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手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 6.



牧野の謎発言により発生した沈黙から、いち早く抜け出したのは腹黒王子だ。
歳が30にもなるというのに、首をコテっと倒す仕草が不思議と様になる類が牧野に訊く。

「牧野、ファイルナンバーってどういうこと? 11番って?」
「彼女は11番。司と関係あった女性に番号を付けてみたの」

付けてみたって、どうしてそんな発想になった! と全力で牧野に問いたい。
それが通じたのか、俺の心中に応えるように牧野が言う。

「だって、その方が頭に入ってきやすいし」

そうか。頭に入りやすいのか。なら仕方ないな⋯⋯って、なるか!
『だって』の理由付けが絶対におかしいだろうが。知りたいのはそこじゃない、と頭を抱えたくなる。
司の過去の女をナンバー化することからして奇想天外なのに、理由がその方が頭に入りやすいからとは、どんな説明だ。全く説明になっていない!
エキセントリック過ぎる知能で、おまえは、一体何を思いつき何を頭に叩き込んでるんだ!

────⋯⋯いや、やめよう。考えるのはよそう。
頭が良すぎる女の思考回路なんて、所詮、俺なんかに分かるはずがない。
頭の良い奴と変人は紙一重。理解しようとすればするほど、自分の思考とは天と地ほどの隔たりを思い知らされ、まともな俺の精神が摩耗するだけ。
ならば、事実だけを受け入れれば良い。
どこをどう辿ればそんな結論に行き着くのか、牧野の謎論法を理解する日は生涯訪れないかもしれないが、とにかく牧野は司の過去の女に番号を付けている。うん、そうだ。その事実だけを受け入れれば良い。深くは考えるな、俺!

それにしても、あの女が11番だというなら、その前もいるはずで。その後の番号といったら、どれだけ膨大な数が続くのか。それを全部頭にインプットしているとしたら考えるだに恐ろしく、遠い目になりながらも、類と牧野の会話にだけは耳を澄ませた。

「番号を付けてるくらいだから、牧野はあの女のことを最初から知ってたんだよね?」

「うん。会社も同じだったしね。部署こそ違うけど、存在は知ってたわ」

おい。じゃあ、何か? 
以前から知ってたのに、知らない振りをしていたのか?

「だったら牧野、なんで知らない振りしたんだよ」

誰もが思うだろう質問を代表して訊いたのは総二郎で、牧野は間髪入れずに即答した。

「胸が大きかったから」

「は?」
「は?」
「は?」

俺と総二郎だけじゃない。珍しく司の声まで重なる。

おい牧野、『あれ、何で分からないの?』的な顔をするな。
この場合、どう考えてもおかしいのはおまえだ。色々と端折りすぎだろ。
その端的な言葉で、俺たちに何を読み取れって言うんだ?
謎かけか? 俺たちを試してるのか?
第三形態として生まれ変わった牧野は、プライベートにおいて、ちょくちょくこのような物言いが多くなった。
牧野の言葉足らずは絶対に、『思ったことは何でも口にしろ』と司が言い聞かせたことにより生まれた弊害だ。
だがな。思ったままを口にされても、言いたいことが通じなければ意味がない。
頼むから文章を組み立ててから口にしてもらえないだろうか。そう願いながら、牧野が話を先に進めるのを待つしかない。

寸秒の空白ののち、やっと牧野は、誰にも何も通じていないこの状況を認めたのか、「だってね」と、説明らしきものを始めた。

「彼女、NYにいる頃から何かと目立ってたのよ。それを自覚もしてただろうし、注目されるの大好きみたいだし、スタイル自慢の自信家。そんな彼女を、同じ会社で働いていている同じ日本人の私が知らないってことは、彼女にしてみれば面白くないわけよ。だから、知らないふりしたの。その方が気持ちを揺さぶれるでしょ? 冷静さを欠いてくれた方が、何かと有利に働くしね」

全て計算ずくだったとは⋯⋯。
しかもそれが有利に働くためだとは、初めから売られた喧嘩を買う気満々だったんだな、牧野⋯⋯恐るべしだ。

何だか俺は、空調が整っているはずのこの部屋で、首筋が冷たい北風にでも撫でられたような寒気を感じた。

「本当は、私だってあそこまで言うつもりはなかったのよ」と、牧野がツンと口を尖らせるが、それも束の間、揚々と話を続ける。

「でも、見たでしょ? 自分のスタイルに自信があるからって、馬鹿にしたように私の体を撫で回すように見て、全く失礼しちゃう! だから作戦変更! 向こうに言いたいだけ言わせて勝ったつもりにさせてから最後に落とす。この方が自尊心の高い彼女には効果覿面って判断したわけ。何か問題でも?」

「⋯⋯⋯⋯鉄パン履いてた頃が懐かしい」

総二郎がポツリ零す。

俺もそう思うよ。
昔から喧嘩上等なところはあった。
だがしかし、ウブで照れ屋で真っ直ぐで。それが哀しい出来事により、笑うことを忘れてポーカーフェイスの出来る女へと変わり、今や更なる変異が生じ、惚れた男の過去女を計算ずくしの笑顔で叩く策略家。
天然も相まって、常識を逸脱した大変おかしなことになっているこんな未来を、誰が予想しただろうか。
笑いながら戦う術まで身につけた怖い牧野を見た後となっちゃ、鉄パンだった頃を懐かしみたくもなるってもんだ。
人をこれほどまでに変えてしまう時の経過とは、何とも恐ろしいもんだ、としみじみ思う。

「それで牧野は、どうして司の過去の女を知ろうとしたわけ? 調べるのも大変だったんじゃない?」

牧野が何を言い出すのかと、ワクワクしているのが透けて見える笑顔で類が訊ねた。

「ううん。ナンバー付けしたのは私だけど、過去の女性たちの基本情報を調べたのは私じゃないの。大分前から調べていたのは、司のお母様」

「なっ⋯⋯バ、ババァが」

今夜、何度目の衝撃だろうか。
愕然とする司の口元がわなわなと震えだす。
無理もない。過去の過ちが婚約者だけに留まらず、母親にまでに知られているなんて、なんておぞましいんだ。
自分に当て嵌めて考えてみると、かつての年上既婚女性を、うちのお袋に把握されているってことだぞ? 想像しただけでゾッとし、肌が粟立つ。

恥ずかしいやら、情けないやら、みっともないやら。後ろめたさもあって、司は、さぞや居たたまれないことだろう。
もう一度記憶を失ってしまいたい、と咄嗟に願ってもおかしくないほど気の毒な話だ。

⋯⋯司くん、ご愁傷様。

俺は心から同情の眼差しを送った。

眼差しの先では、司がまだ唇をわなわなさせている。
そんな司に「そう。お義母様が」と、もう一度言って聞かせた牧野は、それから皆に真相を明かした。

「前にね、司と関係のあった一部の女性が、色々と騒ぎ立てたことがあったみたいで。それを機に、その後も事が厄介にならないようにって、司の女性関係を把握して、何かあった時にはすぐ対処できるようにしてたんですって。
で、私たちが婚約した今。最後の悪あがきをする人が現れるかもしれないから、嫌な思いをするだろうけど、何も知らないよりは心の準備が出来てた方が良いだろうってことでね、お義母様が調べていたものを譲り受けたってわけ。はーい、他にまだ質問あるひと~!」

なんで質問形式になった!と突っ込むより先に手が挙がる。

「はーい、はいはいはーい!」
「はーい、滋さん、どうぞ?」

真っ先に手を挙げたのは滋で、質問する前から破顔していているところからして、どうせ碌なことは言わないだろうと先が読める。

「その譲り受けた資料にはさ、司と女性のホテル滞在時間まで書いてあったの? だって平均45分なんでしょ? はははは! しかも、最短20分弱⋯⋯ぶっははは!」

案の定、人の不幸で大爆笑する滋。
愛する婚約者より、現在進行形で辱めを受けている不幸な男は、偉い物騒な顔で睨みつけているが、腹を捩って笑う滋は気づいちゃいない。

「あのアベレージは、私が付け足してみたの。
NYにいる頃、噂があったのよ。司の女性の扱いが酷いって。気に入らないんだか何だか、ホテルからつまみ出すのもしょっちゅうだって。それで、ちょっと調べてみようかなーって。
お義母様によれば、女性と過ごすホテルは大抵同じだったって言うし、そういう時も司にはSPが付いていたみたいだから、SPの方々の業務記録を調べれば分かるかなって。で、割り出してみたところ、あんな面白おかしな結果が出ました!」

SPの業務記録まで調べていたのか。
つーか、面白おかしななんて言ってやるな!

仕事が出来る女だとは分かっちゃいたが、まさかその能力をプライベートにまでも遺憾なく発揮していたとは⋯⋯。
唖然とすることが多すぎて、俺の顎はそろそろ外れそうだ。

と、そこへ総二郎が「はーーーーい!」と立ち上がり挙手する。

ここに来るのを嫌がってたくせして、何でそんなにウキウキなんだ!
悪ノリするな! 司の殺気に気づけ!

「どうぞ、西門さん」
「つくしちゃんと司の最短記録は何分───ぐはっ!」

懸念したとおりだ。
言い終える前に、崩れるようにソファーに身を沈めた総二郎。
もの凄いスピードで風を斬り、総二郎の左頬を襲ったそれは、キレた司が繰り出したパンチだった。

油断しすぎだ。
滋にこそ睨むだけに留めたが、司が野郎相手に遠慮するはずないだろうが。
警戒心を持て。と心底思うが、俺の幼なじみは、どいつもこいつもイカれてるらしい。
総二郎が殴られたばっかだと言うのに、果敢にも「ファイルナンバーって何番まで存在するの?」と恐れを知らぬ類が訊く。

⋯⋯だけどそれは、俺もちょっと気になるぞ。

「ファイルナンバーは13までよ」

おっと、そんなもんなのか? 遊びまくってた割には少ない数だ。
それが顔に出ていたのだろう。俺と目があった牧野は補足した。

「ファイルナンバーは、特に要注意人物をピックアップしただけなの。さっきの杉崎さんも、その内の一人ね。警戒対象は13人。その人達の行動パターンは、既に予測済みよ」
「行動パターン?」

やべぇ。ついうっかり声に出してしまった。
司を見れば、余計な口を利くんじゃねぇ! と言わんばかりに鋭い眼差しで睨まれ、俺は逃げるように逸らした目を牧野に移した。

「そう、行動パターン。私の大学時代の知り合いにね、心理学者とプロファイラーがいるの。その二人にお願いして、手元にある資料を基に、13名の行動を予測してもらったってわけ。
ちなみに、さっきの杉崎さんは、婚約が世間に発表された以上、本気で司を自分のものに出来るって思ってたわけじゃないと思う。彼女の狙いの本命は私。司の婚約者が私だと睨んで、私を傷つけて泣かせて、司との関係にひびを入れたたかったんじゃないかな。司を手に入れられなかった腹いせにね。まぁ、嫌がらせってとこでしょ」

心理学者にプロファイラー。最高峰の大学を出ている牧野なら、仲良しこよしの友達関係ではないにせよ、知能指数が高く頼りになる知人くらいはいるのだろう。その人脈を使って、過去の女たちを警戒してたわけか。

そう考えると、杉崎って女も不運だ。喧嘩を吹っ掛ける相手が悪すぎた。
普通の女なら、あそこまで言われれば涙の一つも零しただろうし、自信喪失で立ち直れなくなったとしても不思議じゃない。
だが残念なことに、牧野は普通の女じゃなかった。
滅多打ちにされたのは杉崎の方。自信満々に息巻いていた分、返り討ちにあった時のダメージは計り知れないだろう。⋯⋯勿論、同情はしないが。

「そこまでしていたとは⋯⋯」

ポツリ呟いた司が悄然と項垂れる。
項垂れても尚、牧野は司に容赦ない。

「ファイルナンバー1から13までの詳細は、私の頭に完璧にインプットされてるから、何なら詳しく教えましょうか?」

自分の頭を人差し指で小突きながら、司に訊ねる牧野。
明るい声を出している牧野を見ながら、ふと思う。
もしやこれは、ここまでの一連の流れを含め、司に対するお仕置きなんじゃなかろうか、と。

「い、いや、いい。な、何も言わないでくれ、つくし」

「あら、そう? これも職業病なのかしら。資料は完璧に仕上げないと落ち着かなくて。気になることは徹底的に調べる。そして頭にしっかり叩き込む。だから、いつでもスラスラ説明してあげられるわよ? 司が知らないことまで答えてあげられるから、遠慮しなくてもいいのに」

⋯⋯牧野。司は遠慮してるわけじゃないと、お兄さんは思うぞ。

青ざめたままの司は、右に左にと首をぶんぶん大振りしている。
そりゃそうだろう。これ以上、愛する女から自分の女性遍歴を事細かに語られるなんて、どんな地獄だよ。
それなのに、尚もグイグイと対面に座る司に身を乗り出し迫る牧野は、司の精神を甚振ることで懲らしめているとしか思えない。
女に対峙した時と同じく、怒りを顕にするより効果があると踏んだんじゃないだろうか。

「ところで先輩?」

そう声を掛けたのは、桜子だ。

「なーに?」
「先輩がさっき言っていた青田さんって、一体誰なんです?」
「ああ、それね」

そうだった。すっかり忘れてた、謎の青田さんは何者だ!?

「一か八かで言ってみたんだけど、当たってたみたいで良かった~。
青田さんって言うのはね、杉崎さんの恋人。嫌な言い方だけど、キープしてるっていうかね。つまり、おそらくは天秤にかけてたのね。司と青田さんを。上手くいけば司に乗り換えるつもりだったんじゃないかな」

「それで、恋人の名前を出して牽制したってわけか。あの女を全く知らないって言ってた牧野が、まさか青田って恋人の情報を握ってるとは思わねぇわな。そりゃ、ビビるわ」

納得したように総二郎が言い、牧野も頷いた。

「杉崎さんってモテるけど、結婚相手としては、どうも男性からは敬遠されてたみたいでね。その中で唯一、彼女と結婚を望んでいたのが、資産家の青田さんらしいの。私も、NYにいる時に噂で訊いただけなんだけどね。
でもその噂が本当なら、司との結婚が望めない以上、青田さんを簡単に切るなんて有り得ない。だから今現在も付き合っているかは分からなかったけど、賭けで言ってみたの。どうやら読みは当たってたらしいわ」

なるほど。良く分かった。青田さんが不憫な男だってことが。

「ただ、読めない人もいる」

まだ続くのかと、全員が牧野の話に耳を傾ける。

「13人中、どうしても一人だけ行動パターンが読めない人がいたの。でも、それも漸く今日分かった。今夜のパーティーに、その人も参加してたから」

「え!? 他にも女がいたの? それでそれで? 勿論、つくしはその女を排除してやったんでしょ?」

食いつき気味に訊いた滋に、牧野は静かに首を横に振った。

「何もしなかった。する必要ないと思ったから。何故だか分かる?⋯⋯司」

「え⋯⋯あ、い、いや」

パニックに陥っている司の思考回路は寸断間近で、急に話を振られたところでしどろもどろ。まともな返事など出来ようはずもない。
けれど、俺が気になったのは、動揺しまくりの司じゃない。さっきまでとは異なり、重々しい表情となった牧野の方。
その顔が哀しそうに見えるのは、きっと気のせいなんかじゃないはずだ。

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  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Wed
2021.10.20

-  

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2021/10/20 (Wed) 08:14 | REPLY |   
Thu
2021.10.21

葉月  

オ✤✤✤✤ 様

こんばんは!

何やら最後に、つくしの表情に影が!
今までとは一変した様子に、司も心臓がバクバクと落ち着かないでいるかもしれません。
でも、これくらいの懲らしめは我慢してもらわねばですよね(*´艸`*)

果たして、つくしの表情の変化は何なのか。
仲間の他人事のような突っ込みと共に、また楽しんで貰えたら幸いです。

コメントありがとうございました!

2021/10/21 (Thu) 19:59 | EDIT | REPLY |   

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