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手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 2.



新たな性格が誕生した、という突飛な誤算はあったが、完全に病気を克服した牧野と彼女を支えた司は、間もなく婚約を発表した。

とは言っても、ビジネスにおいては過ぎるほどの有能さを発揮する牧野ではあるが、普通の一般人だ。
元から派手派手しい騒ぎを好まない牧野に配慮し、また、騒がれて嫌な思いをさせないためにも、司は一人で婚約会見を行い、無事に結婚式を迎えるまで、世間には牧野の名を伏せたままにしてある。

司の考えとしては、世間にまだ公表出来ずとも、せめて牧野を自分の手元に置いて秘書にしたかったようだが、過去にも週刊誌を騒がせたことのある二人。
折角、牧野の名を伏せてあるのに突然司の秘書になんかなったら、牧野がフィアンセなんじゃないかと憶測を呼び、バレる可能性は高い。
と言うわけで結局、牧野は美作商事に残り、今は俺の秘書を務めている。

秘書の経験がない牧野は、結婚するまでは俺のところで学び、結婚後に司の秘書になるのがベストだと考えているし、そこに関しては俺も同意見だ。

が、牧野の近くにいるばかりに、ヤキモチ焼きの猛獣に妬まれることはしばしばだし、惜しみなくバカさ加減を炸裂する二人に巻き込まれるのもしょっちゅうだ。
結果、損な役回りがレギュラー化している俺は、相も変わらず可哀想な立場にいる。

今、俺が出席しているパーティーにおいてもそうだ。
大企業の創立パーティーに俺たちは招待されているわけだが、今の状況を鑑みれば、公の場で司のパートナーを牧野が務めるのは得策ではなく、司は一人で、牧野は俺のパートナーとして出席している。

それを面白くないと思う男が一人。言わずもがな司である。
隙あらば俺たちに近づき、俺に威嚇したかと思えば、次の瞬間には俺の存在など綺麗さっぱり忘れてバカップルトークに突入する。
それに問答無用で付き合わされる俺の身にもなって欲しい。

今も、バルコニーで一息吐いていた俺たちを目敏く見つけた司は、今夜何度目かの合流を果たし、牧野といちゃついている最中だ。
腕組みした俺は、そんなバカップルを、つま先をコツコツ鳴らして、イライラと眺め見ている。

「つくし、今日のおまえも本当に可愛いなぁ。ポケットにでも入れて持ち歩きてぇよ」

ふん! 
どんなに折り畳んで押し込んでも、精々入れられるのはキャリーバッグぐらいのもんだろうが。
何なら、キャリーバッグに詰め込んで、コロコロ引きずりながら挨拶回りするか?

「くそっ、何であきらとなんか」

俺が何だ。文句あるなら直接言え。俺は、おまえの並びにいるぞ。どうやら忘れているようだがな。

「私も入れるもんなら入りたいなぁ。出来れば司の胸ポケットに」

あー、煙草が吸いてぇー。
一本と言わず、十本束にして煙草が吸いてぇー。
背中がむずむずしてやってらんねぇ。

気が落ち着かない俺は、苛立ちを逃すように地面を叩くつま先に、これでもかと力をいれた。

「つくし、あんまキョトキョトすんなよ。可愛いから気が気じゃねぇよ」

「大丈夫。司ほど素敵な人はいないもん」

⋯⋯アホらしい。
語尾にハートがつきそうなバカバカしい会話、いつまでも訊いてられるか!
なーにが、自分の女捕まえて可愛いだ!
確かに牧野は綺麗になったさ。他の男共から視線は向けられっぱなしだし、親父連中からは、是非息子の嫁にと誘いもわんさかだ。
俺や総二郎だって、ダチじゃなければ間違いなく声を掛けてしまうくらいのレベルだ。
だがな! 牧野だってもう29だぞ?
可愛いって言われて喜ぶ歳じゃないだろうがっ!
それなのに司の奴、牧野の頭を撫でながら、目尻をこれでもか!ってほど下げたしまりのない顔しやがって。
何の罰ゲームだよ。見てるこっちが赤面もんだわ!

「美作さん、どうしたの? 顔赤いよ? お酒飲み過ぎちゃった?」

忌々しげな目を向ける俺を、牧野がチラリと見る。

「ほぅ。俺の存在を覚えてたとは感心だな牧野。俺は酒も大して飲んでないし酔ってもいない。おまえらの幼稚なトークに恥ずかしくなっただけだ」

「何だよ、あきら。俺たちの幸せそうな顔見て羨ましくなったんじゃねぇのか? まぁ、つくしほどの良い女はいねぇだろうが、おまえの世話好きが良いって言う物好きもいんだろ。あきらも希望は捨てずに頑張れよ」

誰が世話好きだっ!
好き好んで世話を焼いてるわけじゃない。おまえらみたいな非常識人が周りにいるせいで、まともな俺が動く羽目になってるだけだ。

「そうだよ、美作さん。私、美作さんには凄く感謝してるの。NYで再会したあの時、私を日本に呼び戻してくれなかったら司とも会えなかったかもしれないし、今の幸せはなかったかもしれない。
だからね、恩人である美作さんにも、絶対に幸せになって欲しいの。折角、良い男なんだし⋯⋯⋯⋯司には負けるけど」

おい。最後の台詞、気に入らねぇぞ。
それにな、まともなこと言ってるようで、なんで目線は司一筋なんだよ。
しかも、その眼差しは何だ。うっとりさんか。俺に話しかけておきながら、瞳をうるうるさせて司を見てんじゃねぇよ。
言葉と態度が噛み合ってないせいで、おまえからの感謝も半減だ!
何が『司には負けるけど』だ。
こっちこそ、司みたいに成り下がるなんてごめんだ。
負けると言われても、ちっとも悔しくなんか……悔しくなんか…………く、悔しく…………

「美作さん、そんなに俯いちゃってどうしたの? なんかどんよりしてるみたい」

⋯⋯見てたのか。
見なくても良いときに限って見ないでくれ。

俺は気持ちを切り替えるための咳払いをして、顎を突き出し顔をズンと持ち上げた。
いつまでもこうしているわけにはいかない。

「おい、二人ともそろそろ良いか。挨拶回り、まだ終わってないんだよ」

「あぁ、そうだな。俺ももう行かねぇと。つくし、また後でな」

「うん。司もキョトキョトしないでね」

「するかよ」

やっと胸焼けトークから解放される。────と思ったら甘かった。
別れを惜しむように顔を近づける二人。

⋯⋯何故だ。
何故、二人の関係を内密にしているはずのおまえらは、こんな所でキスをしようとする!?
周りに隠す気あんのか、こらっ!

「おまえら、いい加減にしろっ」

周囲に気づかれない音量で叱責するが、そんなもん気にする二人じゃないことも分かっている俺は、すかさずストレッチをしている態をとる。
周囲の目から司達の姿を見えなくするために、両腕を天へと目一杯に伸ばし、己の身体を使って二人を隠す。

「司、もう少し屈め! 牧野も背伸びすんな!」

少しでもそのくるくるを引っ込めろ!
くっそーっ、もう少し背が高かけりゃ、余裕で鳥の巣頭を隠せたかもしれないのに⋯⋯。

F4の中で唯一、180に背が届かない俺は結局、伸びをするだけでは心配で、ぴょんぴょん跳ねながら二人を周囲の目から守った。




何が哀しくてパーティー中にぴょんぴょんしなくちゃなんないんだよ。

かくして会場に戻った俺は、取引先の社長に挨拶をしつつも、既にぐったりだ。
相手に向ける笑顔も、些か引き攣っている気がする。
片や、俺を疲労困憊に貶めた原因の一人である牧野は、先ほどまでとは態度が一変。

「初めまして。美作の第一秘書を務めます、牧野つくしです。どうかお見知りおき下さい」

俺の後に続き挨拶をする牧野は秘書らしく、実に秘書らしく、バカップルの片割れである姿を封印し、出来る女に変じてる。

⋯⋯あっぱれだよ、牧野。

バカトークを炸裂していた姿は何処へやら。
ポーカーフェイスを軸に、口元にうっすらと乗せた笑みは、凜としていて男に隙を与えない完璧なる振る舞いだ。

もう一方の片割れである司にも目を向ければ、あっちはあっちで隠しきれないオーラを放ちながら、切れ味のある眼差しを相手に向け、クールに決めている。目尻が垂れ下がっていた数分前までの顔は、もうどこにもない。

おまえら、揃いも揃って見事だよ。
なんつう二重人格者だ。
いやいや、牧野に限って言えば多重人格者か。この十年ちょっとの間に、どれだけキャラ変してるんだ。

そんな見事な変身で素を覆い隠した二人は、それぞれが周囲からの注目の的だ。

隙がないから近寄れないだけで、牧野は男からの視線を一身に浴びまくりだし、司に至っては、果敢にも馬鹿な女どもが色目を使ってすり寄っている。
司にそんなことしても、所詮時間の無駄。虫けらを見るような目を向けられてるのに、何故女どもは気づかないんだ。
司からすれば、牧野以外の女は害虫に等しい。それを知っている俺からすれば、女どもの媚売りは滑稽でしかない。
司が牧野一筋なのは自明であり、それは牧野自身も良く分かっているはず。⋯⋯なのだが、俺たちは知っている。

理解はしても感情は別物。司に近づく女の存在が、牧野にとって面白いはずがない。
そもそも、こうして女が近寄って来るのも、元を辿れば過去の司の行いが原因であり、昔のように、例え一夜限りでも司をものにしようと思う女は後を立たない。
司が婚約しようが気にも留めないらしい強者達は、揃いも揃って自分に自信がある女ばかりだ。
そいつらが牧野のコンプレックスを刺激している。

かつて牧野を忘れNYにいた頃の司は、手当たり次第に女遊びをしていた。
そんな振る舞いは当時から噂になっていたし、当然、同じNYに住んでいた牧野にも醜聞は伝わり、聞き及んでいたわけだが⋯⋯。そのことが少なからず牧野のコンプレックスにじわりじわりと侵食し、極端に気になる要素へと今更ながらに変化した。

それは、司と関係のあった女性に対するもの。どこぞのご令嬢とか、有名な人気女優だとか、そんな相手の身分や肩書きなどはどうでもいいらしい。
ただひたすらに牧野が気にするのは────バスト、だった。

司が相手にした女性の胸は大きかったか否か。
馬鹿馬鹿しいことに、これが今の牧野にとっての懸念事項らしい。

今もそうであるように、司の周りには自信に満ち溢れた女性ばかりで、司はその中から選びたい放題であったはず。きっとスタイル抜群の女性ばかりを相手にしてきたに違いない、と牧野は言う。

つまるところ、そんな完璧なスタイルを持つ女性ばかりを相手にしてきた司は、自分なんかでは到底満足しないんじゃないか。いずれ、そんな女性たちと関係を結ぶのではないか、と牧野は真剣に悩んでいるわけだ。或いは、司の女性遍歴に対して、イジケているとも言える。

確かに牧野は、残念ながら巨乳にはほど遠い。
しかし、高校生の頃に比べたら、丸みを帯びた体型になっている。
直に見たこともなければ触ったこともないから定かじゃないが、少なくとも洗濯板だった十代の頃よりは成長しているはずだ。
だいたい司は、中身が牧野なら、洗濯板だろうが抉れていようが関係ない。どんな牧野でも間違いなく欲情すると、俺が保証してやってもいい。
だが、当の本人だけは納得せず不安がり、だから司は常日頃から言い聞かせている。

『胸なんか関係ねぇ。俺は大きいのは好きじゃねぇし、そんな女はいなかった⋯⋯⋯⋯はずだ
感情が動かされた女もいなければ、顔だって名前だって覚えてねぇよ。俺にはおまえだけだ。つくし以外の女なんて考えらんねぇ。他の女相手じゃ、勃起不全になる絶対の自信がある!』

牧野の不安を取り除き安心させるために司は、日ごとこんな馬鹿げたことを説いているわけである。

そう言われた牧野も心底納得している訳じゃなさそうだが、取り敢えずは、どんな女が司に近づこうとも、動じることなく表向きは落ち着き払っているように見える。
婚約者に『勃起不全』と声高に言わせてしまう女だとは、誰にも気付かれない程には。

そんな人知れずコンプレックス抱く牧野を連れての挨拶回りも一段落し、少し休憩を取ろうと料理が並ぶ方へと場を移せば、程なくしてそれは耳に入ってきた。

「まーきの! 今日も可愛いね」

これは牧野の相方の台詞じゃない。
司だけでも面倒なのに、俺の周りには『牧野、牧野』と騒ぐバカがもう一人いる。俺には見向きもしない⋯⋯類だ。

幾ら青筋出現率が低くなったからって、牧野に気安く『可愛い』なんて言うな! 司が怒り狂うだろうが!
そう心配はしても、口には出さない俺。言うだけ徒労に終わる。
どうも類は、司が怒るのも含めて楽しんでいるきらいがある。その楽しみを類が止めるはずがない。
一人そう悟る俺の隣では、牧野が嬉しそうに顔を綻ばせた。

「花沢類! いつ来たの? 来るって訊いてたのに姿が見えないから、どうしたのかと思ってた」

「仕事が押しててさ、今、来たところ」

ニコっと笑って類は言うが、来たばっかの足で、牧野の元に一直線とは、どうなんだ、それは。と眉を顰めたくなる。
挨拶は良いのかよ?
ついつい、喉元に小言が迫り上がるが、所詮、暖簾に腕押し、糠に釘。言ったところで無意味だ。

どうせ俺の話なんて、誰も聞きやしない。
どいつもこいつも、クソったれがっ!

酒の入ったグラスに手を伸ばした俺は、小言も愚痴も、酒で無理やり流し込んだ。


疲労も重なってやさぐれていたのも束の間。
招待されていたらしい総二郎や滋に桜子、それに後から司も合流し、周囲の目を避け、会場の隅っこで皆で集まる。
話に花を咲かせ、場は一気に騒がしくなった。
尤も、他のメンバーと違って、花を咲かせる場所が頭の中でしかない司だけは、ひたすら牧野一筋に話かけている。
俺たちの存在など軽く無視の司は、牧野が「トイレに行ってくるね」と、場を離れて初めて、会話に参加するという友達甲斐のなさだ。

牧野が居なくなって漸く司とも話が成り立った頃、しかし、再びそれが途絶えた。

一人の女が近づいてきたせいで⋯⋯。

ここは会場の端っこ。
なのに迷うことなく、狙いを定めたように真っ直ぐ向かってくる女は、やがて司の前に立つと妖艶に笑った。

「お久しぶりですわ、司さん。ずっとお会いしたかったのよ」

久しぶりと言うからには、以前にも二人が面識あることを示している。
余裕有り気な笑みを見れば、相手がどんな女であるかは、容易く想像がついた。
つまり────司の昔の女。

空気が一気に張り詰める。
この場には牧野もいる。トイレに行ってるとはいえ、戻って来るのは時間の問題だろう。
何より、昔の女云々を差し引いても『不味い』と思うのは、俺だけじゃないはずだ。
何せ、この女。牧野とは違いすぎる。

即ち────胸がでかい。

走らせたら、ブルンブルンと揺れる迫力ある大きさだ。
これは非常に不味い!

牧野のコンプレックスを刺激するには、お釣りが出るほど充分で、『牧野、まだ戻って来るんじゃないぞ!』と心で願う俺は、巨乳と虚乳が鉢合わせするかもしれない危機を前に、ゴクリ、と喉を鳴らした。

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  • Posted by 葉月
  •  4

Comment 4

Sat
2021.10.02

-  

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2021/10/02 (Sat) 10:19 | REPLY |   
Sun
2021.10.03

-  

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2021/10/03 (Sun) 00:11 | REPLY |   
Tue
2021.10.05

葉月  

あ✤ 様

こんばんは!

とんでもないです!
こちらこそ、睡眠の妨げをしてしまったのではないかと⋯⋯。
眠いところにも拘らずコメント頂けたこと、申し訳なく思いつつも本当に嬉しいです(≧∀≦)
お気持ちもしっかりと受け取らせて頂きました!

相変わらず不憫なあきらくん。
仰る通り、頭皮が心配です。
もしかすると、私達が知らぬ間に増毛してるやもしれません!

こうなったら全部公開しますので、最後まで宜しくお願い致します。

コメントありがとうございました!

2021/10/05 (Tue) 20:44 | EDIT | REPLY |   
Tue
2021.10.05

葉月  

オ✤✤✤✤ 様

こんばんは!

楽しんで貰えたようで良かったです(*^^*)
あんな台詞を言うようになった、つくし。
本編でも、笑顔も表情もなくすというキャラにしてしまったのに、さらに性格をイジってしまいました(;・∀・)
しかも、今更ながらにコンプレックスを抱き、イジケている模様です。
果たして、女の戦いは如何に!?
間もなく戦いのゴングが鳴りますので、応援宜しくお願い致します。

コメントありがとうございました!

2021/10/05 (Tue) 20:46 | EDIT | REPLY |   

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