Lover vol.20
固唾を飲んで見守っていた俺たちの耳に聞こえてきたのは――――
「道明寺、久しぶり。じゃあ、また」
って、おい!!
牧野、それだけかよっ!
Lover vol,20
通りすがりの邂逅。
度を過ぎた淡泊さを以ての短い挨拶に、自然と口があんぐりと開く。
怒っているわけでもなく、かといって特別感じが良いわけでもなく。
抑揚がないと言ってもいい声で迎えた8年ぶりの再会は、俺が想像していたものとは全く異なるものだった。
「あきら?⋯⋯牧野が司に会うのって、8年ぶりなんだよな?」
「ああ」
「別れて以来⋯⋯会ってねぇってことだよな?」
「ああ」
「にしては⋯⋯あっさりし過ぎじゃね?」
「ああ」
呆気にとられながら質問を重ねる総二郎と、馬鹿みたく同じ返答を繰り返す俺。
俺たちの視線は、牧野を追っていた状態のまま固まり、しかし、見られていた当人である牧野は、颯爽と会場の中へと消え、とうにいない。
そして、忘れちゃならないのが、この二人。桜子と類だ。
目に見えるものだけに囚われ、中身のない会話をする俺たちとは違い、人の心理を読むのに長けた二人の会話に、俺は自然と耳を傾けた。
「ふふ、先輩やりますね」
「だね」
「先手を打った、ってところでしょうか」
「かもね。くくく」
もはやエスパーの域に達しているとしか思えない二人の会話は、俺なんかには理解不能。ただ黙って耳をダンボにするしかなかった。
「先輩、ここに来る前から気づいてたようですものね」
「あの様子だと、招待状を受け取った時点で疑ってたかもね。俺たちが動いたんじゃないかってさ。司が帰国するなり急にパーティーだなんて、いくらなんでもタイミング良すぎだと思うでしょ」
「そうですよねぇ。私たちが道明寺さんのところへ押しかけた日って、昼間は滋さんと先輩とでランチをしてたんです。
そこに西門さんから電話が来たので、直ぐに滋さんに事情を伝えるためにコソコソメールでやり取りをして、急いでメープルに押しかけようと決めたんですけど。そのせいで、コソコソしていた様子は勿論、急ぐあまり不自然に先輩と別れる形になってしまったので、あの日の私たちの行動からしても、怪しいと思ったのかもしれません」
司のところへ押しかけた日ってことは、俺が牧野に会った日でもあって⋯⋯やべぇ。
その日の桜子たちの動きを牧野が怪しんでいるんだとしたら、俺も絶対に怪しまれている。
なんせあの日は、疲れた顔まで見られてるんだ。
それを仕事のせいではなく『ボランティア』って誤魔化したわけだが、後々になって点と点を繋ぎ合わせ考えただろう牧野に、何のボランティアだ! と、とっくに疑われていてもおかしくない。
あの日、牧野が会った友人たちが、揃いも揃ってどこか不自然だったんだ。
何より、その日に司が帰国してきたことと照らし合わせれば、俺たちが何かしたって考える方が自然で、そう思えば、牧野が俺をじーっと見てきた意味もわかったような気がする。
無言で俺を見てきたあの目は、
『あの日、よくも私に黙ってたわね?』
そう語ってたんじゃないだろうか。
怒りを腹に据え置いた牧野は、『美作ーっ!』と跳び蹴りの一つでもお見舞いしたいところを、あのジト目だけに留めてくれてたんじゃ⋯⋯。
『まぁ、いいでしょう』と、上から目線での解放も、『今日のとこは勘弁してやる』っていう、捨て台詞の丁寧語に違いない。
牧野の怒りに遅れて気づいてしまった俺は、ぶるっと身体を震わせた。
「それにしても、先輩があんな態度に出るとは想定外でしたね。道明寺さんに対して、どんな振る舞いが自分の気持ちを証明するのに有効か、考えていたんでしょうか」
「司にってよりは、俺たちにわからせたかったんじゃない? もう司に気持ちはありませんって。だから余計なことはするな、っていう警告の意味でさ。牧野のことだから、今でも司が自分に気があるなんて考えもしないだろうしね。
ま、どっちにしたって、司にとっては大ダメージだよね。話す隙も与えてもらえなかったんだから。ぷっ、くくく」
周りの俺たちを置き去りに、ポンポンと弾む二人の会話。
ダチの不幸をいつもの調子で笑う類は、あれを見てみなよ、と言わんばかりに、腹を抱えて打撃を受けた司に視線を飛ばす。
確かに司からすれば、牧野のあの挨拶はショックだっただろう。
ただそこに人がいたから挨拶しただけ、みたいな。
特に感情を挟まない態度のそれを、
――――人は『無関心』と呼ぶ。
類の笑いのネタ元である司に不憫な目を向ければ、ショック症状なのか、牧野が消えていった会場を見据えたまま、呆然と立ち竦んでいた。
✦❃✦
「ふぅー」
名刺を捌ききって一息吐く。
⋯⋯疲れた。
昨日は無駄に走り、今日は今日で高いヒールを履いてこうして歩き回っているのだから、ふくらはぎはパンパンだ。
船が出航し、主催者である滋さんの挨拶が終わると、レインボーブリッチの下をくぐり抜けた船内の中、私は名刺を片手に動き回っていた。
招待客は、それぞれの会社でそれなりに立場のある人ばかり。一社会人としては、挨拶回りに勤しみ、少しでも自社のアピールをしておきたい。
そういった面に於いてパーティーは、絶好の場とも言える。
――たとえ、このパーティーに仲間の企みが隠されていたとしても。
怪しいとは思っていた。招待状を目にしたときから。
桟橋に着いたときにそれは、確信へと変わった。
ところかしこしに見えるのは、上流階級の象徴。
立場のある人々が招待されているのだから、運転手付きの黒光りの高級車があっても不思議ではないし、護衛らしき人がいても、さして驚きはしなかったけれど。
でも⋯⋯。
停泊中の船の前に居並ぶ黒ずくめの集団を目にしたとき、『それにしたってSP多すぎでしょ!』と心の中で突っ込んだ。
前ボタンを外した黒スーツの人たちが辺りを警戒する様子は、さながら映画のワンシーンのようで。
相当なVIPの警護のため、真面目に任務を遂行中だということは、一目瞭然。
そのVIPこそが『ヤツだ!』と確信したとき、私の勘は外れてなかったと思い知る。
きっとこのパーティーは、私と道明寺を会わせるためだけに開かれたもの。
どっかのホテルやレストランでは、私が途中で逃走するかもしれないと考えて、こうして逃げ場のない大海原にまで出たのだと思う。大した念の入れようだ。
そこまで手の込んだことをする友人たちは、私たちの関係が復活するのを望んでいるのかもしれない。
そんな予感めいたものを抱きながらも、厄介な勘違いをされたくない私は、欠席もせずにこうしてやって来た。
尤も、友人としてではなく、会社経由で招待されたという、私が断れない状況まで用意されていたことには、胸に一物あるけれど。
ハッキリ言って、道明寺と会う意味もなければ、必要性も私にはない。
だけどもし、道明寺を理由に欠席してしまったら、意識しているから逃げたのだと、みんなにあらぬ誤解を与えかねない。
私にとっては、そっちの方がよっぽど厄介で、だから道明寺がいると知っても、逃げもせずに今もここにいる。
それに勝手に企画したとはいえ、短期間でこんなパーティーを開くのは、相当忙しい思いをしたはずだ。
お金だって、一体いくらかかっているのやら⋯⋯。
それを思うと、簡単に撥ね付けるのも憚れた。
ただ、折角の休日が台なしになった上に内緒にされていたのは、私だって普通にムカつく。
特に、美作さん!
私と会った夜の、あの美作さんの疲れきった顔。
きっとあれは、この計画をするにあたり仲間に振り回されての疲労であって、その後に偶然、私と会ったのだろう。
そう思えば、美作さんが『ボランティア』って言ったのも、納得できてしまう。
個性の強い人たちに囲まれ世話を焼いてきたのなら、確かにボランティアとも言える。
美作さんは、決して率先して何かを企むような人じゃない。私だって、それは良く知っている。
知ってはいるんだけれども⋯⋯、でも、思わずにはいられない。
何がボランティアよっ!
凄い! なんて素直なあたしは、うっかり感心しちゃったじゃないのよ!
こっそり教えてくれれば良かったものを、とうとう明かさず素っ惚けていた美作さんには、本当なら跳び蹴りの一つでもお見舞いしてやりたいところだ。
それを、恨めしげな視線だけで我慢してあげたんだから、なんて寛大なんだろうと自分を褒めてやりたい。
今日のところは勘弁してあげたけど、もしまた何かに加担しようものなら、次はない。恨みは纏めて晴らさせてもらうんだから!
それに、美作さんだけじゃない。
暴走しかねない他の仲間にも、きっちりとわからせる必要がある。
私の偽りのない気持ちを。
風化した恋に何も思うことはないんだってことを。
敢えて口にしなくたっていい。態度で示すだけでいい。動揺しないことこそが、全てを物語るはず。
実際、道明寺の前を通り過ぎるとき、大人の礼儀として挨拶をした私は、昔はこの人を好きだったのよねぇ、と他人事のように思う自分はいても、脈拍数が上がることもなければ、胸がチクンと痛むこともなかった。
だから何も期待しないで! って声を大にして主張したいところだけど、生憎と物わかりの良い人たちじゃないってことは百も承知。
挨拶回りの最中も、道明寺が視界の端に映ることはあっても、会話をすることはなかった私たちを、あの人たちが、このままで終わらせるはずがない。
お節介炸裂で、そのうち絶対に何かを仕掛けてくるはず。
上等じゃないのよ。こっちだって徹底抗戦の構えよ。
絶対に思い通りになんてならないんだから!
けど、その前に、まずは腹ごしらえ。
いつ仕掛けてくるともわからない今、食べられるうちに食べておくのが賢いというもの。
腹が減っては戦はできぬ、ってね。
中央には趣向を凝らした数々の料理が並び、うっとりしながら両手に持ったお皿にこんもりと盛りつけていく。
良い匂いに胃を刺激され、直ぐにでも有り付きたい私は、窓際に添って配置されたテーブルで頂こうと、弾むような足取りで先を急いだ。

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