Lover vol.21
Lover vol.21
「ご馳走の前では、折角決めたクールな女も台なしですね」
豪華な料理を満喫しているところに現れたのは桜子で、私の向かいに腰を下ろす。
「で、先輩? 元カレと再会したご感想は?」
いきなり真っ向勝負で切り出してくるとは、恐るべし。
だけど、今はそれどころじゃない。目の前に並ぶ料理が、私を今か今かと待っている。
友人との会話より、堪能したい欲と、堪能してやるって意地の方が上回って、桜子をチラッと見ただけで、休むことなく料理を口に運んだ。
「そんながっついてないで、感想くらい訊かせてくださいよ。ねぇ、先輩?」
甘えた口調で何が「ねぇ、先輩?」よ。
毒気を見事に隠した愛くるしさが、何とも小憎たらしい。
こんなパーティーを企んでおきながら、悪びれたところ一つないんだから。
仕方なく食事を中断し、ナフキンで軽く口を拭うと、これでもかってくらいの笑顔を貼り付けてやった。
「がっついてるだなんて失礼ね。折角だから、有り難く味わってるだけよ。
こんな手の込んだパーティーに、わざわざ呼んでもらったんだもの。随分とお金もかかってるだろうし、豪華な料理まで用意してくれたのに、少しでも味わって喜ぶ以外、主催者のご期待に添えそうもないし?
お返しできるものなんて他には何一つないんだから、こうして堪能することで、短期間の準備で苦労した主催者側への労いを示す、せめてもの私の誠意だと受け取ってもらいたいわね」
全てお見通しなんだからね! と嫌味を混ぜ込んで言外に匂わせれば、重みのあるまつげをパタパタと瞬かせた桜子は「ふーん」と意味深に微笑んだ。
「豪華な料理に目が眩んだだけなのを、よくもまぁ、つらつらとそこまで嫌味に変換しましたね。嫌味が言えるほど、余裕があるってことかしら」
嫌味は通じた。
でも、嫌味によるダメージは一切ないらしい。
余裕があるのもわかってもらえたようだが、嫌味を受けた桜子の方が、よっぽど余裕ある態度なのが癪だ。
多分、桜子と一対一の言葉の応戦を交えても勝ち目はない。桜子の方が一枚もニ枚も上手。
ならばここは一先ず、戦略的撤退ってことで相手にはせず、再び料理を味わうことにしよう。
「はぁ、全くもう」
料理を頬張る私に桜子は呆れかえるが、スルーだ、スルー。
「あら⋯⋯? ちょっと先輩、アレ見てくださいよ」
桜子の声の調子が少し変わったのが気になって、言われるまま桜子の差す方向に黒目を動かして見てみる。
向けた先は会場前方。
一段高くなったステージには楽器が並び、その前に立つのは、見知った顔、顔、顔、プラス、久々に再会したヤツの顔。
「どうやら皆さんで演奏するみたいですね。周りの女性たちの目、絶対にハートマークが浮かんでますよ?」
そう言う桜子の目もまた、キラキラと輝いている。
「私たちでも、4人の演奏なんて聴いたことないですものね。これは貴重ですよね、先輩」
「⋯⋯⋯⋯勿体ない」
「え⋯⋯? 勿体ない?」
意味がわからないでいる桜子を置き去りに、うっかり心の声を漏らしてしまった口を塞ぐように、大きめにカットしたローストビーフを放り込む。
「勿体ないって、何がです?」
「⋯⋯⋯⋯」
「先輩ってば!」
――――お口に入っているので喋れません。
ゆっくりと口の中のお肉を咀嚼し、旨みを十二分に堪能してから飲み込む。
「頬が落ちる」を身を以て経験した私の表情は、ゆるゆると緩んでいるはずだ。
「先輩! にやけてないで教えてくださいってば!」
人が折角、旨味の余韻に浸っているっていうのに、この子は。
煩い桜子に仕方なく教える。
「どうせ演奏するなら、お金でも取れば儲かるのに勿体ないなぁ、っていう素朴な感想よ」
言った途端、痛々しいものを見るような目を向けられた。
何が言いたいのか想像はつくけれど、敢えて訊きたくもない私は、丁度通りかかったボーイに声をかけ、シャンパンをもらう。
口に含めば昨日よりも美味しく、もう一口流し込んで喉を潤した。
「これってドンペリのピンクだよね。昨日も飲んだんだけど、なんでだろう。今日の方が美味しく感じる」
「年代の違いもあるでしょうけど、これはマグナムボトルで振る舞われたものですから、フルボトルよりも瓶熟成が穏やかに進んでいくことなどから美味しいとされてるんです。その違いがわかるなんて、成長しましたよね。先輩の舌も肥えてきた証拠です」
もしやこれは、勿体ない発言を忘れ、話題のすり替えに成功したんじゃ? と、にやり笑う一歩手前。
「女としては著しく後退しているようですけど」
やっぱり桜子は桜子だった。
いつだって容赦なく、勿体ない発言で抱いただろう感想を付け足すのも忘れない。
安定の抜かりのなさである。
「大体、色気より食い気とお金って、女としてどうなんです?」
「生きてく上では、色気より大事だと思うんですけど!」
顎を突き上げ強気に返してみるものの。
「昔から普通の女性とは違うとは思ってはいましたけど、それも若さゆえ、恥じらいの裏返しだと私なりに解釈していたんですけどね。でも昔は、それなりに可愛さもあったのに、今じゃ⋯⋯」
溜息交じり、含みを多分に持たせた余韻まで残され、言われた科白はうちの母親と同じ類のもの。
これは聞き流すに限る――――そう思ったけれど。
「まぁ、でも⋯⋯。そうやって男に媚びず何も期待せず、可愛さを失くした女になることで心のバランスを取るしかなかった先輩の気持ちもわかりますよ? それだけ、過去に失った恋は大きかった⋯⋯そういうことでしょうから」
知ったように勝手に結論づけられて、むずむずと反発心が顔を出し、黙っていられなくなる。
「ねぇ、女としての可愛さの定義って、何? たとえば、素敵な男性の好みに合わせて服を選んでみたり、エステに通って爪の先までピカピカに磨いてみたり⋯⋯、そんなものも可愛らしさだと思う?」
唐突にぶつけた質問は、さらりとした軽やかな声に乗って返ってくる。
「そういう気持ちも可愛さだとは思いますよ。それだけしか頭にない、腹黒い女狐となると話は別ですか」
奏でるような声に毒を乗せた桜子は、F4を前にしてはしゃぐ、露出度の高いドレスを着た一部の女性たちを一瞥した。
「ふーん。なら、私にはやっぱり無理だわ」
大袈裟に頭を振ってアピールすれば、桜子は話すのも面倒になったのか、じっとり絡まる目だけで「何が?」と語ってくる。
「だって、そんなことしてたら、幾らお金があっても足りないじゃない。勿体なくて、私には無理。ムリムリ、絶対に無理」
「またお金ですか⋯⋯」と嘆く桜子に断言する。
「そうよ。しょうがないでしょう? 若い頃から、お金では苦労させられてるもの。ある程度のお金を手にした今でも、根付いた考えはそうそう変わらないもんなのよ。
だからね? 可愛げのなさは私の育った環境のせい。過去の恋愛は一切関係ない」
僅かにも逸らさない目で桜子を捉え、言い切る。
せめてもの抵抗だった。ささやかな反論だった。
何年経っても尚、道明寺とは切り離してはもらえない思考を根こそぎ抜き去りたくて。こんなパーティーには何の意味もないのだと、思いを込めた。
桜子が言うように、あの恋が大きかったというのなら、否定はしない。
変わったというのも認める。でもそれを、悪いことだとは思わない。私は学んだだけ。
あの別れが私を変えたと思っているようだけれど、それは違う。迷わず私は否定する。
私が変わったきっかけは、別れそのものじゃない。
原因ならば、それは――――別の理由だ。
絡まり合う視線のまま、桜子が口を噤む。
やがて、二人の間に落ちた沈黙を「ふふ」と、綺麗な微笑で打ち払ったのは、桜子だった。
「変わっていませんよ、先輩は。頑固なところも、素直じゃないところも、ね」
口元に笑みを浮かべたまま喉を潤す桜子につられて、私もシャンパングラスに手をかける。
「でも⋯⋯。先輩の本音、本当は訊きたかったかな」
グラスを置いた桜子が呟く。
それは、常に強気な桜子らしくなく、油断すれば聞き逃しそうなほど、小さく弱い呟きだった。

にほんブログ村
- 関連記事
-
- Lover vol.22
- Lover vol.21
- Lover vol.20