Lover vol.40
道明寺もお義母さまも食べるとなると、用意した焼き鳥だけじゃ到底足らない。
そう思っていたところに、道明寺家のシェフがトレーを持ってきた。
トレーの上には、串打ちされた鶏肉が並ぶ。ざっと見る限り30本以上はあるんじゃないだろうか。
しかも、もも肉だけじゃなく他の部位まである。
⋯⋯準備が良すぎるんですけど。
それだけじゃない。
厨房のスタッフがわらわらと現れ、あれよあれよと言う間にプロパンのボンベなどを運んできて、テラスで揚げ物ができるようコンロをセットし、簡易的な流し場まで作ってしまった。
勿論、食材もある。
ヨモギや、陶器でできているぬか床の重い甕までも。
――――もう一度言う。
準備が良すぎるんですけど!
Lover vol.40
何でこんな短時間で準備ができたのか。⋯⋯前もって用意していたとしか思えない。
けれど、深く考えている暇はなかった。
「腹減ったーっ!」
バカ男が騒ぐせいで。
「もうちょっと待って! 焼き鳥は一度に六本しか焼けないんだから。――――はい、まずはこれでも摘んでて。お義母さまも、どうぞ」
手っ取り早く用意できるぬか漬けを急いで皿に盛り、道明寺とお義母さまの前に置く。
「これは、つくしさんが漬けたのかしら?」
「はい。でも元は、祖母から母へ、母から私へと、床分けしてもらったものなんです」
「それは凄いわ。歴史のあるものなのね」
早速、頂きます、そう言ってお義母さまがきゅうりを口に運ぶ。
「これは美味しいわね。酸味といい塩分といい、商品として売りに出してもおかしくないほどのお味よ」
お義母さまからの大絶賛に、お義父さまも続く。
「ああ。料亭にも負けてないね。これは旨い」
時に祖母にアドバイスをもらいながら、手間を惜しまず味を引き継いできたぬか床。
味に深みを出すために、昆布、干し椎茸、陳皮、山椒の実や鷹の爪などを入れたりもする。
けれど、山椒の実や鷹の爪の量を誤ると、乳酸菌が死んでしまうために入れ過ぎは禁物だ。
そうやって、旨味成分を足したり引いたりしながら、手間を怠ればイジけてカビてしまう繊細なぬか床を、大事に大事に育ててきた。
それを褒められ嬉しくないはずがない。
道明寺の方を見遣れば、
「卵、うめぇな」
こちらもご満悦のようだ。
舌が肥えた方たちからの大絶賛に、すっかり気を良くした私は、意気揚々と今度は天ぷらに取り掛かった。
焼き鳥は、先輩から厨房のスタッフが交代してくれたので全部お任せだ。
コンロの前に立てば、横からシェフに差し出された天ぷらの衣。
準備万端すぎて有り難がるべきなのか微妙だけど、プロが作ってくれた衣なら失敗なく仕上がると思うと安心材料で、ニッコリ遠慮なく使わせてもらう。
早速、ヨモギを揚げ、出来あがれば、熱々を道明寺とお義母の前に並べていく。
どうやらお義母さまは、お義父さまから説明を受けていたようで、
「これがうちの敷地で?」
やっぱり目を丸くした。
対して息子の方は、如何にも『有り得ない』って顔で、わかりやすく頬を引き攣らせている。
「おまえんちが貧乏だったってことは知っちゃいたが、こんな草まで食べなきゃなんねぇほど貧乏だったとは⋯⋯」
「失礼ね! これは立派な食材で、春の山菜なの! 草餅にしたり、ヨモギパンにしたり、お茶にだってなるんだから。あんた、バカにするなら天ぷらは要らないわね?」
「バカ、下げんな。喰うに決まってんだろ」
不服はあれど食べる気はあるらしい。
けれど、警戒心丸出しだ。
覚悟を決める時間が必要なのか、箸で摘んだまま天ぷらを眺めること数秒。
ついに、恐る恐るといった態で一口齧った。
「どう? 案外美味しいでしょ」
「⋯⋯⋯⋯草、だな」
「⋯⋯⋯⋯」
季節を味わう味覚は、残念ながら持ち合わせていないらしい。
初めての食材に戸惑っているのか、何ともいえない微妙な顔をしている。
それでも食べるのを止めようとはしないんだから、辛うじて可愛いところもある。
「繊細な味がわからないなんて、司さんもまだまだね。つくしさん、風味があってとても美味しいわよ」
お義母さまが言い、お義父さまも頷く。
「日本人ならではの四季を楽しむ贅沢な味わいだ。私も気に入ったよ」
お世辞かもしれないけれど、二人の口元に笑みが浮かんでいるのを見れば、私としても満更じゃない。
「折角、こんなに美味しい料理があるのだから、良いお酒も用意しましょう」
お義母さまが、使用人の方にシャンパンの指示を出す。
運ばれて来たのはシャンパンの『サロン』。
道明寺の解説によると、一本、ウン十万から、ヴィンテージによっては、100万以上のものもあるという。
目玉がぶっ飛びそうだ。
そんなに高いのかと、ボトルをマジマジと見ていたからか、
「興味あんなら、今度、サロンのメゾンに連れてってやるよ」
何てことないように言った道明寺に、ぶるぶると首を小刻みに振ることで応えた。
否定したのか、はたまた大金持ちの世界に恐れをなして身震いしただけなのか、自分でも良くわからない。
タダのヨモギに対して、下手すれば諭吉が束になって飛ぶ高級シャンパン。
ツマミと飲み物の格差が半端ない!
しかし、道明寺家の御三方が、シャンパンを傾けながら天ぷらを摘む様は物凄く絵になり、ヨモギすら高級食材に見えてくるのだから不思議である。
そんな三人の食いっぷり、飲みっぷりを眺めつつ、私も有り難く頂戴したシャンパンを震えながら何口か味わう。
揚げ物に炭酸の爽快さが合わないはずがない。
ちゃっかり堪能した後は、焼き鳥の確認に急いだ。
三人が合流したことで端に追いやられた焼き鳥機の前では、厨房スタッフが、しっかりと番をしてくれていた。
「もう焼き上がりますよ」
「ありがとうございます。すっかりお任せしちゃって、すみません」
「いいえ。何でも遠慮なくお申し付けくださいね。さあ、どうぞ。ももとせせりになります。せせりは、つくしさまの分もありますよ。他のもどんどん焼きますから、つくしさまもゆっくり召し上がってくださいね」
「ありがとうございます!」
焼き上がったものは、もも串とせせり。
私とお義父さまは、既にもも串を食べているので、せせりだけ。
残りは道明寺とお義母さまの皿に置く。
お義母さまを見れば、「串を持って、直接がぶりと食い付くんだよ」と、お義父さまからレクチャーを受けている。
それを聞いていた道明寺も串を持ち、全方向から確認したいのか、クルクルと回し始めた。
「要は、大きなチキンステーキを喰う金がねぇ庶民が、ちっこく刻むしかなかったのが焼き鳥ってわけだな」
なんちゅう解釈だ。真顔で言うな!
「違うから! あんた、全国のサラリーマンに謝りなさいよね! サラリーマン文化に欠かせない焼き鳥をバカにすんじゃないわよ!」
文句を返しながら、たまたま道明寺のぬか漬けの小皿に目が行き、卵だけなくなっているのに気づく。
半身分だけじゃ足りなかったのかもしれない。
気を利かせて、もう少し持ってきてあげようかと方向転換しようとすれば、すかさず掴まれた私の腕。
「座れ」
偉そうに命令した道明寺に引っ張られる形で、椅子に腰を落とした私の口元に、グイッと焼き鳥が突き出された。
⋯⋯まさか、私に毒見をしろとでも?
文句言いたげにジロリと睨めば、
「おまえ、動いてばっかでろくに喰ってねぇだろ。ほら喰え」
いや、あんたが来る前にペロリと六本頂きましたけど。
言うより先、更に焼き鳥を口元に突き付けられ、反射でパクリと食べてしまう。
うん、やっぱり美味しい!
美味しいものは正義。思わずふにゃりと顔が緩む。
緩みすぎた顔がよっぽど面白いのか、道明寺まで可笑しそうに笑っている。――――本当に失礼な男だ。
「ほら、もっと喰え」
「それ、道明寺のだから。道明寺が食べて」
一口食べてしまったけど、本来は道明寺の分。
だけれど、彼が気にしたのはそこじゃなく⋯⋯。
「あん? 道明寺、だと?⋯⋯おい、オヤジ。つくしが呼んでんぞ」
苗字で呼んだのが気に食わなかったらしい。
声が低くなり、笑顔まで消えた。
てか、お義父さまを呼び捨てにするわけないじゃないの!
お義父さまに振るんじゃないわよ!
「私じゃなく楓のことを呼んだんじゃないのかな」
お義父さままで⋯⋯。
わかっていながら、何故便乗を!?
「私のことでもないと思うわ。椿のことでも呼んだのかしら。あら、でもつくしさんももう道明寺よね? 一体、誰のことを言ってるのかしら。教えてくださる?」
お姉さん、この場にすらいませんから!
キャラに似合わず、お義母さままでノッてくるもんだから、私の頬はピクピクと痙攣が止まらない。
引き攣りながらも何とか笑みを作り誤魔化そうとしてみても、食事を止めてまで向けてくる眼差しが、それを許してはくれない。
目力のある三人が三人ともに視線を寄越し、『誰を呼んだんだ? 早く名前を言え』と家族ぐるみで私を圧迫してくる。
かつて冷えきった家族関係だったのが信じられないほど、息子に協力的すぎる摩訶不思議。
「早く言わねぇと、折角の焼き鳥が冷めちまうなぁ」
このバカ男、名前ぐらいでゴチャゴチャと騒ぐんじゃないわよ!
そうは思うものの、言わない限り三人の食事再開は有りそうになくて。
注目され余計に呼びづらくなる状況下、けれど覚悟を決めて口を開いた。
「つ、つ、つか、つか、つか――――つかっち!!」

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