その先へ 21
美味しいお酒と美味しい料理に、弾む会話。
とは言っても、道明寺発信の、答えるのは私。そんな図式がずっと続いてる。
何処に住んでる?とか、独り暮らしか? とか。あの緑色の正体はなんだ?まで様々に及んで。
なんで機嫌悪かったんだ? って質問には、弟とチョット、と嘘で濁し、身近にいた道明寺に八つ当たりしてしまって『ごめん』と謝ったそこだけには、そっと本音を乗せた。
念のため、カフェで好きなやつ全部教えろ!って言われて答えた時には、手帳を取り出して書き込むもんだから『何の取り調べよ!』と笑って。そんな風に話は続けられてたのに……。
「おまえ、なんで転校したんだ? もしかして、俺のせいか?」
それは、唐突だった。
シャンパンを口に含みグラスを置けば、急にあの頃へと話題が飛ぶ。
否定と共に理由を曖昧に答えて、
「違うから!…………両親が仕事で地方に引っ越すことになって、それで。それよりさ?」
話題をすり替える。
「副社長、私のことどこまで知ってるの? 当時、NYにいたはずの副社長が、なんで私が転校したこと知ってんのか、不思議なんですけど!」
「決まってんだろ。調べたからだ」
「うわ、人の個人情報を……しかも、弁護士の私の前で、堂々と言うその開き直りっぷり」
「文句なら西田に言え。指示出す前に調べてあったんだからよ」
「流石は、手際が良いことで……」
返した小さな嫌みは綺麗に流された。
「なぁ、アイツ等とは今でも連絡取ってんのか?」
道明寺の指すアイツ等が誰達なのかは、考えるまでもない。
瞬時に懐かしい面々が脳裏に浮かぶ。
「ううん……。東京を離れちゃったからね。それきりで。」
「……類とも?」
訊いておきながらあからさまに視線を外され、眉間に皺が寄る。
「まさか、私が花沢類の彼女だったなんて、疑ってんじゃないでしょうね?」
チラっと私と目を合わせた道明寺は、気まずそうに「イヤ」と否定し、続けた。
「報告書には、類との関係は載ってなかったしな」
「当時の私の言葉は信じず、報告書は信じるわけね」
「まぁ、うちの調査部は優秀だかんな。小さなことでも徹底的に拾うし、黒だと思えば証拠も必ず炙り出し見つけ出す集団だ」
そんな自慢気に説明されても怖いだけで、まさか私のことも必要以上に調べてないかと不安さえ生まれる。
もうこの話は勘弁と話を元に戻した。
「副社長は、たまに会ったりする?」
「いや。NYに行ってから連絡も取ってねぇ。たまにパーティーで見かけたりはすっけど」
「え、連絡も取ってないの?」
「ああ」
嘘、ずっと?
道明寺とみんなが一緒に居るところを、私が最後に見たのは、まだ道明寺が入院していた頃だ。
退院したのも私は吊り広告で知ったし、その後、電話をくれた西門さんも、知らされなかったと言ってたのを覚えている。
それから直ぐ私は道明寺と別れたし、道明寺もまた、間を置かずしてNYへ行ったはず。
「NY時代は地獄だったからな。遊ぶ暇なんかねぇーよ。息子とも思わず、人間扱いすらしねぇババァのおかげでよ。帰国してもハードな生活は変わんねーし、いつまでも学生気分じゃいらんねぇだろ」
笑って話すけど、本当は違うんじゃないかと不意に思った。
あの頃、何で私だけ忘れるの? と責める気持ちを抱(いだ)きながら思い出して欲しかった私と、私を心配するからこそ、記憶を取り戻すことを願ってくれていた友人達。
それが、無意識のうちに道明寺を追い詰めてたとしたら?
だから、誰にも退院を知らせなかったんじゃないの?
責められてるようで、居たたまれなくて……だから、みんなとも距離を置いた?
一気に疑念が溢れかえる。
記憶を失くして不安だったのは、他でもない、道明寺自身だ。
好きで記憶を失った訳じゃないのに。
どうしてあの頃、そんな風に考えてあげられなかったんだろう。
どうして、道明寺の気持ちに寄り添ってあげられなかったんだろう。
それまでだって、寂しい環境で育ってきた人だ。誰よりも寂しさを恨んでた人だ。
それを素直に表に出せない不器用な男だって知ってたはずなのに。
何故、そんな彼を孤独にさせてしまったんだろう。
でも、もう遅い。
後悔しても、全てが手遅れだ。
道明寺の心の隙間を埋めたのは、きっと海ちゃんだ。
その海ちゃんが今も居る。
「おい、どうした? 黙りこくって」
「……いやー、親の心子知らずだなあって。社長は息子愛してるのになぁー、って思ってさ。報われないよねぇ」
去来するものを悟られないように、ふざけ口調で誤魔化す。
「気持ち悪りぃこと言うな。メシが不味くなる。それよりよ、おまえ副社長って呼ぶの止めろよ。仕事じゃねぇんだし」
「え? これ残業でしょ? 西田さん言ってたじゃん」
「ちげぇっ、仕事じゃねぇ。だから普通にしろ」
「分かった。あんたさぁ──」
「なんでそうなんだよ」
「え?」
肩を落としたように、道明寺が息を一つ逃す。
「だからッ……! 呼び捨てでいい。昔みたいに」
照れ臭そうに横を向いまま道明寺が言う。
自分の中では、いつだって道明寺だ。
昔も今も、変わらず道明寺って呼び続けている。
でも、本人に向かって言うのは、昔との関係が崩れてるだけに、何となく躊躇いがあったけど、道明寺が望むならそうすれば良い。
「道明寺! 飲んでばっかいないで、ちゃんと食べなさいよ!」
「おう」
目線を合わせた道明寺が、嬉しそうに笑みを浮かべながら食べる姿を見て、私も料理を口へと運ぶ。
奥底を覗かれないように、目の前にある料理を堪能することだけに集中する。
「美味いか?」
「うん、こんな美味しいの初めて!」
「ホントおまえは、美味そうに食うよな」
「道明寺が感情薄すぎなの! 人生損してるよ? 前にも言ったでしょ?」
「…………だからだろ?」
「ん?」
「おまえが、楽しいとか、面白いとか、そういうの見つけろって言ったんじゃねぇかよ」
「まぁ、言ったけど……」
「だから見つけた。牧野が食う姿見るのは面白ぇ」
「はぁ!? ちょ、ちょっと面白いって、何よそれ! 女性に対してそれはないでしょ!」
「しょうがねーだろ、面白ぇもんは面白ぇんだから。 ほら、フグみてぇに膨れんな。デザートも食わせてやるから、笑わせろよ?」
「ちょっとッ! あたしで遊ばないでよねッ!」
口を尖らせて、そして笑った。
道明寺も笑いながら、私に食べさせるためのデザートを選んでる。
再会した時とはまるで違う、道明寺の表情。
その目の前の笑顔に思う。
この笑顔が、どうか消え失せませんようにと、道明寺の幸せを改めて願った。
今の瞬間にも愛しさを感じてしまう、そんな自分を戒めながら。

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