Lover vol.15
Lover vol.15
大学で知り合ったダチのように、早くから跡継ぎとしての自覚を持っていれば、多分、こんなことにはならなかった。
そんなダチも、欲に蠢く人間たちに翻弄され厳しい状況下に置かれはしたが、ヤツの人間性を慕って守る味方がいた。恋人を手放すこともなかった。
好き放題やってきた俺とは何もかもが違う。
もう少し俺も、真っ当な生き方をしていれば⋯⋯、そう悔やんだところで、全ては後の祭り。
俺が散々しでかしてきた悪行は、役員たちにも知れ渡っている。
誰かれ構わず暴力を振るい、身体も心も平気で傷つけて。
それら全てを親の金で揉み消してきたこの俺が、たかだか数年、学業に仕事にと真面目に取り組んだところで、得られる信用など初めから有りはしなかった。
俺と協力し合ったのは、目的と敵が同じであったがため。ただそれだけだ。
未だカリスマ性が衰えない親父の復活を信じ、今までは何も言わずにきたのだろうが、ここまで親父が安定しないとなれば、先を見通さなきゃなんねぇのは、当然だともいえた。
混乱の最中。この先、支柱を失った道明寺を、どうやって守るべきか。
そうして、判断は下された。
たとえ、お袋がいようとも、親父の後ろ楯がない俺に、託せる未来などない、と。
道明寺を預けるだけの人物に値しないのだと。
親父を慕えばこそ、親父が守ってきた道明寺を死守し、懸念があれば、親父の実の息子だろうとも全力で振り払うことも辞さない。それが使命であり全て。
親父の腹心たちから見た道明寺の敵は、紛れもなく俺自身だった。
――――人物評価に難のある俺こそが、いずれ、道明寺を蝕む存在になるかもしれないと。
評判を消すのは容易くねぇ。悪い評判なら尚更だ。
一度貼られたレッテルは、そう簡単に剥がせやしねぇ。
覆すだけの時間も力も、あの時の俺にはなくて。
腹心たちが俺に従う条件として提示した、唯一俺の存在価値を見出だせ、後ろ楯も得られる『政略結婚』だけを突きつけられ、日に日に追い込まれていく。
それでも、何とか挽回しようと死に物狂いで働き、足掻き⋯⋯。
だが、親父の健康問題が長引くほど経営状況は悪化し、株価は下がり続ける。
やがて俺は、牧野との未来が閉ざされてしまう恐怖に慄き、そして疲弊していった。
俺様だろうが、強引だろうが、我が儘だろうが。それでも牧野が惚れてくれた『俺』は、徐々に鳴りを潜め、人様の力を借りて足元を固めるしか生き延びる道がない政略結婚に、一瞬でも過ってしまった卑怯な思い。
そんな弱い自分が今更、どの面下げて――――。
――RRRRRRRR
沈み込んでいた暗い過去から呼び戻すように、プライベートのスマホが鳴る。
いつの間にか、指先に熱が伝わるほど短くなっていた煙草を揉み消し、相手も確かめずにスマホを取れば、耳を劈く大音量に襲われ脳が揺れた。
『つっかさーーっ! 滋ちゃんだよーん!』
「っ⋯⋯うっせぇ」
『うわ、機嫌悪っ! それより、もう準備できた?』
「⋯⋯⋯⋯」
『まさかっ! まだ用意してないの? ちょっと、急がないと時間ないよ? 今から大急ぎで用意して! いい?』
「⋯⋯⋯⋯」
「ちょっとっ! 訊いてる?」
「嫌でも訊こえる」
『⋯⋯⋯⋯ねぇ、司?』
耳の奥をキンキンと痛ませる声のトーンが、落ち着いたものへと変わる。
『この前、桜子も言ってたけどさ、つくしって何でも頭で考えるじゃない? でも、本当は司も同じだって、私は知ってるよ? 何てったって滋ちゃんは、そんな姿をこの目で見てるからね。冬空の下の寒い公園で、見てらんないくらい辛そうな顔して思い悩んでいた、司の姿をね』
滋が何の話を持ち出したのかは、直ぐにわかった。
一緒に泥水のような不味いコーヒーを飲んだ、遠い昔の話。
つまんねぇこと覚えてんじゃねぇよ。そう反論しかかった言葉は、その後の滋の行動まで蘇って、口を噤んだ。
『意外と司も、ごちゃごちゃ考えるんだよね。でも、司とつくしでは、決定的な違いがあるよ。
慎重派のつくしは、考えて考えて答えを見つけても、まだ迷ったりもするけど、司はそうじゃないでしょ? 考えても無駄なら、後は本能の赴くまま、自分を信じて突き進むのみ!
まあ、何年もつくしと接点がなかったわけだし、長いこと猛獣くんは冬眠していて行動力が衰えているみたいだからさ、今回だけは、こうして手助けしてあげる。だから今日のパーティー、ちゃんと顔出してよね。折角、明日も休みなんだしさ』
「⋯⋯何でおまえが、俺の休み知ってんだよ」
俺だって、さっき訊かされたばっかだ。
『滋ちゃんを甘くみちゃいけませんよ。むふふふふ』
企み含みの笑いに嫌な予感がする。
「てめ、なに考えてんだよ」
『司のことだけ考えてる』
「⋯⋯」
『ぷっ! 冗談だってば冗談!
でも⋯⋯、つくしに会っても、まだ冬ごもりするようなら、昔愛した男は死んだってことで諦める。この前言ったとおり、司にチャンスは二度とあげない』
真剣な声に変じた滋に、どう返そうかと悩んでいたところに、部屋のドアが叩かれる。
リビングで待機していた西田だろう。
だが「入れ」と許可を出すより前に、ドアは勝手に開いた。
「よぉー、司、久しぶりだなぁ。って、電話中? つっても、どうせ相手は滋だろ?」
我が物顔で入ってきた男はそのまま突き進むと、窓際にあるソファーに踏ん反り返り、睨む俺をニタニタと笑って見ている。
電話の相手までわかってるってことは、滋と連絡取り合っての訪問か。
――――なんなんだ、こいつらの連携は。
訪問者の声が受話器の向こうに届く以前に、何もかも知ってるだろう滋は、
『あっ、来たみたいだね! じゃあ、司、パーティー会場で待ってるからね! まったねーーっ!』
想像どおり、誰が来たのかを知っていそうな口振りで。
最後に威勢の良い声でまたもや俺の鼓膜を劈いて、一方的に電話を切りやがった。

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年内のお話は、これにて更新納めとさせていただきます。
後日、今年最後のご挨拶だけはさせてもらおうかと思っていますので、またそのときにでも!
最後に⋯⋯つくしHappy Birthday♡
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