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手を伸ばせば⋯⋯ 10



静まり返った図書室。
最近、あたしが良く居る場所だ。
学校に居る間の空いた時間は、ここでこうして、勉強に励むことにしている。
勉強に適しているだけじゃなく、誰とも会話をせずに済むこの場所は、今のあたしにとって丁度良かった。

誰かと話すのは煩わしい。苦痛でしかない。何より、誰かと話している時間が惜しかった。
尤も、そんなに親しく話す知り合いは、今は居ない。

同じ敷地内とはいえ、大学に進学した美作さん達とは、以前ほど会わなくなった。
たまに普通を装って姿を見せるけど、卒業する前からあたしの心情に気付いてか、挨拶以外の無駄な会話をしないでくれるようになったのは、有り難い。
まだ高等部に在学する桜子は、時折、心配そうに見つめてくるけど、それも気付かないふりで通している。

誰もあたしに構わないで欲しい。
みんなが心配する原因の一つが、あたしと道明寺の関係だろうけど、その道明寺も、もう居ない。
卒業式の後、プロムには参加せずNYへ旅立ったという。幼馴染の三人に見送られて。

旅立つ前日、美作さんからは道明寺と話すよう説得されたけど、話したいことなど何一つとしてなかった。
あたしと道明寺の関係は、既に過去のものでしかない。

────何もかも、あの日に終わった。

どんなに泣いても、どんなに止めてと叫んでも、あたしを忘れた道明寺には声が届かなかった、あの日。

あたしを二度と愛せないなら、せめて傷つけないで。もう、あたしを思い出さなくてもていいから⋯⋯。

初めて抱かれた日とはまるで違う振る舞いに、何度心で叫んだかしれない。
冷たい目で見られ、優しい言葉の一つもなくて。
それはただ、欲望を吐き出すためだけの行為。
嫌でも思い知った。自分は、性の捌け口にされたのだと。
あたしは道具も同じで、こんな行為の結末は見えている。
用が済めば、あたしを捨てる。飽きた玩具に見向きもしなくなるように⋯⋯。
動く道明寺の体の下、見えてしまった結末に、悲鳴を上げていた心を凍てつかせた。

事が済むなりソファーでお酒を飲みだした道明寺は、茫然とするあたしを一切気にも掛けず、やがて言った。

『いつまでそうしてる気だ。動けねぇほど良かったかよ。それともまだ抱かれ足りねぇのか?』

思いやりの欠片もない胸を抉る言葉に、かつての幸せが真っ黒に塗り潰されていく。
あたしの心をギタギタに切り刻み、自分の中にあった幸せな記憶も、確かにあった愛情も何もかも。⋯⋯あの日、心の中で音を立て、粉々に砕け散った。

ポキ。手にしていたシャーペンの芯が、ノートの上で折れる。思い出していたら、知らずに力を入れすぎていたらしい。

滋さんの島で過ごした時間は、幸せの始まりなんかじゃなかった。悪夢の始まりだった。
けれど、あたしに天国と地獄を見せた男は、もう居ない。
あたしを忘れたまま、あたしを弄んだ男は、何事もなかったように海外へ渡った。
あれだけ周囲を巻き込んで騒がせた恋の結末が、こんなにも無残な終焉とは、一周回って笑えてくる。

圧をかけ過ぎたシャーペンがノートを汚し、消しゴムで消す。
綺麗にしたところでシャーペンをノックし、再び勉強に取り掛かる。

あの男がどこに行こうが構わない。
あたしがやるべきものは一つ。能力を高めるしかない。
使える時間は全て勉強に充てたい。
見つけた目的を果たす為には、どうしても勉強は必要だ。それを苦だとは思わない。目的があるからこそ糧として生きていける。立っていられる。
その一歩として、大学は英徳じゃない別のところに行くつもりでいる。それも、可能な限り上の大学を目指して。
第一希望はアメリカの大学。でもこれは、かなり厳しく無謀な賭けとも言える。
準備は可能な限り整えるが、何しろ時間が足りない。だから、保険として東京の大学もいくつか受けるつもりだ。

幸いなことに、お金の心配も要らない。
NYで知り合ったおじさんが『グッドラックーチャーム』と言った野球のボール。それを売った。
プレミアが付いたボールは、アメリカの大学に合格し留学したとしても、お釣りが来るほどのお金に化けた。
思い出などいらない。何の足しにもならない。邪魔なだけだ。
売ってはじめて、ボールはあたしにとってのグッドラックチャームとなった。

あとは、死にもの狂いで勉強するだけ。
全ては目的のために。
そして必ず──────。



見返してやる。
あの男を、いつか絶対に。







あの男が日本から居なくなって一年後。
あたしは、赤門のある国立大学に合格した。
入学して暫くすると、今度は賭けであったアメリカの大学からの合格通知が届く。
運は味方してくれた。こんなチャンスを逃す馬鹿はいない。
あたしは、8月まで東京の大学に席を置き、それからアメリカへと渡った。
家族に幾ばくかのお金を残し、優紀にだけは直前、電話で留学の報告をして。他には誰とも連絡を取らないままで⋯⋯。


それからは我武者羅だった。
寝る間も惜しんで取り憑かれたように勉学に励む日々。
勉強以外の時間を全て捨てた努力が実を結び、出るのが難しいとされる大学を一年スキップして卒業。働き口も大企業に決まった。

やっとだ。血を吐く思いで、やっとここまで来た。
これで漸く立てる。


揺るぎなき目的、
そのスタートラインに────。


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  • Posted by 葉月
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