手を伸ばせば⋯⋯ The Final 11.
新緑が眩しい季節。
爽やかな風がそよぎ、梢の葉擦れは、さざ波のように音を奏でている。
澄んだ空を見上げれば、大空を自由に舞う鳥たちの謡うような鳴き声。
どれもが心地よく、俺の耳に優しく届く。
まるで、全てのものたちが俺たちを祝福するかのように……。
そう。今日は、俺と最愛の女との結婚式。
神聖なる晴れ舞台の日だ。
手を伸ばせば…… The Final 11.
純白なドレスに身を包んだ最愛にして最高の女を前に、美しさに当てられ言葉を見失っていた時だった。
コンコンコン、と新婦の控え室のドアが三度鳴り、愛ある科白を口にする前に、あのお騒がせ夫婦はやって来た。
現れた二人は、一ヶ月前の俺たちを巻き込んでの騒動などまるでなかったかのように、指先を絡ませ、いわゆる恋人繋ぎってやつでご登場だ。
相変わらずバカップルよろしく、人目も憚らずイチャコラしているらしい。
部屋の中に足を踏み入れた牧野は、俺と同じく輝かんばかりの桜子の美しさに圧倒されたのか、驚きに目を瞠り、一旦足を止める。が、次には、見る間に花が咲くように笑顔が広がり、
「……桜子!」
旦那の手をぶるんぶるんと雑に降り払って、桜子へと駆け寄った。
なんてったって結婚式は新婦が主役。
ましてや、こんなにも綺麗な花嫁なんだ。親友である牧野だって、そりゃ興奮する。旦那の存在なんて、あっさり忘れて。
忘れられた旦那の方は、手を振りほどかれたのが面白くないのか、むっつりと突っ立ったまま。
そういう俺も、牧野の視界に掠りもしなかったと思われ、すごすごと少し離れたソファーに移動した。
男たちの存在など端から頭にない様子で、牧野の興奮は続く。
「桜子、凄く綺麗。本当に綺麗だよ!」
「当たり前じゃないですか」
桜子の両手を包み込み興奮を隠さない牧野に対して、取り澄ました態度の桜子。だが、それは単なる照れ隠し。
桜子の性格を熟知している牧野は「うんうん」と頷き、その表情はどこまでも優しい。
「桜子? 寂しい思いをした分、これからはいっぱい幸せになろうね。
機微に聡くて誰よりも優しい私の自慢の後輩なんだから、絶対に幸せにならなくちゃ。それが、ご両親の願いでもあると思うよ」
射し込む木漏れ日にも負けない柔らかな笑顔を向けられた桜子は、取り繕うのも難しくなったのか、言葉にならず俯くようにして顎を引いた。
幼少の頃に両親を亡くし祖母に育てられてきた桜子は、甘えたいときに甘えることが許されなかったせいか、自分のことを曝け出すのを得意としない。
そんな桜子が初めて心を開いたのが牧野だ。
桜子にとって特別な存在。そんな牧野からの言葉は心の奥にまで染み入り、きっと感情が溢れそうなんだろう。
実際、薄い肩が微かに震えだし、牧野が桜子をそっと抱きしめた。
安心しろよ、牧野。
桜子を大事に大事に守り、俺の全てを使って桜子を幸せにすると誓うから。だから安心して俺に託してくれ。
女二人の熱い友情を微笑ましく眺めていたが、いつまでもそうしていては、桜子の瞼が腫れてしまう。そんな心配が頭をもたげた時。
「いつまでも泣いてっと、化粧が剥げんぞ」
ずっと放ったらかしにされていた司が口を挟み、漸く離れた二人。
互いの濡れた瞳を見て、照れたようにクスッと笑み崩れている。
だが、微笑ましい光景もここまで。最後に牧野は物騒な科白を付け加えた。
「美作さんに泣かされるようなことがあれば、すぐに言うのよ? すかさず半殺しにしてあげるから」
どうやら俺は、何か仕出かした途端、半殺しにされるらしい。
しかも、牧野の顔は真剣も真剣。本気具合が窺える。
何もしていないうちから、ぞわりと悪寒が走った。
「そういえば、その肝心な美作さんは? 新郎の控室にいるの?」
「やだ、先輩。あきらさんなら、さっきからあちらに座ってますよ?」
間抜けな質問を口にする牧野を誘導するように、桜子がソファーに座る俺へと視線を向ける。
「えっ、嘘っ! 全然、気づかなかったよ。もしかして美作さん、緊張してるとか? だからって、そこまでオーラ消さなくてもいいのに。ほら、リラックス、リラックス!」
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯緊張なんかしてねぇんだよ。つまり、オーラも消しちゃいねぇ。
なのにおまえときたら、俺を地味とでも言いたいのか、存在感ゼロ扱いすんな。無自覚で俺をディスんじゃない!
俺のデリケートな心臓に釘をバンバン打ち込みやがって。
俺の心の内など悟ろうともしない牧野は、ツカツカと俺の前に来ると、にこやかな表情を向けた。
「美作さん、本日はおめでとうございます!⋯⋯って、あれ? 折角の晴れの日にどうしたの? 何だか冴えない顔してるけど」
おまえの何気ない一言で傷ついちゃってんだよ、俺は⋯⋯とは思っても、傷を隠して大人の振る舞いをする。
「何でもねぇよ⋯⋯それより、来てくれてありがとな」
「当たり前じゃない! 大事な美作さんと桜子の結婚式だもの。私だって嬉しいし、何を置いてでも駆けつけるわよ。ね、司!」
招待状を渡すのが遅くれた時は不貞腐れてたけどな⋯⋯。
しかも原因は、おまえたちのせいだっていうのに。とブツクサと心で詰るが、バカ夫婦は気づきもせずに再び手を繋いでイチャつき出す。
挙げ句――――。
「俺たちが出席すれば、おまえの顔も立つだろ? 感謝しろよ」
司の科白がこれだ。祝い事で真っ先に言う科白とは思えない。
けれど、素の顔はこんなんでも、日本を代表する企業のトップ。
仕事関係者も一同に集う披露宴に司が参加するだけで、美作の格が一段と上がるのも、悔しいことにまた事実だったりする。
「ありがとな。それより、アレ役立ってるか?」
思うところは多々あれど、司の物言いに一々突っかかってたら、ダチなんてやってらんない。
だからせめてもの意趣返しで、こいつらの赤面でも拝んで溜飲を下げてやろうと話題を変えたのだが⋯⋯。
「うん! 美作さん、どうもありがとね! お陰で凄く助かってるの」
「⋯⋯⋯⋯」
助かってるって、おまえ⋯⋯。
無邪気に喜ぶ牧野に唖然とする。
『アレ』とは、騒動後に牧野に俺が贈ったプレゼント――命を繋ぐ携帯酸素のことだ。
どんなシチュエーションで『アレ』を使うのかを考えれば、ここは絶対に喜ぶ場面じゃない。まともな女なら赤面するのが普通だ。
なのに俺の思惑に反して、司に凭れかかりながら喜ぶな。
恥じらいってもんを覚えろ。いや、思い出せ。
遠い昔の鉄パン時代が懐かしい。
にしても、こんなにも喜ばれるとは⋯⋯。
愛を確かめ合う行為が、一体どんだけの体力勝負になってんだか。⋯⋯と、そこでふと、素朴な疑問が頭を掠めた。
⋯⋯一年、持つよな?
俺の経験から算出して、一年は持つだろうと思われる量の携帯酸素贈ったわけだが、果たして、本当に一年持つのだろうか。
何せ俺を基準に算出した数だ。
もし持たないのだとしたら、それはもしや、俺が淡白ってことか!?
いやいやいや。これでも若い頃はブイブイ言わせてたんだ。その俺が淡白なはずがない!!
そう思いつつも何だか不安になってきた俺は、今日の初夜を前にして、沽券に関わる密かな悩みを抱えてしまった。

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⚠ 更新が遅くなりまして、すみません(_ _;)
本当は、この回のお話はもっと長いのですが、全く書き終わらずなので、切りの良さそうなところで一度区切らせてもらいました。
また次話もよろしくお願いします。
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