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手を伸ばせば⋯⋯ 25



「牧野様、お疲れ様でございます。それと先日は、お気遣い頂きありがとうございました」

道明寺HDに来ていた私に廊下で声を掛けてきたのは、西田さんだ。
先日、打ち合わせに同行した後のランチの件を言っているのだろう。

「いえ、こちらこそ」

「先日はあまりお話し出来ませんでしたが、こうしてまた、牧野様にお会いでき嬉しく思っております。改めまして牧野様、今回のプロジェクトでは、司様のサポート宜しくお願い致します」

「私はいつも通り仕事をこなすだけです」

素直に『はい』とは言わない私なのに、西田さんは嫌な顔を一つせず、それどころか、驚くことに口元を綻ばせた。
珍しいものを見た、と思っているところへ、一通の封書が差し出される。

「こちらは30日に行われます、司様の支社長就任と誕生日の祝いを兼ねた、パーティーの招待状にございます。是非、ご出席頂きたくお持ち致しました」

パーティーは好きじゃない。
海外で暮らしていたために、パーティーへの参加も何度も経験はしているけれど、どうしてもあの雰囲気には馴染めない。
ましてや、道明寺家主催のパーティーなんて、出席したくない最もたるものだ。

「申し訳ありませんが、仕事もありますので、今回は遠慮させて頂きます」

頭を下げて断りを入れた。

「牧野様、どうぞ頭をお上げ下さい。この招待状は、司様から牧野様へと預かったものですが、もし牧野様が断られるようでしたらと、もう一通預かっております。こちらは、楓社長からの招待状でございます」

手元のファイルから取り出したもう一通の封書を見せられるが、どうして道明寺楓から?

「楓社長からご招待を受ける理由が分からないのですが」

当然の疑問を返す。

「裏があるとか、牧野様が心配するようなことは一切ございません。社長も牧野様のご活躍はご存知でおいでで、是非、労わせて欲しいとのことです。
では30日、お待ちしておりますので、宜しくお願い致します」

同じパーティーの二通の招待状を私に握らせた西田さんは、私に反論の隙を与えないまま、律動的な足取りでどこかへ消えた。







昼休憩、出先から牧野に連絡を取るためにスマホを手に取る。
俺の用事じゃない。単なる、猛獣のパシリだ。

牧野と再会した日、司は牧野にメッタ打ちにされた。
あれだけ打ちのめされたのだから、流石の司も精神的に落ちてるだろうと心配もしたのだが、やはり司は只者じゃなかった。
記憶と共にすっかり感情も取り戻した司は、昔のように押せ押せで、全く諦めるつもりはないと言う。
一体、どんなメンタルをしているのやら⋯⋯。
しかし、そこが司の良いところ。そうでなきゃ、本当の意味で牧野を取り戻すことは出来ないだろう。

そんな司の一声で、今夜は全員集合、久々に皆で集まり飲むことになった。
そこに牧野を誘いこむのが俺の仕事らしい。

『何で俺がっ!』

一応、抗議はしたが、『あきら、おまえは馬鹿か?』頼み事をする相手に対しての返答がこれだ。

『俺が誘って素直に来る女じゃねぇだろうが。俺が言って済むんなら、とっくに誘ってんだよ。
この前、あいつを大笑いしてやったら、それ以来、見事に口利いてくんねぇし。つーわけだから、おまえが牧野を説得して連れて来い。じゃあな』

お願いをする立場で電話を掛けてきた男は、言うだけ言って一方的に通話を切った。
全く我が儘な男だ。
しかも、クールで怖い牧野を大笑いしてやるとは、どんな神経だ。
結局、常識とか普通とかを知らない男に何を言っても無駄だと、半ば諦めの気持ちで牧野の電話を鳴らす。

「もしもし、牧野か?」

『お疲れ様です、副社長』

「あぁ、お疲れ。あのな⋯⋯、今夜なんだが、メープルまで来てくれないか?」

『仕事でしょうか?』

「い、いや、完全にプライベートだ。皆で集まることになったんだよ。おまえに皆も会いたがってる。頼む、都合つけてくれないか?」

『⋯⋯⋯⋯』

一瞬の間が俺を緊張させ、背中に嫌な汗が滲む。

『仕事が何時に終わるか分かりませんので』

「遅くても構わない。明日は休みだし、どうせ遅くまで飲むだろうしな」

『いえ、今のは遅くなるから行けないという意味ではなく、やんわりとお断りさせて頂いたのですが』

おまえは、どうしてそんな冷めた物言いをするんだ!
やんわりとか言うならそれを貫き通せ! 
俺はな、打ちのめされても直ぐに復活する、形状記憶型の心臓を持つどっかの誰かさんとは違うんだよ!
取り扱いは是非とも丁寧に頼む!

胸の内で抗議を乱発しながら、口では必死の説得にかかる。
これで誘い出しに失敗すれば、猛獣からの八つ当たりは目に見えている。全く損な役回りだ。

「そんなこと言うなって。牧野、まだ桜子とも優紀ちゃんとも会ってないだろ? 今夜は二人とも来る。桜子なんて、牧野に嫌われたんじゃねぇかって落ち込んでたぞ? あんなんでも可愛い後輩だろうが」

桜子が落ち込んでいるのは本当だ。
桜子は誰よりも牧野を慕っている。会えない間の寂しさも、会いたくて仕方ない募る思いも、人一倍だ。

『では、桜子と優紀には、改めて時間を作るので、近いうちに連絡すると伝えておいて下さい』

「いやいや待て待て、頼む! とにかく今日は来てくれ!」

『⋯⋯⋯⋯』

沈黙に堪えきれず、「おい、訊いてるか?」と窺えば、

『分かりました。何時になるかは分かりませんが窺います』

オッケーをもぎ取りホッと胸を撫で下ろすが、牧野の話はこれで終わりじゃなかった。

『それと、これを企画した男に伝えて下さい。誘うなら自分で言えと。周りを巻き込むなと。副社長もあまり言いなりになりませんように』

⋯⋯何故だ。何故バレたんだ!?

「⋯⋯何で分かった?」

『副社長があまりにも必死だったので分かります』

「そうか⋯⋯」

『今夜は人助けだと思って行くだけです』

「それは助かる、ありがとな。じゃ、また夜にな」

なんて、うっかりお礼なんか言っちゃったけど、よく考えれば、何か可笑しくないか!? 良いのかこれで!?

電話を切れば、何だかどっと疲れが出た。
どんな牧野であれ、俺にとっては大事なダチだし妹のような存在でもある。
しかし、だ。
何なんだ、この緊張感は!
仮にも俺は上司なんだから、もう少し気を遣って頂きたい。

果たして、俺の威厳というものは保たれているのだろうか⋯⋯。
休憩が終わり秘書に声をかけられるまで、俺はきっと遠い目をしていたように思う。




「遅いっ! あきら、本当に牧野に連絡したんだろうな?」

メープルの一室に俺が顔を出してから、かれこれ一時間。
遂に我慢ってやつを消費しきった猛獣が吠えた。

ったく、文句言うなら人任せにすんな!

「だから、遅くなるって初めから言ってんだろ? こっちは、あいつの冷え冷えとした口調に堪えながら誘ったんだ! おまえはもう少し俺に感謝しろ」

「⋯⋯⋯⋯」

「それにな、今夜の企画がおまえだってことも、おまえが俺に牧野を誘い出すよう指示したってのも、牧野には全部バレてるからな」

「てめっ、何バラしてんだよ!」

人の話を少しは訊け!

「バレたんだ! いいか、司。今の牧野は昔と違って勘だって鋭い。それに加えてあの冷然とした態度だ。俺だって怖いんだよ!」

情けない主張を堂々とすれば、「それはよく分かる」と同意した猛獣の肩が、可哀想なほどシュンと縮こまる。今なら、殴り合いになっても余裕で勝てそうだ。
牧野を諦める気は更々ないみたいだし、牧野を笑い飛ばすなど、普通とはかけ離れた神経の持ち主ではあるが、やはり牧野が怖いことは怖いらしい。
この怖い物知らずの男さえビビらすとは、流石は牧野。恐れ入る。

今夜のこともバレてると知って慄いたのか、大人しくなる猛獣。────そして、それに近づく珍獣。

「司ーーーーっ! 久しぶりなんだから一緒に飲もうよ! つくしだってそのうち来るよ!」

珍獣こと滋だ。
言いながら、司の腕に纏わり付いている。

「滋っ、離せ!」

「えー、別にいいじゃん、腕組むくらい。それとも、つくし以外は駄目なわけ?」

「あたりめーだっ!」

「何よ、司のケチ!」

「うるせぇ! いいから離れろ!」

この二人のじゃれ合う光景も懐かしいっちゃ懐かしい。何年経とうとも相変わらずだ。と言っても、じゃれてるのは滋だけだが⋯⋯。
しかし、ふと心配を含んだ疑問が頭を掠める。

まさか⋯⋯。まさか、だよな?
何年経っても変わらぬ滋に、もしや滋も昔と同じ気持ちでいるんじゃないだろうか、と要らぬ不安が俺を包む。
あの頃と変わらず、今も司を想っているとか!?

いやいやいや、いくら何でも考えすぎ、俺の心配しすぎだ。
報われない想いをずっと抱えてるなんて、流石にそれはあり得ないだろ。

無理やり考えを改めるように頭を振った丁度その時。チャイムが鳴り響き、牧野の到着を知らせた。

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  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Mon
2021.06.28

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2021/06/28 (Mon) 05:57 | REPLY |   
Wed
2021.06.30

葉月  

き✤✤ 様

こんにちは!

滋は、あきらの読み通り、まだ気持ちが司にあるのかないのか!?
あきらの思い過ごしであればよいのですが、絡んで来るとなると厄介な展開になりそうですよね(;・∀・)
つくしの本心もどこにあるのかまだ見えて来ませんが、私の本心は常に主役二人の幸せです!
⋯⋯なのにどうしてでしょう。
お話を書くとなると、何故か二人に試練ばかりを与えてしまうのですが(・・?
謎です。

次回からは更新速度を上げていく予定でおりますので、引き続きお付き合い頂ければ嬉しいです。

コメントありがとうございました!

2021/06/30 (Wed) 12:16 | EDIT | REPLY |   

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