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手を伸ばせば⋯⋯ 43



しまった!

差し込む光に誘われ目を開ければ、自分が犯した失態に気づき慌てる。
横向きに寝ていた腕の中、そっと見下ろす先にいるのは、俺の胸に顔を埋めて眠る牧野で────。

どうやら俺は、あのまま寝ちまったらしい。

昨夜あれから、腕の中で眠る牧野の頭をずっと撫で続けていた俺は、流石にいつまでもこうしているわけにはいかねぇと、眠る牧野をベッドに運んだ。
だが、静かに牧野を下ろし離れようとした刹那。牧野が俺の服を掴み、胸に顔を擦り寄せてきた。
そんなことされて俺が離れられるわけもなく、再び牧野を抱きしめ一緒に横になった。

牧野の手が俺から離れるまでだ。離れたらソファーに移るから、と誰に言ってるんだが自分でも分からねぇ言い訳を心で繰り返し、なのに結局、いつの間にか俺も眠りに落ちてたようだ。

やべぇ。牧野が目を覚ます前にベッドから出ねぇと。

まだ起きる気配のない牧野を横目に見ながら、極力振動が伝わらないよう、そっとベッドから這い出る。
一晩中、牧野の温もりに触れて胸の鼓動の早打ちが収まらねぇ俺は、気持ちを鎮めるため、シャワーを浴びようとバスルームに直行した。







ふと、心地良い温もりが薄れた気がして、意識が浮上する。
そっと開いた目に映るのは、いつもの見慣れた光景とはまるで違っていて、ワンテンポ遅れて、そうか、道明寺のマンションか。と自分の置かれた状況を思い出す。
同時に、徐々にクリアになっていく頭は、『そうだ、私』と、昨夜の記憶も甦った。

そうだ、私。昨夜も夢を見たんだった。

多分、それを道明寺に見られた。
やらかした。そう嘆いたところでもう遅い。
その後は、夢から覚めた私を何故か道明寺が抱きしめてきて⋯⋯、そこでぷつんと自分の記憶が途絶えていることに気づく。

⋯⋯まさか、あのまま私は、また寝たの?

今自分がいる場所はベッドだ。
再び眠りについた私を、道明寺がベッドまで運んでくれたということか。

初めてだ、こんなことは。
あの夢を見た後は、絶対に眠りになんてつけないのに、初めての経験だった。
しかも、何だかぐっすり眠れた気がする。こんなによく眠れたのは、いつ以来だろう。
自分が深い眠りについていたことに唖然として、上半身を起こしたまま固まる。

「おぅ、起きたか?」

突然、寝室のドアが開かれ、濡れた髪を拭きながらバスローブ姿の道明寺が顔を出す。
お風呂に入っていたらしい。

「お、おはようございます⋯⋯あの、支社長、」

「待て、支社長は止めろ。今は仕事中じゃねぇ」

「分かった。⋯⋯じゃあ、道明寺?」

「どうした?」

髪を掻き上げながら私を見る道明寺に訊く。

「あの⋯⋯、ごめんなさい。ベッドに運んでくれたんでしょ?」

「あ? あ、あぁ」

お風呂上がりだからか、道明寺の顔がいつもより赤い。
赤い顔のまま、

「朝飯、準備してあるから一緒に食うぞ。用意できたらおまえも来い」

早口で告げた道明寺は、足早に寝室を出て行った。
なかなか起きない私を待ってくれていたのか。急いで出て行くところを見ると、相当にお腹を空かせているのかもしれない。そう思い、私も慌てて準備を始めた。







タマが用意した服に着替えてダイニングにやってきた牧野は、昨日より随分と顔色が良い。

「まだ頭痛むか?」

正面に牧野が腰を下ろしたところで、真っ先に確かめるべきだったことを訊ねる。
さっき訊くつもりでいたのに、牧野からベッドに運んだ礼を言われて瞬時に動揺。一緒に寝ちまってた気恥ずかしさと疚しさから、逃げるように寝室を出てきたために訊けずにいた。

「昨日よりは、少し良くなったわ」

「そうか。だったら朝飯はちゃんと喰えよ? 夕べはろくに喰ってねぇし」

「⋯⋯うん」

我慢強い牧野が、ここ数日辛そうにしていた姿は、見ている俺にとってもしんどかった。
今こうして食事する牧野を見て、心底安心する。
もし牧野が重病だったとしたら⋯⋯、そう考えるだけで鼓動が止まりそうになる俺は、牧野が元気でいてくれさえすれば、それ以上は何も望むべきじゃねぇ。

「どうかした?」
「いや、なんでもねぇ」

少しだけ回復した牧野を見ながら考えていた俺は、食事するのを忘れたらしい。
牧野に言われて慌ててフォークを持った俺は、誤魔化すように話題を別に振った。

「それより牧野、なんの夢見てたんだ? すげぇ魘されてたけど、大丈夫か?」

「⋯⋯⋯⋯私、何か言ってた?」

「悲鳴上げてた。それから、俺がどうとか」

牧野は手にしていたフォークを置くと、急に畳み掛けるような早さで話し始めた。

「よ、よく覚えてないけど夢なんてそんなもんでしょ? 起きた途端に忘れちゃって全く覚えてないとか、よくある話よ。だからあまり気にしないで? 寝ぼけて迷惑掛けたかもしれないけど、それはただの寝言で大したことじゃないから」

あまりの早口に思わず牧野を凝視する。

「何よ?」

「いや、良く喋るなって思ってよ。もしかして、寝ぼけてるとこ見られて、動揺してんのか?」

俺の言葉に反応して一瞬だけ寄せた眉を元に戻すと、

「動揺? 私が? そんなものするはずないじゃない。縁のないものだわ」

表情も話し方も、もういつものクールな牧野そのものだった。




俺は、牧野がうちにいる間の日曜まで、自宅で仕事を出来るよう西田に指示してある。
西田は反対するでもなく寧ろ協力的で、スケジュールを調整してくれた。
だが、仕事内容に至っては一切の遠慮なし。これでもかってほど送り込まれた書類と、オンラインでの打ち合わせもある。
それらをこなさなくてはならない俺は、牧野にゆっくり休むよう告げ、朝食後からはずっと書斎に籠もりっきり。
昼はまた牧野と共に摂ったが、終われば直ぐに書斎に舞い戻り仕事に向き合っている。

時計を見れば、午後3時近く。
一旦、休憩入れるか。と、凝り固まった首を回し、両手を頭上に伸ばす。
会社でなら、西田が頃合いを見計らってコーヒーを持ってくるが、ここじゃそうはいかねぇ。
使用人はいるが、逆に仕事の邪魔をしねぇようにと、こっちが何か言わない限り部屋にも近づかない。
寝室にいる牧野の様子見がてらコーヒーを用意させるか。そう思ったとき、寝室と繋がっている方とは別、廊下側に面したドアが叩かれた。

「入れ」

タマが気を利かせて茶の用意でもしてきたか、そう思いながら応じれば、

「仕事中にごめんない。コーヒー持ってきたの」

顔を出したのは牧野だった。

「そんなの使用人にやらせろ。病人が無理してどうすんだ」

立ち上がり、牧野が持ってきた手から素早くトレーを引き取る。

「もう眠れないし、やることもなかったから」

ったく、まだ頭痛だって完全に引いてねぇっつうのに。大体、貧血っつうもんも直ぐに良くならねぇんじゃねぇのか?
そんな俺の心配を余所に、牧野は書斎にある本棚に目を向けている。

「暇なら本でも読むか? 読みてぇのあんなら、勝手に持ってって読んでいいぞ」

「いいの?」

「あぁ」

ここには仕事関係の書物から娯楽的な本まで、様々なジャンルが置いてある。
牧野は食い入るように棚を眺めると、シリーズ物の小説である文庫本の一冊を抜き取った。

「これ借りていい?」

「あぁ。ベッドで横になりながら大人しく読んでろ」

「うん、ありがとう」

そう言って、素直に言うことを聞き寝室に戻っていった牧野だったが⋯⋯。

「道明寺? また本借りても良い?」 

一時間も経たない内にまた顔を出した。
そして、大して間を置かずして三度目となる本を借りに来たとき。

「おまえ、もうここで読め」

「あ、ごめんなさい。何度も出入りしたら気が散るわよね」

「違ぇよ。そんなに行ったり来たりしてたら、おまえの体が休まんねぇだろ。つか、読むの異常に早くねぇか?」

「学生の頃、本ばかり読んでたから速読が身についてるの」

俺はリビングから小さいソファーを運び入れ、そこで本を読ませることにした。
わざわざここで読ませなくても、纏めて何冊か持って行かせればいいだけのことだが、牧野はそれにも気づかぬほど本に夢中だ。
俺も敢えて何も言わず、牧野がいる空間で仕事を再開した。


夜の7時近くになって、今日すべき仕事に区切りを付ける。
牧野にも、いつまでも本を読ませるわけにはいかねぇ。頭痛が悪化でもしたら大変だ。

「牧野」
「⋯⋯⋯⋯」

声を掛けても気づかねぇ凄まじいまでの集中力。
仕事をしながらページを捲る音を耳にしていたが、その速さは尋常じゃねぇ。
凄い勢いで本を読み漁っている。
小説だけじゃなく、経済本まで同じスピードで読んでたくらいだから、その速さを生かして今まで大量の知識を詰め込んできたのかもしれねぇ。

「おい、牧野⋯⋯。牧野!」
「え⋯⋯道明寺⋯⋯、あ、仕事終わったの?」

やっと本から顔を上げた牧野は、本にのめり込みすぎて俺の存在を忘れてたっぽい。

「いつまで読んでんだ? そんなに読んで疲れたんじゃねぇか? 頭の痛み酷くなってねぇ?」

「ごめんなさい。私、活字中毒みたいで。頭痛の方は大丈夫。酷くはなってないから」

しかし、これ以上は駄目だと本を取り上げ、続きは明日にしろと告げると、二人で夕食を摂ることにした。


食事を終えバスも済ませると、牧野を早々にベッドに押し込む。
俺は、まだ時間が早いってのもあるが、昨夜、牧野を抱きしめて眠った罪悪感もあって、仕事を理由にして書斎にこもった。
とっくに仕事は終わっていたが、牧野がぐっすり眠りについてから寝室に戻るつもりで、時間潰しに一人酒を飲む。

日付も変わった頃、いい加減牧野も熟睡しているだろうと、寝室のドアを開けた俺は、

「ぃゃ…………ぃゃぁー」

牧野の様子に息を呑んだ。

嘘だろ? またなのか?
牧野はまたもや魘されていて、俺は急いで駆け寄った。
まだ声は小さいものの、眉間に皺を作った牧野の顔は苦しそうで、息づかいも乱れている。
起こした方がいい。そう判断し口を開き掛け、しかし、考えを変えた。
何も言わずに牧野の隣に体を滑り込ませ、魘され続ける牧野を引き寄せて、しっかりと胸に抱く。

「大丈夫だ、牧野。何も怖くねぇから。俺がいる。大丈夫だ」

何度も何度も言い聞かせ、牧野の髪を撫で続ける。
小さな唸り声はやがて消え、呼吸の乱れも徐々に落ち着いてくる。
それでも頭を撫で続けていれば、やがて牧野から苦悶の表情はすっかり消え、あどけない少女のような顔で静かな寝息をたて始めた。

どうしてこんなに夢で魘されるんだ?

心配になるものの、同時に胸に湧くのは、腕に包まれ安心しきって眠る牧野への愛しさと、抗いきれねぇ幸福で。
断ち切れない幸せの中、俺は牧野の額に掠めるだけのキスをした。

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  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Fri
2021.07.23

-  

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2021/07/23 (Fri) 06:29 | REPLY |   
Fri
2021.07.23

葉月  

ぽ✤ 様

こんばんは!

緊急事態とはいえ、一緒に過ごすことになった二人。
流石につくしもピリピリとした雰囲気は作らず、場合が場合ですから一旦休戦といったところでしょうか。
本を読むところでは、あわや飲み込まれそうになったぽ✤さん!笑
我に返りご自身に突っ込まれるのを勝手に想像してしまいました(*´艸`*)

ご指摘もありがとうございます。
何度も読み返してはいるのですが、目が滑ってしまうのか、駄目ですね(T_T)
お陰で助かりました。
直ぐに手直しさせて頂きました。
また見つけました時には、こっそり教えて下さいね。

コメントありがとうございました!

2021/07/23 (Fri) 19:16 | EDIT | REPLY |   

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