手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 1.
こちらは、『手を伸ばせば⋯⋯』の続編になります。
但し、本編とは趣が異なりますますので、それでも大丈夫な方様のみお進みになられますよう、宜しくお願い致します。
少しでも楽しんで貰えたなら幸いです。
それではどうぞ!
司と牧野の間に横たわった12年にも及ぶ溝は、一体何だったんだ。
これが、今の俺の頭に常時ある疑問である。
マンションから牧野が姿を消したあの日。野生の勘を存分に発揮し牧野の居場所を突き止めた司は、見事牧野を連れ戻すことに成功。その後直ぐ、二人揃って俺の元へとやって来た。
『あきら、俺たちやり直すことにしたから』
『色々、心配掛けてごめんなさい、美作さん』
牧野の退職届を目の前で破きながら二人の幸せそうな顔を見た俺は、不覚にも泣きそうになった。
やはり、この二人は結ばれる宿命にあったんだ。どんなに運命に翻弄されようとも、見えない糸で繋がっていたんだ、と。
やり直すことに決めた司と牧野のフットワークは軽く、その日から司のマンションで同棲を始めた二人。
残された心配は牧野の病気だけで、二人が本当の幸せを掴むためにも、一刻も早く回復するようにと、俺は心の底から願ったものだ。
その思いは司も同じだったようで、直ぐにでも治療が開始できるよう、既に評判の良いカウンセラーを選出してあって準備万端。破格の報酬を支払い、早速、司のマンションに毎晩来てもらう形で治療は始まった。
勿論、牧野の傍らには必ず司がいた。
フォローしてんのか邪魔してんのか、片時も牧野から離れようとはしない。
牧野の不安を取り除くためには必要な行為だと持論を展開する司は、時に手を繋ぎ、時に愛を囁き、時に抱きしめて、最悪なことに、カウンセラーの前で濃厚なキスまで披露する始末。おっ始めなかっただけ褒めてやるべきか。と、危うくこちらの判断まで歪みそうになるほどの執着ぶりを見せた。
兎にも角にも、
『思ったことは何でもいい。些細なことでも口にしろ』
と、こうして司が何度も何度も牧野に言い聞かせる中治療は進み、牧野は劇的な早さで回復していった。
が、反比例して病んだ様子の人物が一人。カウンセラーだ。
『愛の力は絶大です。しかしながら、今回ばかりは自分の仕事のあり方について深く考えさせられました』
そう言って落ち込み気味。
つまり、自分の力で治したと言うより、出しゃばる司が回復に導いたのではないかと、自信喪失したわけだ。
カウンセラー悩ませてどうすんだよ。
まぁ、何はともあれ、牧野が回復したことは喜ばしい。
今では、すっかり明るくなり元気を取り戻した牧野は、悪夢を見ることもなくなったと言う。
全ての憂いを取り払った二人からは、長きに渡る辛い日々の影など微塵も感じられない。
ここに至るまでの山あり谷ありを、完全に忘れ去ったようだ。⋯⋯目に余るほどに。
今の二人は、周りの目を無視しての熱々ぶり。見てるこっちが胸焼けしそうな糖分量で、要は、世間で言うところのバカップルってやつを素でやっている。
司曰く、
『十年以上も離れてたんだ。当然だろうが』
当たり前のように主張するわけだが、モノには限度ってもんがある。
尤も、司のデレ振りは、俺たちの想定内ではあった。
本来、独占欲の塊みたいな男だし、あれだけ牧野に惚れ込んでるんだ。鼻の下の伸び具合も、伸縮性を失ったゴムのように伸びきるだろうことは予想した。
だがしかし。しかしだっ!
牧野の変わり様は何なんだ!
司が記憶喪失になり、やがて笑顔が消えてしまった牧野は、誰にも相談せずに海外留学し、それからは仕事一筋。司と再会してからも完全なるポーカーフェイスで、司のアプローチにも、冷ややかな視線と共に、けんもほろろにキツい言葉で突き放して来た。
その牧野が、だ。
プライベートに於いては驚くほどの様変わりを見せた。
思ったことは頭まで持って行かずに何でも口にするようになり、司に甘え、司限定でワガママを言うようになった。
────第三形態、天然牧野の誕生である。
カウンセラーを差し置き、でしゃばった司の愛なのか毒なのかに冒され、マインドコントロール下に置かれてるんじゃないかと心配になるレベルの変わりっぷりだ。
十年以上の長きに亘り築き上げてきた殻から脱却した途端、人はこんなにも変化を遂げるのだろうか。まるで生まれ変わったようだ。
高校生の時は意地っ張り。
ここ十数年は、クールで出来る女。
そして今、壊れたキャラ。
『思ったことはなんでも口にしろ』と諭した司の言うことを忠実に守っているせいで、思うがままを口にするようになった牧野は、大変おかしなことになっている。
凡人の理解の範囲を軽々しく超えて、どこまでも進化を続ける牧野である。
⋯⋯いや、これは退化か。
しかし、この振り幅があり捲りの変わり様でも司は全くぶれず、満遍なくどの牧野も愛していると言って憚らないのだから凄い。
『一人で3度味わえるなんてお得だろ? 俺は幸せモンだ』と、何処までもその思考はプラスにしか働かず揺るぎもしない。
どうやら俺は司を誤解していたようだ。
直ぐにキレるし、ヤキモチ焼きだし、常々小さい男だと思ってきた。
が、それは訂正しなければなるまい。どんな牧野を見ても惚れる司は、きっと器のでかい男に違いない。
────そんな変化を遂げたバカップルが、今、俺の前にいる。
用もないのに何故か俺の家に押しかけて来たこいつらは、さっきから俺の存在など完全無視で、二人だけの世界に浸っている。
「やっぱり美作さんのお母様が作ったケーキは美味しい! ほら、司も食べてみて? はい、あーん」
⋯⋯俺は一体、何を見せられているのだろうか。
デカい図体の猛獣に餌を運ぶ天然牧野。
司もバカみてぇに口開けて待ってんじゃねぇよ!
ついでに牧野は、司の口の周りにわざとクリームをつけて遊びだす。
「つくし、取ってくれよ。その可愛い唇で」
「しょうがないなぁ」
牧野が司に顔を寄せたところで、俺は目を伏せた。
おまえら、幾つだ!
つーか、俺のお袋が作った、あっまーいケーキだぞ? 司、甘いの嫌いだろうが! 牧野だって知ってんだろ。
牧野も大人になってからは、甘いモン食べなくなってたはずなのに、性格が変わると味覚まで変わんのかよ!
突っ込みどころ満載だが、要は、この二人にとって味なんざ二の次。
二人でベタベタイチャイチャ出来れば良いわけで、そんなもんは、同棲生活送ってるおまえらの家でやってくれって話だ。
わざわざ人ん家に来てまでやるな!
そう内心では思いつつも、実際には高校の時から牧野を知っている俺としては、あまりの変わりように口をあんぐりと開けるばかりで、文句の一つどころか、からかうことすら出来ない。
俺だけじゃない。司だって、最初は驚いたようだ。
だが、好きな女に甘えられるのは殊の外嬉しいんだろう。
どんな牧野でも満遍なく愛せるとは言っても、今までが今までだ。
意地っ張りだった高校生時代や、最近までは射殺せんばかりの冷たい目を宿していたんだ。
それが今じゃ、自ら司の腕に自分のものを絡ませ、肩に頭を凭れかけたりと、過去からは考えられない甘えっぷり。
お陰で司は、デレデレと目尻が下がりっぱなしの締まりのない顔を晒し、だらしない男へと成り下がっている。
牧野が可愛くて仕方ない司の頭ん中は常にお花畑なのか、額に青筋を浮かべることも少なくなった。
こんなニヤけた姿、昔、おまえが遊んでいた女どもが見たら、泣いてがっかりするぞ!
大体がだな、アラサーの男女が、揃いも揃ってなぜ幼稚に後退していく!
────しかし。
この時はまだ知らなかった。
いや、油断していたと言ってもいい。
天然牧野と言えども、そこは確実に歳を重ね、酸いも甘いも経験して得た思考の持ち主であったことを。
牧野の変貌ぶりに気を取られるあまり、いざとなったら賢い────もとい、怖い女であることを、俺たちはすっかり失念していたのである。

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