Lover vol.17
Lover vol.17
短く息を吐き出し、開き直りの心境で口を開く。
「あんな? 情けねぇつーなら、司だけじゃねぇから。俺の話訊いたら、少しは気も楽になんじゃねぇか」
「あ?」
「俺はな⋯⋯。好きな女を想って、他の女の前でボロボロ泣いたことがある」
「ぶほっ!⋯⋯っ!」
煙を吐き出しながら咽せた司は、ギョッとした顔で俺を見た。
目が合ったと思ったら、今度は訊かなかったことにしようとでも思ったのか、気まずげに視線外しやがって。
そんなリアクション要らねぇんだよ。
舌打ちしたくなるのを堪え、「笑いたきゃ笑え」って投げやりに言えば、
「んなことまで俺に話す必要ねぇだろうが」
困惑した声が返ってくる。
俺だってこんな恥さらし、好き好んでしてるわけじゃねぇよ。
司がらしくもなく本音ぶちまけたりするから、俺も恥を忍んで言ったっつーか、そこまでしても⋯⋯。
「司に立ち直ってもらわねぇと、俺も困るわけよ。それが頼まれたことでもあるし、礼でもあるからな」
「何の話だ」
「今、車で待ってる子に頼まれたんだわ。あんとき、司に救われたからって。じゃなきゃ、今の俺たちはないらしいからよ」
「言ってる意味がわかんねぇ。待ってる奴って誰だよ」
「俺の一番大切な子が待ってる。その子が、おまえに言われたことで変われたらしいんだわ。それを今でも感謝してるって。だから、今度は力になってあげてって頼まれりゃ、仕方ねぇって話」
「益々わかんねぇ」
恨まれることはあっても、礼を言われるような経験なんてないだろう司は、訝しげに顔を顰めた。
「俺が何年か越しの告白してるとき。司と牧野が、その子と一晩中一緒にいてくれたんだってな」
「⋯⋯ん?」
「朝方まで、たらふくケーキをご馳走になったらしいじゃん。あんときは、どうもな」
「あ⋯⋯まさか総二郎、付き合ってんのか?」
「そういうこと。俺がボロボロ泣いた姿を見せた女で、優紀は俺が大切にしたいと思う最後の女。カッコ悪いとこも知られてんのに、何でだろうな。俺の全部を受け止めてくれた優紀といると、落ち着くんだわ。
牧野もそういう女だったんじゃね? 情けねぇって、バカにする女でもなければ、惚れた男の全てを受け止めようとする、強い雑草女だったんじゃねーの?」
「⋯⋯」
「それと、これは優紀からの伝言。あのとき頂いた言葉を、今の道明寺さんにお返しします、だってよ」
司が優紀に何を言ったのかは知らねぇ。
優紀が敢えて言わねぇのなら、俺もわざわざ訊くつもりもねぇし。
ただ、肝心な司が覚えてんのかだけが不安だったが、何も言ってこないところみると、その心配もなさそうだ。
短くなった煙草を灰皿に擦りつけた司は、火が消えても尚、煙草から指を離さず、何か思案している様子で身じろぎ一つしない。
黙って見ていれば、漸く離れた司の指。
同時に口角を引き上げた司は、俺を見て、息を吐くようにフッと笑った。
「出てけ」
「なっ、出てけだぁ?」
何が出てけだ。恥まで晒したってぇのに、言い損か?
ここまで言っても、まだパーティーに行く踏ん切りつかねーのかよ。
こうなったら、最悪のパターン。――――実力行使あるのみか。
「司、おまえいい加減にしと――」
「早く出てけ。時間ねぇだろうが。向こうの部屋で待ってろ」
偉そうに言い放ち、司がソファーから立ち上がる。
ったく、紛らわしい言い方しやがって。
言葉が足んねーんだよ。
支度するならするって、素直に言えっての。
危うく飛びかかるとこだったじゃねぇかよ。
「行く気になったんなら、そう言えって」
司に続いて立ち上がると、目を細めた司がじろりと睨む。
「滋が何か企んでいるとしても行くから安心しろ」
⋯⋯勘付かれてたか。
司の眼差しは、どうせおまえも知ってるんだろ? と語ってる。
「言っとくが、女慣れしてる俺といえども、ぶっ飛んだ滋の考えなんて知らねーぞ。滋も桜子も牧野も、あのトリオは普通の女と違うからな。流石の俺も理解不能だって」
悟られないよう、おちゃらけた笑顔の下に事実を隠すのはお手のもの。
司が牧野に会う覚悟を決めたんなら、第一関門は突破ってことで、俺はお役目ご免だし。
滋の企みは担当外。そこに便乗はしても、猛獣の復活をただ眺め見るだけ。
企みを教えてやるほどお人好しでもねぇし、司を巻き込む役は、提案者の滋がなんとかすんだろ。
「超特急で着替えろよ」
一声かけ、この後のことを思うと、零れそうになる笑みを噛み殺しながらドアノブに手をかけたと同時、司の声が呼び止めた。
「総二郎」
「ん?」
首だけ捻って司を見れば、目を逸らしながら真面目な声で言ってきやがった。
「⋯⋯笑ったりなんかしねぇ」
ったく、だから言葉が足りねーんだって!
なのに、俺が泣いたことを指しているって丸わかりで、マジで嫌になる。
生真面目に返してくんじゃねぇよ。居た堪れねぇだろうが。
「司が玉砕したときは、俺の胸貸してやるから思いきり泣けよ」
笑顔で隠した心の内で「この話は、もう勘弁しろよ!」と嘆きながら、この8年、一人涙したこともあったろう男の復活を願って部屋を出た。
「西門様、向こうの準備は整えてございますので」
「悪いな。滋が無理言うから、スケジュールの調整大変だったろ」
「いいえ。私も久々に楽しんでお仕事させてもらいました」
リビングの隅で待機していた西田は、心情を悟らせない無表情が常だというのに、今は違う。
口元には笑みを浮かべて、次いで深々と頭を下げた。
「西門様、副社長を⋯⋯、坊ちゃんを、どうかよろしくお願いします」
司の復活を望むのは、どうやら俺たちダチだけじゃないらしい。
苦悩する司を一番近くで見てきたのは、多分、西田だ。
秘書という立場を超えて、司を支えながら見守ってきてくれたんだろう。
「連れ出すまでが一苦労だったけど、牧野にさえ会っちまえば、本能が疼いて本来の自分を取り戻すだろ、ってのが俺たちの予想だけどな」
笑いながら言えば、
「そうあってほしいと願ってます」
西田は、温和な笑みを惜しげもなく俺に向けた。
それでもダメなら、司もそこまでの男ってことで、牧野とは縁がなかったって諦めるしかねぇ。
とはいえ、俺たちの間では、牧野に会えば司は暴走するんじゃねぇかって、賭けにもなんねぇ一致した意見だ。
会わなかったからこそ抑えられていた気持ちも、牧野の顔を見たら最後。想いに蓋して我慢なんてできるはずねぇよ。
パーティーの間だけならいざ知らず、時間なら、滋が手回しして可能な限り用意しちまったし。
ガンガン押して押して押しまくって、それでもダメなら、押し倒すってのもアリじゃね?
なんせ、パーティーの後に待ち受けるのは、24時間一緒の一泊旅行!
ベッドに連れ込むには、充分な時間があるってわけだ。
――――但し、当然お邪魔虫も同伴すっけど。

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