Lover vol.19
Lover vol.19
類と牧野が、話ながらこちらへと向かって歩いて来る。
司を煽ってしまった身としては、どんな再会になるかと気が気じゃない。
牧野からは死角になっているのか、司の存在にはまだ気づいてないようだ。
というより、類との話に夢中で、俺たちの存在にも気づいていないと思われる。
背筋を伸ばして歩いてくる牧野が纏うのは、ビスチェタイプのAラインドレス。
ドレスの色のコバルトブルーが肌の白さを一段と際立たせ、とても似合っている。
一見、良いとこのお嬢に見えるくらいだ。
英徳時代からは想像もつかないほど洗練され、マナーも身につけた牧野からは品すら感じ、見慣れている俺でも美しいと認めざるを得ない。
但し、それは――――。
「えーーっ、嘘っ! あの後、類来てくれたの!?」
黙っていればな、と注釈がつく。
今だって、遠慮なしの大声量だ。
歳のせいなのか、それとも環境がそうさせたのか。牧野は、この数年で強靱な精神力を身につけた。
たとえば、理不尽にも誰かに見下されたとしよう。
でも、自分が間違っていないと思えば、そんなものは気にしない。
まぁ、昔からそんな強さは持ち合わせてはいたけれど。
昔と違うのは、見下す相手にむかって、お好きにどうぞ〜、とばかりの余裕を見せ、何なら相手に不敵な笑みの一つや二つ投げつけるところか。
それで相手が怒ろうがお構いなしだ。周りがどう思おうが、一切気にしない。
いや、もうはっきり言おう。
言葉を選ばずに言うならば、図太さに磨きがかかった。この表現が多分、一番正しい。
あんなに苦手意識の強かったパーティーにも臆することなく参加し、今の牧野からは、緊張感を探し出す方が難しいだろう。
その証拠に今も、俺たち以外の招待客だっているのに気にかけず、相変わらずマイペースで喋り続けている。
「どうせ、ママが電話したんでしょ? もう! 類の迷惑も考えないんだからっ!」
「迷惑なんかじゃないよ。野暮用が済んだ帰り道だったし、そこでフルーツグラタン食べれなかったから、お腹も空いてたしね」
「類は優しすぎるんだってば! 類、ママたちを甘やかさなくて良いからね?
非常識なことに、お赤飯もあんなに作っちゃってさ。類も結構な量、食べさせられたんじゃない? 大丈夫だった?」
「美味しかったよ、赤いご飯。でも流石に食べきれなかったから、進に応援頼んだ」
「えー? あの日、進も実家に行ったの?」
「うん」
「もう信じらんないっ! あたしが誘ったら断ったくせに、類の言うことなら聞くんだから! あー、思い出したらまたムカムカしてきたっ!」
「牧野、進となんかあった?」
「そうなの、類。訊いてくれる? 昨夜だってね――――」
未だ俺たちの方には目もくれず、小型犬のようにきゃんきゃんきゃんきゃん喚いてる。
自称が「あたし」に変わっている興奮具合からしても、相当、おかんむりのようだ。
ご機嫌斜めの状態で司と再会なんて、最悪じゃなかろうか。
司の様子をチラリと窺えば、流石に声のでかさで気づいたか、牧野に釘付けになっていた。
「ったく、色気ねぇな」
こめかみを抑えながら呆れた声を出したのは総二郎で、その間にも、
「帰ったら、首絞めてでも吐かせてやるんだから!」
色気のない女は、ついに物騒なことまで言い始めた。
いい加減、誰かあの口を塞いだ方が良くねぇか? と思ったところで、「はぁ」と溜息を一つ落とした桜子が、牧野に向かって手を上げた。
「先輩!」
桜子も、きっと俺と同じ思いで、見るに見かねて声をかけたんだろう。
呼ばれて漸く、良く回る口を止めた牧野は、俺たちの存在に気づいてパッと明るい笑みを浮かべると、ドレスの裾を掴み景気の良い足取りで俺たちのところへ来た。
「先輩、滋さんじゃないんですから、もう少し声のボリューム落とせません?」
「やだ、そんなに大きかった? ごめんごめん」
軽いな、牧野。
両手を合わせたポーズをしてみたところで、反省していないのは丸わかりだ。
実際、牧野の興味は別に移り、今しがた受けた注意も忘れて、またも大きな声ではしゃいでる。
「わぁー、優紀、久しぶりー! そのドレス凄く似合ってる、ステキ! 西門さんも久しぶりっ!」
その様子を見て、やれやれ、と首を振った桜子が、再び口を挟む。
「先輩の声があまりに大きいから聞こえたんですけどね、進くんと喧嘩でもしたんですか?」
「それが、喧嘩にすらならないのよ! 訊きたいことがあったのに、帰ってみれば部屋に鍵かけて狸寝入りなんだから。朝起きたらもういないし、あたしに何か隠してるとしか思えないのよね、あの態度!⋯⋯⋯⋯それにしてもさぁ、」
急に声の調子を落とした牧野が、俺たちひとりひとりを順に見る。
「よくみんな集まったわよねぇ。忙しいはずの人たちが、急なパーティーにも拘わらず」
あっちにもう一人いるけどな。
心の中で呟くも、実際に口に出して教えてやる役は、ご免こうむりたい。
きっと他の誰かがやるだろう。
そんなことを考えているところへ、
「美作さん」
ピンポイントで呼ばれれば、肩だって跳ねるし、声だって上擦る。
「っ、な、何だ」
「――――――――この前ぶりだね」
たっぷり間を開けられてからの、棒読み科白。
なんで俺にだけ無愛想なんだ。
「お、おぅ。そうだな、この前ぶりだな」
牧野の視線に何となく圧を感じて、無駄に目が泳ぎだす。
それでなくても、司は煽るわ、パーティーのことは黙っていたわで、負い目がありまくりだ。
そんな俺を、牧野がじっーと見てくる。
無言でひたすら、じっーと見てくる。
なんでこんなにも見てくるのか。負い目塗れの俺の心臓は、バクバクと騒がしい。
牧野の顔を直視できないまま、ますます目を泳がせること30秒ほど。
「まぁ、いいでしょう」
泳がせすぎて目が回る寸前、視線の圧がやっと消えた。
――――なんだったんだ、一体。
「それより、滋さんは会場でしょ? 私、先に挨拶してくるね!」
俺の扱いとは違い、感じの良い口調でみんなに告げた牧野は、ドレスの裾を軽く持ち上げて、くるりと背を向けた。
「つくし、待って! 実はね⋯⋯」
戸惑いを表情に乗せ、牧野の足を止めたのは優紀ちゃんだった。
司のことを伝えるために引き止めたのは、一目瞭然。
けれど牧野は、優紀ちゃんが話し出す前に「大丈夫だから」とだけ言って、ツカツカ歩いて行ってしまう。
何を以ての「大丈夫」だったのか。
牧野の言動がまるでわからず首を捻ったところで、「ぷっ、くくくっ」と、何がおかしいのか類が笑いだす。
笑う要素が、今のこの時のどこにあったのかわからず白けた目を向ければ、今度は桜子が「ふーん」と意味深に言った。
何なんだよ、おまえらは。
何が可笑しくて、何が「ふーん」なんだ?
「花沢さん。先輩、気づいてません?」
「くくくっ、そうみたいだね」
不可解な二人のやり取りに、驚きで目が見開く。
気づいてるって⋯⋯まさか!
「牧野が司に気づいてるてことか?」
思わず上擦った声で割り込めば、類と桜子が揃って頷いた。
⋯⋯マジかよ。
見開いた目を更に大きくし、牧野の姿を追いかける。
パーティーのメイン会場は、この先を真っ直ぐに行ったガラス戸の向こうだ。
そこへ行くには、嫌でも司の前を通るしかない。
段々と縮まる二人の距離。
司の存在が、視界の端くらいには引っかかるだろうところまで距離を詰めているのに、背筋をピンと張って歩く牧野は、前を向いたまま。
これはもしかして、司に気づきながらも無視か?
完全スルーで通り過ぎるつもりか?
だが、それも仕方ない、と思いながら華奢な背中を追いかける。
誰もが口を噤み、見る先は同じ。
そして――。
歩く速度が落ちないところからして、やはり無視する気なんだな。そう確信した時だった。
歩いたまま牧野が、司のいる右方向に首を捻ったのを見て、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「道明寺、久しぶり。じゃあ、また」

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