fc2ブログ

Please take a look at this

手を伸ばせば⋯⋯ 12



初めは違う女かと思った。見間違いじゃないかと。

車が渋滞に嵌り動かなくなったところで、何とはなしに窓の外を見ていると、一人の女が視界に入り、その後ろ姿に既視感を覚えた。
どこかで見たことがあるような⋯⋯。

ショップのウィンドウを覗いている小さな背中。その背中が向きを変え、横顔が見えた時、既視感なんかじゃない。実際に知っている女に似ているんだ。と、即座にある人物が頭に浮かんだ。

────牧野。

だが、目に映る女は、俺の知っている牧野より垢抜けていて、今いち確信が持てない。
ましてや、ここはNY。
様々な国の人々が溢れ返る中で、こんな偶然があるのか。願望が見せた幻か錯覚か? と判断が鈍る。
さりとて、人違いなら人違いだと、はっきりさせないことには『やはり牧野だったんじゃないか』と、後々まで絶対に後悔する。
そう思った俺は、ノロノロと動き出しそうな車を降り、似ている女を暫く眺め、そして、人目も憚らず名を呼んだ。

振り返り、正面から俺の視線とバッチリ合い、やっぱり牧野だ! と心が躍る。

それにしても、はっきり言って見違えた。
記憶にあるものより遥かに洗練された姿に、驚きを隠せない。

ブラウンに色を変えた髪はセミロングで、フェイスラインより下を緩く巻いて遊ばせている。
以前よりシャープになった顔は、派手過ぎない化粧で気高さが漂い、正に良い女。大人の女性へと変貌を遂げていた。
遠い昔、磨けば光る、と言ったのは総二郎だったか。正にその予言通り。

だが、かつてあった豊かな表情はない。変わってしまった当時のままに。
蓄積された暗い感情が、瞳に色濃く宿っている。そんな風に俺の目には映った。
あの頃と違いがあるとすれば、ほんのりと口元を緩め、社交辞令程度の微笑が出来るようになったところか。⋯⋯残念ながら目の奥は全く笑っちゃいないが。

俺たちが高校卒業する間近、突然に変わってしまった牧野。
それをどうしてやることも出来なかった。

牧野が国立大に進学してからは会うことも叶わず、更には、俺たちに黙って留学までしてしまった。
それだって、牧野と連絡が取れねぇと焦る俺たちを見かね、優紀ちゃんが教えてくれて後から知った。
留学金も、プレミアが付いたボールを売って工面したのだと。

当時の後悔を俺は忘れていない。
牧野を一人で行かせてしまったこと、どれだけ悔やんだか知れない。
それは他の仲間も同じだ。誰も彼もが自分の無力さを思い知り、打ちのめされた。

だがこうして、運命的に牧野と再会出来た今、あの頃と変わらず表情を失くした牧野を、このままにする気など更々ない。
明日のランチの約束は取り付けた。連絡先もゲットした。
俺と必要以上に関わりたくないのは、牧野の様子からありありと分かったが、過去の失敗を繰り返すつもりは毛頭ない。
一人にさせて溜まるか!
ガキで無力だったあの頃とは違う。

俺は直ぐ様、今日中に牧野に関する情報を集められるだけ集めろ、と秘書に指示を飛ばし、もう一人の大切なダチの元へと急いだ。



秘書課の人間に案内され、司の執務室へと入る。

「よぉ、司! 元気にしてたか?」
「あぁ」

司と目を合わせるなり、『おまえもか』と、内心で突っ込みつつ項垂れたくなる。
尤も、司がどんな状態であるかは分かっていたから驚きはしないが、この30分余りで、俺は暗い目を持つ人物を二人も見ている。
その二人ともが大事なダチだ。
そして同じ目を持つ二人は、かつての恋人同士。多分、その時の何かがこんな目を作り出した。
なかなかに拗れた関係図だが、俺は二人とも放って置く気はない。

「おまえの活躍ぶりは海の向こうにも届いてるぞ。ま、それだけじゃねぇけど」

「何がだ」

「女遊びだよ、女遊び。おまえもそろそろ落ち着いたらどうだ? 特定の女性と付き合うつもりはないのかよ」

司が「くだらねぇ」と鼻で笑う。

「あんな低俗な生き物と付き合う奴の気がしれねぇ」

「だったら、その低俗とやらの女と遊ぶのも控えろって話だ」

「ただの性欲処理だ。ごちゃごちゃ言うな」

堂々たるっぷりの、世の女性を敵に回す発言だ。よくここまで、女に殺されずに来たもんだと、ある意味感心する。
けど、記憶を戻したら、他でもない司自身が自分を殺したくなるはずだ。
それだけ夢中になった女がいた。低俗な生き物とまで言ってるおまえが、唯一本気で愛した女が。
そう思いながらも口には出さず、気持ちを切り替え仕事の話を進めていった。



それから数時間後、打ち合わせは無事に終了し、司の元を後にした。
俺たちは、共同プロジェクトを立ち上げるために、年明けから企画立案をスタートさせることになっている。
このプロジェクトは日本で行われるために、司が日本へ出張し総指揮を執る予定だ。

今の司は、昔の馬鹿な男とは思えないほど出来る男だ。感情を剥き出しにしていた頃が懐かしく思えるまでに。

冷静で冷酷で。M&Aや大きな商談も卓越したセンスで成功へと導いている。
生まれながらの王者の如く、次々と栄光を手にする司は、流石は道明寺家の跡取り。血筋は争えなかったってことか。

だが、その栄光と引き換えに、感情はごっそりと何処かに置き忘れてきたようだ。
笑いもせず、どんなに称賛を浴びようとも輝きを持たない死んだ目は、一体何を見ているのか。
そして俺は今日、他でも同じ目を見たばかりだ。
二人が会わなくなって11年近く。どんな時間を過ごしてきたんだよ、おまえたちは。
二人の姿を脳裏に描き、胸が詰まる。

そんな俺の気持ちを浮上させたのは、宿泊しているホテルへと帰り、夜遅くに上がってきた『牧野つくしに関する調査書』に目を通してからだ。

「マジかよ!」

深夜に大声を上げた俺は、とんでもない牧野の経歴に目を丸くした。
だが、じっくり読み返したそこに、『もしかして』と一つの可能性を見つける。
この直感が当たってたとしたら、牧野を日本に呼び戻すチャンスだ。

俺は自分の勘を頼りに、一つの案を実行しようと決意した。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト



  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Sun
2021.05.30

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2021/05/30 (Sun) 22:11 | REPLY |   
Mon
2021.05.31

葉月  


パ✤ 様

こんにちは!

前回は『Secret』の椿お姉さんで思い出して下さりありがとうございました!
その時に頂いたコメントも覚えております!
今回は、あきらで!(*^^*)
もう昔のお話ですので、思い出して頂けるだけで本当に有り難いです。

以前のお話だと、道明寺家のコメディものとか、クリスマス系、未完の長編とかですかね(←ざっくりな説明ですみません)。
他にも諸々ありますが、全部とはいかないまでも、こちらに移せるものは移していきたいなと考えております。
中には未完のものもありますが、完結出来る見通しが立てば、再チャレンジしたいな、とも。
あくまでも希望なので、必ずしやお約束出来るものではありませんが、また昔のお話が登場することもあるかと思いますので、その際には覗いて頂ければ嬉しいです!
先ずは、『手を伸ばせば⋯⋯』をせっせと書いていきますので、引き続きお付き合いのほど、宜しくお願い致します。

コメントありがとうございました!

2021/05/31 (Mon) 15:37 | EDIT | REPLY |   

Post a comment