その先へ 14
「ほら、ちゃんと野菜も食べて!」
「…………はぁ」
「こらっ、溜息吐かない!」
向かい合いながらソファーに座り、道明寺と共に用意されたランチを頬張って、30にもなる男を相手に母親みたいなセリフを吐く。
何の気まぐれなのか。何故だか先週からお昼を一緒に摂るようになった。
この執務室で二人、道明寺と一緒に。
『もしかして、一人の食事は寂しかったの?』と、初日に訊ねれば、
『おまえの午後からの仕事が遅れないよう、時間の有効活用だ』
と、人の目も見ずに尤もらしいことを言ってくる道明寺に、
『だったら、副社長がちゃんと食事すれば良いだけの話なんですけど。自由気ままな昼休憩まで奪われて、私にとっては罰ゲームなんじゃ……』
正論で返せばジロリと睨まれ、『黙って食え』と、突然の二人ランチは始まった。
用意される仕出し弁当は、メープルから運ばれてくるもので、体の為にバランスも計算し尽くされた、彩り豊かな見た目にも豪華なものだ。
言うまでもなく、味は唸りたくなるほど美味しい。
しかも温かいまま届けられる。
こんな贅沢は、一社員の私が受けるわけにはいかないと西田さんに主張はしたものの、あっさり退けられた。
『牧野さんとご一緒だと食も進むのではないのでしょうか? お蕎麦を召し上がった時のように。ですので、これは牧野さんに課せられた仕事の一環、通常業務と捉えて下さい』
これも通常業務?
だとしたら、休憩もないってことで、労働基準法に逆らってるんですけど!
そう反論しようとはしたけれど、お蕎麦を食べた日のことが頭を過って、仕方なく受け入れ今に至る。
サラダは食べるのに、大きくカットされたものは苦手なのか、煮物の人参を見つめていた道明寺は、やっとそれを箸で摘まんだ。
「どう? 味がしみてて美味しいでしょ?」
「普通だな」
全く、この男ときたら。
それでも、こうやって一緒に食べるようになってから、以前よりも道明寺は食が進むようになった。
時折、目の前のご馳走を次々と平らげる私を見て、
「そんなに美味いかよ」
と聞いてくる。
「どれもこれも全部美味しい!」
素直な感想を返せば、フッ、と笑ったりもするようになって。
たまに短い会話を挟んだりもする。
この一時に違和感を感じない今日の話題は、過去のことだった。
「おまえさ、俺のこと何て呼んでた?」
「昔?」
「あぁ」
「…………呼び捨てにしてた」
「名前?」
「……違う、名字。道明寺、ってね」
「…………」
道明寺は何も言わずに私を見る。
呼び捨てにされてたことが気に入らないのか。こっちが仰け反りそうになるほど、遠慮なしにじっと見てくる。
「な、なによ」
「別に、何でもねぇよ」
そう言って、ぷいっと視線を外した道明寺は、それから文句も言わず黙って完食した。
仕事に集中していたら、気付けば時刻は夕方の5時近くになっていて、今日最後のお茶入れをする。
「カモミールティーです」
条件反射なのか。
コーヒー以外の飲み物を出すと、道明寺は危険はないかとマジマジと見る。
思わずその姿に笑ってしまいそうになるけど、それを抑え込み注意事項をベラベラと並べた。
「副社長? 監視の目がないからって、今日のパーティーでは飲み過ぎないで下さいね? それと、ちゃんとお腹にも何か入れて下さいよ? お酒を召し上がるのでしたら、今夜は睡眠薬を服用しないように! 良いですね?」
「おまえは小姑か」
「言われたくなければ、規則正しい生活を送ること! 私は今日は、これで上がらせて頂きますので」
「研究会だったか」
「はい。では、お先に失礼します」
執務室を出てからダッシュで、秘書課に置かれている自分の席まで戻る。
PCをダウンさせ、引き出しに鍵をかけて、西田さんや秘書課の人達に挨拶をすますと、バックを掴んでエレベーターへと急いだ。
腕時計に目を落とし、まだ余裕はあると確認すれば、丁度、この階に着いたと告げるエレベーターのチャイム音。
この階には、決められた人達以外、滅多に降り立たないからと油断したせいか。
端にもよらず扉の真正面で待っていた私は、開いた中に人が居るのに気付き、慌てて道を作った。
首から下げているカードには『Visitor』の文字。
来客者だと理解し、お辞儀をして通り過ぎるのを待つ私の耳に入ってきたのは、意外な言葉だった。
「えっ、つくしちゃん? ねぇ、つくしちゃんでしょ?」
「……あっ、えっ……、」
想定外の出来事に言葉を失う。
「わぁー、懐かしいー! もしかして、つくしちゃんここで働いてるの?」
私がぶら下げているIDカードを見たのだろう。
「働いてるなら、また会えるわよね? あたしは、これからパーティーなの。もういつも急に呼び出すから困っちゃうんだけど、パートナーは、あたしじゃないとダメみたいで。今日は急ぐから、つくしちゃんまた今度ゆっくりね!」
軽やかな足音が遠ざかって行く。
頭は沈黙したままで、ドアの閉じてしまったエレベーターを、無意識の条件反射で呼び戻す。
直ぐに開いた扉の奥には、もう誰も居なくて……。
足を踏み入れた地上へと運ぶ箱の中、一人静かに目を閉じた。
─────まだ続いてたんだ。
あれからずっと、海ちゃんと……。

にほんブログ村