Lover vol.26
私たちが降り立った場所は、かつて道明寺と二人で訪れた水上コテージ。
まさか、こんな所に連れて来られるとは⋯⋯。
小さな溜息を吐く道明寺もまた、行き先がどこかは知らされていなかったようで、
「⋯⋯西田もグルだったか」
と呟き、舌打ちをしている。
にしても滋さん⋯⋯、何でここ!?
Lover vol.26
水上コテージに着いてもまだ、二人の間に会話はない。
こちらを気にする道明寺の視線は感じても、話題もないし口を開くのも億劫で、結局、私は口を一文字に結んでいる。
そんな私を察してか、道明寺からも話しかけてくるようなことはなかった。
別に来たくて来たわけじゃないし、会社の状況を思えば、どうしたって気は晴れない。
懐かしい場所に来たところで、思い出に浸ることもなかった。
ただ、ここは昔と変わってないのねぇ、と、ぼんやりした感想を持つだけで、周りの光景を眺める以外にやることもない。
手持ち無沙汰でプールサイドに立ち、ただひたすら、滋さんたちが来るのを待った。
「ちょっとちょっとご両人! なに揃ってボケーッと突っ立っちゃってんのよっ!」
時が止まったような静寂を、一瞬にして大声で破壊した滋さんがやって来たのは、私たちから遅れること10分ほどが経ってからだった。
やっと現れた姿を見てホッとし、道明寺と二人でいることに居心地の悪さを感じていた私は、詰めていた息を、ふぅ、と吐き出した。
だけど、一瞬でも安心した私は愚かだったと言わざるを得ない。
そもそも「宝探し」なんていう、ふざけた企画をしたのが滋さんなわけで。ここからが本領発揮とばかり、騒がしい滋さんに私たちは翻弄される。
「懐かしいでしょ? 西田さんに無理言って用意してもらったんだ! どう?どう? 二人の思い出の地に来た感想は? って、いやーん!! 二人仲良く冷たい目で滋ちゃんを見ないでっ!! あ、そっかそっか。ちょっとばかし昔のことすぎて、思い出すのに時間がかかっちゃってるんでしょ? だろうと思ってね、今回のお宝は、『二人の思い出』ってことで⋯⋯はい、これをどうぞ」
⋯⋯この人、酔ってるんだろうか?
そう疑いたくなるほどのハイテンション。口を挟む隙もないマシンガントーク。
そして、渡されたのが――――。
「あの⋯⋯。訊きたくもないんですけど、これを私にどうしろと?」
うっかり条件反射で受け取ってしまった自分の手が恨めしい。
手に乗るものを見る私の顔は、鏡を見なくてもわかる。
絶対にピクピクと引き攣っているはずだ。
「懐かしいでしょ~、つくし! 英徳の制服だよ!」
わかってますとも! 言われなくても制服だってことは!
だからこれで何をさせる気よ!
と喚く前に、滋さんがこれを着させたがっているのは明白で、制服を持つ手がぷるぷると震える。
29にもなる自分の制服姿を想像して、ショックのあまり声も出せない。
目の前には、満面笑みの滋さん。
とてもじゃないが笑えない私とのこの隔たりに、どこに救いを求めればいいのだろうか。
滋さんの後ろにいる桜子を見れば、素知らぬ顔。
その隣には優紀がいるけど、おどおどと困り顔で、優紀に助けを求めるのは酷だ。
F3なんて姿すら見当たらない。
つまりここには、テンション爆上がりの滋さんを、抑えられるだけの人間はいない。
「優紀ちゃんに訊いたんだけどさ、つくし、制服着たままこのプールに落っこちたんだって? で、司も服を着たまま泳いじゃったと。だから、またこれ着てプールに落ちちゃったりなんかしたら、懐かしいキラキラした思い出とドキドキした感情が、一気に蘇っちゃうと思わない?」
⋯⋯全く思いません。
目茶苦茶だ。
発想が絶望的におかしい。
独特の思考を持つ滋さんを理解しようにも到底無理な私には、もう優紀をじろりと睨む以外、何もできやしない。
まだ、道明寺と付き振っていた頃。この地での思い出を、優紀にだけは、こっそり打ち明けたことがある。
それがまさか、何年も経ってからバラされるとは⋯⋯。
尤も、自ら進んで優紀が暴露したんじゃないってことはわかっているし、優紀の申し訳なさそうな顔からしても、それは明らかだ。
きっと、何だかんだと上手く誘導して、優紀から聞き出したんだと思う。
通り過ぎた昔の話だし、別に今更知られても構わないけど。
でもここには、当事者の片割れである道明寺もいるわけで。
道明寺の知らないところで勝手に話してしまった気まずさが、余計に私の口を重くさせる。
「滋、んなくだらねぇことする必要ねぇだろ」
見かねたのか、道明寺が口を開いた。
そうだそうだ!
いいぞ、もっと言え!
こういうときだけ道明寺の最大の味方になる私は、内心で精一杯のエールを送る。
滋さんが指す宝物が何かと思えば、ただの思い出。
ここでの思い出は、今の私にとって全く「宝」なんかじゃないし、果てしなく迷惑だから!
心の声を大にしながら道明寺の応援をするけれど、そこは相手が滋さん。すんなり聞き入れてくれる人じゃない。
「くだらなくなんてないよ!」
ぐいっ、と顎を持ち上げた滋さんは、道明寺を見上げて持論を展開する。
「あの頃の思い出は、司とつくしにとって、かけがえのない宝物でしょ? いっぱい笑って、いっぱい泣いて。あの頃は、精一杯今を生きる二人がいたはずだよ?
特につくし。今のつくしが忘れちゃったものが、沢山あったはず。あのとき、つくしが大切にしていた気持ちを、もう一度思い出してみない? そしたら二人の気持ちも最高潮に高まちゃって、目出度く復活愛! なーんてね!」
もうどうやって突っ込めばいいのやら⋯⋯。
私たちの過去のどこを刻んでもインパクトが強かったせいか、未だ強烈な記憶としてみんなの中に残り、だから懐かしいあの頃を再び、と望むのかもしれない。
だけど、人は変わる。大人になる。それは成長とも呼べる普通のことであって、いつまでも昔に留まることはできない。
それを、今更過去を振り返れだなんて、人として後退しろとでも言うつもりなのだろうか。
てか、そもそも、これ。どんな罰ゲームよ。
若気の至り満載の昔の自分を直視しなきゃなんないなんて、誰だって恥ずかしいに決まってる。
その上、制服を着ろだなんて恥の上乗せ。こんなの絶対に有り得ないからっ!
眉間にありったけの皺を作り、目を細める。
『絶対に着ないし復活愛なんてあり得ません!』
細まった目で必死に訴えつつ、無言で滋さんに制服を押しつける。
けれど、間髪入れずに滋さんも押し返してきて、どちらも譲らない二人の間で制服が行ったり来たり。
互いに逸らさない私たちの目には、ますます力が入り、こうなったら我慢比べよ!!
そう意気込んではみたのだけど⋯⋯。
「はぁ~」
数分も持たずに情けない溜息を吐き出したのは、私の方だった。
「わかりましたよ、わかりました! プールに落ちればいいんでしょ!落ちればっ!」
もう自棄クソだっ!
長い付き合いなだけに、私は滋さんという人を、よーく知っている。
滋さんがこうと決めたら、頑として譲らない人だってことを。
それに、こんなところまで来てしまっては、一人で逃げ帰る手段もない。
この後も滋さんたちと一緒に過ごさなければならないことを考えれば、これ以上、雰囲気を壊すのは躊躇われた。
だからって、何から何まで言うことを聞くつもりはないけれど。
「そうこなくっちゃ、つくし! じゃ、折角の二人の思い出なんだし、邪魔者は退散、退散!」
一瞬にして顔をくしゃくしゃにして喜ぶ滋さんは、
「私たちは、隣のコテージにいるから、司とつくしは思い出のコテージで、プールで冷え切った身体を互いの熱で温め合っちゃってね! ぐふふふふ」
女友だちに対してなんだけど⋯⋯、薄気味悪い笑いだ。
オマケにウィンクまで投げて寄越してきた滋さんは、桜子や優紀を引き連れて、コテージに向かって歩いて行く。
すれ違いざまの桜子に、
「諦めるしかないですね」
と、小さく声をかけられ、優紀からは両手を合わせて謝罪される。
優紀は兎も角として、滋さんの暴走を端から止める気などない桜子には恨めしげな視線を送るが、軽く無視。さっさと行ってしまった。
――――再び訪れた静寂。
何だってこんなことをしなくちゃならないのか、腹立たしいったらない。
道明寺の言葉を信じて、こんなとこに来るんじゃなかった。と早くも後悔するけど、来てしまったもんはしょうがない。
滋さんたちの姿も消え腹をくくった私は、制服をプールに投げ捨て、乱暴にヒールを脱ぎ捨てた。
「牧野っ、何する気だ! まさかおまえ、本気でプールに⋯⋯」
「入るわよ。決まってんじゃない」
腕をぐるぐる回し、足もぐいっと伸ばして準備運動を始めた私に、道明寺が目を見開く。
「バカ、止めろ。熱でも出したらどうするんだ」
あの日に重ねたような発言がムカつく。
縁起でもないこと言うんじゃないわよ。
同じ場所で二度も熱出して堪るかっつーの!
「今夜は熱なんて出しませんから、ご心配なく。それに滋さんの性格なら、良く分かってるつもりよ。言い出したら絶対に聞かない人なんだから、やるしかないじゃない。制服まで着るつもりはないけど」
制服なんて着たら、熱どころの騒ぎじゃない。羞恥に塗れて絶対死ぬ。
「だからって、おまえ⋯⋯」
「つべこべ言っててもしょうがないでしょ。何か私たちのことを勘違いしてるみたいだけど、こんなことしても意味ないってわかってもらうには、丁度良いかもしれないし?」
押し黙る道明寺を横目に見ながら大きく息を吸い込んた私は、勢いよくプールに飛び込んだ。
「牧野っ!」
道明寺の焦った声が届くが、飛び込んだ水の中は、思っていたよりも冷たくはなかった。水温がある程度調整されているらしい。
海の上にいたときの方がよっぽど寒く、寧ろ水の中は、適度な冷たさが全身に心地よく沁みて、案外気持ちがいい。
頭まですっぽりと沈んだ私は、水の中を一掻き、二掻きしてから、一気に浮上し水面へと顔を出した。
「牧野っ、大丈夫か?」
水に濡れた顔を両手で拭って目を開ければ、プールサイドにしゃがみ、心配そうな表情でこちらを覗っている道明寺が目に入る。
「意外と気持ち良くてびっくりした」
「いいから早く上がれ!」
ドレスが纏わり付くのはいただけないけど、疲れた頭をすっきりさせるには悪くない。
本気で私はそう思っているのに、
「掴まれ! いつまでも浸かってたら風邪引くだろうがっ!」
道明寺は焦った様子で手を差し出してくる。
ドレスが邪魔をし、動きづらい身体を何とか動かしてプールサイドに近づくと、腕を伸ばして道明寺の手を掴んだ。
――――ひっそり心で嘲笑って。

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