fc2ブログ

Please take a look at this

手を伸ばせば⋯⋯ 22



仕事を終えた俺と、仕事を放棄してきたらしい司と共に、馴染みの店の個室へと足を踏み入れれば、

「お疲れさん。あれ、滋は? 一緒じゃねぇの?」

待ち受けていたのは総二郎で、滋の姿を探して俺たちの背後を窺いつつ、内線から適当な酒やつまみを注文している。
今日が司と牧野が再会する日だと知っているこの男が、大人しくしてるはずもなく、『司と話すつもりなんだろ?』と、夕方に電話を寄越し場所を聞いてきた総二郎は、こうして早くから俺たちを待ち侘びていたようだ。

「滋は今日は来ねぇってさ」

答えた俺は、ガックリと肩を落として意気消沈する滋を思い出す。
滋も司と牧野のことは気にしていたし、本来なら来るなと言っても付いて来る奴だが、今日ばかりは危機感を抱いたらしい。
そりゃそうだ。司にあれだけ社員をぶった斬りにされたんだから。

不甲斐なさすぎるっ! 気合い入れ直してくるわ! と息巻いた滋は、プロジェクト会議が終わると鼻息荒く帰り、今宵は不参加だ。

「で、どうだったよ。牧野に会った感想は」

席に着いたところで、総二郎が早くも今夜の主題に触れる。

「あきらんとこの優秀な社員って、牧野だったんだな。⋯⋯⋯⋯マジでビビった」

目線を下に置き、司が声を震わす。

だよな、驚くよな。

でも、そんな驚きも動揺も一切表に出さずにプロジェクト会議を乗り切ったんだから、流石としか言いようがない。
これも時の流れだ。昔の司からじゃ考えられず、人が成長するだけの時間が流れたってことだ。

「牧野、すっげぇ綺麗になってたろ。ダチじゃなけりゃ、速攻で声かけるレベルだよな。なぁ、あきら!」

厄介な話を俺に振らないでくれ。
司の額を見ろ。
久々に間近で見るが、青筋がピクピクピクピク痙攣して、危険極まりねぇじゃねぇかよ。

だが、俺の日頃の行いが良いからか、助け舟の如く店員が酒を運んで来たために、一旦、話は中断となる。

店員が去るなり、また厄介な話に巻き込まれちゃ大変だと、司が本来訊きたいであろう話へと転換した。

「司。牧野はな、今回のプロジェクトのために俺が引っ張って来たんだ」

青筋を消した司が、驚いたように俺を見る。

「あきらんとこに、ずっと居たわけじゃねぇのか?」

「司、牧野のこと調べてないのか?」

司のことだ。ある程度は調べてあると踏んでいたんだが⋯⋯。

「住所と職場しか調べてねぇ。正直、知るのが怖かった。あきらんとこにいるなら、おまえから詳しく訊いた方がいいって」

「そうか。⋯⋯実はな、司。牧野は、ずっとNYに居たんだ」

更なる驚愕の事実に、司の目が一際大きく開く。

「NYの大企業で働いてた。
9月の終わりに、おまえとの打ち合わせで俺がNYへ行っただろ? その時、偶然にも牧野を見かけたんだ」

それから俺は、これまでの経緯を詳しく話した。
牧野が俺たちには何も言わずに突然渡米し、有名大学に入ったこと。そこを一年スキップして卒業したこと。その後の仕事での実績。牧野を見つけて直ぐにヘッドハンティングし、日本に呼び戻すまでの全部。
話し終えるまで司は口を挟まず、組んだ手の上に額を乗せ、黙って俺の話に耳を傾けていた。

「辛かっただろうな。あそこまで力つけんには、並の努力じゃ無理だ」

司らしくもなく細い声だった。
持ち上げた顔も、遣るせなさが滲んでいるように見える。

「それを一人で⋯⋯⋯⋯。そうか、NYに居たのか」

誰に訊かせる風でもなく反芻し、司は沈黙した。

決して誰もが真似出来るものではない、牧野の桁外れな努力。
司もまた、同じように骨を折ってきたからこそ、牧野の苦労が殊更身にしみているはずだ。
だが、二人の背景は決定的に違う。
司は道明寺家の跡取りであり、環境にも恵まれフォローする人間も周りには居た。
対して牧野は、誰も頼れない異国の地でたった一人、凄まじい信念だけでやり遂げたんだ。
それがどれほど過酷なことか、司も想像つくからこそ、切なく、苦しく、そんな心の痛みが沈鬱な表情にさせているのだろう。

俺も総二郎も酒を飲みながら黙って待ち、やがて司は「ふっ」と弱々しく笑った。

「あきら。牧野のプレゼン、最後に俺が質問したろ?」

「あぁ、良く気づいたな」

「気づいたのは俺だけじゃねぇ。牧野は初めから分かってた。分かっていながら俺が気づくかどうか、敢えて試したんだ」

「嘘⋯⋯だろ」

牧野の大胆不敵さに唖然とする。
だから、あんな滑らかに司の質問にも答えられたのか。
今の司は、昔のただ馬鹿だった男とは違うんだぞ!
今や、道明寺財閥のジュニアとしてだけではなく、誰しもが実力を認める立派な日本支社長。

有ろうことかその司を⋯⋯、試したのか?
周りの連中が緊張で震え上がる中、それをやってのけたのかよ!
一体、あいつはどんな心臓してんだ!

とんでもない行動に出る部下を、この先俺はコントロールしていけるのだろうか。
些か不安を抱いた時、司が声を上げた。

「頼む、あきら! 今すぐ牧野を呼び出してくれ!」

「今すぐって、ここにか!?」

「あぁ。直ぐにでも会いてぇ。頼む、連絡取ってくれ」

腕時計を確認すれば、時刻は20時を回ったところ。牧野はまだ会社にいるはずだ。
しかし、普通に呼び出したところで、素直に来るかどうか。ましてや、司の名前なんて出せば一発アウト。絶対に来やしないだろう。
とは言うものの、必死な顔つきで頼み込む親友を無視も出来ない。

俺は頭を捻りながら、スマホを手に取り牧野を呼び出した。

「もしもし、牧野か? まだ会社か?⋯⋯実はな、おまえに紹介したい人がいるんだ。取引先の相手なんだが偶然会ってな。⋯⋯⋯⋯いや、プロジェクトには関係ない相手だ。けど、この先を考えれば会っといて損はない。顔繋ぎのために、ちょっと出てきてくれないか?⋯⋯⋯⋯おぉ、悪いな。
総二郎と会った店あるだろ? この前と同じ、そこの個室にいる。⋯⋯あぁ、待ってるから気をつけて来いよ」

嘘を並びたてた心苦しさから、電話を切ると同時に重い息を一つ吐き出す。

「あきら、サンキューな」

さっきまでの表情から一変、司が嬉しそうに笑ってるならいっか。と、うっかりお気楽モードに流されそうになるが、現実はそんなに甘くはない。

「司、念のために言っておく。おまえたちが会わなくなってから、もう直ぐ11年だ。牧野だって色々あったろうし、昔とは違う。簡単に望み通りに行くとは思うなよ」

「分かってる」

笑みを引っ込め神妙な顔つきになった司は、覚悟しているように深く頷く。
司にとっては、恐らく厳しい再会になるだろう。

口に含んだ飲み慣れているはずの酒が、何だかやけに苦く感じた。







あきらが連絡を取ってから、一時間もしない内に牧野は来た。
こうして見ると、改めて牧野の変わり様に驚きを隠せねぇ⋯⋯本当に綺麗だ。

呆然と見惚れ、視線を縫い付けるしか出来ない俺のことなど気にも留めない牧野は、個室の入口に立ったまま室内をサッと見回し、そして、あきらへと詰め寄った。

「副社長、プロジェクトとは関係ない方との顔繋ぎ、とのことでしたが、とすれば、この場には西門流次期家元しかおられませんが、以前からの知り合い関係を一旦破綻させ、再構築しろと言うことでしょうか」

「や、えーと、その⋯⋯、悪い」

色味のない硬い声音で責められ、完全に逃げ腰になったあきらは、分かりやすいまでに視線を泳がせている。

「つくしちゃん、きっつー! まぁ、見ての通り仕事じゃねぇし、無理やり呼んだのは悪かったけどよ、一先ず座って一緒に飲もうぜ!」

あきらに変わって総二郎が執り成すが、顔色一つ変えずに黙殺した牧野は、再びあきらに向けて話し出す。

「仕事ではないのなら、これで失礼します。まだ調べたいこともありますので」

声を出せずにいた俺は、ここで漸く口を開いた。

「俺が頼んだ。牧野を呼んで欲しいって」

牧野の顔がゆっくりと俺へと向きを取り、視線が初めて絡み合う。
その顔は昼間見た時と同じ、表情に動きがなく、昔とは違って、瞳の奥から冷え冷えとしたものが感じられる。

「とにかく、牧野も座れ」

たじろぎながらもあきらが自分の隣の椅子を叩くと、やっと牧野は諦めたのか、あきらに言われた通り俺の正面の席に座った。

かつてない緊張が俺を包む。

「⋯⋯久しぶりだな、牧野」

「ええ。この度は日本支社長ご就任おめでとうございます」

感情を削ぎ落とした事務的な言い振り。
これが今の俺たちの距離感だ。
けど、傷ついてる場合じゃねぇ。
この現実をきちんと受け止めた上で、それでも俺は前へ進みてぇ。

「牧野、記憶が戻った」
「みたいですね」

それなりの覚悟を持って告げれば、拍子抜けするほど、あっさりとした声が返ってきた。

「え、牧野、司の記憶のこと知ってたのか?」

驚いたあきらが口を挟む。

「いえ。昼間の会議でお会いした時に、そうではないかと」

会議室で牧野を見た時、内心での動揺は凄まじかったが、それがあからさまに表に出ていたとは思えねぇ。
なのに牧野は気付いたのか。

俺は即座に頭を下げた。
テーブルに額を擦り付ける勢いで謝罪する。

「牧野、ごめん。おまえだけ忘れて、傷つけて。⋯⋯実は、まだ記憶の一部しか取り戻せてねぇし、いつからおまえと会わなくなったのかも思い出せねぇ。でも、おまえを傷つけたのは分かる。最低な態度を取って苦しめたのは確かだ。本当にすまなかった。この通りだ」

張り詰めた無言の時が流れる。
どんなに長い時間だろうと、牧野が許してくれるまで頭を下げ続けるつもりだ。
牧野を傷つけたことを思えば、こんなの苦でも何でもねぇ。

数十分にも感じた時間は、実際には1分にも満たなかったか。
長いようで短い沈黙を、牧野の静かな声が止めた。

「頭を上げてよ」

敬語が消えた牧野の言葉に導かれ、躊躇いながらもゆっくりと顔を上げれば、薄い笑みを口元に乗せた牧野が目に入る。
今夜、初めて見る牧野の微笑。
でもそれは、俺の記憶のどこを突付いてみても見たことがない、何か含みがあるような、異質な笑みだった。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト



  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Mon
2021.06.21

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2021/06/21 (Mon) 06:24 | REPLY |   
Tue
2021.06.22

葉月  

き✤✤ 様

こんばんは!

いよいよ二人が言葉を交わす場面となりましたが、司は心臓をバクバクさせていることかと思います。
ですが、肝心なところは忘れたままですし、その辺りは一体どうなるのか。それを考えると確かに怖いですよね。
先を予想しつつ今後の展開も楽しんで頂けたら嬉しいです。

こちらこそ、今回も読んで下さり感謝です!

コメントありがとうございました!

2021/06/22 (Tue) 20:49 | EDIT | REPLY |   

Post a comment