Lover vol.14
「本日の予定は以上です。それと、今夜のパーティーが終われば、明日は一日お休みとなりますので、そのおつもりで」
「は? 休み? んなの取ってる場合じゃねぇだろ」
「いいえ。帰国前も帰国後も多忙な日が続いておりましたので、休息が必要かと。滅多に取れないのですから、明日の休みは有意義にお過ごしください。では、30分後に出発となりますので、また呼びに参ります」
世間を騒がせている今。
急なパーティーに行くのだって困難だと思ってたが、招待状が届くなりあっさり調整をつけた西田は、俺の意見に耳も貸さずに明日の休みを決め、さっさと部屋を出て行った。
Lover vol.14
ホテルのベッドルームに一人。真っ白い天井をぼんやりと見上げる。
色を持たない天井に思い浮かべるのは、空虚な世界で唯一の光――あいつの笑顔だ。
浮かべる幻影は何年経っても色褪せず、虚空に、瞼の裏に、俺の心に、いつだって鮮やかに甦る。
俺に時間を与えれば、こうして直ぐにでも意識は、8年前に別れた牧野へと向かってしまう。
もう癖みたいなもんだ、牧野を思うことは。別れた日から、ずっと⋯⋯。
それが自分に許された束の間の幸せであり、同時に、胸が張り裂けそうなほど痛みを伴う、苦しく切ない時間でもあった。
牧野を思い出さなかった日など一日もない。
何度、牧野の元へと飛んで行き、この腕に閉じ込めてしまいたいと思ったかしれない。
けど、そんなこと許されるばすがねぇ。
牧野のいない人生なんて生きる価値もねぇのに、道明寺家に生まれたばかりに生きてくしかねぇ、虚しい運命。
この身が滅びるまで空疎な時を漂うしかない孤独な人生も、一方的に4年後の約束を破り最愛の女を傷つけた、俺が犯した罪の代償だと思ってる。
いくら八方塞がりだったとはいえ、人生の選択をしたのは、他ならぬ俺自身だ。
そんな俺が⋯⋯。
今更、牧野に逢う資格なんてあんのかよ。
ざわざわと波立つ心臓を落ち着かせたくて、テーブルの上の煙草を取り、火をつける。
深く吸い込んでは白い煙を長く吐き出し、それでも胸のざわめきは落ち着かなかった。
何の役にも立たねぇ煙を見ながら、またも思い浮かべるのは牧野の顔なんだから、ホントどうしようもねぇ。
――逢いたくないはずがない。
逢いたくて逢いたくて堪らねぇ。
他の男に辛い目に遭わされるくらいなら、もう一度この手で⋯⋯。
けど、わざわざ俺が表に出なくくても、瀧本を潰す手段くらいいくらでもある力を付けた今、過去の想いが俺を躊躇させる。
俺が道明寺の跡取りとして生きることが、延いては、牧野を守ることにも繋がると信じて疑わなかったあの頃。
NYへ乗り込みビジネス社会に身を投じた俺は、何一つわかっちゃいなかった。
わかったつもりでいただけで、その実、自分が思っていた以上にシビアな世界は、道明寺の血を継いでるでだけじゃ、何も許しちゃくれなかった。
親父が倒れたからには厳しい状況であることは覚悟していたし、チャンスとばかりに虎視眈々とトップの座を狙おうとする輩がいることも想定済み。
だが、俺には見極めきれなかった。
――道明寺においての俺にとって、誰が本当の味方なのかを。
NYへ行ったばかりの頃は覚えることが山ほどあって、一つでも多くのことを頭に叩き込むと同時、まずはマークすべき上層部の奴らを注視した。
お袋や西田、それに親父の腹心である二人の役員から助言を受け、やがて、共に不穏な動きを未然に阻止し、必要とあらば、危険な人物は退職へと追い込んでいった。
まだまだ混乱はあり問題は山積みだったが、親父の腹心である役員たちの協力のお陰で、腹黒い奴らの目立った動きが少なくなった、渡米2年目。
仕事に学業にと相変わらず多忙な日々ではあったが、幾分、気持ちに余裕ができた俺には、同じ大学に通う、日本の大企業の息子とその恋人という、二人のダチもできた。
幼なじみのあいつら以外、ダチと呼べる者がいなかったこの俺が心を開いたのは、二人を身近に感じたからに他ならねぇ。
生まれたときから跡継ぎの宿命を背負った男と、地方公務員の親に育てられた女。
住む世界が全く違う二人の恋愛は、まるで俺と牧野を見ているようだった。
俺たちと大きく違うのは、二人は初めから誰にも反対されちゃいなかったてことで、何のトラブルもなく、揃ってNYに留学してきたという。
常に笑顔で寄り添う恋人たちの姿は、離れている俺には牧野に与えてやれないもので。二人の姿が羨ましくあり、そしてそれは、希望を見ているようでもあった。
いつか俺たちも、あいつらのように寄り添って⋯⋯。
そう信じて疑わなかった未来予想図は、零れ落ちる砂のように儚く消えた。
滅多に牧野に逢うことは叶わなくても、気持ちはぶれるどころか年月を重ねるごとに増すばかりで。
この想いもあと少しの辛抱で報われ、牧野を手に入れられると思っていた俺は、全く気づきやしなかった。
――親父の腹心の部下である、役員たちの強い思念を。
依然、安定しない親父の体調に、完全復帰はないと見込んだ役員たちの本心を耳にしたのは、NYに来て間もなく4年目に突入する頃だった。
『司様の政略結婚、それ以外で、私たちが司様に従う道はないと考えます』
迷いのない視線と、譲歩する気のない頑なな意志。
強い口調での断言は、会社への高い忠誠心があるからこそ言わせた奴らの覚悟。
味方だと信じた相手は、あくまで道明寺にとっての味方であり、俺個人への支持は一切なかったと思い知る。
それは、父親の庇護の元でしか俺の存在価値なしと言われたも同然で、自分の無力を突きつけられた――――俺にとって初めての挫折だった。

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