Lover vol.16
今日からまた更新して参ります。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします!
Lover vol.16
「滋に頼まれて来たのか」
久々に会うっつーのに、愛想がないとこだけは相変わらずか。
「まぁな。猛獣を捕獲しろって命令が出されてよ、こうして迎えに来てやったってわけだ。それに、俺だけまだ司に会ってなかったしな」
滋から直接頼まれたってより、あきらに泣き付かれた、って方が正しいけど。
何でも司は、本来の姿からは程遠いくせに、ダチにグラスを投げつける凶暴さまでは消えてねぇって、身を以て体験したらしいあきらから連絡がきたのは、昨夜のこと。
『総二郎、頼まれてくれ!
司がまだ牧野に会うの躊躇してるかもしれないから、念のために捕獲しに行けって滋から頼まれたんだけどな。それなら俺より総二郎の方が適任だろ? 今までだって、理不尽な理由で殴られるのが多かったのは、無抵抗な俺だぞ? 捕獲しに行ってみろ。何されるかわかったもんじゃねぇだろ?
けど、総二郎なら大丈夫だ。万が一、司が暴れたとしてもだ。司の方がやや上でも、やり合ったらほぼ互角の総二郎なら、力業で何とか司を連れ出せる可能性がある。
つーか、頼む! 俺が背負わされちまったもん、総二郎も少し負担してくれっ!』
わかったような、わかりたくないような。
こっちが引くくらい必死になってあきらから頼まれたのもホントだけど、実際は、それだけじゃねぇ。
あきらから、思った以上に司が弱っちまってるって訊いて、流石の俺もふざけてらんねぇな、と思ってたところに、別サイドからも『昔のお礼がしたいから、力になってほしい』ってお願いされちゃ動くしかなくて、だからこうして来た。
そんな俺に⋯⋯。
「わざわざお目付役を引き受けるとは、ご苦労なこったな」
嫌味を含んだ冷たい声が飛んでくる。
「そう言うなって。幾らパーティー慣れしてる司といえども、今回ばかりは一人じゃ行きにくいんじゃねぇの? まだ着替えてねぇとこみると、やっぱ牧野に会いづらくて、パーティー行くの躊躇ってんだろ?」
しっかり睨みを入れてくんのは忘れねぇ司だが、否定も肯定もせずにベッドから立ち上がり、大人しく俺の前に座ったところをみると、取り敢えずは直ぐに何かが飛んでくる危険性はないようだ。
腕時計に目を遣り、パーティーの時間が押し迫っているのを確認する。
ぐずぐずしてる暇はねぇようだな。
手を組み、下向きに視線を落ち着かせた司に、俺は唐突に話を切り出した。
「司にだけ特別訊かせてやるから、よーく訊いとけよ? 俺な⋯⋯、昔、好きな女がいたんだわ」
「ぁ?⋯⋯あぁ」
押しつけがましく話し出せば、驚いたように顔を上げた司。
けど、直ぐに思い当たったようで、「それがどうした」って興味なさげに言うと、また視線を下に落とした。
他の奴らも薄々は気づいてはいたんだろうけど、多分、目の前のこいつが一番、よく知ってるはずだ。
俺には、本気で惚れた女がいたってことを⋯⋯。
「大事にしたい女だったんだ。なのに、約束一つ守ってやれねぇで傷つけちまった。約束を守ったら今までの関係が崩れる気がして、自分の気持ちに蓋して、わざとすっぽかしてよ。
結果、今までの関係は崩壊。会うことはなくなったし、残ったのは燻った感情だけっつう、みっともねぇ話」
「⋯⋯」
「それも今となっちゃ、懐かしい綺麗な思い出だ。優紀ちゃんのお陰で。⋯⋯って、優紀ちゃん、覚えてるよな?」
「ダチだろ⋯⋯牧野の」
「ああ。何年も自分の気持ちから逃げてた俺に、向き合うよう導いてくれたのが、優紀ちゃんだ。お陰で、忘れられなかった女に、気持ちを打ち明けることもできた。
ま、俺の場合、完全に告るタイミング外しちまったから、上手くはいかなかったけどな。でもよ、何年か越しの告白は、不思議なほど清々しい気持ちになれたぜ?」
結ばれはしなかったが、昇華した一つの恋。
「司、おまえも燻ってねぇで、きっちりケリつけたらどうよ。⋯⋯まだ、惚れてんだろ?」
「⋯⋯」
「もう一度、牧野にぶつかってみてもいいんじゃね? どんな結果にせよ、今よりは気持ちが楽になるはずだ。経験者が言うんだから間違いねぇよ。
それに、どんなに惚れてるって言ってもよ、確実に時間は流れてんだ。実際に会ってみて、改めて今の自分の気持ちを確かめてみろって。折角、牧野に会えんだし、逃げんなよ」
それまで黙って訊いていた司が息を吐き、続けて絞り出したような声を出した。
「⋯⋯⋯⋯違げぇ」
「違うって、何がだよ」
「⋯⋯今じゃねぇ。⋯⋯逃げてんのは、今に始まったことじゃねぇ。8年前、とっくに俺は⋯⋯、牧野から逃げ出したんだよ」
吐き出された掠れ気味の声は、こっちまで胸が締め付けられるほど苦しげで。
組んだ両手は微かに震え、眉間には苦悶が滲んだ皺が寄っている。
8年間、哀しみに喘いで苦しんだだろう司の心痛が、俺にまで伝わってくるようだった。
「あの時は、別れるしかなかったろ。逃げたとは違うんじゃね?
撥ね除けることができなかった司も、助けることができなかった俺たちも、誰もがまだ若すぎた。
結婚だって、司の本意じゃねぇことくらい誰だって知ってる。結婚を阻止しようと、おまえが寝る間も惜しんで必死になって動いてたことも、俺たちの耳にも届いてた。おまえだって、充分長いこと苦しんで――」
「そうじゃねぇ!」
話を遮り荒らげた声は、けれど直ぐに落ち着き、今度は極端に小さくなる。
「⋯⋯思っちまったんだよ。逃げてぇって。⋯⋯8年前、牧野と別れて牧野を忘れりゃ、楽になれんじゃねぇかって。⋯⋯一瞬でも俺は、卑怯にも思っちまったんだ」
⋯⋯この男がこんな弱音を吐くとは。
自分にバカ正直な男は、こうやって自分を責め続け苦しんできたのか。――――8年もの間、ずっと一人で。
牧野のことになると、途端に潔癖になるっつーか⋯⋯。
そもそも不完全な人間のくせして、完璧を求めるなっての。
不器用にもほどがあんだろ。要は大馬鹿ヤローって話だ。
「ふーん。そう思っちまった自分が許せず、顔向けもできねぇって? そんで、こうして何年も、牧野と付き合いのある俺たちのことまで避けてきたっつーわけか」
司の眉根に刻まれた皺が、より一層深くなる。
「変なとこで真面目なおまえが考えそうなこったな。司⋯⋯、おまえアホだろ」
「⋯⋯」
昔の司なら、『んだと、てめえっ!』って即座に掴みかかってきたもんだけど、幸いと言うべきか、止め役のあきらがいなくても、そんな場面に発展しそうもねぇ。
ただ一瞬だけ、鋭い眼差しを向けただけ。それも、直ぐに逸らされた。
「散々、偉そうなこと言っときながら、情けねぇ」と自嘲した司は、煙草を取り出し、紫煙を燻らせた。
「あのな、司。それって普通なんじゃねーの? 断言してやってもいいが、おまえと付き合ってたときの牧野なんて、何度逃げ出してぇって思ったかわかんねぇぞ?」
威嚇めいた目線は気のせいだって思うことにして。
「ま、司も人並みの感覚を持ち合わせてたってことだな。⋯⋯一本もらうぞ」
そう声をかけ、煙草を一本抜き取り火をつけると、
「茶人が煙草なんて吸うんじゃねえよ」
真っ当な指摘をする司を無視して、ふうー、と大袈裟に煙を一つ吐き出してから続ける。
「辛けりゃな、誰だって逃げだしてぇって思うもんなんだよ。それを誰かさんみたく、馬鹿正直に口に出さねぇだけで。
いくら司が人間離れしたタフなヤツといえど、追い込まれた当時の精神状態は、普通じゃなかったろ。楽になりてぇって思うのは、人間の防衛本能だ。当たり前の感情だと思うぜ、俺は。
ましてや、惚れた女と別れなきゃなんねぇっていう瀬戸際だ。まともな思考でいられるかっつーの。そもそもおまえは、完璧な人間でもなければ、できた人間でもねーんだし?」
「⋯⋯てめ」
「それによ、牧野から逃げてぇってよりは、何よりも大切な牧野を失う現実から、怖くて逃げ出したくなっただけじゃねぇの?」
大切だから守りてぇのに、大切な分だけ臆病になって守りに入っちまうこともある。
大切なもんは人を強くする反面、人の弱さも浮き彫りにする、何とも厄介なもんだ。猛獣をここまでへこますんだから。
⋯⋯仕方ねえ。
これだけは口にしたくなかったが、しょうがねぇ。最終手段だ。
まだ長めの煙草を灰皿に潰し、覚悟を決めて司を見据えた。

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