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エレメント 14




突然の司からのプロポーズも、それをつくしが「分かっている」と思い込んでいるところも、つくしの理解の範疇から大幅にはみ出している。異星人的思考回路になんて、ついていけるはずがない。
そもそもつくしは、たった数分前まで、自分の記憶は失くされたものと認識していたのだ。それなのに、この急転直下。誰が予測できるというのか。
何も反応できずにいれば、司は再び口を開いた。

「戸籍は汚れちまったし、遠回りもしたけど、その分、牧野の笑顔が絶えねぇくらい、必ず幸せにする。だから、俺の妻になってくれ」

司の科白が神経に触れ、ピクリ、と僅かにつくしの眉が反応する。
『何を勝手なことを』と、真っ先に湧き上がったのは、反発心だった。
危機的状況が去って、安堵しているからこそ生まれた感情とも言えるけど、と頭の片隅で自己分析しながら、胸の内側では文句を浴びせる。

なによ、あたしの笑顔の何たるかも、分かってなかったくせに!

反発の源を辿れば拗ねているだけなのだが、それをすまし顔で隠し、視線を司の側に立つ西田に移した。

「西田さん? 手術は成功したはずですよね? 何やらこの人、おかしなことを言い出してますけど、頭大丈夫なんでしょうか?」

「てめっ、俺を頭のおかしい人扱いすんじゃねぇ!」

「牧野様」

司の大きな声を物ともせず、西田は落ち着き払った声を出した。

「司様の退院のニュースをご覧になったのでは?」

「退院する場面だけは観ましたけど、それが何か?」

チッ、と司の舌打ちが割り込む。

「何だよ、分かってねぇのかよ。まぁ、いい。取り敢えず、俺と結婚しろ」

取り敢えず、で纏めて良い話じゃない。この偉そうな言い方が、さっきも神経に触れた科白と合わさって、つくしを頑なにさせる。

「お断りします」
「残念だな、無理だ」

こちらこそ残念だ、どうして日本語が通じない。

「あのね、こんなこと簡単に決めて良い話じゃないでしょ?」

今回の司の病気の件では、楓と休戦とも言える状況にはなったが、結婚ともなると話は別だ。二人だけの問題では済まない。
そもそも、寄りを戻したわけでもないのに、途中過程を色々とすっ飛ばしすぎている。

「一人で勝手に何でも決めないでよ。大体ね、保育園のことだってそうよ。どうして言ってくれなかったの?」

「本当です。せめて私くらいには打ち明けて下さっても良かったじゃありませんか」

何故かつくしに便乗してきたのは西田だった。
見れば、司の顔はげんなりしている。

「西田、まだ言うのかよ。おまえ根に持ちすぎだろ」

なるほど。全部、真相が分かった西田さんは、何も知らされなかった遣りきれなさから、散々司に怨み言を吐いたに違いない。いつもクールな西田にしては、少しばかり意外だ。
だが、気持ちは分かる。
つくしだってそうだ。司が守ってくれていたのは分かっているし、感謝もしている。
でも、何も知らないで、のうのうと日々を過ごしていたのかと思うと、そんな自分が許せないやら情けないやらで、守ってくれた相手ではあれ、嘆きの一つも零したくなるってものだ。

「保育園、道明寺が経営に関わってたなんて、あたし、全く想像もしてなかったんだけど」

「おまえが保育士目指すって訊いてすぐ、色々と条件付きで出資したんだよ。いずれおまえが、あの保育園の経営に関わるようにもしてある。それも条件の内の一つだ」

「はぁ? 何それ! って言うか、そんな前からだったわけ?」

驚愕に声が跳ね上がる。

「いずれ俺と結婚したとき、公務員続けるより、自分で保育園運営した方が何かといいと思ってよ。
まぁ、予定は色々と狂ったが、用意しといて正解だったろ。8年前、おまえに迷惑がかかってないか念のため調べたら、見事に窮地に陥ってるしよ。直ぐに受け皿に出来る場所があって良かったぜ」

ったく、マジむかつく、あのクソ女っ! と、最後に司は、乱暴に吐き捨てた。
その様子から察するに、元奥さんがつくしの所へ来たことや、その後、針のむしろとなった当時の状況を、丸ごと把握していると思われる。だから、今の保育園につくしを引き抜くよう、司が動いたのだろう。

「つーか、どっちかってーと、俺になーんも言わず一人で勝手に決めてんのは、おまえの方じゃね?」

ジロリと睨まれれば反論は出来ず、自然と目線は虚空を泳ぐ。
当時、保育園に彼女が来たことは内緒にしたし、嘘まみれを語り、別れを勝手に決めたのもつくしだ。反論の余地を探そうにも見つからない。

「兎に角だ。おまえが俺と結婚するのは決定事項だ!」

人が反論出来ぬのを良いことに、司は声高に断言し、懐から一枚の紙を取り出した。
差し出されたそれに目を落としたつくしは、「え⋯⋯」と、小さな声を漏らした。
見せられた紙は婚姻届。
司の署名の他に、証人の欄には二人の名が記されてある。
つくしの父親の名と、そして。────道明寺楓。
顔を上げれば、口元を緩ませている司の目と合った。

「牧野の親父さんに会いに行って、許しをもらって来た。ババァも、とっくに牧野を認めてんだよ。8年前、ババァに呼び出され返り討ちにしたんだろ? あれで思い知ったらしい」

返り討ちとは随分だが、もう全て知っているのか。あの別れの日、楓と何があったのかを。

「司様が記憶を取り戻されてから、私から全てを説明させて頂きました」

つくしの考えを読み取ったのか、西田が口を添えた。

「お陰で何も知らねぇ俺は、天変地異の前触れかって、背筋が凍る思いしたけどな」

「天変地異?」

「それより、折角ケーキ買ってきたから、俺がまた美味いコーヒー淹れてやる。それ飲みながら急いでケーキ食え。この後、予定が詰まってんだよ。西田、おまえにも特別飲ませてやるから、適当に座って待ってろ」

「ありがとうございます」

「用事があるなら早く行った方が良いんじゃない?」

人の気遣いを無視して司はキッチンへと消え、上司からの好意を素直に受け入れた西田は、「失礼します」と、つくしの対面上、ラグの上に正座した。

「牧野様。先程、司様が仰った『天変地異』ですが」

予定が詰まっていると司は言ったが、西田の落ち着き具合を見る限り、まだ時間に余裕があるのだろうか。
何やら話がありそうな西田に倣い、つくしもソファーから下りてラグの上に座り、目線の高さを合わせた。

「あれは、楓社長のことなんです」
「何かあったんですか?」

西田の口端が若干、引き上がったように見えた。

「実は、牧野様と約束を交わされたあと、楓社長は司様に頭をお下げになったのですよ」

「へ?」

「政略結婚しか助かる道がなくなってしまったのは、自分のせいであることと、その責任を司様に背負わせしまうことへの謝罪。そして、社員を守るために司様の力を貸して欲しいと、司様に頭をお下げになり、改めてお頼みになったのです」

⋯⋯そんなことが。

楓はつくしとの約束を守ろうと、行動に移してくれたのだろうか。

「そうだったんですか」

「はい。よっぽどその様子が、司様には奇異に映ったのでしょう。天変地異の前触れかと思ってしまうほどに。
それから暫くしてでしょうか。楓社長が仰ったことがあります。あれだけの熱量をもって訴えるほど、司様を心から思い、司様が何よりも必要とした人を、自分はこの手で引き離してしまったと。⋯⋯牧野様のことです」

「⋯⋯そんな」

あの日、言うべきことを言ったことに後悔はないが、大人の振る舞いとしては、決して褒められたものではない。
つくしは居たたまれず、視線が下向きに落ちた。

「8年前、司様の婚姻でしか道明寺が生き延びる道がなかったとはいえ、楓社長は自責の念に駆られていたと思います。それほど、司様の結婚生活は酷いものでした。あれを結婚生活、と呼べるのなら、の話ではありすが」

最後の西田の付け足しが、酷い日々を強調させている。穏やかな日常とは縁のない暮らしだったのだろう。

「司様は自宅に帰るのを極力避けておりましたが、たまに顔を合わせれば、司様を慮ることはなく、主張ばかりを繰り返す金切り声と、それをばっさりと斬り捨てる、司様の冷やかな声音との対決は、周りの者たちの精神までもをすり減らす、それはそれは、殺伐としたものでした」

「そこまでですか?」

はい、と西田は頷く。

「ですから、道明寺を何が何でも立て直し離婚するつもりでいた司様に、楓社長は反対なさいませんでしたし、寧ろ、影で援護していたくらいです。
そうして、やっと離婚が成立し落ち着いた頃、楓社長はこれを用意なさったのです」

西田がテーブルの上に置かれたままの婚姻届に目を向けた。

「証人欄にご自身の署名をし、司様にお渡しするおつもりで⋯⋯。
ですが、渡せませんでした。司様の病気が発覚したために。
漸く渡せたのは、司様が手術を受ける前日です。司様が書いた辞表を返すと共に、こちらを手渡し、『必ず健康を取り戻しなさい。今度こそ、あなたの幸せを願っています』そう仰って」

咄嗟に言葉が出てこない。

「牧野様? 司様と牧野様との間に、もう障害は何もありません。病気ですら退散したくらいなのですから」

本当に良いのだろうか。
司との思い出は、折り畳んで折り畳んで、心の宝箱に大事にしまい、自分も前を向いて生きて行く、そう誓ったはずなのに。その誓いを翻し、もう一度司の手を取っても許されるだろうか。

つくしは、何度も何度も自分に問いかながら、胸の高鳴りを自覚せずにはいられなかった。

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次回、最終話です!
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  • Posted by 葉月
  •  8

Comment 8

Sat
2021.03.27

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2021/03/27 (Sat) 08:18 | REPLY |   
Sat
2021.03.27

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2021/03/27 (Sat) 21:14 | REPLY |   
Sun
2021.03.28

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2021/03/28 (Sun) 09:57 | REPLY |   
Tue
2021.03.30

葉月  

y✣✣✣ 様

こんばんは!

こちらこそ、読んで頂けるだけで感謝です。ありがとうございます(*^^*)
少しでも原作の二人を感じ取って貰えたのなら、こんな嬉しいことはありません。
ハラハラさせる展開もあったと思いますが、残しますところ後一話。
最後まで、どうぞ宜しくお願い致します。

コメントありがとうございました!

2021/03/30 (Tue) 18:01 | EDIT | REPLY |   
Tue
2021.03.30

葉月  

m✣✣✣✣✣ 様

お久しぶりです! 
そうです、そうです。私です!笑
懐かしい!忘れるはずがありません!
ちょっと体調崩して寝込んでいたので気付くのが遅くなったのですが、コメント見るなり叫びそうになりました(≧▽≦)
本当にご無沙汰しております。
お元気でしたか?
何もご挨拶出来ないままで、すみませんでした。
でも、こうしてお話出来て、本当に嬉しいです!またチャットしたくなるくらいに(*´艸`*)
興奮醒めやらずですが、再びお付き合い頂ければ、こんな嬉しいことはありません。
改めまして、今後とも宜しくお願い致します!

コメントありがとうございました!

2021/03/30 (Tue) 18:05 | EDIT | REPLY |   
Tue
2021.03.30

葉月  

ス✢✢✢✢✢✢✢ 様

こんばんは!

司くん、無事に記憶も取り戻し、パワーアップして復活した模様です。
つくしの元へ、元奥さん⋯⋯じゃなかった、これは禁句でした(苦笑)。ご令嬢が来たことも把握しておりました(*^^*)
みんながそれぞれに、頑張り抜いた8年だったのだと思います。
判の押された婚姻届もあるわけですし、後は司くんに任せておけば大丈夫でしょう!
8年越しの幸せを手に入れられるのか。最後まで見届けてやって下さいね!

コメントありがとうございました!

2021/03/30 (Tue) 18:08 | EDIT | REPLY |   
Mon
2022.01.03

澪ちゃん  

明けましておめでとうございます

何度読み返しても 涙が止まらないお話です
つくしちゃんの溢れるばかりの愛情に
今回も 号泣してしまいました(笑)

2人で8年分の穴埋めをして
そしていつか
司にホテルの蛍やラテアートの話をして感動させてやってください

今年も宜しくお願いします
(3月アップのお話に お正月になってからコメントしてごめんなさい)

2022/01/03 (Mon) 14:56 | REPLY |   
Mon
2022.08.08

葉月  

澪✤✤✤ 様

新年早々にコメントをくださったのにも拘わらず、こんなにも返信が遅れてしまうという失礼を致しまして、本当に申し訳ございませんでした。
そして、重ね重ねで申し訳ないのですが、返信はこちらで纏めてさせていただきたく、ご了承くださいませ。

まずは、『エレメント』への感想、とても嬉しかったです!
最終話から時間の経ったお話を、またこうして読んでもらえるのは本当に嬉しいもので、主役の二人は、もうホタルを一緒に見たのかなぁ、と私までその後の二人を想像してみたり(笑)。

また、私へのお心遣いも、ありがとうございます。
何とか元気にしておりますので、お話の方もちょっとずつ書いていこうと考えております。
お待たせしてしまいましたが、澪✤✤✤さんのキリン化を、直ちに解けるよう、更新に向けて頑張ります٩( ᐛ )و

至らぬ点も多々ありますが、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

コメントありがとうございました!

2022/08/08 (Mon) 15:20 | EDIT | REPLY |   

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