愛のカタチ 4.
「道明寺? 気が付いた?」
現実と夢の狭間を揺蕩った果て────。
重い瞼をゆっくりと開けると、黒髪が頬に触れるくらいの距離から、俺を覗き込む心配そうな目とぶつかる。
続けて辺りを見回せば、見慣れた男たちの姿もあって、寝てるこの場所が自分の部屋だと分かった。
「司、分かるか? おまえ、俺のオフィスで倒れたんだよ。覚えてるか?」
足元に近寄って来たあきらに頷けば、今度は類と並んでソファーに座っている総二郎が口を開いた。
「全く人騒がせなヤツだな」
軽い口調でぼやかれるが、その顔はどこかホッとしてる様にも見えた。
恐らく、心配症のあきらが類と総二郎に慌てて連絡したんだろう。
「悪かった」
あきらたちに一言詫びを入れ、まだ不安気に覗きこんでくる目に焦点を合わせた。
「心配掛けたな」
「ううん。お医者様が過労だろうって。でも一応、週明けには病院で検査予定だからね」
「そうか。けど、もう大丈夫だ」
「ダメだよ! 西田さんがね、年始まで調整付けるから休んで下さいって!」
昨日から姿を隠していた女の顔からは、幾分緊張が和らいだのか強張りが解けていく。
それでも隠しきれないのは瞼の腫れ。目の縁も赤く色づいている。
俺が倒れたから泣いたのか⋯⋯いや、それだけじゃねぇ。
おまえに背負わせちまったものに堪え切れず、閉じこもった部屋で、昨日から泣き続けてたに違いなかった。
これまでにだってきっと、幾度となく人知れず涙を流してきたんだろうと、今になって漸く思い至る。
思えば俺は、何一つとしておまえを見てはいなかった。
おまえを通して、俺は失くした過去ばかりを探って⋯⋯。
言いたいことも言えず、ブランドの一つも持たず、安っぽい服に身を包んで。
何処かに連れて行くわけでもなく閉じ込めた邸で過ごしたこの一年は、おまえを泣かせるだけの時間だったはずだ。
過去にばかり囚われていた俺のせいで⋯⋯。
サイドボードにある時計に手を伸ばす。
あきらのオフィスに足を運んだのは昼過ぎなのに、今はもう夕方の五時を回っている。
窓の外はすっかりと日が落ち、今夜もイルミネーションが存在を知ら示す時間だ。
俺は布団を剥いで身体を起こした。
「行くぞ」
「えっ、行くってどこに? じゃなくて、まだ寝てなきゃ駄目だってば!」
再び驚きで瞳を丸くさせ、ベッドに押し戻そうと肩に触れてきた手を掴んだ。
「今日はクリスマスだろ? 外でメシ喰うぞ」
「え?」
「プレゼントも買ってやる。少しはお洒落しろ」
「プレゼント、って⋯⋯」
驚き固まるのも無理はねぇ。
食事に連れ出したこともなければ、忙しさを理由に、邸ですら数える程度しか飯を共にしたことはかった。
プレゼントだって、何一つあげたことはねぇ。
「ほら、ボケっとしてねぇで、早く用意しろ」
「⋯⋯え、いや、でも」
肩から手を離し促しても、そわそわと戸惑い丸出しで、その場から動かない。
「何なら、どっか旅行でも行くか? 丁度、休みになったみてぇだしな」
「ちょっと待ってよ。どうしたの急に」
「あ? 不満でもあんのかよ。二人でゆっくり過ごす時間作って何が悪い?」
これでいい。
これでいいんだよな?
過去は振り返らず、今ある道を前へと進めば⋯⋯。
それこそが俺が犯した罪全てへの────贖罪。
「⋯⋯おかしいよ」
落ち着きのなかった仕草がピタリと止まり、顔を伏せたままポツリと零される。
「何がおかしい? 今までの方がおかしかったんだ。これからは、もっと時間作るようにする。だからもう、一人で部屋に閉じこもるなんて真似すんじゃねーぞ」
「⋯⋯ごめん。でも、どうして急にそんなこと⋯⋯」
俯かせていた顔を持ち上げるなり、真っ直ぐに向ってきた瞳から逸らさずに告げる。
「前を⋯⋯、前を見てみたくなった。それだけだ」
「前、を? それだけ?」
「あぁ」
「本当は何かあったんじゃない?」
「疑り深けぇな」
「何かあったのなら、ちゃんと司の口から訊きたいから」
「ホント、なーんもねぇよ」
安心させるために笑って見せれば、
「嘘つき」
ベッド脇の椅子に、ストンと力なくへたり込み、非難めいた台詞を吐かれる。
けど、その声音には微塵も怒りの感情は含まれてなく、わざと拗ねてるように見せているだけ。
口を僅かに尖らせてはいても、表情には力みもなければ、瞳の奥も穏やかだ。
「何が嘘つきなんだ?」
物柔らかに訊ねれば、両肩を持ち上げ大きく息を吐き出して、静かに話し始めた。
「私、言ったよね? 覚悟は出来てるって。だから、物なんていらない。何処かに連れて行ってくれなくてもいい。ただ、傍にいられれば良かったの。
でもね、それでも何かを望んで良いって言うのなら、たった一つお願いがある」
「あぁ。何でも言えよ」
穏やかな表情はそのままに、淀みも迷いもない真っ直ぐな瞳が俺を貫く。
「私を見て」
「あ⋯⋯?」
「あっ、違うか⋯⋯。正確には、昔と同じように私を見て?⋯⋯かな」
「なに言って───」
「だって、記憶取り戻したんでしょ?」
「っ⋯⋯!」
不意を打たれ咄嗟に目を背ける。
この行動こそが雄弁に語ると分かっていても、覆すだけの言い訳も浮かばねぇ。
押し黙るしかねぇ俺に突き刺さるのは、見なくても感じるダチら三人からの視線。
逃げるように目を彷徨わせれば、ふっ、と優しく笑む気配を感じた。
「色んな覚悟は出来てた。でも、本音は思い出して欲しい、そう言ったでしょ? 私との過去をなかったことにしないで欲しい。私を思い出して欲しい。私の名前を呼んで欲しい。その気持ちも本当だよ。だからね? 今の私に気を遣わないで? だからお願い。私を見て?」
緩慢な動きで視線を戻せば、俺を見守るように柔らかな笑顔がそこにはあって、俺は目を瞑り頭を下げた。
「悪るかった⋯⋯⋯⋯、滋」

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