その先へ 20
急に何を思いたったのか、道明寺から突然、夕食に誘われた。
こんなことは再会してから初めてで、あまりの想定外に、丁寧に断りを入れてはみたけれど、言い出したら聞かないのは昔と同じ。
『行かねぇなら、今夜は飯食わねぇ』
まるで、子供みたいに駄々をこねる。
更には、西田さんという援軍まで引っ張り出し、
『今夜は残業ということで、夕食の監視もお願い致します』
と、頭を下げられた。
正直、引け目もあった。
ランチの監視を放棄した上に、取った態度は最低だ。
でも、あの光景を見てしまったら、普通でなんていられなかった。
12年前のトラウマがある。
見たくはなかったし、現場である執務室に居るのも、穢らわしくて嫌だった。
何より、目撃された本人が動揺もしていなければ、私の不機嫌さの原因すら、全く分かってないらしいことに腹が立つ。
意図的ではないにせよ、人のラブシーンを見せられた私の不快さなど思いも寄らないのは、あの場所でのあのような行為が、日常的に繰り返されてるからだと穿ってしまう。蔑んでしまう。
最低だ、不潔だ、非常識だと心で罵りながら、今日は、ずっと道明寺にあたっていた。
原因が分からずとも、気にかけてくれる道明寺の気持ちなんてまるで無視で。
でも、本当は自分でも分かってた。
あんな場所で非常識だ、って思いは確かにあるけど、そうじゃない。
私が嫌だったのは、そんなことじゃない。
あの二人のあんな光景を見るのは、これで二度目だ。
12年前を思わせる。
あの日の苦しさが蘇ってしまう。
何よりそれが一番嫌だった。
道明寺が幸せなら良いって思うのに。
道明寺に幸せになって欲しいって願うのに。静かな八つ当たりをする私は、どこまでも勝手だ。
そうは思っても、今度は普通に接するきっかけを見つけられない。
どうして良いのか分からなくなってしまう。
そんな時だった。
外出先から戻って来た道明寺が、差し入れを買って来てくれたのは……。
何も言わずに、『それでも飲んで機嫌直せよ』って言ってくれて。
どんな顔して買ったんだろう。
大抵のことは、人任せで生活するのが当たり前の環境にいる道明寺が、あんな店に行くなんて初めてだったはずだ。
あんな生クリームが乗ったものを、世間ではクールな男と言われてるアイツが自ら買うなんて。
何を買って良いのか分からずに、きっと生クリームが乗ってるものを全部買って来ちゃったんだと思う。
私が以前に買ってきたからと。
それを想像したら、可笑しくて、可笑しくて、可笑しくて………………、堪らなく嬉しかった。
心が回復していく。道明寺の優しさに。
涙を浮かべて爆笑して、笑ったせいなんかじゃなく浮かんだ涙を、そっと拭った。
「おまえ、酒は飲める方か?」
だから、こうして大人しく付いて来た。
八つ当たりをした反省の意味も込めて、『彼女を誘った方が良いんじゃ……?』って素朴な疑問も呑み込んで。
「好きだけど弱いんだよね」
道明寺に連れて来られたのは、メープルのフレンチで個室が用意されていた。
本当は、もっとカジュアルなところが良いけれど、今日の行いを鑑みれば、主張する立場にないと自身を窘め口を噤む。
「じゃあ、軽くだけ付き合えよ」
「うん。副社長も飲み過ぎないように!」
「最近はそんな飲んでねぇんだから、たまにはいいだろ」
そう言って、さっさとシャンパンをオーダーする姿は、流石に手慣れてる。
料理も道明寺任せで、夕方に頂いた甘い差し入れをガッツリ飲んだ私の要望に合わせ、フルコースではなく、アラカルトからチョイスしてくれた。
運ばれて来たシャンパンクーラー。
そこから顔を出すボトルは、珍しいタイプのものだった。
ボトルの表面全てに於いてがフラットじゃない。
黒いボトル全体が凹凸となっていて、大豆ほどの大きさのものが窪みを作っている。
「なんか……手榴弾みたいだね」
ポツリ溢す私に、吹き出す道明寺。
「ブラックパールにインスピレーション受けて作られたボトルも、おまえにかかれば手榴弾かよ」
「私に美的センス求めないでよ。全く持ち合わせてないんだから!」
「みてぇだな」って笑う道明寺は、店の人を下がらせて自らサーブしてくれる。
フルートグラスに注がれるシャンパンは泡立ちもよく、今まで飲んだことのあるロゼの色とは違い、どちらかと言えば、ベリー系の赤に近い濃い色をしていた。
「パルムドールのロゼだ。取り敢えず、飲もうぜ」
二人グラスを掲げて乾杯して、一口含む。
「わ、美味しい」
思わず零れる感想に、道明寺は満足そうにまた笑みを重ねた。
「だからって、ぐいぐい飲むなよ。シャンパンは酔いの回りが早ぇからな」
「監視役が注意された!でも本当に美味しい」
注意されたそばから、またグラスを口につける。後味が良く本当に飲みやすい。
それからも、口に含むのは少量だけと気を付けながらも、何度もグラスに手を伸ばして……。
そのせいか、今日の自分の態度など彼方に飛ばし、気分が上昇した私と道明寺とのディナーは、今までになく話が弾んでいった。

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