Lover vol.3
Lover vol.3
スマホが鳴り、画面に映し出された名を目にしたときから、嫌な予感はしたんだ。
だからって、相手は久々の幼なじみ。無視できるほど冷たい男になれない俺は、おずおずと電話に出たのだが⋯⋯。
『あきらか。今直ぐこっちに来い。こいつらを何とかしろ』
ある意味期待を裏切らない相手――司は、口を開くなり偉そうに命令してきやがった。
俺だってそうそう暇じゃねぇ。仕事だってある。それを少しは考えろ!
そう言ったところで、相手は我が儘を言わせたら右に出る者がいない司だ。
日本語が不自由なのも相まって、会話が成り立たないのは目に見えている。
こんな時に限って、助っ人になり得そうな総二郎は、京都に行っていていない。
そのくせ余計な情報は飛ばすんだから、こうして俺が面倒を背負わされる羽目になる。
俺の記憶が正しけりゃ、司と話すのは5、6年ぶり。
なのに『久しぶり』の挨拶もなければ、『元気だったか?』の一言もない。
挙げ句、『こいつら』の説明までナシだ。
尤も、『こいつら』が誰なのか心当たりがありすぎる俺は、先を思うと溜め息を吐かずにはいられなくなる。
『こいつら』である滋と桜子は、一体何を考えているのか。
女どもに、司なんて精々振り回されてしまえ!
そう思う反面、二人がやりすぎて司の怒りに火がついたとしたら、その矛先が巡り巡って俺にまで到達する可能性がある。いや、過去の経験上、絶対にそうだ。
だからこうして早々、出先での仕事にケリをつけ、混み合ってきた首都高を走る車の中に俺はいる。
司の指示に従うのは癪に障るが、全ては、俺への被害を最小に食い止めるために。
それにしても、あの二人組。行動力ありすぎだろ。
ソッコーで司のとこに突撃して、一体何をしたいのか。
牧野と別れた司に、時を経た今になって恨みを晴らすつもりか。
それとも、嗾けて元サヤに収めようという魂胆か。
牧野の男関係に、散々口を出してきたお節介二人組の考えることなど、俺には皆目見当も付かないが、いずれにせよ厄介なことに変わりはない。
つーか、司も⋯⋯。
「女二人の対処くらい、自分で何とかしろよ!」
「専務、いかがなされましたか?」
牧野じゃあるまいし、らしくもなく無意識に心の声が漏れてしまう。
ゴホン、と咳払い一つで無様な独り言はなかったことにし、平然と秘書に言う。
「悪いが、胃薬用意しておいてくれるか」
「体調が優れないのですか?」
「いや、まだ大丈夫だ。多分、帰る頃には胃けいれんになる予定だ」
「⋯⋯⋯⋯」
頭のイカレ具合を心配したのだろうか。怪訝そうにじろじろ見る秘書にひと睨みすれば、秘書は慌てた様子で手帳に視線を落とした。
こいつみたいに、俺の睨みが通じる相手だと良いんだがな⋯⋯。
残念ながらこれから会う面々には、そんなもん通用しない。
歳を重ねても落ち着きとは無縁の滋と、冷静かつ息をするように毒を吐く桜子が、司に何を吹き込む気やら⋯⋯。
軽快に流れ出した首都高の上。数時間後の草臥れた自分を想像し、深く長い息を吐き出した。
✦✾✦
「おっそーい!」
これでもすっ飛ばして来たんだぞ、滋。
「仕事、放り出してきたんですか?」
その通りだ、桜子。おまえらが暴走するせいで。
それぞれに返答しようにも、真っ先に俺の視界に飛び込んできたテーブルを見て、別の言葉が口を衝く。
「楽しい宴でも始める気かよ」
テーブルの上には、色とりどりの料理と酒が所狭しと並べられている。
「楽しそうに見えるか」
と、そこへ背後から不穏な声が届く。思わず心臓が跳ねてしまうほどの、地を這うような低い声だ。
見なくてもわかる。俺の後頭部には今、威圧的視線が突き刺さっていることだろう。
おまえ以外は楽しんでいそうだぞ、と正直に答えたら、久々の再会早々、八つ当たり的に俺は殴られるだろうか。
念のためリスクは避け、余計なことは言うまいと愛想笑いを作って振り向けば、シャワーを浴びていたのか、バスローブを纏い髪がストレートになった司がいた。
「久しぶりだな、司。元気そうで安心したよ」
「あ? 疲れきってんのが見てわかんねぇか」
「だ、だよな。かなり大変そうだもんな。下にもわんさかマスコミがいたぞ」
チッ、と舌打ちした司が、ソファーに踏ん反り返るのに合わせて、俺も向かい側に座った。
「帰国早々、バカなマスコミのせいで急遽ホテルに缶詰ってだけでイラつくのに、何でこいつらが押しかけてくんだよ」
俺に文句言うな。言いたいなら、勝手に宴会始めちゃってるこいつらに言え。俺はこいつらの保護者じゃねぇ。
おまけに言えば、こいつらにいち早く司の場所を知らせた、総二郎にこそ怒りをぶつけろ。
「司ーっ! 相変わらず良い身体してるねーっ!」
顔にも声にも、これでもかってほど不機嫌を滲ませた司に、空気を読まない滋が纏わり付く。
「滋、てめっ、離れろっ!」
「うわっ、冷たーい! それが久々に会った元婚約者に言う科白?⋯⋯でも、まぁ、そうだよねぇ。離婚してたのも教えてくれなかったくらいだもんね。だけどさ、どんなに司に冷たくされようとも滋ちゃんは優しいからね、離婚して落ち込んでるかもしれない司が心配で、こうして慰めに来てあげたわけよ」
空気を読まないなんて可愛らしいもんじゃなかった。
喧嘩を売る気満々なのか、滋は嫌味を散りばめながら、デリケートな話に初っぱなから切り込んでいく。
いきなり嫌な空気だ、と早くもハラハラしていると、隣でもぞもぞと動き出す奴が一名。
「あきら、何か緊張してるみたい」
「当たり前だ。こんな時に寝たふりする類の方がおかしいだろうが。滋たちの勢いに任せてたら、猛獣がいつ発狂するかわかんねぇんだぞ? 大暴れされる前に、類も滋たちを止める努力をしろよ」
「えー、ヤダ、面倒。それよりさ、あきらって意外と冷たいよね。俺がいるの知ってて声もかけてくれないなんてさ」
面倒とか躊躇なく言えちゃうおまえの方が冷たいだろうが。
それに、俺が声をかけたところで、狸寝入りしてシカトしたんじゃないのか?
と思いつつも、一声もかけなかったのは事実なわけで⋯⋯。
「悪かったよ」
類が拗ねる前に謝ったのに、類の興味は、既に俺になかった。
その目は、会話を続ける司と滋に移っている。
⋯⋯ほらみろ。結局、シカトされんじゃねぇかよ。
でも確かに、二人の会話は気になるところだ。
滋が遠慮なしに切り込むせいで、ヒヤヒヤして目が離せなくなる。
「でさ、司。ホントのところどうなのよ。離婚の傷は癒えた? それともまだ傷ついちゃってるとか?」
「んなわけあるか。惚れて結婚したわけでもねぇのに」
「ふーん。だったら、直ぐにつくしのとこに行けば良かったのに」
「⋯⋯⋯⋯」
「それとも、つくしのことは、もう忘れた?」
「⋯⋯⋯⋯」
「もしもーし! つくしの名前に反応ないけど、もしかして記憶喪失中とか!?」
「⋯⋯⋯⋯」
茶化しながらの滋の問いに、だんまりを決め込む司。
とっくにキレても良さそうなのに、司は口を引き結んだまま、何も発しようとはしない。
話しぶりから察するに、滋は牧野との元サヤを狙っているようにも思えるが、司は全く話に乗ってこようとはしなかった。
今から8年前。
司と牧野が嫌いあって別れたわけじゃないのは、俺たちも知っている。
当時の道明寺財閥の混乱が、二人の別離を余儀なくさせたんだ、と。
司の親父さんが倒れ、その混乱の中に身を投じた司は、いくら鉄の女が傍にいたとはいえ、油断したら呑み込まれる状況下、常にギリギリで緊張を強いられていたはずだ。
そして、やがて周囲から徐々に追い込まれていった司は、道明寺の運命から逃れられず、牧野を手放すしかなくなった。
当時、司が相当参っていることは、俺の耳にも入ってきていた。
だからといって、助けられるだけの力が、あの頃の俺たちにはまだなくて。
司に対しても、別れによって相当なダメージを受けた牧野に対しても、俺たちは何もしてはやれず、あの頃を思い出すと、今でも悔しさが胸に滲む。
でも、いつか⋯⋯。
いつか司に力が備わったなら、もう一度牧野を取り戻すんじゃないかって、どこかで期待している自分もいた。
だから今回、何のしがらみもなくなった司が、滋たちの煽りを受けたら大暴走するんじゃないかって⋯⋯。
本来の司は、馬鹿がつくほど正直で、自分の思ったままに生きる男だ。
そんな男が、自分の想いを呑み込み長い年月を堪えてきたんだ。
その反動を想像してみろ。
想いを解放した途端、周りを巻き込んで大暴走するんじゃないかって、警戒だってしたくもなるだろ。
その被害を最小限に押さえるべく、だからこうして俺はここにいる。
なのに、何だろうか。この肩透かしを食らった感は⋯⋯。
――どうして司は、黙ったままなんだ?
まさか、牧野のこと本気で諦めたわけじゃないよな?
それとも⋯⋯、もう牧野への想いはなくなったのかよ。
何年経とうが、牧野への司の想いは色褪せないと信じて疑わなかった俺は、別の可能性に初めて行き当たり、即座に頭を振って雑念を追い払う。
そんなわけない。司が心変わりするなどと。
ならば何故、司は沈黙したままなんだ。と、また思考が舞い戻った俺は、何も言わないのならば、せめて些細な変化だけでも見逃さないよう、司の表情に注視した。

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