけてくれるのは、有り難い。素直に嬉しいとも思う。
同時に、またもや手を煩わせてしまった川村さんに申し訳なさも募る。

「ありがとう、司。みんな喜ぶよ。川村さんも、ありがとうございます。最後の最後までお手数おかけして、すみません」

「これしきのこと、大したことありませんよ。寧ろ司さまが、つくしさまと、つくしさまの実家を大切にされる立派な男性になられたのが誇らしく、喜んで協力させてもらいました」

その顔に嘘はなさそうで、優しく目尻が下がっている。
きっと川村さんは、高校生の司も見てきたのだろう。
触れれば切れそうな、歩く凶器と化していた頃を思えば、幾分丸くなった今の変わりざまに、万感の思いが溢れるのも頷ける。

誇らしく思われた本人はといえば、気恥ずかしいのか、それとも過去の自分に居た堪れなくて顔を見られたくないのか、明後日の方向を向いていている。
隠しようのない耳だけを、ほんのりと赤く染めて。

その姿を見た私と川村さんは、可能な限り声を潜めてクスクスと笑ったつもりだったけど、赤い耳にはしっかり届いていたようで、小さな舌打ちが聞こえてくる。それでもこちらを向こうとはしないのだから、私たちの発作はなかなか止まらなかった。


どうにか笑いの波が一山超えたところで、腕に引っ掛けていた紙袋から、川村さんが瓶を取り出す。

「そうそう、これも宜しければお持ちください」

取り出したそれは、ワイン型の透明な瓶。中の液体も透明だ。

「これは?」

「竹水です」

「ちくすい?」

聞き慣れない言葉を鸚鵡返しになぞる。

「はい。一年のうち、今の一時だけ竹から取れる水です。飲むことは勿論のこと、美容に良い成分がたっぷり含まれていますので、お肌に塗れば肌の老化を抑制し、ツルツルになりますよ」

「うわ、それは凄いですね! そんな貴重なものを頂いても良いんですか?」

「えぇ、どうぞ遠慮なさらずに」

有り難く紙袋ごと受け取れば、川村さんは更に続けた。

「春には筍が取れますし、秋には松茸も取れます。季節ごとに違う顔を見せる軽井沢に、是非また遊びにいらしてくださいね」

筍に松茸。惹かれるには充分な誘い文句に「はい!」元気良く返した私は、司と共にヘリに乗り込んだ。

川村さんを始めとする見送りに来てくれた人たちに機内から手を振って。やがてその姿も見えなくなると、千切れんばかりに振っていた右手を司に掴まれた。

この男。類との件、まだ根に持っていたのか⋯⋯。

「ちょっと、離してってば」

竹水の入った紙袋を左手に抱えているのに右手まで掴まれて、不自由ったらない。
けれど、抗議したところで聞く耳持たないのは、若い頃からの付き合いで学習済み。仕方なく不満は溜め息一つで流して、諦めながら会話をする。

「ねぇ、竹水って知ってた? 肌の老化を抑えてくれるなんて凄いよね? 魔法みたい。タマ先輩にもお裾分けしようかなぁ」

「タマに?」

何故だか司は、難問でも解いているかのような、難しそうな表情になる。

「そう、先輩に」

「それ、流石に手遅れだろ」

「⋯⋯⋯⋯え、うん、そっか」

何とも失礼な会話を繰り広げながら、私たちは帰路に就いた。

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  • Posted by 葉月
  •  4

Comment 4

Wed
2023.08.30

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2023/08/30 (Wed) 11:27 | REPLY |   
Fri
2023.09.01

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2023/09/01 (Fri) 08:57 | REPLY |   
Fri
2023.09.01

葉月  

バ✤✤✤✤✤ 様

ポチをくださり、どうもありがとうございます。
そして、なんとピタリ賞!
おめでとうございます(≧∀≦)
バ✤✤✤✤✤さんに素敵なことが起こりますように!

さて、お話の方では、少しずつ二人の距離が縮まる予感も。
キュンキュン具合のパーセンテージが上がるよう頑張りますので、引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いします。

コメント、ありがとうございました!

2023/09/01 (Fri) 20:57 | EDIT | REPLY |   
Fri
2023.09.01

葉月  

き✤✤ 様

本わさび美味しいですよね。
確かにスーパーとかでは、あまりお見かけしないかもです。
絶対に焼き鳥に合うはずです(*^^)v

そういえば今日、買い物先で初物の生筋子を発見しました。
まだ細く粒も小さかったので手は出しませんでしたが、もう少し大きなものが出回ったら、コレステロールを物ともせず、ニジマスに負けないくらい、醤油漬けにしたイクラを大いに味わおうと思います。

じわじわ距離を詰めに行く司くん。
二人の関係に進歩がありますよう、引き続きの応援、よろしくお願いします。

2023/09/01 (Fri) 20:58 | EDIT | REPLY |   

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