手を伸ばせば⋯⋯ 5
あれから道明寺には会っていない。
正直に言えば、怖くて会いに行けずにいる。
道明寺に指摘されて初めて、自分がストーカーと変わらない行為をしていたと思い知らされて。だから、自分は道明寺とどういう関係にあるのか、きちんと打ち明けよう、そう思い至ったわけだけど。
返って来たあの台詞のダメージは、相当に大きかった。
『まさか俺が本気だったとか言う気か? あれだろ? 遊びだったんじゃねぇの?』
言葉を受けて、血の気を失ったように全身が冷たくなり、気持ちが干上がった。
あれは、付き合っていたのを認めたくないからこそ出た言葉だ。疑いようがない。
よりによって、こんな女と。そう思われたかもしれないと考えると、居たたまれない気持ちになって、会いに行く勇気など持てそうになかった。
今の道明寺は、決してあたしを好きになんてならないだろう。
散々、冷たい視線を向けられ、罵られた身だ。記憶が失くてもまた好きになってもらえるなどと、そんな都合の良い未来を望めるほど、自分は図々しくはない。
記憶さえ戻れば、また二人で並んで歩ける未来も残されるかもしれないけど、記憶が戻る保証はどこにもない。
だとしたら、全てを打ち明けてしまった今、あたしに待ち受けているのは何か。考えるまでもなかった。
待ち受けているのは、別れだ。
付き合っていると知った以上、道明寺だって、素知らぬふりはしないはず。
別れて欲しいとか、過去はなかったことにしてくれとか。いずれにしたって、あたしとの関係を断ち切るつもりでいるに違いない。認めたくない気持ちが露わとなった台詞を言うくらいなのだから、別れたいに決まってる。
それが怖くて、あたしは道明寺に会いに行けない。次に会ってしまえば、きっと別れを切り出されてしまう。
喩え会えなくても、決定的な何かを言われるまでは道明寺と繋がっていられる気がして、それが正しい判断じゃないと分かっていても、引きずる未練があたしの動きを止める。
そんな別れの予感ばかりが脳に充満し、校内の廊下を歩きながら、無意識に溜め息を吐いた。
「何だよ、その重すぎる溜め息はよ」
ハッとして顔を上げれば、声を掛けてきたのは西門さんで、隣には美作さんがいた。
「どうした牧野? そろそろ司も来るぞ。大丈夫か?」
心配そうに美作さんが顔を覗きこむ。余程、自分は浮かない顔をしていたのだろう。
美作さんに続き、西門さんまであたしの顔を覗きこんだ。
「司が来ても、おまえはおまえらしくしてろって。何があっても、俺らがついてんのを忘れんな。おまえは目を離すと、直ぐに忘れるもんな。おまえ、脳みそ足りてねぇんじゃねーの?」
失礼極まりのない西門さんは、あたしの頭に手を置くと、わしゃわしゃと髪を掻き回しながら頭を揺らした。
「うわっ、何すんのよ!」
「脳みそ詰まってるか確かめてやってんだよ」
「お、カランコロン音がするな」
「しないから! 美作さんまで乗ってこないで!」
「カランコロンはやべぇよ。つくしちゃん、やっぱ脳みそ足りてねぇみてぇだわ」
「しかも音からして凝固化」
「どうりで」
「どうりでってどう言う意味よ、西門さん! てか、髪の毛ぐちゃぐちゃしないでってば!」
「安心しろ。髪が整ってようがボサボサだろうか、たいして変わんねぇから」
「最低っ!」
酷い言い草をした西門さんだったけど、最後は撫でるように髪を整えてくれる。
頭を撫でられながら頬を膨らませるも、相変わらずの二人に結局は吹き出してしまい、三人で声を立てて笑っていた時だった────道明寺が姿を見せたのは。
❃
校内に入り直ぐに行き合ったのは、三条だった。
「道明寺さん、復学おめでとうございます。もう体のほうは大丈夫なんですか?」
「あぁ。それより、あいつらどこにいるか知らね?」
「美作さん達なら、三階の廊下で見かけましたよ」
「サンキュ」
教えられたままに三階を目指す。
復学と言っても、ここに来たからって授業を受ける気はねぇ。それは昔からだ。
あいつらがいるから暇つぶしで来てるようなもんで、しかし今日は、やらなきゃなんねぇことがある。
あいつらを捕まえて、牧野と俺の関係を確認しなきゃなんねぇし、牧野の様子もこの目で確かめてぇ。
で、牧野が元気なら、もう少し色々と話してやってもいい。
数段飛ばしで三階まで一気に駆け上がり廊下に飛び出せば、三条の言った通り奴らはいた。が、ピタリとその足が止まる。
視線の先に映るのは、あきらと総二郎⋯⋯、だけじゃねぇ。そこには、総二郎に髪を撫でられている、牧野がいた。
それも楽しそうに笑いながら。
────あの女。
具合悪りぃどころか、俺に会いに来ねぇ間、こうしてこいつ等に愛想振り撒いてたのかよ。
拳を作った手に力が入った。
「よぉ、司! やっと来たな!」
誰よりも先に俺の存在に気付いたあきらが、右手を上げて声をかけてくる。
俺は奴らの元へと足を進めた。
「怪我は、もうすっかり良いんだろ? 流石は超人的回復力だな」
俯いた牧野を視界の端に収めながら、あきらに「煩ぇ」と、刺々しく返す。
「なんだよ、その物騒面は。折角元気になったのに、ご機嫌斜めかよ」
俺に気付くと同時、牧野の頭から手を離した総二郎のほざきに突っかかる。
「随分とおまえらは楽しんでたみてぇだな」
直ぐさまフォローするように口を開いたのはあきらだった。
「お前が今日から復学するから、そろそろ来る頃じゃねぇかって話してただけだ。なぁ、牧野?」
「う、うん。その⋯⋯、良かったね、学校に来られるようになって。体はもう大丈夫?」
牧野は、俯かせていた顔を上げはしたが、こいつらに見せていたさっきまでの笑顔はとっくに消え失せていて、「あぁ」とだけ素っ気なく返した。
総二郎に頭を撫でられ、楽しそうに笑っていた光景を思い出すと、むしゃくしゃしてそれ以上の言葉が出てこねぇ。
「そっか、良かった。じゃあ、あたしは授業があるからもう行くね」
総二郎たちと楽しそうにしてたくせに、俺が来た途端にこれかよ。
牧野はくるりと背を向け、振り返りもせずに走り去って行った。
それから俺たちは、F4専用のラウンジへと場所を移した。
そこで、牧野から訊いた話を打ち明け事実確認すれば、二人は俺と牧野が付き合っているのを認めた。
だが、詳しいことまでは教えてはくれねぇ。何度も訊いた、あとは俺が思い出すしかねぇから、と言って。
類なら、事細かに教えてくれるだろうか。ハイエナ退治に一役買ってくれた、類ならば。
だが、その肝心な類の姿が見えねぇ。
待てど暮せど現れず、時間は昼を過ぎていた。
「俺が復学したってのに、類は来ねぇ気か」
「流石に来てんだろ。ただ天気が良いから、いつもの所で寝てるのかもな」
あきらの言う、いつもの所。少し考えて、それが非常階段だと思い当たる。
「ちょい行ってくるわ」
俺が来てるのに顔を見せねぇとか、友達甲斐がねぇにも程がある。
が、仕方ねぇ。ハイエナの借りもあるし、今日のところは俺から会いに行ってやる。
ラウンジを出て、一階の非常階段から上階を目指す。
二階まで来たところで人の気配と微かな声が訊こえ、三階との間にある、踊り場手前まで忍び足で登り、そこで一旦足を止める。
類以外の奴なら顔を突き合わせるのも面倒だ。
誰がいるのか確認するために、そっと顔を出し上の階を覗けば────、いきなり衝撃的な絵面が俺の視界に飛び込んできた。
覚悟なしに見せつけられたそれは、二人の抱擁で、類が牧野を抱きしめている姿だった。
類が無理やりそうしているようには見えず、牧野も嫌がらずに類の胸に顔を埋めている。
──────そういうことかよ。
入院先で牧野を見た時、類の女だと思い込んだ。それは、そう思い込むだけの特別な何かを二人から感じた取ったからに他ならない。
俺が記憶を失くしたから、乗り換えるつもりで類にすり寄ったのか。或いは、記憶を失くす前から天秤にかけてたのか。
いずれにしても、俺と付き合ってるとか言っときながら⋯⋯、よくも虚仮にしてくれた。
人の気持ちを踏みにじりやがって。
────心が凍る。
ドロドロとした黒い感情が渦巻き、憎悪が俺を蝕んでいく。
血管が浮かんだ拳の震えをどうにか抑え、二人に気付かれないよう、俺は静かにその場を後にした。

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