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手を伸ばせば⋯⋯ 26



「つくしーーーーっ!」

牧野の姿を認めるなり、いの一番に滋が駆け寄り抱きつく。いや、飛びかかった、って表現の方が正しいか。
やはり前回の数分だけの逢瀬では、滋も消化不良だったんだろう。
だが、飛びかかられた方は堪ったもんじゃない。
実際、牧野の表情は変わらずだが、足元はふらつき、支えるのがやっとで体が不安定に揺れている。
それを見咎めたのは桜子だ。

「もう滋さん、先輩を解放して下さいよ。そんな力入れたら先輩が可哀想です。それに、私だって先輩と話したいんですから!」

仕方なさそうに滋は牧野から離れ、牧野と桜子が向かいあう。

「⋯⋯先輩⋯⋯⋯⋯会いたかった」

普段、しっかり者で気の強い桜子だが、今日はもう声が震えている。
自分を理解し受け入れてくれた初めての人間が牧野だ。思い入れが強いだけに、この会えなかった10年は、桜子にとっても苦しかったに違いなかった。

「ごめん、桜子」

牧野が言えば桜子は抱きつき、遂には声にならい声を漏らし泣き出した。
珍しく感情を制御できないでいる桜子の背中を、牧野が柔らかな手付きで擦る。
その傍らで黙って見守っていた優紀ちゃんも、涙をハラハラと流し、ポツリ呟いた。

「つくし⋯⋯」
「⋯⋯優紀」

互いに名前を呼ぶだけで、それ以上の会話を交わさない二人だが、充分に分かり合える結びつきがあるように見えた。
幼い頃から心を許しあってきた親友だ。留学する時も、唯一知らせた相手でもある。

心配や寂しさや後悔、そして漸く会えた喜び。様々な思いが交差し、涙する女たち。
そんな中にあっても、牧野の表情は乱れず固まったままで、周りがどんなに嗚咽しようが、決して牧野はそれに引きずられない。涙も浮かべない。
どうして良いのか分からないのか、それとも、感情の出し方を忘れてしまったのか⋯⋯。
ただじっと、桜子たちが落ち着くのを待っているように見える。

感情が表に出ない牧野。その姿がやけに痛々しく、俺には物悲しく映ってならなかった。
それは俺だけじゃない。司もきっと同じ想いだ。
黙って牧野を見つめる司の横顔は、切なげに曇っている。
見ちゃいけないもんを見てしまった、そうこちらに思わせるような、普段の性格からは想像もつかない顔だ。居たたまれない気持ちがそうさせているんだろう。

「ほら、いつまでメソメソしてんだぁ? 折角、久々に会ったんだしよ、こっちで乾杯しようぜ!」

しんみりとした空気を払拭したのは総二郎だ。
それに呼応するように、漸く女性陣が涙を拭い席に落ち着こうとする。が、ついさっきまで泣いていたのが嘘のように騒ぎが勃発する。
何の騒ぎかと言えば、誰が牧野の両隣に座るかどうか。いい大人が、ガキみてぇにくだらない席の取り合いだ。
揉めてるのは、滋に桜子。……そして、猛獣。
道明寺の日本支社トップが何をやってるんだ!

ぎゃんぎゃんガヤガヤと騒ぎ、誰も譲らない我の強い三人の勝負はじゃんけんへと持ち込まれる。
それも決着がつけば、やっと乾杯にまで漕ぎつけ、牧野を交えた宴は賑やかに始まった。

「なんで俺が牧野の隣じゃねーんだよ!」

どんなに司がふて腐れようが拗ねようが、一度場が盛り上がっちまえば、もう誰も耳は貸さない。
面倒なだけだから、無視だ、無視。

「ねぇ、訊いてよ~! つくしってば本当に凄いの! この間の会議でね、大勢いる男性社員より断然つくしの企画の方が神がかってて、他の企画なんて霞んじゃうくらいだったんだから! 皆にも、あの惚れ惚れするつくしの姿を見せてあげたかったなぁ」

先日のプレゼンの話を、自分の自慢のように語る滋に言いたい。
うちの社員を褒めてくれるのは有り難いが、おまえ、そんな余裕かましてる場合なのか?
俺の心の声は司も同意見だったようで、心に留めて置くことを知らない司は、遠慮なく声に乗せた。

「滋んとこは、どうしようもねぇな。あれじゃ大河原の名が泣くぞ? もっとマシなやつはいなかったのかよ」

「失礼ねっ! って言いたいとこだけどさ、流石にこの前は情けなさ過ぎたから、NYに行ってきたの!」

意味が分からず、一同の視線が滋に向かう。

「何故、NYに?」

皆の疑問を代表して訊いた桜子に、滋は意気揚々と答えた。

「勿論、ヘッドハンティングよ! これが、かなり出来る男でさ、顔もなかなかのイケメンなのよ。来月にはこっちに来てプロジェクトに合流してもらうから、つくしの力になってくれると思うよ!」

わざわざ引き抜くとは、そうまでしなきゃ居ないのか。大河原には優秀な社員が。
他人事ながら、大河原財閥の未来が不安になったぞ。

「そんなにイケメンなんですか?」

食いついたのは桜子だ。

「うんうん、かなりイケてる!」

「だったら是非、私にも紹介して下さいね!」

「ダメだーーーーーーっ!」

突然の爆音が乱入し、発信元を皆が見る。

「桜子に紹介しちゃダメなの?」

大声を上げた張本人である司に、キョトンとした顔で滋が訊ねるが、馬鹿が食いついたのは、多分そこじゃない。

「違ぇーよ! そんなヤローを牧野に近づけんじゃねぇっ! 三条をとっととくれてやって日本に来させんなっ!」

「えーっっ、そんなこと言っても無理だよ。契約交わしたし来月には来ちゃうんだから。つくしだって、優秀な人がいた方が仕事が捗るでしょ?」

「私はどちらでも」

周りの熱気に飲み込まれもしない牧野は至って冷静沈着で、その隣では「私の扱い酷くありません?」と桜子が愚痴を零す。
そんなものなど気にも留めない暑苦しい男は、更に吠えまくった。

「大体な、今だって牧野の周りにウロチョロしてるガキがいんだよ! 何なんだよ、あのガキは! これ以上、目障りな害虫を増やすんじゃねぇっ!」

あのガキ? と考えて、『あぁ、松野か』と思い当たるが、ウロチョロと言われても困る。松野はれっきとしたプロジェクトメンバーだ。
牧野も直ぐに分かったらしく「彼は優秀よ」と、司に反論した。

「そうは言うけどよぉ、あの顔が気にいらねぇんだよ。牧野になんか言われるたんびに、ニヤニヤ気持ち悪い顔晒しやがって!」

そりゃそうだ。知らないなら教えてやろう。

「仕方ねぇだろ。松野は牧野大好きだからな。あいつは皆が居る前で、牧野に恋人にしてくれって立候補したくらいだ」

見る間に血相を変えた司は、立ち上がるとズカズカと牧野に近づいて行く。
牧野しか見ていない司は、滋を雑に押しのけ、「ぶはっ」と顔面からソファーに倒れ込んだ滋を視界にも入れずに牧野の隣をゲット。

「本当か、牧野。まさか、あんなの相手にしてねぇよな。おい、黙ってねぇで何とか言ってくれよ」

真相を確かめようと必死だ。
巻き込まれた牧野は、『なに余計なことを』と訴えるように、面倒な状況を作った俺に目を向けてくる。
仕方ない。俺をパシリに使った司には、これくらいの仕返しじゃ足りないが、牧野を巻き込むのは本意じゃない。

「司、安心しろ。牧野は、今もこれからも恋人を作る気はないって、松野にはっきり伝えてある」

途端に司は相好を崩すが、それで良いのか、おまえ。
恋人は作らないって言ってんだぞ?
自分も弾かれてるとは考えないのかよ。

「そうだよな。あんな男、牧野が相手するはずねぇよな!」

どうやら単純馬鹿は、自分が弾かれる考えまでに至らないらしい。
すっかり機嫌を良くして、別の話を引っ張り出してくる。

「それより、牧野。西田からパーティーの招待状受け取ったか?」

「受け取った上で断った」

あまりにも清々しい即答に苦笑が漏れた。

「何でだよ。プロジェクトのメンバーも何人か来るし、おまえも来いよ。な? 牧野、良いだろ?」

強引に迫る姿とは程遠く、司は、おもねるように牧野の顔を覗き込んでいる。
そのパーティーには、勿論、俺らも参加する。
司の誕生日に加えての支社長就任祝いだ。規模も大きく、参加者の顔ぶれも広い。
牧野が出席したくない気持ちも分からなくはないが、人脈を作るには打ってつけ。日本で仕事をしてこなかった牧野にとっては、必要な場に思えた。

「牧野、俺も出席するから参加しろ。日本で仕事をやってくなら、顔を売るのも必要だ」

「分かりました。副社長がそう仰るなら出席します。楓社長からも招待を受けておりますし」

⋯⋯司のお袋さんが?
つーか、お袋さんから招待受けながら、牧野は参加しないつもりだったのかよ、と冷や汗をかく。
しかし、そんなことより、どうして今更牧野に接触してくるかが謎だった。

「はぁ? ババァが? どうしてだよ!」

「私の方が訊きたいわ」

司も牧野も、お袋さんの意図は何も分からないらしい。
とは言え、経済界の重鎮である道明寺楓からの招待を無下には出来ない。
ましてや牧野は、自らの意思で同じ世界を選んだんだから。

お袋さんが何を考えているのかは読めないが、司と牧野が付き合ってる訳でもないし、今や牧野は美作商事の社員。下手な手出しはしないだろう。
何かあれば牧野を守るのみ。
そう心に決めつつ、無事にパーティーが終わるのを祈った。

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いつも読んで下さりありがとうございます!
これより更新速度を上げたいと思います。
連日更新することもありますので、読み飛ばしがございませんよう、ご注意下さいませ。
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  • Posted by 葉月
  •  4

Comment 4

Thu
2021.07.01

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2021/07/01 (Thu) 06:04 | REPLY |   
Thu
2021.07.01

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2021/07/01 (Thu) 16:23 | REPLY |   
Thu
2021.07.01

葉月  

き✤✤ 様

こんばんは!

手に汗を握りながら読み返しもして下さり、本当に感謝です。
更新速度をアップしますので、ドキドキの負担が少しでも緩和されますように!

『Secret』も、じれじれな展開の上につくしが精神的に追い詰められていたので、つくし視点で見ると辛くなっちゃいますよね。
どうも切ない系のお話ばかりですが、今回のつくしはどうなるのか。
丁度お話の折り返しですので、後半戦も宜しくお願い致します。

コメントありがとうございました!

2021/07/01 (Thu) 20:08 | EDIT | REPLY |   
Thu
2021.07.01

葉月  

あ✤✤✤ 様

こんばんは!
はい、第3章に突入致しました。
やっとここまで来ました(^_^;)
7月後半からは私が忙しくなりそうでして書くピッチを上げたのですが、お話の方もこれから忙しく動き出してくると思います。
お話は丁度半分に差し掛かったところで、まだ類くんも帰国してないですしね、全員顔を揃える日も間もなくかと!
つくしの感情は取り戻せるのか。それとも凍てついたままなのか。
滋が連れてくる彼も気になりますし⋯⋯と、気掛かりな場面は後半戦にぎゅぎゅっと詰め込んでありますので、この先も少しでも楽しんで貰えたら幸せです。

コメントありがとうございました!

2021/07/01 (Thu) 20:18 | EDIT | REPLY |   

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