その先へ 24
散々だった。
牧野と食事をした翌日は、昨夜の寝酒のせいで体はだりぃし、寝不足だわで、牧野の朝一チェックから大騒ぎだ。
…………俺のみだけど。
「おはようございます! 副社長、昨夜はご馳走様でした。それに、すみません。運んでもらっちゃったみたいで」
「おう」
俺の頭はガンガンするのに、車から寝てた牧野は疲れ知らずなのか、朝から声は大きく、テンションもいつも通りだ。
無表情よりは断然いいが……。
あんなのは西田だけで充分だし。
しかし、俺にとってこの後のチェックが厄介だった。
「あれ、目の下に隈が出来てる! 眠れなかったとか? 昨夜は、酔うほど飲まれなかったですよね?」
あのあと一人酒したけどな、と心で会話する俺を牧野が探り見る。
「もしかして、具合悪いです?」
「……いや」
頭が痛ぇよ。おまえ声デカ過ぎだし。
それと、どうも心臓も悪くしたらしい。俺の心臓、昨夜から誤作動しまくりだ。
言葉とは別に、心でも会話する多重音声中の俺に、牧野が距離を詰めてくる。
……おい、待て。やめろ!
そんなに顔近づけて大きな瞳で覗き込むな!
また誤作動が……。
「副社長、熱あるんじゃ? 顔赤いですよ」
…………心臓と連動して、ついに血圧も上がったらしい。
「だ、大丈夫だ」
「んー、あんまり辛いようなら無理なさらない方が」
「……問題ねぇって」
多分、おまえのせいだから。
そんな俺の一人ドタバタ劇なんてのは露ほども知らねぇ牧野は、貴重な朝のコーヒーも体に悪いと取り上げ、玄米茶に差し替えた。
心臓病に高血圧、そして玄米茶……俺は年寄りか。
食事に行って以来、得たいの知れないザワザワとする何かが、俺の中には住み着いている。でも、牧野との時間は代え難いものであるのも確かで……。
楽しさや嬉しさを知り、全てに心が踊る時間を失うわけにはいかないと、それからも10日に一度は、牧野を食事に誘ってる。
得たいの知れないものに、自身が振り回され例え困惑しても、牧野の側を離れるって選択肢は俺にはなかった。
牧野に悟られないよう、表面上は普通を気取りながら食事をして会話を楽しんで。
仕事漬けだったモノクロの日々に、色を添えるオアシスのような時間。
そんな日々に水を差す出来事が舞い込み、冷や汗をかく一方で、俺は青筋をたて怒鳴ることになる。
それは、牧野とのディナーも三回を超え、四回目の誘いを掛けたランチ後に、俺の耳に届けられた。
二人ランチまでは、胸弾ませる穏やかな日だったのに。
『今度は寿司でも食いに行くか?』
『お寿司? そう言えば私、お寿司はあの時以来かも』
『ん? いつだ?』
『副社長とのお見合いの時よ。 折角の高級店なのに、無表情の三つ並びを前にしたら、もう味さえ分かんなかったけどね。回転寿司で一人気楽に食べる方が、どれだけ美味しく感じたことか』
『無表情の三つ並び?』
『うん。魔女に鉄仮面にクルクル。あ、社長と西田さんに怒られちゃうね! 内緒にしてね!』
待て待て待て。
魔女は分かる。鉄仮面も激しく同意。
けど、クルクルはねぇだろうよ、おいっ!
俺が怒るかは気にしねぇのか?
そう言いたいとこだが、牧野に関してだけは心の広い俺は、それよりも気になることがあった。
『回転寿司って何だ? 』
『あー、そうね、副社長には縁のないとこだもんね、知るわけないか。回転寿司っていうのは、言葉通りお寿司が廻っててね、庶民には馴染みのリーズナブルなお店なの』
『ふーん、なんか良く分かんねぇけど、今度連れてけよ』
『えー、副社長を? 無理無理! 私、副社長を回転寿司に連れてく勇気なんてないわ!』
そう言ってケタケタと笑う牧野は、それでも連れてけって騒ぐ俺に、『考えとく』って笑ったまま部屋を出て行った。
寿司がまわるって何だ?
寿司が動くのか?
シャリが動くはずもねぇから、ネタが踊り食い状態の生きたままの提供か?
じゃあ、鮪なんかはどうすんだよ……。
何だか良く分かんねぇけど、多分、牧野が居れば俺の知らない楽しい未知の世界が待っている。
そう胸を踊らせた牧野とのランチも終わり、午後の仕事を気分良く励んでる時だった。
「失礼します」
入ってきたのは鉄仮面。
「副社長、先程、中島さんから私の方に連絡がありました」
「中島って誰だ?」
西田がコホンと一つ咳を落とす。
「先月、こちらで暴走され、副社長に怒鳴り散らかされた上に摘まみ出された、中島海さんです」
あ、居たな、そんなの。
「で? そいつが今更何のようだ。もう関係ねぇだろ」
「はい。ただ一応、副社長の耳には入れておこうと思いまして。中島さんは、副社長に慰謝料を支払って頂きたいとのことです」
「……あ? 」
「慰謝料です」
「何度も言うな! 慰謝料だぁ? 何を抜かしてやがんだ、あのクソ女は」
ふざけんのは顔だけにしとけよ!
あん時、もっとビビらせときゃ良かったか。
「そんなバカ女、相手にすんな。無視しとけ」
折角、牧野と回転寿司とやらに行く楽しみを糧に、気分良く仕事してたっていうのに、ヒビ入れられたようで気分が悪りぃ。
「副社長のお気持ちは分かりますが、何しろ、普通の感覚とは掛け離れてるとでも申しましょうか、不思議なお方ですので」
知らねぇよ。
つまり、おまえもバカ女だって言いてぇんだろ。
俺の気分は、ここから一気に下降し始めた。

にほんブログ村