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手を伸ばせば⋯⋯ 32



滋さんと一緒にいる彼を見て瞬時に悟る。

「久しぶりだな、牧野」

「ええ、お久しぶり。⋯⋯滋さん、もしかして引き抜いたのって⋯⋯」

「そうなの~! 彼だよ!」被せ気味に滋さんがはしゃいだ声で答える。
思った通りだ。

「優秀な人がいるって人伝に訊いて、どうしても欲しくなってさ。でもまさか、すんなりOKもらえると思わなかったから、本当ラッキーだったよ」

私にしてみても『まさか』だ。
またこうして会って仕事まで一緒にすることになるなんて。

「司、あきらくん、改めて紹介するね。こちらは佐々木直哉くん。私たちと同い年で、つくしとはNYの会社で同期だったんだよ。ね、つくし?」

ただの同期ってわけではなかったけれど。それは語らず頷き返す。

「初めまして、佐々木です。道明寺支社長や美作副社長とご一緒でき光栄です」

直哉の挨拶が済むと、

「つくし、佐々木くんを任せて良いかな? プロジェクトに必要なこと教えてあげてくれる?」

滋さんに後を頼まれ、断るのも不自然で了承した私は、直哉と向き合った。

「佐々木さんのことだから、大体は頭に入れてきてるわよね?」

仕事は出来る男だ。日本行きを決めた時点で必要な情報を入手し、寝る間も惜しんで頭に叩き込んできてるはず。

「勿論、直ぐにでも動けるよ」

「そう。だったら、部署で簡単な説明だけするわ。一度で理解して」

打ち合わせがあるトップ三人に挨拶をして、直哉を引き連れ執務室を後にした。



「元気だったか、つくし。まさかいきなりつくしと会えると思わなかったから驚いた」

支社長室を出て暫くすると、直哉の口ぶりが知り合いの気さくさに変わる。

「お陰様で見ての通りよ」

「とは言っても、早速痩せただろ。大きな仕事に集中すると直ぐに痩せる。少しは自分を労れよ」

忠告は聞き流して質問をぶつけた。

「ねぇ、どうして日本に?」

「つくしに会うため⋯⋯、そう言ったらどうする?」

「興味ない」

素っ気なく返す。くだらない会話ならいらない。
そんな私の気持ちはお見通しなのか、「しかし、生の道明寺司ってのは、迫力が一段と違うな」直哉は、話題をするりと別に転じた。

「それより、つくし。道明寺司に手出されてないか? NYにいるときも言ったろ。向こうは相当な遊び人なんだから、本気で気をつけろよ?」

「佐々木さんに心配頂く必要はないわ」

「佐々木さんなんて、そんな畏まった言い方やめろって。俺たちの仲だろ?」

笑顔を浮かべて横を歩く直哉に冷めた目を送った。

「そんな関係はとっくに終わらせたけど?」

「つくしが帰国を選んだからな。でもまたこうして会った。元に戻ったっておかしくないさ」

「私にそのつもりはない」

「もしかして、もう道明寺司に惚れたとか言わないよな?」

歩いてた足をピタリと止める。

「ここは職場よ? それも道明寺支社長の本拠地。誰が隠れて訊いてるか分からない。話す内容は考えた方が良いわ。
それにあの人は、遊び人以前に仕事は思ってた以上に出来る人よ。吸収すべきところは多いし、流石だと認めざるを得ない。仕事においては信頼している。あなた以上に」

「珍しいな。つくしが誰かを褒めるなんて。NYでは、俺以外の人間を認めたこともなかったよな。それを惚れてる、とは言わないのか?」

「久しぶりの日本で言葉が不自由になったみたいね。信頼を別次元のものと一緒くたにされても迷惑よ」

再び歩き出しプロジェクト本部の部屋を目指す。
いつまでも私的な話を続けているわけにはいかない。私は、即座に頭を仕事に切り替え、プロジェクトについて今後の大まかな流れを説明していく。
直哉もまた、それ以上プライベートを語ることはなく、気持ちをスイッチしたようだった。







「気に入らねぇっ!」

牧野と佐々木が出て行くなり司が吠えた。
ふてる司の顔を覗き込むように滋が訊く。

「佐々木くんのこと? 何が気に入らないの?」

「何もかもだ、全部が気に入らねぇ! あのヤロー、牧野のこと名前で呼ぼうとしやがった!」

その上、イケメンなのも気に入らないんだろ? って言いたいのを我慢した俺を滋が見てくる。
その顔は、名前で呼ぼうとしてた? と言わんばかりで、滋は全く気づかなかったようだ。鈍いにも程がある。

「確かに呼ぼうとしてたな。けど、あの二人同期なんだろ? 仲が良くてもおかしくないだろ」

「そんなわけあるかっ! あきらだって知ってんだろうが! 昔の牧野ならともかく、今の牧野が誰かと仲良くだなんて有り得ねぇ!」

まぁ、確かに。司が言うのも一理ある。

「怪しい⋯⋯⋯⋯。絶対に、あの男怪しい」

これも野生の勘か。
だからって、文句つけたところでどうしようもない。
滋も困惑気味だ。もう契約も交わして、こうして日本へ連れてきちまったんだから。

「司? 佐々木くん、実績を見る限り仕事はかなり出来ると思うよ? 彼がいればつくしの負担だって軽くなるんだしさ」

滋の言うとおりだ。司だって牧野の体は心配だろうに。
しかし、血が昇った司には全く届かず、

「あのヤロー、ぜってぇ牧野に惚れてやがる!」

ますます喚く一方だ。
誰が誰に惚れようが個人の自由。それを止める権利など誰にもない。
第一に、おまえは今しがた失態を犯したばかりだ。
関係した女のことを覚えてないだけでも顰蹙もんなのに、その上、惚れてる女と一夜限りの女がやり合うまでに発展したんだぞ? 全部はおまえが元凶で。
それを棚上げして騒ぐ立場にあると思うのか!
そんなことよりも、やるべきことをやってくれ!

「とにかく今は仕事だ、司!」

こいつの話に付き合ってたら、いつまで経っても仕事は終わらない。
司の背中を強く押して強引に座らせ、打ち合わせを始める。
ブツブツブツブツと司からの雑音は続いたが、「牧野にチクるぞ」最後はとっておきの切り札で猛獣を黙らせた。




トップ三人での打ち合わせをどうにかこうにか片付けて、続けて、プロジェクトの進行状況を確認するため、牧野を含めたチーム全体の会議も済ませた。

これにて本日の仕事は無事終了、と疲労を乗せた息を吐き出していると、滋が俺と牧野の傍へと駆け寄ってきた。

「お疲れ~! ねぇ、つくし、あきらくん。これから佐々木くんの歓迎会ってことで、一緒に飲みに行かない?」

隣にいる牧野を見る。

「どうする牧野?」

牧野が考えている間にも、「良いじゃん!」「お願い、つくし!」「私はつくしと飲みたいっ!」滋の怒濤の誘いに気圧され、とうとう牧野が観念する。

「分かりました。少しだけお付き合いします」
「だったら俺も行くか」

俺たちの参加を確認した滋の、「よし、これで司の参加も決まりだね」と、独り言のように呟いた声を聞き逃さない。

そのためか。司より先にこちら側を誘いに来たのは。

牧野を口説き落とせば後は簡単。もれなく司も付いてくる。
あれだけ佐々木を警戒していた司のことだ。その男の歓迎会に牧野が出るとなっちゃ、面白いはずがない。仕事なんて放り出してでも自分も参加。牧野の傍から離れないに決まっている。

案の定、司の元へと行った滋から、牧野も参加する歓迎会の話を訊かされたのだろう。司の人相は、相当にガラが悪くなっていた。



⋯⋯しかし。

これが『歓迎』に相応しいメンツなんだろうか。

飲みに来てから一時間近く。俺の中には疑問しかなく、参加している奴らの顔を改めて見回す。

司に牧野に滋。と、主役の佐々木。そして何故だか、オマケの松野。
佐々木だけでも厄介なのに、司から敵認定されている松野までいるんじゃ、歓迎どころかその逆を行く場になるんじゃないのかと、不安要素の方が強い。
せめて、うちの社員である松野だけでも、司に殺されないよう祈っておこう。

「これで少しはつくしの負担も軽くなるね!」

どんな顔ぶれだろうとお構いなしの滋は、もう既に酔っているのか、酒を飲みながらケーキを頬張り上機嫌。
口の周りにクリームを付けたまま平気で酒を流し込む姿を見せられ、胸焼けを起こしそうになっている俺とは大違いだ。

「僕じゃ、牧野さんの負担を軽くは出来ませんかね」

愚かにも口を挟む松野。
命が惜しくば余計なことは言うな、なんて念は通じず、

「無理に決まってんだろ」

即座に司に足蹴にされた。
肩を落とす松野を気にするでもない司は、しっかり隣の席をキープし、牧野だけを気に掛けている。

さっきから、お酒以外をあまり口にしていない牧野。
遂に見かねたのか、司が動き出した。
空いた小皿を手にした司は、料理を取って牧野の前に置く。また新たな小皿を手にしては、別の料理をよそうを繰り返し、周囲に跪かれる立場の男が、愛する女のためならばと、いじましくもせっせと世話を焼いてる。
あっという間に、牧野の前には料理が並んだ。

「酒ばっかじゃ駄目だ。少しは腹に入れろ」

唖然としているのは、佐々木と松野だ。
驚くのも無理はない。世間の噂からすれば、司が女のために世話を焼くなんて想像もつかなかっただろう。
だがそのイメージは正しい。他の奴には、絶対にこんな優しい気遣いなんぞ見せない男だ。牧野だけが特別枠。

牧野は牧野で、司と何度も食事をしてきたせいで司の対応に慣れているのか、若しくは、挫けない司に何を言っても無駄と諦めが先行しているのか、前ほど反抗的じゃなくなった気がする。
今も牧野は言われるままに料理を口に運び、その姿に喜ぶ司が「こっちも美味かったから食ってみろ」と勧めれば、それにも大人しく従っている。

「美味いか?」

司が嬉しそうな顔で訊ね、牧野が小さな頷きで返す。
そんな驚くべき光景を目にした佐々木と松野は、完全に言葉をなくしていた。
時折、佐々木は牧野に探るような視線を送っていたが、牧野の方は全く気づかず。
尤も牧野は、隣の男が煩いせいで、周りに気を向ける暇もないのだろうが⋯⋯。

何も発せないでいる男が二人もいれば、自然と会話の中心になるのは滋なわけで、それに俺が付き合う形で時間は流れていった。



「ちょっと失礼します」

暫くして、席を立ち上がった牧野が控えめに言う。

「つくし~、トイレ? 滋ちゃんも行くぅ!」

恥じらいを身に付けていない滋が、牧野に纏わり付く形で席を外した女性たち。
残された男四人で何を盛り上がれって言うんだ? と思った時。ずっと黙っていた佐々木が口を開いた。

「道明寺支社長、随分と牧野をお気に入りのようですね」

この男、怖い物知らずか。

いきなり口火を切った佐々木に司が噛みつくんじゃないかと警戒したが、意外にも司は無視。
しかし、その顔は先ほどまで牧野に見せていたものとは程遠く、近寄りがたい鋭さを湛えていた。
それでも臆することなく、佐々木は更に続ける。

「牧野みたいなタイプは珍しいですからね。愛想良く人に媚びたりしませんし、支社長にしてみれば新鮮でしょう。でも、あいつは誰かに惚れたりなんかしませんよ」

牽制しているのだろうか。
それを受けるように司は眼光鋭く佐々木を見た。

「随分と知ったような口利くんだな」

威嚇めいた口調の司相手にも怯まず、佐々木は嘲笑う。

「俺は牧野のことは何も知りませんよ。俺が知っていることと言えば、あいつの能力の高さと、あとはそうですね⋯⋯⋯⋯、あいつの体くらいですか」

まさか! 
牧野とそういう関係だったのかよ!?

どうやら野生の勘は当たっていたようだ。
しかも佐々木は隠しもせず、寧ろ挑戦的。
それに乗っかって司が暴れ出すんじゃないかと構えるが、またもや予想は外れ、司は黙ってグラスを傾けるだけだった。

「支社長、私が言うことではないのは重々承知ですが、牧野は支社長がお相手してきた女性とは違います。牧野をそんな目で見ないで頂きたい」

⋯⋯なるほど。
佐々木もNYにいたなら、司の女遊びの良くない噂を相当耳にしてきたはずだ。
これは挑戦的だったわけじゃない。司から狙われ酷い目に遭わされやしないかと危惧し、牧野を守っていたのか。漸く腑に落ちた。
とはいえ、司に面と向かって言えるとは、たいした度胸だ。なかなかの大物かもしれない。
妙な感心を覚えていると、黙っていた司が不敵に笑った。

「俺が牧野を遊び相手なんかにするはずねぇだろうが」

「まさか、本気だとか言わないですよね? だとしても、あなたにすら簡単に靡かないあいつが物珍しいだけでしょ」

「佐々木、おまえさっきから何か勘違いしてねぇか? 俺が牧野に惚れてんのは、今に始まったことじゃない。11年前から、とっくにあいつに惚れてる。俺が愛している女は、後にも先にも牧野だけだ」

「なっ、何⋯⋯」

司の告白に、流石の佐々木も目を瞠る。
牧野を守ろうとした気概は買うが、ここはダチを援護するとしたもんだろう。

「佐々木。さっきおまえは、牧野は誰にも惚れないと言ってたが、その牧野が惚れた男も司だけだ」

止めを打ち込めば、佐々木は絶句した。
今の牧野からは想像もつかない真実を突きつけられ、相当に驚愕してるに違いない。

「俺は、牧野を他の誰にも渡すつもりはない。あいつは俺だけの女だ。良く覚えとくんだな、佐々木。それから松野、おまえもだ」

射貫くように司に睨まれた佐々木は沈黙を守ったまま。ついでに巻き込まれた松野は、顔を真っ青にし、酸欠状態にでもなったのか、口をパクパクしている。

そこへ滋と共に戻ってきた牧野が、いち早く松野の異変に気付いた。

「どうしたの松野くん、大丈夫? 何かあったの?」

珍しく心配する様子を見せた牧野に、松野はぶるぶると必死に首を左右に振る。
どう見てもその様子は普通じゃなく、牧野は何があったのかを確認するように俺たちをぐるりと見て、何かを言おうと唇を開き掛けた。が、

「帰るぞ、送ってく」

割り込むように立ち上がった司が邪魔をする。
牧野の腕を取り力を使っての強制連行。
事がばれて、佐々木たちの前で牧野に冷たく毒を吐かれるのを避けるためか、それとも、佐々木と牧野の関係を知った司が、これ以上二人を同じ場所に置いとくことに堪えられなくなったか。いや、多分両方か。

「支社長、離して下さい」

牧野の抵抗も虚しくその声はどんどん遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。
事情を把握できずキョトンとする滋。
完全にパニックに陥った松野。
そして、唇を噛み締め俯くのは佐々木だ。

「さっきの話は他言無用だ。分かったな」

釘を刺した俺もまた、帰るべく席を立った。

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  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Thu
2021.07.08

-  

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2021/07/08 (Thu) 22:56 | REPLY |   
Fri
2021.07.09

葉月  

あ✤ 様

こんばんは!

エラーになってたんですか!
原因分からずですが、折角、お時間割いて送って下さろうとしたのに申し訳ないです。すみません(>人<;)

そしてお話の方ですが⋯⋯。
そうなんです。余りの酷さにほぼほぼ書き直しなんです(涙)
また、新旧の違いを見つけて下さり、ありがとうございます!
昔は電子タバコなんてなかったのに⋯⋯。しかも法律が変わった!
ってことで、店の中で吸わせるにはどうすれば良いのかを考え、念には念をと、吸う場所は隠れ家的『バー』にし、更には、紙タバコの喫煙室では駄目ですが、電子タバコ喫煙可の個室なら飲食も出来るので、電子タバコ設定にしたという、法に触れないよう二重の保険をかける形で内容を変更しました。
お姉さんはですね、お話に広がりが出るわけでもないと判断し、思い切って削除。
歳月を一年増やしたのは、有能であるなら少しでも歳を重ねていた方が良いとの考えからなのですが、ビザを考慮すると一年だけしか増やせませんでした。
つくし達がいた会社名は、記憶があやふやなので勘違いかもしれないのですが、二次なのかオリジナルなのか、どこかで同じ名前を見たような気がしてですね、念の為に被るのを避け、重要性もなかったので、新たな企業名を考えるより名前は出さなくていいと、楽な方へ逃げた結果です(;・∀・)
ズルしました!
ちなみに、つくしの出身大学もさらりと変えていたりします。

色んな違いを見つけながら楽しんで頂き、本当に感謝しかありません。
油断の出来ない毎日ですが、また遊びにきてやって下さいね。

コメントありがとうございました!

2021/07/09 (Fri) 22:55 | EDIT | REPLY |   

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