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Lover vol.50


「魚のエサがイクラ? あの高級品のイクラ? 贅沢すぎるでしょ!」

真っ先に抱いた感想がそれで。

「イクラって高級品か?」

人の感想に疑念を抱き、価値観レベルが天と地ほど違うと見せつけた司に連れられやって来たのは、軽井沢にある管理釣り場だった。



 Lover vol.50



肌を撫でるような優しい風が吹き、葉擦れが囁く木々の下では、耳心地の良いせせらぎを奏でる清らかな水が流れている。
その清流が眺められるすぐ近くに管理釣り場はあった。

必要なものはその場でレンタルできるので、手ブラでオッケー。
釣った魚はその場で焼くこともできるし、持ち帰ることもできる。

陽の光にキラキラと反射する翠色すいしょくの水の中には、ニジマスにヤマメ、イワナが放されていて、透明度が高い水中を覗き込めば、その姿が見て取れた。
石造りで囲まれたそこは、川のように水の流れが速くないため、初心者や子供でも釣りやすいという。

「つくし。エサ、どっちにする?」

釣り場所を確保した司に訊かれ即答する。

「もちろん、イクラで!」

釣り場で渡された餌は2種類。イクラとぶどう虫。
ぶどう虫とやらが何の幼虫だかは知らないけれど、頭(と思われる箇所)だけが黒く、黄みがかった胴体は、ミミズより断然太く、短く。哀れなことに、桜子が見たら最大級の悲鳴を上げそうなお姿だ。

当然、ミミズを素手で触れる私は、くねくねと動く姿を見ても何とも思わない。
だから、ぶどう虫に触りたくなくて、餌にイクラを選んだわけじゃない。

「こんな高級品を与えるんだから、きっと大漁よね」

見返りを求めてのチョイスである。

人間の私でさえ、イクラを口にしたのは高校生になってから。
とびっこしか食べたことがなかったそれまでの私がこの状況を見たら、魚より牧野家の暮らしは貧しいのかと、むせび泣いたかもしれない。
それほどまで、人間様が手を出したくても出せなかった高級品を餌としてあげるのだから、釣れないわけがない。
そう、司に熱く語れば、

「ぶはっ!」

盛大に吹かれた。

「何よ」

「いや、そうだな。きっと高級なイクラなら沢山釣れるな」

言いながら頭を撫でてくる。
何だかバカにされている気がしないでもないけど、まぁ良い。
些細なことよりも、今の私の興味を引くのは、目の前の釣り。
釣りをしたくてウズウズしているのが伝わったのか、司は、空いているもう片方の手でイクラが入った容れ物を私に差し出した。

司の手が頭から離れたところでオレンジの粒をひとつ摘み、針先に引っ掛ける。
隣にいる司は、どうやらぶどう虫を餌にするようだ。

よし。狙うは、イワナかヤマメ。
ニジマスならスーパーで売られていることもあるけれど、イワナやヤマメは、滅多にお目にかかれない。
この折角の出会いを逃す手はない。

身を乗り出し、水中を覗きこんでターゲットを探す。

「落ちんなよ」
「はいはい」
「おまえは水場っつーとすぐ落ちるから、油断できねぇんだよ」
「大丈夫大丈夫」

おざなりに返しながら、目は水底から離さない。
エラから尾にかけて朱色になっているのがニジマスだから、それ以外がイワナかヤマメのはずだと目を凝らす。

――――いた。3匹で固まっている。
区別はつかないが、朱色はいないから、イワナかヤマメに違いない。
うん、あの子たちにしよう。

隣では、手首のスナップをきかせて竿を操り、少し先へと飛ばしている。が、私が狙う場所は、1mも離れていない縁の近く。
狙いを定めた私は、釣り糸を持ってポイッと投げ入れた。

狙いどおりの場所に落せて満足したのも束の間。目の前にご馳走があるというのに、どういうわけだか餌を避けるように3匹ともいなくなってしまう。
どうしてよ!と思ったとき、スーッと近づいてきた一匹の魚。その魚が、針先を突いているように見える。
黄色い丸い浮きにも注視してみれば、ピクピクと動いていて、もしやこれは食い付いたか!と怖々と竿を上げてみるものの、何だか軽くて手応えがない。
針先まで持ち上げてみると、餌までなかった。

おのれ、高級品だけ持っていくとは⋯⋯。

「食い逃げ許すまじ」

そんな私を見てクツクツと笑っていた司にも当たりがきたようで、司は難なくそれを釣り上げた。

司が釣ったのは、ヤマメ。
器用に針を外した司は、どうだ、と言わんばかりに手に持つヤマメを見せびらかして、得意気に笑う。

むむっ。私だって! 

闘争心に火が付き、急いでイクラを針に引っ掛け意気込んで投げ入れれば、手応えは思いの外早くやってきた。

ピクピク、と浮きが動いている。
でも、さっきはこれで逃げられたし、もう少し待った方が⋯⋯。

「つくし、竿上げろ!」

躊躇してる間に司から声がかかり急いで上げると、さっきと違って確かな重みを感じる。

「竿を垂直に立てるようにして引いてみろ」

司のアドバイスに従い、何とか魚を近くに引き寄せ、最後は司が網で掬ってくれた。

「やった! やった、釣れたー!」
「おう、すげぇじゃん。やったな」
「うん!」

きっと、外出も久々ならば、自然に触れながらの遊びも久々で、自分が思う以上に心は躍っていたのかもしれない。
年甲斐もなく子供のようにはしゃぐ私は、釣れたことが嬉しくてしかたがない。
たとえそれがニジマスだろうとも。

――――でも、それも続けば感動は薄れる。



「⋯⋯何でまたニジマス? どうしてこうもニジマス? 私もヤマメ釣りたい。イワナ釣りたい」

それからも私が釣り上げるのはニジマスばかりで。
司は万遍なくどの魚も釣れているというのに、私の竿には、お目当てのものが一匹も引っかかってはくれない。
今釣ったのもニジマスで、針が飲み込まれてしまったために、ドライバーに似た器具で司が取ってくれているのを待ちながら、不満に頬を膨らませている。

喉の奥で笑う司が私を見て言った。

「教えてやろうか。釣れる方法」

「なになに、教えて?」

食いつけば、司のニヤリ加減が深みを増す。

「エサ、変えてみろ」

「まさか、エサが原因なの?」

「イクラでも釣れっけど、ぶどう虫の方が良く釣れるって言われてんな」

「そんなぁ。高級イクラが、まさかの役立たずだったとは⋯⋯」

しょんぼりと肩を落とす私に、無事に取り出した針を司が渡してくる。

「ほら、試してみろよ」

私の方へと押し出されたプラスチックの容れ物から、躊躇うことなくぶどう虫を一匹摘み取る。

痛い思いさせてごめんね。
でもお願い。頑張って食べられてきて。

心で詫びと願いの矛盾を囁いてから、ぷにぷにの体に、ぶちっ、と一息に針を刺し、翠色の水に投げ入れた。




✦❃✦



「ぶどう虫の方が良いって、早く教えてくれれば良かったのに」

「言えねぇだろ。イクラがどんだけ高級かって、あんな可愛く熱弁されちゃ」

思い出したように司が「くっ」と笑った。

餌を変えてから見事ヤマメもイワナもゲットして釣りを切り上げてきた私たちは、今、道明寺家の別荘に向かう車の中にいる。
軽井沢まではヘリを飛ばし、車に乗り換え釣り場まで行ったわけだけど、ヘリを降りた直ぐ近くに別荘はあるらしい。

何でも、その別荘を管理している方が蕎麦打ちの名人らしく、私たちのために、昼食にその蕎麦を用意してくれるという。
朝イチで東京を出てきたからお腹だってペコペコだし、釣った魚も別荘で焼いてもらえるそうだから、そりゃもう楽しみでしかない。

ただ、その魚に関してだけは些の不服があって、餌の良し悪しを司が早く教えてくれていれば、もっとイワナもヤマメも釣れたかもしれないのに⋯⋯、と不満が口を衝く。

「そんな拗ねんな。またいつでも連れてきてやるから、リベンジすりゃいいだろ?」

ならしょうがない。
次は、ぶどう虫一択だ。

「それにしても、司って、結構釣り上手いんだね。良く釣りするの?」

飲み込まれた針を取るのも、慣れた手付きだった。

「昔な」

良く訊けば、管理釣り場のような場所ではなく、別荘近くの渓流で釣りをしていたようだ。
今回は、私が釣りやすいようにと、あの場所を選んでくれたのかもしれない。

「悩んでひとりになりてぇ時とか、ふらっとここに来ちゃ、釣りしてたな。最後に来たのは⋯⋯高校ん時か」

「高校生のあんたにも、悩んでひとりになりたかったこととかあったんだね」

外の白樺並木を眺めながら何とはなしに言う。が、反応がない。会話がブツリと途切れる。
くるりと首を捻って司に目を向ければ⋯⋯なんでだろう。見られている。
窓枠に肘をつきながら、凄いジト目で見られている。

「なによ、そのモノ言いたげな目は」

プイっと窓へと顔を逸した司は、

「⋯⋯おまえのせいだっつーの。俺を悩ませんのは、いつだっておまえだろうが」

何やら呪文のようにブツブツ言ってるけど、全く聞き取れない。

「ん? なに?」

顔の向きを戻した司は、一拍置いてから口を開いた。

「⋯⋯ここに最後に来たのは、4人で行った温泉の直後だって言っただけだ」

「⋯⋯温泉?」

ピンとこなくて首を傾げれば、途端に眉をピクピクとひくつかせた司の口調が、ムッツリしたものへと変わる。

「まさか覚えてねぇとか言わねぇよな? 人の気も知らずにおまえは呑気に類とカフェデートなんかしやがって、そこで偶然会った俺たちと、その足で温泉に行っただろうが」

あ、思い出した!

「司と滋さんが、布団の上で睦み合ってた、あの温泉のことか!」

「変なとこピックアップすんじゃねぇ! つーか、睦み合ってたって、おばさんみてぇな言い方すんな。それに俺は何もしてねぇ」

「お、おば、⋯⋯失礼ねっ!」

「ふん、おまえは一晩中、類と何してたんだかわかんねぇけどな」

「はぁ? 何もしてないわよ。一晩中手を繋いでただけで」

「⋯⋯一晩中、手を繋いでただと? ほぅ、旦那の前で堂々と浮気を白状するとは、つくし、良い度胸だな」

「何言ってんのよ! あんたと付き合ってなかった頃の話なのに、何が浮気よ! 変な言いがかりは止めなさいよね!」

「いーや浮気だ。類のヤロー、人の女に手ぇ出しやがって」

「だから、違うっつーの!」


不毛な争いを繰り広げる中、私たちを乗せた車は、別荘の前で静かに停車した。

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※ 軽井沢編は一話で纏めるつもりでいたのですが、誰得なのかも分からない釣りシーンを、何故かノリノリで書いてしまうという摩訶不思議状態に陥りまして⋯⋯。
そんな訳で長くなってしまったため、一旦ここで区切らせていただきます_(_^_)_
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  • Posted by 葉月
  •  4

Comment 4

Mon
2023.08.21

-  

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2023/08/21 (Mon) 11:25 | REPLY |   
Mon
2023.08.21

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2023/08/21 (Mon) 19:33 | REPLY |   
Tue
2023.08.29

葉月  

き✤✤ 様

お返事が遅くなりまして、申し訳ありませんでした。

今回、意味もなく登場したぶどう虫ですが、女性が触るには、ちょっと抵抗のあるお姿だと思われます。
昔はよく主人と釣りをしていたものですから、私は平然と摘めるのですが、女性としては終わってる気も⋯⋯(^_^;)

さて、舞台は軽井沢。
結婚して初の二人でお出かけです。
これが、ふたりの距離を近づけるきっかけになるよう、密かに願っていてくださいね!

それにしても、毎日毎日、本当に暑いですね。
私は夏生まれのせいか、基本、夏大好き人間なのですが、今年の夏は、殊更体にキツイ気がします。
き✤✤さんも、残暑に負けずに体に気をつけてお過ごしくださいね!

コメント、ありがとうございました!

2023/08/29 (Tue) 19:57 | EDIT | REPLY |   
Tue
2023.08.29

葉月  

ク✤✤ 様

お返事が遅くなりまして、申し訳ありませんでした。

お返事の方に移らせていただきますが⋯⋯、そうでしたか、長野に!
良いところですよね。
私も軽井沢には何度も行っておりますが、有名人の別荘だと言われている、大層豪華な建物も目にしたりします。
その中において道明寺家の別荘は、群を抜いて立派なものではないかと。
ホント、つくしちゃん羨ましいですよね。
そんなふたりのお出かけ軽井沢編は、次回も続きます。
次も何の変哲もない内容となっておりますが、長野を思い出し楽しんでいただければ嬉しいです(*´꒳`*)

コメント、ありがとうございました!

2023/08/29 (Tue) 19:58 | EDIT | REPLY |   

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