Lover vol.11
Lover vol.11
強張った顔のまま、進が真っ直ぐな視線を向けてくる。
「姉ちゃん。念の為に訊くけど、その相手って、道――」
「違うからっ!」
進が固有名詞を出す前に即座に否定する。
「なんで今更、道――」
「じゃ、誰? 姉ちゃん誰と会うの?」
私に負けず劣らず電光石火の早業で、今度は進が私の言葉を打ち払う。
普段は人の話を良く訊くタイプなのに、珍しい。
しかも、表情は依然ニコリともしない。
進の態度を訝しく思いつつ、隣からの「どう、さん? って誰?」という首を傾げながらの呟きは聞き流して、約束の相手の名を口にする。
「瀧本グループの、瀧本祐二さんと会うの」
「⋯⋯⋯⋯」
こら、答えさせておいてノーリアクションとは、どういうことよ。
進が訊いてきたから答えたのに、何も言わない進は眉を寄せるだけ。
木村さんも、目を細めて全く別の所を見つめている。
きっと二人とも、大企業の子息に、どうして私なんかが誘われてるんだと、沈黙を以て不思議アピールをしているに違いない。
「あんたが何考えてるのか想像つくわよ。どうせ、何で姉ちゃんなんかが瀧本さんに誘わ――」
「姉ちゃんさ、瀧本さんとはよく会ってるの?」
「あんたね、人の話は最後まで訊きなさいよね!」
数分前の自分は棚上げして注意をするが、進は全く気にも留めず、
「いいから、どうなの?」
さっきまでのノーリアクションから一転。今度は、喰い気味に答えを急かしてくる。
ますます顔は険しくなってくし、全く以て進らしくない。
「頻繁になんて会ってもないし、会いたくもないわよ。今日で3回目かな。
だいたい、知り合って間もないのに、いきなりプロポーズしてくるし、断ったのに指輪を贈ろうとしてくる人よ?
この10日間なんて、ほぼ毎日電話攻撃で、一度きちんと会って話がしたいって言われ続けてさ⋯⋯。
取引先の社長さんから紹介された人だから、あからさまに嫌な態度もとれないでしょ? だから今日は仕方なく会う約束はしたけれど、でも今日こそは、お付き合いするつもりはないって、はっきり伝えてくるつもり」
「じゃあ、姉ちゃんは、瀧本さんのことを何とも思ってないんだね?」
「当たり前でしょ。強引で日本語の通じない人は、過去の経験上、苦労したからお断りです」
「なら良いけど。曖昧な態度じゃ付け入る隙を与えるだけだから、気がないのなら何を言われてもきっぱり断れよ? 何を言われてもだよ? いいね、わかったね?」
やっぱりおかしい。
身を乗り出して必死になって話す進は、どこか不自然だ。
「わかってるわよ。それより⋯⋯。あんたさ、本当にどうしちゃったの? そんなにムキになって。何だかお姉ちゃん、ドン引きしそうなんですけど」
「つくし姉ちゃん、可愛い弟なんだから引かないであげてよ。進はシスコンだから、つくし姉ちゃんのことが心配で心配でしょうがないんだって」
そう言って木村さんは進のフォローをするけれど、今までこんなことはなかった。
誰と会おうが、誰と付き合おうが、進が口を挟んできたことはない。
進の中で一体どんな心境の変化があったのか⋯⋯。
険しさが幾分取れて、手に持つカップに「ふぅふぅ」と息を吹きかける進を、じっとりと見る。
とりあえず、シスコンだけは否定しとけば?
私もコーヒーを飲みながら目で訴えてみるけど、チラリと私に目を遣っただけで直ぐに逸らした進は、やっぱりどこかおかしい。
「つくし姉ちゃん、そろそろタクシー着いてるんじゃない?」
木村さんの声を受けて時計を見れば、きっかり5分経っていた。
「やばっ、行かなきゃ!」
結局、二口しか飲めなかったコーヒーを、強引に木村さんに押しつけて立ち上がる。
「姉ちゃん」
足を踏み出したところで、進が呼び止めた。
「なに?」
「門限、10時だから」
「はい?」
「門限、10時だから」
いやいや、2回も言わないでいいから。
驚いたリアクションの「はい?」であって、聞き直したわけじゃないのよ。
だって門限よ、門限。私は、一体いくつよ!
若い頃から放任主義の親のお陰で、口うるさく言われたことなんてなかったのに、まさかこの歳になって、弟から門限を言い渡されるとは⋯⋯。
「いい? 姉ちゃん。監視の厳しい弟が門限は10時だって煩いからって、瀧本さんにそう言って帰ってきなよ?」
「アラサーの女に門限もないと思うんですけど、取り敢えず了解。私も遅くまでいるつもりはないから、早めに帰るよ。じゃあ、行って来るね」
進はきっと、どこかに頭をぶつけたに違い。
そうとでも思わなきゃ、突飛すぎる発言に説明がつかない。
本当に進はどうしちゃったんだろう、と心配になるが、気にかける時間的余裕は今のこの時にはなくて、心を残しながらもドアを開けた。
「姉ちゃん」
「今度はなに?」
またも呼び止められ、次はどんな不思議発言をするのかと、恐る恐る振り返る。
「トラブったら迎えに行くから、電話して」
「⋯⋯う、うん。ありがとう。進、もう言い残したことはない?」
「ある。社内は走らないようにね」
「無理に決まってんでしょうが! 進のせいで時間ロスしたっつーの!」
最後に叫んで進の部屋を飛び出すと、エレベーターを待たずに階段を一気に駆け下り、既にエントランス前で待っていたタクシーまで、風を切って猛ダッシュした。

にほんブログ村
- 関連記事
-
- Lover vol.12
- Lover vol.11
- Lover vol.10
スポンサーサイト