その先へ 17
「ふざけんじゃねぇっ! 俺に触るなっ!」
絡み付く腕を力任せに振り払い、悲鳴を上げた女がカーペットに転がっても知ったこっちゃねぇ。
「てめぇを抱けだと?」
「あ、あたしは、ど、道明寺くんが好っ……!」
「煩せぇっ!」
デスクに拳を振り降ろし、倒れたまま、はだけたワンピースで胸元を隠す女を、冷えた笑みで見下ろす。
「なぁ、教えろよ」
「…ぇ?」
「てめぇの見ても勃ちもしねぇのに、どうやって突っ込むんだ?」
「ッ……ひ、酷い……」
「それは、てめぇだろうが。気色悪りぃもん見せやがって。虫酸が走んだよ」
「そ、そんな言い方……あんまりだよ。あ、あたしは……、」
女に構わずデスクの受話器を掴むと、護衛部に繋がる内線を押す。
「俺の部屋にいる女を摘まみ出せっ! 今すぐにだっ!」
怒鳴り散らし受話器も叩き付けた。
「ど、道明寺くん、待って! あたしは道明寺くんを思って……だ、だから、道明寺くんのために今まで…………ッ!」
青ざめながらも、まだ口を開く女を黙らせる為に、もう一度デスクを大袈裟に殴り付ける。
「俺のためだと? 昔からそうだったな? 人のためって言いながら、結局全部、自分のためだろーがっ!だからこそ都合が良かっただけだ。それ以上のもんなんて必要ねぇんだよ!」
「……ッ!」
「てめぇにもう用はねぇ!」
バタバタと足音が扉の向こうから響き渡り、女は慌てて身なりを整える。
入ってきたSP共が女を取り囲むと容赦なく言い放った。
「早く連れ出せっ!」
「やっ、痛いっ! やだ、離してっ!」
「その面、二度と俺の前に晒すなよ?」
もがく女に最後通達をすると、SP達が引きずり出し、漸く静寂を取り戻した。
くそっ!
人が大人しくしてりゃ調子づきやがって。
胸糞悪りぃったらねぇ。
まだ絡みついてるようで、首元にもまだ気持ち悪るさが残る。
良い女ぶって気遣うふりして、その実、自分に都合いい思考しか持ち合わせてねぇ、バカ女が。
相手の気持ちなんざ無視で押し付けてくんのは、自分の得を念頭に置いた、偽りの優しさに反吐が出る。
人に嫌われる勇気もねぇのに、やることは姑息な真似って、救いようねぇだろ。
それでも、そんなバカ女だから、あいつの得さえ与えてりゃ大人しくて丁度良いと、傍に置いてきた。
ババァからの見合い話や、近付いてくる女狐への牽制のために。
それが何を今更血迷いやがった!
思い上がりの図々しさに、久々の怒りは鎮まりをみせない。
「副社長、何がありました?」
騒ぎを聞き付けたんだろう。
西田が入ってくる。
「あの女が暴走しやがった。裸で迫って来やがって」
「なるほど、そうでしたか」
「その辺、消毒しとけっ!」
女が転がってた辺りを、指で楕円を書くように大きく差し示す。
それを見た西田は、女が倒れた状態にあったと、透かさず理解したらしい。
「まさか副社長、中島さんに暴力を?」
「ふんっ、振り払ったら勝手に転がっただけだ! どうせならあの面、二度と外に出らんねぇように、ズタズタにでもしとけば良かったなっ!」
「なさらなくて結構でした」
「いいから消毒しろッ! 気持ち悪くて仕方ねぇっ!」
乱暴に椅子に座れば、ガツンと音を立てる。
仕事に手を付ける気にもなんねぇよ。
「副社長がここまで荒れるとは、最近では珍しいですね」
そう言って、銀縁のフレームを押し上げながら出て行った西田は、また直ぐに戻ってきた。片手に除菌スプレーとやらを持って。
「中島さんが、これ以上、騒がれないと良いのですが」
ウィルトン織りのカーペットに、早速スプレーを吹き掛けながら、無駄な心配をする。
「流石にそこまで馬鹿じゃねぇだろ。何の為に契約書まで交わしてると思ってんだよ。今夜だって契約違反なのを見逃してやってんだ。文句言われる筋合いねぇーよ! あー、西田。そこ念入りにやれよ」
指差す俺に、西田は軽い溜め息を落とした。
「しかし、今後のことを考えなくてはなりませんね。パーティーでパートナーが必要な場合、誰にするのか決めときませんと」
考えるまでもねーじゃん。
近くにいんだろ。直ぐ近くに。
「アイツでいい」
「アイツ……とは?」
「牧野だよ、牧野!」
「それはどうでしょうか。副社長が良くても、牧野さんがどう思われるか。以前もお願いしましたが断られましたし、パーティーに嫌悪感があるようです」
「……そこはおまえが説得しろよ」
西田が再び溜息をついちゃいるが、知るかよ。
牧野も、牧野だ。
さっきも、俺を置き去りにしやがって。
驚いてる暇があんなら、俺が絡まれて迷惑してるって察しろよ。
牧野が出て行く必要なんてねぇじゃねーかよ。
西田のサポートも仕事のうちだって言うんなら、上司が困ってる時に見捨てるな!
ついでにパートナーくらい大人しく付き合え!
どうしても駄目だって言うんなら、俺がビシッと言ってやる。
そんなイラつきに任せ、詰り意気込む心中を、結局、俺は牧野に言わなかった。
言えなかった、という方が正しいか。
週明けの月曜。
置き去りにされた俺よりも、何故か牧野の機嫌はすこぶる悪かった。

にほんブログ村