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愛のカタチ 7.(最終話)


降り立った神戸の街。
教えてもらってやって来たのは、繁華街からほど近い場所にある、五階建てのマンションだった。

見上げたマンションの前、居ない相手に向かって、心中で嘆きに喚く。

あきらのヤツ、部屋番書いてねぇじゃねぇかよ!
どうすんだよ。連絡先だって分かんねぇのによ。

舌打ちしてから、

「仕方ねぇ」

不審者扱いされようが構わず、エントランスに足を踏み入れた。
こうなったら、ポスト一つ一つを確かめ歩き、名前を見つけて探るしかねぇ。そう思ってポストの裏側へ回ろうとした時。
居住エリアの内側から、こっちへと近付く人の気配を感じて目をやると同時、自動ドアが開く。

「やっぱり」

そこには、コートを羽織り手には紙袋を下げた、会いたくて逢いたくて堪らなかった愛しい女がいて、俺の訪れを予知していたかのように、呆れを滲ませ呟いた。



 愛のカタチ 7.(最終話)



自動ドアを通り抜けたあいつが、俺の前に立つ。
無表情で俺を見る相手に、どう呼べが良いのか躊躇いつつも、俺の唇は、十年ぶりに愛しい名を象った。

「⋯⋯⋯⋯牧野」

「美作さんから連絡あった。大きな荷物を送ったからって。こんなことじゃないかと思った」

それだけ言うと、俺の脇を通り抜け外へと向かう。

「お、おい。どこ行くんだ?」

外へと繋がるドアを押し開けた牧野は、流れ込んで来た北風に煽られるように振り返った。

「ここ社宅なの。うちの社員が、こんなところで道明寺を見たら混乱する」

言うなり牧野はさっさと歩き出すが、『道明寺』と呼んでくれた、そんな些細なことに胸は熱くなり、弾みそうになる足取りで華奢な背中を追う。

着いた場所は、マンションから出てすぐの信号を渡った先にある、大きな公園。
中へと進めば中央に噴水があって、その周りを取り囲むように置かれたベンチの一つに、牧野は腰を下ろした。

「座ったら?」
「⋯⋯おぅ」

四人は余裕で座れるベンチ。
寒さを理由にして密着したいとこだが、流石にそこまで図々しくはなれず、一人分空けて大人しく座る。

「ここに来たってことは、全部思い出したんでしょ」

「あぁ。おまえがあきらのオフィス出てったあとで」

「そう」

牧野は何も変わってない。奴らは口を揃えてそう言っていたが、隣に座る牧野は、明らかに昔の感じとは違う。
口調も素っ気なく、表情にも無愛想を貼り付けた態度は、松崎としてのイメージそのもの。違うのは、敬語を止めたくらいか。

「⋯⋯牧野。おまえに散々酷いことしときながら、今更だって思うかもしれねぇけど────」
「これ返すわ」

話をぶった切って突き出してきたのは、牧野が手にしていた紙袋。

「なんだよ、これ」

強引に押し付けられ訊ねてみても、目を合わせてくれなければ、返事もない。
埒が明かず、何が入ってんのかと紙袋を覗きこんだ。
中には、ガキん時に俺が持っていた、薄汚ねぇぬいぐるみと、牧野との制服デートで野球観戦した時の記念ボール。それに、ネックレスと思しきケースだ。
長方形の蓋を開ければ、懐かしい土星のネックレスが現れ、街灯の光に照らされ煌めいた。

「私には必要のないものだから」

滋曰く、牧野は昨日もこれを身につけていたはずだが、もう要らねぇってわけか。

初っ端から拒絶を全面に押し出されそうな気配に、どこから話すべきか思考を組み立てていると、袋の中にもう一つ、白い封筒があるのを見つける。
ネックレスをしまい、それを取り出す。
糊づけされてない封筒の中身を見れば、数十万ほどの札が入っていた。

「なんだよ、これ」

「十年前、返せなかったお金よ。やっと返せて良かった」

返せなかった金?

記憶を過去へと飛ばせば、心当たりは直ぐに見つかった。

「十年前の今日。おまえの時間を買ったはずだ。返してもらう必要はねぇ」

「途中で喧嘩別れしたじゃない。返したことにはならない。それと、漁村で立て替えてもらったお金も入ってるから」

「あれもおまえが働いた未払い分のもんだ。おまえが受け取る当然の金だ」

「それにしても多すぎる。借りは作っておきたくないの。これでこの先、道明寺との繋がりはなくなる」

「それって⋯⋯。これで俺との繋がりを一切断ち切りてぇってことか? 俺の話も訊くつもりはねぇって?」

「そうよ。謝罪だって必要ない」

俺が記憶を戻して初めて意味を持つ言葉を思い出す。
『やっと思い出したかって、笑って許してくれるはず』
だが、現実は甘くねぇ。全くかけ離れたことを言われてしまう。

けど、ショックはあるものの、気持ちは怯まなかった。
表情を崩さずつらつらと話す牧野を見ていたら、もしかするとこいつは、予め何て言おうか決めてたのかもしれねぇ。そんな気がした。
俺が突然現れても、記憶を取り戻したと知っても、一切の驚きを見せなかったのがその証拠で。あきらの連絡を受けてからの短時間で、こいつはまた一つ覚悟を重ねたんじゃねぇかって思えて。
俺が滋と付き合ってると信じてる牧野なら、俺を突き放すくらい容易くする。
そんな牧野に思うのは、更に募る愛しさだけ。
隠しようのねぇこの気持ちを、もう俺は抑えようとは思わなかった。

「謝罪はしねぇ」

「そう。なら、もう用はないわね」

「俺が言いてぇのは、今は謝罪しねぇって話だ」

「この先も、そんなもの要らない」

「あぁ。そう言ってもらうつもりだ」

「意味が分からないんだけど」

「俺かおまえのどっちか、あの世に旅立つ直前にでも謝ってやるよ。でも、おまえは必ず言う。そんなもの要らねぇって。代わりに、俺の傍にいれて幸せだったって、必ずおまえに言わせてみせる」

これ見よがしに吐き出された、牧野の白い溜息が闇夜に溶ける。

「相変わらず俺様なのか、記憶を取り戻したばかりで混乱してるだけなのか。どっちにしたって頭がおかしいとしか思えない発言ね」

「おかしいのかもな。おまえ以外の奴への愛し方を、俺は知らねぇんだから。
⋯⋯⋯⋯一緒にいてもきっと傷付けたと思う。だから滋は家を出てった」

無表情だった顔が驚きに強張り、次いで鋭い睨みに変わる。

「何やってんのよ!」

「⋯⋯⋯⋯」

「何でこんなとこ来てんのよ! あんたが傍にいなきゃならないのは、滋さんのとこでしょ!」

「行くつもりはねぇ」

「最低! あんた、何も分かってない! 滋さんがどんな思いで傍にいたのか!」

「分かってるつもりだ」

「ちっとも分かってない! 滋さんは、どんな形であれあんたの傍にいることを選んだ。でも私は違う。私は⋯⋯、自分の意志であんたを捨てたのよ!」

「⋯⋯⋯⋯」

「これで分かったでしょ? 道明寺を一番に想ってくれてるのは誰なのか、道明寺にとって誰が必要なのか」

牧野がスッと立ち上がる。
これ以上、話すことはないとばかりに歩き出す牧野を呼び止めようとした時、俺のスマホが音を立てた。
牧野を引き止めるのが先決で、邪魔なスマホの電源を落とそうと手にするが、画面に映し出された名前を目にして考えを改める。
打ち出されているのは、『滋』の文字。ビデオ通話でコールしてきている。
滋と知りながら無視も出来ず、離れていく背中を目で追いながら画面をスワイプした。

『つくし~~っ!』

繋がるなり、いきなり叫びに近い声が飛んでくる。
俺相手に掛けてきたくせに別の名を呼ぶ馬鹿でかい声は、静かな公園に響き渡り、距離が開いた牧野にも、しっかり届いたらしい。
ビクっと肩を震わせ立ち止まった牧野は、何事かと驚いた顔してこちらを振り返る。

『ちょっと司! 司じゃなくってつくしの顔見せてよ!』
「⋯⋯あ、あぁ」

画面いっぱいに映る滋の顔。
それを見た俺は内心でぎょっとするが、顔には出さずに言われるがまま画面を牧野に向ける。
だが、姿をしっかり捉えるには、距離がありすぎたらしい。

『見えないじゃーん! つくしーーっ! もっとこっちに近づいてーっ!』

あらん限りに叫ぶ滋を、さしもの牧野も無視できなかったのか、俺をチラリと見遣ってから、当惑しつつも戻って来た。

「滋さん!」

画面を見るなり牧野は声を跳ね上げた。俺と同じで、さぞやビックリしたんだろう。その変わり様に。
色が明るくなった髪はショートで、昔の姿まんまの滋が画面に映ってんだから。

『あはは、驚いた? 無理言って美容師に来てもらったの。バッサリ切ったら頭が軽い軽い!』

画面の向こうでブルンブルンと、振り過ぎるまでに頭を振ってみせる滋。
予想もしてなかっただろう滋のハイテンションに、どうすれば良いのか分からなそうな牧野は、助けを求めるように俺を見た。

「滋、酔ってんのか?」

『うん、なかなか良い感じにね!』

「だったら頭振んな。余計、酔いが回んだろうが」

『これぐらい余裕、余裕! あ、それよりつくし?』

「えっ⋯⋯な、なに?」

『司と離れてたみたいだけど、もしかして修羅場ってた?』

言葉に詰まる牧野と、片や呑気にワインを口に運ぶ滋。
微妙な間が流れてから、

「⋯⋯もう話は終わったから」

牧野が返した。

『そうなの? 司』
「いや、まだ終わってねぇ」

そのままを言えば、牧野にキッと睨まれる。

『あははは! やっぱりね。つくしが司の話を聞こうとしないんでしょ!』
「あぁ」

「馬鹿正直に言ってんじゃないわよ」そっぽを向いて小さく呟く牧野を、滋がもう一度呼んだ。

『つくし? これだけは言っとくね。私ね、司とは付き合ってなかったの。だから私のことは気にしないでね?』

「え?」

『単なる同居人。手さえ繋いだことないよ?』

嘘でしょ? って書いてある顔で俺を見る牧野に「ホントだ」と頷く。

『寝込みを襲ってやろうと思ったことは、何度かあるんだけどね』

あははは、とまた豪快に笑い出し、嘘か本当か分からねぇ恐ろしい話をする滋に、元から大きい牧野の目は、更にまん丸だ。

『だってほら、よく言うじゃない? 押してもダメなら、押し倒してみろって』

「⋯⋯なんか違うと思う」

呆気に取られながらも突っ込む牧野を見ながら、危なかった、俺の貞操が無事で良かった、と密かに安堵する。

『だけどさ、つくしなら寝込みは襲わないでしょ? だから諦めた』

「⋯⋯⋯⋯」

『えっ? 黙るってことは、つくし襲うの? 襲っちゃうの!?』

「は? い、いやいや、襲わない! 襲わないけど! って、そうじゃなくて⋯⋯驚いたって言うか⋯⋯」

昨日、緊迫した雰囲気を醸し出していたとは思えない二人。
しかも、お酒が入っている滋が押せ押せで、飲まれた牧野は完全にタジタジだ。

『だよね~。でもさ、そうやってつくしだったら、って考えながら過ごす方が可笑しな話なんだよね』

「⋯⋯滋さん』

『だからつくしは、私を叱りたかった。そうでしょ?』

「⋯⋯⋯⋯」

『私も苦痛を感じるようになったの。自分を偽ることに。だからと言って、素の自分に戻ってまで司の傍にいようとも思わない』

「どうして? だって滋さんは────」

躊躇いがちに紡ぐ牧野に、だが、滋は最後までは言わせなかった。

『これでも、司のことも自分自身のことも良く分かってるつもり。思いの重さが違う二人が一緒にいたところで、その先に幸せなんて見つけられないよ』

「滋さん⋯⋯」

『あー、スッキリした! 今ね、自分でもびっくりするくらいスッキリしてんの! 私は私だもん! つくしなら、誰よりこの気持ち分かるはずだよ?』

「え?」

『海ちゃんを真似して、無理してたつくしならね?』

「え、や、あ、あれは⋯⋯!」

「うみ?⋯⋯誰だそれ」

慌てふためく牧野を差し置き、滋に訊く。

『ヤダなー、司。覚えてないの? 記憶失くして直ぐ、司の近くをウロウロしてた女の子だよ』

「⋯⋯あ? んな名前だったか」

『そうそう。その海ちゃんを真似してまで、つくしは冷たくする司に近付きたかったんだよねー?
だからつくしは、私の気持ちが痛いほど分かるんだって、類君が寝る前に教えてくれたの』

牧野が!?

目を瞠りながら牧野を見る。チラリと俺を窺った牧野は、スーッと気まずげに視線を逸らした。
たちまちに牧野の顔が朱に染まり、照れや恥ずかしさが入り混じってるのが丸わかりだ。

『取り敢えず、つくし? 私を許してくれるのなら、そして、まだ友達だと思ってくれるのなら、私のことは一切気にしなで! 以上!』

「そんな⋯⋯」

『そんなもヘッタクレもなーい! じゃ、私は朝までガンガン飲むから、またね!』

「⋯⋯う、うん。また」

『あ、ちょっと待った! つくし、最後に一つだけ相談』

何を言い出すのかと警戒してるのか、「な、何?」どもりながら返す牧野に、案の定、溜息をつかずにはいられない相談とやらを滋は持ち掛けた。

『あのね、今夜は滋ちゃんの頼みを何でも聞いてくれるって言うからさぁ、ニッシーとあきら君に、それぞれシャンパンボトル一気飲みか、裸踊りをやってもらうつもりでいるのね? つくしなら、どっちに裸踊りさせる?』

「⋯⋯⋯⋯」

固まる牧野の画面の向こう。滋の背後からは、今まで静かだった男たち二人からの『ふざけんなーっ!!』という抗議の声が上がる。

『頼む、俺の名を出すなッ!』 

だが、必死に乞い願う男二人のことなんざ、まるで無視。

『ねぇねぇ、つくし。どっち?』 

牧野の思考は最早まともに機能しているとは思えないが、責っ付く滋に唖然としながらも、ボソっと答えた。

「⋯⋯⋯⋯美作さん」

────哀れ、あきら。

『やっぱり? じゃあ、あきら君にやってもらおう! つくしにも後で動画送るからね! それじゃ、またね! 司、頑張れよーーーっ!』

言うだけ言って途切れた回線。
間際に聞こえたのは、

『牧野、おまえは左遷だーっ!』 

裸踊りの決定を下された、あきらの悲痛な叫びだった。

「ハァ」

脱力したように牧野が深く息を吐き出す。

「牧野、おまえ左遷みてぇだな」

「大丈夫。滋さんから送ってもらう動画で脅すから」

流石の俺も、本気であきらを気の毒に思う。
上司を上司だとも思わない牧野の言。だが、強気な物言いとは裏腹に、牧野の顔は翳り、俯いてしまう。

「牧野?」

「⋯⋯滋さん、泣いてるかと思ってた」

「あぁ」

「あの姿が全てだとは思わないし、無理はしてるんだろうけど⋯⋯」

「それでも、滋はそれだけ俺たちのことを思ってくれてる。こうして電話して来たのだって、あいつの優しさだ。俺は素直にそれに応えてぇ」

「⋯⋯⋯⋯」

「牧野、おまえん中に一欠片でもいい。少しでも俺を思う気持ちが残ってんなら⋯⋯、いや、残ってなくても俺んとこに戻って来て欲しい。勝手だって分かってる。それでも俺は、おまえを誰にも渡したくねぇ」

たとえ牧野が結婚していたとしても、奪い返すまでだ。
離婚を考えさせるような相手に、牧野を見す見す渡すつもりはねぇ。必ず取り戻す。


小石を踏んだ足が、ジャリと音を立てて向きを変えた牧野は、俺に背を向けた。

「牧野。俺はおまえが好きだ。おまえしか好きになれねぇ。十年経った今でもだ」

「⋯⋯⋯⋯」

「返事、訊かせてくれねぇか」

数十秒の時間を置き、沈んだ声が言う。

「⋯⋯さっき言ったこと、本当なの。あたしは滋さんのように傍にいようとはしなかった」

俺が望む返答とは程遠く、弱い声色で吐露した『さっき』。

俺を捨てたってやつか?

牧野が捨てたって言うんなら、考えられるのは二度目に記憶を失くす直前、泣きながら俺の前を去って行った、あの時しか心当たりはねぇ。

「俺はおまえを散々傷付けた。愛想尽かされて当然だ。俺の傍にいたくても、辛くていられなかったんだろ? そうさせたのは俺だ。おまえが気にすることじゃねぇ」

「違う。そうじゃない」

「牧野、いいからこっち向け」

「⋯⋯⋯⋯」

「こっち向けって」

どうしても振り返ろうとしない牧野の手首を掴み、引っ張って強引に向き合う。

「⋯⋯⋯⋯牧野」

牧野の瞳からは、昼に会った時には滲ませるだけだったものが、はらはらと頬を伝い音もなく地面に落ちる。

「ごめんなさい」

「それは俺が言うべきセリフだろうが」

次々と零れ落ちる涙を拭おうと手を伸ばすより先。牧野の白い小さな右手が、俺の左頬に触れた。

「淋しかった?」

泣いているのは見上げてくる牧野の方なのに、まるで俺が泣いてるみてぇに、濡れてもない目の下を牧野の親指がなぞる。

「時間にも取り残されたって思った?」

「牧野⋯⋯?」

「記憶を失くして道明寺だって苦しかったはずなのに。なのに、あの時あたしは思ったの」

「⋯⋯⋯⋯」

「あたしの好きだった道明寺じゃないって。あたしを見つけ出してくれないなら、いらないって。自分勝手にもそう思った」

「⋯⋯⋯⋯」

「一瞬でもあたしは、道明寺をいらないって思ったのよ!」

泣きながらも吐き出されるのは、力んだ声。
切なげに眉が歪んでいる牧野は、俺の頬を指で拭う仕草を止めないまま、やがて目を伏せた。

「淋しさを抱えて生きてきた道明寺が、制服デートの時のドームで、あたしに言ってくれた。淋しくねーよ、今は⋯⋯、って。それなのにあたしは、簡単にいらないって思った。あんたには絶対に言っちゃいけないことを思ったの」

「そんなことねぇ! もういい。なんも言うな」

牧野が左右に首を振る。

「一人取り残される淋しさを知ってる道明寺に、何てこと思ったんだろうって。冷静になって直ぐに後悔してももう遅くて。私をもっと深く忘れた道明寺に、謝ることさえ出来なかった」

⋯⋯これか?
類が言ってたのは、これだったのか?
俺が記憶を失くしただけが理由じゃなく、牧野は辛い思いをしてたって。誰にも何も言わず、自分を責めてたって。⋯⋯これだったのか。

「ごめんなさい」

愛しさが募る分だけ苦しさも込み上げる。それを逃がすように小さく息を吐き出すと、牧野の腕を掴み、もう片方の手を後頭部に回し胸へと抱き寄せた。

「謝ることを許されない代わりに、ずっと祈ってた。あんたが幸せでありますようにって。あたしを忘れたままでもいいから、幸せにって────」

「もう黙れ! バカだ、おまえは。ほんと⋯⋯バカ女」

込み上げてくるものを止めようと瞼をギュっと閉じ、牧野の首元に顔を埋める。

「恨めば良かっただろうが。最低だって罵れば良かったじゃねぇか。そうやって楽になりゃいいもんを、なんで、そんな不器用にしか生きらんねぇんだよ」

「⋯⋯ごめん」

「謝んじゃねぇ。俺が悪りぃ。全部俺のせいにして黙っておまえは寄り掛かってりゃいい。
忘れたのは俺だ。こんな大切な女を⋯⋯。抱きしめりゃピタッと嵌まる、たった一人の女なのに」

ふと、牧野が驚いたように顔を上げる。

「同じこと思ってた。どうしてこの場所は、こんなに何年経ってもあたしの体に沿うんだろうって」

口元を緩ませ牧野を見下ろす。

「もっと早くにこうしてりゃ、記憶も直ぐに戻ったかもな」

が、涙が残る顔は途端に拗ね出し、頬が膨らむ。

「出来るはずないじゃない」

「ん?」

「抱きつこうもんなら、あんたに張っ倒されてたわよ」

「んなこと俺が────」

「近付くあたしに、花瓶投げつけたのは誰? 枕ぶつけて来たのは?」

「う⋯⋯っ」

返す言葉がねぇ俺は、封じ込めるように牧野の頭を抱えて、また腕の中に引き戻す。

「⋯⋯もう思い出さないかと思った」

閉じ込めた腕の中で力なくパンチを入れた牧野は、小さくそう呟くと、俺のコートをギュっと掴んだ。
胸に顔を埋めて発した牧野の声は、ダイレクトに身体に響き俺の胸を震わせる。

「この十年、無かったことにしろとは言わねぇ。けど、もう一度俺にチャンスくれねぇか?」

「⋯⋯⋯⋯」

「今度こそ、ぜってぇおまえに後悔なんてさせねぇ。大事にするって約束する。だから、俺の傍にずっといてくれ、牧野」

きつく抱きしめる腕の中、考えているのか牧野は黙りこむ。

静かに流れる時間は、俺の不安を煽った。
こうして抱きしめることさえ数時間前は諦めてたはずなのに、もっと、と心は渇望し、そして同じ分量で不安も襲う。拒絶されるんじゃねぇかって⋯⋯。
そうされても仕方ねぇほど、俺はこいつを苦しめてきた。十年もの長きに渡って。
それでも、どんな決断を下されようが、喩え、誰かを敵に回し、誰かから略奪することになろうが、今度こそ牧野を絶対に手に入れると決めている。

「本当にいいの?」

やがて返ってきた蚊の鳴くような小さな声に、「ん?」と訊き返す。

「あたしで、いいの?」
「おまえがいい。おまえじゃなきゃダメだ」

シャツを握ったままの牧野は、俺達の間に隙間を作って見上げてくる。

「少しだけ待って欲しい。道明寺に返事する前にきちんと話をしたい。ケジメをつけたいの。そうじゃないと、道明寺のところへはいけない」

それって、俺とやり直すってことだよな。

ずっと埋められなかった心の隙間が、幸福に満ちて塞がれていくようだった。
本当なら、気持ちが躍るままに今すぐにでも暴走して掻っ攫いてぇとこだけど、牧野の置かれた立場を考えればそうもいかねぇ。
ケジメをつけると言うのも尤もで、常識で考えれば、離婚を成立させるのが先だ。

「分かった。けど、一人で大丈夫か? 何なら俺も一緒に」
「大丈夫。これはあたしの問題だから」

二人で話なんかさせたくねぇ。けど、下手に俺が出てって拗れでもしたら、徒に時間を消費するだけじゃなく、こいつの精神的負担を大きくさせるだけってのも分かる。

「なら代わりに、話し合いの場には弁護士つけるから、そいつと一緒に行け」

「そんな揉めたりなんてしないよ? 心配し過ぎだって」

「念のためだ。相手がすんなり判押すか分かんねぇだろうが」

「判⋯⋯? 滋さんの判が必要な書類でもあるの?」

「は? 滋の判が必要な書類ってなんだ?」

「いやいやいや、あたしが訊いてるんだけど⋯⋯」

二人同時に身体を離し、キョトンと顔を見合わせる。

「おまえ、何の話してんだ?」
「道明寺、何の話してんの?」

見事なまでに言葉までハモった。

「おまえが、ケジメつけるっつー話じゃねぇのかよ」

「え、うん。だって、さっきは滋さんも酔ってたし、あたしは何も話せてないし。友達だからこそ、自分の正直な気持ちを滋さんには伝えておきたい。誰よりも先に滋さんに。
だから、明日もう一度東京行って、ちゃんと話をするつもり」

おまえのケジメって、一体⋯⋯。
思わず脱力し、膝が折れそうになる。
いかにも真面目な牧野が考えそうなことだが、綺麗な目して微笑んで言う前に、最優先すべき深刻な事案が別にあるはずだ⋯⋯よな?

「俺が思ってたケジメは、それとは別だ」

「別?」

「だからっ! おまえの離婚の話だろうが!」

「⋯⋯⋯⋯」

ここまでハッキリ言ってんのに、なんだその顔は。
まるで意味が分からねぇ、とでも言いた気で、なんでポカンとしてんだよ

も、もしかして、こいつ!!
離婚する気ねぇとか!?

「おまえ! まさか俺を愛人にするつもりか?」

「は? あ、あ、愛人!?」

「おまえが離婚しねぇなら、そうなるじゃねぇかよっ!」

「ちょ、ちょっと待っ────」

「それとも何か? 俺んとこ戻って来てくれるって思ったのは、俺の勘違いか? 俺が間違ってんのか?」

「だから、ちょっと待って────」

「これが呑気に待ってられるかっ!」

長いこと牧野を忘れ、悲しませてきた立場で言えた義理じゃねぇが、そんなもんは遥か彼方へ蹴っ飛ばし、怒鳴っちまった俺に返って来たのは⋯⋯、

「待ちなさいって言ってんでしょーが!」

ボスッ! と一発、鳩尾に綺麗に決まった、牧野からの強烈パンチだった。

「うぐっ」
「あ、ごめん。ついうっかり手が」

何がうっかりだ。これがさっきまでしおらしく泣いてた女のすることかよ!

腹を押え、前屈みになった俺を覗きながら、申し訳なさそうにしたのも束の間。

「あんたが話を聞かないからでしょっ!」

キレる牧野に怨めし気な目を送る。

「離婚なんか出来るはずないじゃない───」

「てめっ、やっぱりその気ねーのかよ!」

「だから違う! 結婚もしてないのにどうやって離婚しろって言うのよ!」

「んなもん、紙切れにサインして役所に出しゃ⋯⋯⋯⋯あん?」

こいつ、今なんっつった?

「結婚してないって⋯⋯誰がだ」

「あたしが」

「⋯⋯⋯⋯」

停止した思考を働かせようと頭を乱暴に振ってはみたが、やはりこの現状がうまく飲み込めねぇ。

だって、あいつらは確かに言ったよな?
牧野は悩んでいると。家を出るつもりでいるんだと。
挙げ句、俺を恐怖に突き落とすように、所詮男と女だからと嗾けかけられて⋯⋯。

「じゃあ、何でおまえは松崎なんだっ!」

混乱の極みに陥る中、それでもなんとか疑問をぶつける。
けど、声のボリュームを気に掛ける余裕まではなく、無駄に声が荒々しくなる。
顔を顰めた牧野は、両耳に指を突っ込んだ。

「そんな大きな声出さなくても聞こえてるわよ! 十年経ったとはいえ、そこまで歳じゃないから安心して!」

嫌味と言うジャブを繰り出され、尻込みしそうになるのを必死に堪える。

「もしかして、本当に美作さんたちから何も訊いてないの?」

牧野が首を傾げた。

「訊いたに決まってんだろうが! おまえが牧野に戻ろうか悩んでて、家も出て引っ越すって。だから嘘ついて誤魔化そうなんて考えんなよ」

耳を塞いでいても話は聞きとったらしい牧野は、指を抜くと、げんなりした顔で溜息をついた。

「分かった、一からちゃんと話すわ。あたしが松崎になったのはね、大学三年の時で───」

「おまえ、学生結婚してたのかよ!?」

話を待たずに口を挟めば、目を三角にして今にも殴りかからんばかりのポーズを取られ、慌てて腹筋に力を込める。

あきらが言ってたように、この凶暴性だけは直っちゃいねぇようだ。
いつキレの良いパンチが飛んでくるか分かったもんじゃなくて、防御態勢を取って大人しくしておく。

だが、それも直ぐに意味をなくす。牧野の話が驚愕すぎて⋯⋯。

「パパとママが離婚したの! 松崎って言うのはママの旧姓!」

「なっ!」

力を込めていた腹筋は途端に緩み、言葉まで失くす。

「パパの借金が理由で色々とあってね、これから社会人になるあたしと進にもこれ以上、迷惑はかけられないからって、あたしたちはママの籍に入ることになって、松崎になったってわけ」

「っ⋯⋯!」

「それと、あたしが社宅を出て引っ越すのは本当。来年から、また東京本社勤務になるから」

「はぁ?」

「うちの専務の、『来年からおまえは俺の秘書だ!』って言う鶴の一声で、急遽辞令が出されたのよ。つまり美作さんの命令!」

「んだと?」

「でも多分、それは美作さんの気遣い。うちの親、借金も全部返済して今度復縁するの。今まで家族バラバラで暮らしてたけど、進も都内で働いてるし親も東京に住むから、あたしも家族の近くにいられるよう考えてくれたんだと思う。
私的なことで配慮されるのはどうかとも思ったんだけど、私の能力を買ってのことだって頑なに言うから、優しさに気付かないふりして、今回ばかりは美作さんの好意に甘えようかと思って」

「⋯⋯⋯⋯」

「ただ、本社勤務に戻った途端、親が復縁するからって牧野を名乗るのもねぇ。一々、他の社員や取引先に説明するのも面倒だし、松崎を名乗ったままでいいかなって、美作さんに相談はしたけど、そこまで悩んでるってわけでもないし。
えーと、これで大体全部だけど、理解出来た?」

つまりは、本当に牧野は未婚なわけで。親の復縁により牧野姓に戻るかもしれねぇが、それだと仕事方面で面倒だから、どうしたもんかと悩んでたってことか。

あいつら!!
どうしてそれを俺に言わなかった!!⋯⋯いや、言ったか。

大事にされてなかったわけじゃないと言ったあきら。
所詮、男と女だからと煽った総二郎。

でも、それもこれも全部、牧野の親のことじゃねぇかよ!

「そうだ。明日、東京行くなら、ついでに部屋も決めて来ようかな。昨日ね、美作さんが事前に探してくれてた物件を一緒に見て回ったの。でも、その場で決められなくて、ゆっくり考えてから連絡すれば、美作さんの方で手続きしてくれるって言ってくれてるんだけど、そこまで甘えられないしね。
あ、でも、さっき左遷って言ってたしなぁ。本社勤務じゃなく、本当にどっか飛ばされたりして⋯⋯ね?」

俺が無言になったのにも構わず、ベラベラと良く口の回る牧野に静かな声で訊く。
              
「おまえが松崎になった経緯は、類も知ってるのかよ」

「うん、勿論知ってるよ」

あいつら揃いも揃って、

「また俺に肝心なこと教えてねぇじゃねーか!」

「だから声が大きいんだって」

呆れた様子の文句を聞きながら、全てを理解し完全に力が抜けた俺は、頭を抱えてしゃがみこんだ。

何が記憶を取り戻した俺に、隠しごとはねぇ、だ!
隠し捲りだろうがっ!
けど思い返してみれば、牧野が結婚してるとも、離婚するとも、あいつらは誰一人として言明はしちゃいねぇ。
俺が文句を言ったところで、勝手に勘違いしたんだろ?って、すっ惚けるに違いねぇ。
俺が勘違いするように、わざと誘導しやがったくせに!


「はぁ~」

張り詰めてたものがごっそり抜け落ち、溜息に直結する。
そんな俺に合わせて、牧野もしゃがみ込んだ。

「その様子だと、美作さん達に嵌められた? って感じだけど、そこまで落ち込まなくても⋯⋯」

遠慮がちに言う牧野に「違げぇ」と否定する。

確かに嵌められたし、まんまと煽られもしたけど。
あいつらの罠に嵌ったからって、気分が落ちたわけじゃねぇ。
これは、安堵だ。
気が抜けるほどに芽生えた、安堵。それだけだ。

「⋯⋯良かった」
「え?」

ボソッと言う俺に、理解出来ない牧野が目を瞬く。

「気が気じゃなかった。離婚を考えるほど、おまえが誰かに不幸にされてるんじゃねぇかって」

「⋯⋯⋯⋯」

「おまえが傷つけられてねぇんならそれでいい。俺が言えた立場じゃねぇけど」

「⋯⋯⋯⋯道明寺」

何を思ったのか、突然スッと立ち上がった牧野がベンチへと向かう。
ベンチの上に置いたままの紙袋を掴んで戻って来た牧野は、また俺の前でしゃがみこむと、中から封筒を取り出した。

「ねぇ、やっぱりこれ、返さなくても良い?」

「んなもん、最初から要らねぇって言ってんだろ」

「うん。じゃあ⋯⋯、はい、これ」

言った傍から牧野は矛盾した動きをみせ、何故だか俺の手に封筒を握らせる。

「あ? だから要らねぇって」

「そうじゃなくて、そのお金はあたしのものになったから、そのお金で道明寺の残されたクリスマスの時間を買うの。あと数時間しかないけど、イルミネーションでも見に行こう」

そう言って紙袋を持って立ち上がった牧野の横顔は、外灯に照らされ、耳まで真っ赤なのが見て取れる。

そんなに恥ずかしいなら、言わなきゃいいのに。
金なんて積まれなくても、タダで俺の全てをくれてやんのに。
なのに、こうして金で買うと言ったのは、真面目な牧野の不器用なまでの優しさ。

「それって俺をデートに誘ってんのか?」

わざと訊けば、返って来るのは予想通りの答え。

「な、な、なに言ってんのよ! まだ付き合ってもないのに!」

ぷぃ、っと顔を逸らして怒ったところで、無駄だ。可愛いしかねぇ。だらしなく俺の頬が緩むだけだ。

ケジメをまだつけてねぇから、俺を買うという方法でしか誘えない、真面目な上に成り立つ不器用さ。
そうしてまでも誘ったのは、俺の気持ちを汲み取ってくれた牧野の優しさ。

「じゃあ、この金で牧野の好きなもん買ってやる」

「欲しいものなら、この紙袋に入ってる」

「だったら、おまえがケジメつけたら返してやるよ。その代わり、二度とその首から外すんじゃねぇぞ?」

「今までだって外したことなかったわよ」

頑固で意地っ張りで不器用な癖に、抜き打ちで見せる素直さに、愛しい感情が限界知らずで溢れてくる。
飽くことも知らずに見つめていれば、

「ちょ、ちょっと、いつまでも見てないでよね! ほら、早く行くよ」

背を向け歩き出した牧野は、きっとさっき以上に真っ赤になってるに違いねぇ。

ズンズンと勇ましく公園を出て行く牧野に遅れを取らぬよう、立ち上がると大股で追いかけた。


公園を出て直ぐ、信号待ちで足止めをくらい、牧野の隣に並ぶ。
並んで気づく、昔とは少しだけ違う肩の位置。
あの頃の牧野が、あまり履くことのなかったヒールが変えた、たった数センチの違いは、この十年ずっと近くにいたのなら、特別気にかけるもんでもなかったかもしれねぇ。けど、だからこそ強く願う。
過ぎた時間は取り戻せねぇが、これから先は、時間とともに変化するだろう愛しい女の全てを、決して見落としはしねぇ、と。

喩えば、牧野に皺が出来たら、俺は誰よりも先にそれを見つける。
その皺を指させば、『煩いわね!』って、顔を真っ赤にして怒るだろうが、そんな皺一つさえ、きっと俺は愛しく思うだろう。
勿論それは、苦労の末の皺じゃなく、笑い皺が出来るほど幸せにしてやるってのが大前提だ。

何年経っても、どんなに姿形が変わっても、自分のこの想いだけは不変だと言い切れるから、奇跡のように再び手に入れた宝物を、二度と手放したりはしねぇ。

「人の顔ジロジロ見て、何笑ってんのよ」

「悪りぃ。おまえが婆ちゃんになる姿想像したら笑えた」

「はぁ? 止めてよね、失礼なっ!」

牧野がひと睨みすると同時に青に変わった信号。
持ってた紙袋を俺に押しつけた牧野は、

「信号青。行くぞ」

怒った素振りで小さく言うなり、照れ隠しかヒールを鳴らし駆け出した。
牧野が口にしたそれは、十年前の俺を真似た台詞。
『さびしくねーよ、今は』そう言った制服デートでの俺の言葉。

「道明寺早く!」

勝手に駆け出しといて、信号を渡りきったところで振り向く牧野は、記憶の中に住む制服姿じゃなく、化粧も上手くなり綺麗になった大人の女。

「待てよ!」

あの頃とは違う牧野を追いかけ横断歩道を渡ると、牧野の手を握った。

「手ぐらい繋がせろよ。それとな、淋しくねーよ、今までも」

昔とは微妙に言い回しの違う変化球を投げれば、牧野が首を捻る。

「今までも?」

「あぁ。記憶を失くしてた十年。苦しんで淋しい思いばっかしてたわけじゃねぇ」

「⋯⋯そうなの?」

「ああ。おまえの夢を見て苦しんでたわけじゃねぇ。顔までは分からなかったけど、おまえの夢を見てる時だけは、俺は穏やかでいられた。だから、夢の中でも俺は、いつだって牧野を追いかけ回してた」

「⋯⋯⋯⋯」

「離れてた十年。俺はおまえに支えられてたんだよ。だからずっと淋しかったわけじゃねぇ」

これは紛れもねぇ事実だ。
あえて口にしたのは、牧野の中から『俺を捨てた』と言わせるまでの後悔を拭うため。
そして、きっと牧野は牧野で考えてる。
デートとは認めねぇデートにこうして誘い、あの日を彷彿させるように俺の言葉を真似たのは、あの時と同じように、俺に淋しくねぇと感じて欲しいからじゃねぇかって。

「あたし、ちゃんと道明寺の傍にいられたんだね」
「あぁ、ずっとな」

繋がった手をギュッと握りしめてきた牧野が、嬉しそうに笑みくずれる。

「もしかして、入院中のおまじないの効果かな」

「まじない?」

「ううん。なんでもなーい!」

「んだよ、教えろ」

「ダメ、秘密! でも、いつか教えてあげる!」

満面の笑みを見せる牧野に、俺はもう何も問い詰めなかった。

こうして『いつか』という未来があるんだと、牧野が思ってくれてるならそれでいい。
昨日よりも今日。今日よりも明日。互いの知らないところは、時間をかけて埋めていく。

そして、その時々で、自分は二の次で俺の幸せを願ってくれた牧野に、言葉で、態度で、俺の愛のカタチの全てで、想いを捧げる。
自分だけを犠牲にする愛し方は、もう俺たちの間には必要ないのだと、そう伝わるように⋯⋯。

「イルミネーション見に行くんだろ? 案内しろよ」

「任せて! ほら、見てあっち。あそこに行ってみよう!」

牧野が指を差す方向には、色とりどりに着飾られた街並み。
俺は離れてしまわぬよう、指を絡めて牧野の手を握り直した。

この小さな手が教えてくれる。
この温もりが伝えてくれる。
重なり合う想いは時を経ても尚、ここにあるのだと──。

「行こうぜ」
「うん」

二人の未来を予感させる、キラキラと眩いばかりの光の道を目指す俺達は、今また、共に歩き始める。


Fin.

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これにて完結です。
一週間、お付き合い下さいまして、ありがとうございました。
ラスト2話は恐ろしく長く、さぞお疲れになったことかと⋯⋯。
すみません(_ _)
今度はまた別のお話でお会いしたいと思います。
それでは皆様、メリークリスマス!!
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  • Posted by 葉月
  •  10

Comment 10

Sat
2021.12.25

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2021/12/25 (Sat) 04:45 | REPLY |   
Sat
2021.12.25

春の嵐  

長文おつかれさまでした。途中の滋ぅぅぅ~で終わった回は続きが気になり寝てもいられませんでした。それでも最後は皆スッキリと終わって良かった。修羅場になったらと心配していました。滋ちゃんも可哀想だったけど気持ちに整理がついて良かったね。あきら君のはだか踊り見たかった。(笑)その後つくちゃんは司の秘書に転職だったんですかね?

2021/12/25 (Sat) 10:05 | REPLY |   
Sat
2021.12.25

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2021/12/25 (Sat) 11:27 | REPLY |   
Sat
2021.12.25

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2021/12/25 (Sat) 17:46 | REPLY |   
Sun
2021.12.26

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2021/12/26 (Sun) 10:43 | REPLY |   
Wed
2021.12.29

葉月  

y✤✤✤ 様

こんばんは!

おぉー、そうでしたか。
以前に出会っていたんですね!!
お話を覚えていてくださり、ありがとうございます。
そして時が経ち、またこうして読んでいただけたこと、再び出会えましたこと、今、沁々と嬉しく思っております。
これからも一緒に楽しんでもらえるよう、細々ながら書き綴って参りたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

コメントありがとうございました!

2021/12/29 (Wed) 21:26 | EDIT | REPLY |   
Wed
2021.12.29

葉月  

春の嵐 様

こんばんは!

最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます!
『滋』で終わった回は、勿体つけるようにぶつ切りにしましたので、随分とモヤモヤさせてしまったのではないかと(^_^;)
滋自身も、やるだけのことはやったので、気持ちの整理をきちんとつけられたかと思います。
最後は収まるべくところに収まりましたが、その後は、司がつくしを引き抜くか。はたまた直ぐにでも結婚へと向かうのか。間違いなくひと騒動起きているような気がします!笑

コメントありがとうございました!

2021/12/29 (Wed) 21:30 | EDIT | REPLY |   
Wed
2021.12.29

葉月  

き✤✤ 様

こんばんは!

ラストまでお付き合い、ありがとうございました!
黒髪の女性は、まさかの滋でした(^_^;)
元々、つくしだけを忘れて、何故、滋や桜子のことは覚えているのか?という疑問が昔からありまして、それが発展してこんなお話の構想へと繋がりました。
ラストは心情面に重きを置きすぎたために、まさかの14000字超え!!
読むのも大変だったと思いますが、可愛い女性らしさが出ていたのなら、ホッと一安心です。
それにしても、あきらの受難はここでも続く、というわけで裸踊りをする羽目に!
出来るなら、私も正座してじっくり鑑賞したかったです(笑)

コメントありがとうございました!

2021/12/29 (Wed) 21:31 | EDIT | REPLY |   
Wed
2021.12.29

葉月  

あ✤✤✤ 様

こんばんは!

連日のお付き合い、ありがとうございました!
驚かせてばかりで、すみません。
黒髪の女性が滋で、松崎がつくしだったというオチでして、有り得ない設定を強引にお話にしてしまいました。
全てが判明し、すっきりされて良かったです!

松崎としての台詞は、つくしにとっては辛い場面であり、何があっても揺るがない深い愛情の告白でもあって、このシーンが書きたいがために、出来上がったお話でもあります。

『松崎』に関しては、最後まで勘違いをしていた司ですが、勿論、そこはF3からのささやかなる仕返しです!笑
この程度で済んだのですから、司は良しとしないとですね。
むしろ可愛そうなのは、あきらですよねぇ。
可哀想なことに拙宅に於いてのあきらは、これが不動のポジションなのかと。
裸踊りは実行されたのか。されたのであれば、是非とも鑑賞したいところですが、動画はあきらが全力で以って、闇に葬ったかもしれません(;・∀・)

コメントありがとうございました!

2021/12/29 (Wed) 21:33 | EDIT | REPLY |   
Wed
2021.12.29

葉月  

ゆ✤✤✤✤ 様

こんばんは!

再び『愛のカタチ』を読んで下さり、ありがとうございます!

あの頃は、今は当たり前にあるものが存在すらしなかったですものね。
時の流れの早さを痛感しております。
そして年月が経った今、こうしてまた読んでもらえることに、嬉しさも一入です。

今後も主役二人から幸せのお裾分けを頂きながら、お話を紡いでいけたらと思っておりますので、引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
年末の忙しい時期です。ゆ✤✤✤✤さんも体調に気をつけてお過ごしくださいね。

コメントありがとうございました!

2021/12/29 (Wed) 21:35 | EDIT | REPLY |   

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