Lover vol.8
Lover vol.8
不意に浮かんだ疑問を、口にせずにはいられなくなった。
「なぁ。類はいつから司の離婚を知ってたんだろうな」
「さぁ、私もそこまでは。でも、道明寺さんが離婚していたのは4年も前ですから、花沢さんは、かなり前から知っていたのかもしれません。恐らくですが、色々と探っていたような気がします」
「なんでそう思う?」
「どうしても私、腑に落ちないんですよ。美作さん、覚えてます? 道明寺さんと別れてからの先輩の様子」
「忘れられるわけないだろ」
今でも鮮明に覚えている。
これが雑草女なのか。そう思ってしまうほど痩せ細り、口をも閉ざし、ボロボロになってしまった、あの頃の牧野の姿を。
それは当時、牧野が心配で付きっきりでいた優紀ちゃんが、鋏や包丁など鋭い刃を持つもの全部、牧野の視界から隠したほどの異常事態で。
正直、俺たちは、牧野がそこまで我を失うとは、思っても見なかった。
「でも、先輩があんな風になったのって、道明寺さんと別れて一ヶ月が経ってからなんですよね。別れて直ぐの頃は、道明寺さんの婚約発表を耳にしても、先輩は気丈にも、立場を考えれば仕方がないって、道明寺さんに同情さえ向けて理解していたんですから。
それが一ヶ月後。清掃員のバイトの派遣先で倒れ、突然あんな状態になってしまって⋯⋯。あのタイムラグは何なのかって」
それまでも遠距離恋愛だったんだ。
突然、別れたからといって、いつも傍で寄り添っていた普通の恋人たちとは訳が違う。
恋人が傍にいないのが当たり前だった牧野からすれば、別れたと言っても実感できず、現実なんだと思い知るには、多少の時間を要したんじゃないのか。
後になって、じわじわと悲しみに襲われたのだとしても、不思議ではないように思うんだが。
「そんな不可解な状況を見た花沢さんが、何もしていないとは思えないんですよ。だから今回、誰よりも早く道明寺さんの情報を掴んでいたのではないかと⋯⋯。
そして花沢さんは、きっと今の先輩のことも、とても心配している。花沢さんが、ここまで積極的に動いてしまうくらいには。
花沢さんを見ていると、愛の形は様々なんだと思わされますよね」
多分、類はまだ牧野のことを⋯⋯。
牧野の実家に頻繁に通っているのだって、牧野の親父さんと遊び友達ってだけが理由じゃない気がする。
大切な女が、ボロボロになった姿を目の当たりにしたんだ。
立ち直りはしたが、どこか変わってしまった牧野を心配して、類はずっと牧野を近くで見守ってきたんだろう。
それほどまで大切なのに、司に託そうとする類の愛情を思えば、ヤツに踊らされるくらい何てことはない、って気がしてくるんだから、やっぱり俺は単純な男なのかもしれない。
「類にもいつか、報われる相手が現れてくれると良いんだがな」
「そうですね⋯⋯でも美作さん? ご自身の心配もした方が良いですよ?」
「桜子、人のこと言えないだろ。そこはお互い様だ」
「だったら、私が誰にももらってもらえなかったときは、美作さんが責任とって私を引き取ってくださいね?」
⋯⋯今なんて言った、こいつは。
責任、とか言わなかったか?
「何の話だよ、それは」
「まさか忘れたなんて言わないですよね? 私の『初めて』を奪った責任ですよ」
まだ通す気か、その設定!
「忘れたのは桜子、おまえの方なんじゃないのか? 俺を騙しといて、なに言ってんだか」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
「どっちがだッ!」
「遠慮しないで、私を嫁にもらってくれて良いんですよ?」
「責任追求なら総二郎にもしろよ」
「西門さんには優紀さんがいるじゃないですか。ま、今すぐどうこうしようとは思っていませんから、そこは
今すぐじゃない未来に何を企んでる?
そして俺をどうする気だ!
妖艶な笑みを湛えた桜子は、どこまでが本気で、どこからが冗談なのか。最後の最後まで俺に動揺を与えていった。
桜子の本心の見極めがつかないまま、桜子を乗せた車を見送った俺は、倒れ込むように自分の車に乗り込んだ。
――疲れた。正気が抜かれるほど疲れた。
自宅に着くまでの間、疲弊した心を休ませようと目を瞑ってみるが、アドレナリンが放出されているのか、疲れているのに一向に眠気は訪れない。
眠るのは諦めて、流れる車窓に目を移した俺は、この先どうなっていくのかと思案した。
桜子が言う、
あれよあれよという間に、滋がパーティーを企画してしまった今。止まっていた司と牧野の時間が動き出すのは確定で、もう止めることはできないだろう。
今夜、俺を疲れさせた出来事なんて、ほんの序章。
これから先が本番で、つーことはだ。俺はまだまだ巻き込まれ、振り回されるかもしれないってことだ。
何より、問題は牧野だろう。
司は、あんならしくもない状態ではあるが、根底にはまだ、牧野への想いを秘めているのはわかった。
けど、牧野は司とは違う。
司のことなど、とっくに過去のものとして消化してしまっただろう牧野は、この急速な変化をどう思うのか。
もしかしたら、お互いの傷を増やすことになるんじゃないかと、正直、不安もある。
だとしても、二人の関係を修復できる可能性が僅かばかりでもあるのだとしたら⋯⋯、賭けてみたい。
結局のところ、振り回されるのはご免だと言いながら、二人が元に戻ってくれたならと願ってしまうのだから、ホントどうしようもない。
そんな自分に苦笑したときだった。
考えすぎた末に見た、幻覚か。
何とはなしに眺めていた流れる景色の中に、見覚えのある後ろ姿を見つける。
「車を端に寄せてくれ」
運転手に指示を出したものの、疲れているせいで幻覚を否定できない俺は、瞼を下ろし、目頭を軽く指先で揉みほぐしてから、もう一度外に目を向ける。
間違いない。
やっぱり牧野だ!

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