その先へ 19
急に立ち止まった俺の後ろには、西田と黒の塊SP集団。
立ち止まる一行に、エントランスに居る者達からの視線を集めても気にもならない。気になるのはただ一つ。
「副社長、どうかなされましたか?」
「あそこに寄ってく」
西田が俺の視線を追う。
「あのカフェですか? 」
内心、驚いてるのかもしれないが、それどころじゃないと歩き出すと、黙って西田も付いてきた。
前に牧野が買って来たのは、多分この店だろう。
「あそこで注文すんのか?」と西田に確認してから、並ばすにレジに進めば、あいつが嬉しそうにしてた顔を思い浮かべて店員に注文した。
「生クリームが乗ってる、冷たいドリンクあるか? テイクアウトしたい」
それで通じると思ったのが甘かった。
どうやら生クリームが乗った飲みもんは何種類かあるらしく、ドリンク名を色々と言われたところで分かるはずもない。メニューを見てもそれは同じだった。
「生クリームが乗ってるの全種類くれ」
と言えば、サイズは?と返される。
面倒くせぇったらない。
「一番でかいのだ」
何でもデカイ方がいいだろ。
何とか買い終えた俺は、足早にエレベーターに乗り込み、手にした紙袋を覗く。
牧野の好物はどれだ? と覗いた中には六種類のドリンクが並ぶ。
その中から緑色のドリンクを一つ見つけ、これはねぇーな、と脳内で排除する。
他は、みんな似たり寄ったりの茶色で、牧野が買って来た時も、そんな色をしてた。
確か、あれもコーヒーだとも言ってたし。
牧野が選んだドリンクは、ちゃんと覚えとくか。何故だか、そんな考えが自然と浮かんだ。
「牧野さん、喜んで下さると良いですね」
西田の見透かした一言が鬱陶しい。
そんなもんは聞こえないふりだ。
フロアに着くと、まだ先にある見渡せる秘書課に視線を走らせ、コピー機の前に立つ牧野を見つける。
良かった。
アイツのことだから、秘書課にいるとも限らない。
最悪、あちこち探す羽目になるかと思ったが、その手間が省けた。
牧野は、秘書課の男に背後から声を掛けられてるようだが、気付かねぇのか、肩を叩かれた瞬間ピョンと跳ねて驚いてる。
どんだけボっーとしてんだよ!
口元が緩みそうになりながら、正面に辿り着き声を掛けた。
「牧野、俺の部屋まで来てくれ」
そう言って立ち去る間際、牧野の肩に触れた男に軽く睨みを入れていた気がする。
今、俺睨まなかったか?と、うっすら自覚はあるも、あっさり直ぐ忘れ、執務室へと入って牧野を暫し待つ。
牧野とランチをする時に座るソファーへと身を沈めれば、丁度、牧野はやって来た。
「ご用でしょうか」
「おう」
やっぱり表情に変化なしか……。
気を取り直して、ソファーの前のテーブルにある紙袋を差し出した。
「牧野、好きなの選べ」
「……え?」
「おまえに差し入れ。おまえが好きなのどれだ? なんなら全部でも良いぞ?」
少し驚いたように目をパチクリとさせた牧野は、紙袋の中を窺う。
「私に?」
「おぅ。なんか分かんねぇけど……、それでも飲んで機嫌直せよ」
「もしかして、気にして買ってきてくれたの?」
そうストレートに言われても困る。
確かにそうだ。なんでらしくもないことを俺はやってんだよ、と戸惑いが生じ視線を外す。
「あぁ」とだけ短く返して、ソファーの背に腕を乗せ、照れ隠しにふんぞり返った。
「副社長、これ自分で買って来たんですか?」
「当たりめぇだろ」
そっぽを向いて答えれば、広がる沈黙。
やっぱり、こんなんじゃ機嫌は直らねぇか、と次はどうするか思案してみれば、突然、予想外に聞こえて来る、牧野が吹き出し笑う声。
「ぷっ、あははは!」
おずおずと目線を向けると、涙まで浮かべて笑ってる。しかも爆笑は止まらない。
何がそんなに可笑しいのか分かんねぇけど、取り敢えず、機嫌は直ったってことか?
やっと収まったのか、目元を拭った牧野がにこやかに言う。
「副社長、ありがとうございます。丁度、甘いもの欲しいな、って思ってたんですよね! 遠慮なく頂きますね!」
「どれにしよっかなぁー! 」なんて選んでんのは、いつもの牧野だ。
鼻歌まで聞こえてきそうなほど、機嫌良く喜んでるように見える。
「これにしちゃおうかなー!」
まさかのそれかよ。その緑選ぶのか? おまえの好物、何種類あんだよ──────突っ込み所はあるが、何でもいい。
「副社長が買ってるの想像すると笑えてくる!」
おまえ、俺の気遣いを笑う気か? さっきの爆笑は、想像しての結果か?──────失礼な奴だと言ってやりたいが、それでもいい。
「流石に全部は飲めないので、秘書課の皆さんにもお裾分けしますね。でも、男の人は甘いの嫌かなぁ」
その嫌がるかもしんねぇのを、俺に持って来たのは、どこのどいつだ──────嫌みを返したいが、牧野が笑ってんならそれだけで良かった。
牧野の笑顔に胸を撫で下ろす自分は、どこかおかしい。
反面、おかしくても良いと思った。
こいつから表情が消えるよりは。
「後でお礼に、飛びきり美味しいコーヒーを淹れてきますね!」
牧野の弾けた笑みが俺を眩しく照らす。
引き出されるように、俺からも笑みが生まれた。
夢を見てる時の束の間のように、心が解(ほぐ)れる。
だからか、自然と口をついて出ていた。
「牧野、今夜付き合え。メシ行こうぜ!」
何故だかなんて分かんねぇ。
分かんねぇが悪くない。
怒った顔も、呪文の薄ら笑いも、美味しそうに食べる姿も、こうした笑顔も、コロコロと表情が変わる牧野を見るのは嫌じゃない。
何かを求めることにも、もう疲れていたのに、この時間がもっと長くあれば良いとさえ思う。
夢の中の刹那じゃなく、空虚であるはずの現実の中で。

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