Darling Voice 3【最終話】
結局、この時間じゃねぇかよ。
ダッシュで仕事を終わらせたつもりだが、無情にもクリスマスは終わりを告げた。
しかも、こんな時間になってもまだ、何度掛けても牧野は電話に出ねぇ。
もう家で寝てんのか?
それともまさか、本気であの男とどっかに行っちまったんじゃねぇだろうな!
「もたもたしてねぇで、さっさと牧野ん家まで飛ばせっ!」
怒鳴り声と共に急発進させた車は、深夜の街を猛スピードで駆け抜けて行った。
Darling Voice Act3
牧野の住むアパートに着き見上げれば、2階にある角部屋は真っ暗で、思わず息を呑んだ。
寝てんだよな?
寝てるから、電気消してるんだよな?
帰ってねぇなんて、そんなことあるはずねぇよ。
まだ他の男と一緒にいるとか……、いやいやいや、絶対ねぇ!
バクバクと煩い心臓には気付かない振りして、自分に言い聞かせる。
寝ていても起こすまで掛け続けてやろうと鳴らした何度目かの電話。
やっぱまた留守電か、と思った7回目の呼び出し音の後、
『もしもし、道明寺?』
待ち焦がれていた声が漸く耳に届いた。
「おまえな、何度電話してると思ってんだよ」
『ごめん。マナーモードにしたままバッグに入れっぱなしで、今やっと気付いた』
「ったく、心配させやがって。もう家なんだろ? 家に居るよな?」
『うん、そうだけど?』
すーっと肩の力が抜ける。
相当に身体が強張ってらしい。
「そうか、無事なんだな。木村ってヤローに変なことされてねぇか? 木村以外の男にも何もされなかっただろうな?」
『大丈夫だって。でも、ごめんね? 心配かけて』
「ならいい。まぁ、ホントは色々言いてぇとこだが、こんな時間だしまた連絡する。寝てるとこ起こして悪かったな」
『ううん、平気だよ。まだ起きてたし』
「……起きてた……だと?」
『うん、起きてたけど……って、何急に怖い声になってるの?』
牧野の言葉を信じてぇのに、俺の目に映るのは、洩れる明かりさえ感じらんねぇカーテンの閉まった窓。
起きてるならなぜ部屋が暗いんだ。
木村か? それとも別の男か!?
いや、西田も含めてどいつもこいつも纏めて同罪だ!
つーか、今どこで俺の電話に出てやがる!
「牧野! てめっ、嘘つくんならもっとマシな嘘つけ!」
『嘘なんてついてないけど、一体、何を怒ってるわけ?』
ふざけんじゃねぇぞ。俺を騙せると思うなッ!
「今誰と居て何処にいる? 直ぐに迎えに行くから正直に口を割れ!」
『だから、家だって言ってるじゃない』
「てめぇ、ふざけんなよ? あっ、それとも何か? 部屋に男連れ込んでんのか?」
『ちょっと、いい加減にしないと怒るよ? 男の人なんて部屋に入れるはずないでしょ?』
「ふざけんなっ、怒ってんのは俺の方だ! 何、逆切れしようとしてんだ! 逆切れして、また俺を無視か? 完全無視する気か? そんな脅しに、毎回毎回俺が乗ると思うなよ! 起きてる筈のお前の部屋、電気も点いてねぇのに信じられるはずねぇだろうがっ!」
『え?……道明寺、今どこにいるの?』
「俺がアパートの下に居ちゃ都合悪りぃか。で、誰なんだよ。木村か、それとも別のヤローか? どうでもいいから、さっさと場所を言──」
静かな暗闇に、バタン、と音が響く。
……あ?
見上げていた部屋のドアが突然開くと、スマホを持ったままの牧野が顔を出し、俺の姿を見つけるなりニッコリと笑った。
本当に家に居たのかよ。
それより、危ねっ!
「おいっ、転ぶから慌てんな!」
階段を勢いよく駆け降りてきた牧野へと急いで近づくと、牧野はそのまま俺の胸へと飛び込んで来た。
「あれから直ぐに帰って来たし、部屋にも誰も入れてないよ? 道明寺が心配することなんて何ひとつないからね?」
胸元でそう呟く牧野は、上に何も羽織らずのスウェット姿で、風呂から出たばかりなのか、髪の毛も乾かさず頭にはタオルを巻いたままだ。
そんな牧野を、コートを広げてすっぽりと包みこむ。
「こんな格好で出てきたら、風邪引いちまうだろうが」
「だって、まさか居ると思わなかったから、嬉しくて」
さっきまで、怒って俺を無視するつもりでいたくせに、急に可愛いこと言いやがって。
そんな風に甘い声で言われりゃ、怒りは急速に鎮まって、完全にコントロールされた俺は、
「疑って悪かった」
素直に牧野に謝る羽目になる。
それでも、
「誤解されるほど心配掛けたおまえも悪りぃ」
止めときゃいいものを、まだそんなことを言う俺に逆らいもせず、
「うん、そうだね。あたしも悪かったから、ごめんね?」
昔じゃ考えらんねぇほどすんなり謝る可愛い牧野に、疑いや怒りを持った黒い心は解毒され、もう何も言えずの俺は大人しくなるしかねぇ。
「道明寺、寒いから中入ろう?」
「あぁ」
「ねぇねぇ、歩きづらいからいいよ」
コートで包み込み無理やり前を向かせ、そのままの体勢で階段を上ろうとする俺に抵抗する牧野。
「風邪引くっつってんだろ?」
「その前に転んで怪我しそうなんだけど」
「おまえに怪我なんてさせるかよ」
「近所の人に見られたら恥ずかしいよ。 馬鹿だと思われちゃう」
「思わせとけ。牧野が風邪引くよりマシだ」
転ばぬようにゆっくりと、数分前の電話が嘘のように顔を見合わせれば微笑み合って、歪な格好で階段を上って行った。
「はい、コート貸して?」
暗い部屋に上がり脱いだコートを預け、ソファーへと腰を下ろす。その俺の前では小さな明かりが灯されていた。
テーブルの上にあるそれは、炎が頼りなげに揺れるキャンドルで、傍には栓の抜かれたワインボトルが置いてあった。
「なぁ、これって、こないだのやつか?」
「そう。道明寺にプレゼントして貰ったキャンドル。点けてみたらやっぱり綺麗だから、こんな雰囲気で飲むのも悪くないかなぁって思って」
コートをハンガーに掛けながら、嬉しそうに牧野が答える。
暗くしていた理由って、これだったのかよ。
力が抜ける理由に「はぁ」と、溜息を漏らせば、牧野がクスッと笑う。
「気を取り直して一緒に飲もうよ」
すげぇ勘違いもいいとこなのに、バツの悪りぃ俺を気にもせず、牧野はワイングラスを持ってきて俺の前へと置いた。
「その前にドライヤー持って来い。乾かしてやる」
「自然乾燥でいいのに」そう言いながらも、言う通りにドライヤーを持ってきた牧野を、ソファーの下で足の間に挟み込むようにして座らせ、背後から髪を乾かしてやる。
膝を抱えて身体を僅かに揺らす牧野は、鼻歌を歌っているのか、ドライヤーの騒音の合間から声が漏れ聞こえてくる。
どうやらご機嫌らしい。
その姿が愛らしく、ドライヤーを切って乾ききった髪を指で梳かすと、すかさず後ろから抱き込み、シャンプーの匂いを吸い込みながら首元に顔を埋めた。
「牧野、悪りぃ。疑って」
「それ、さっきも聞いたよ?」
「それに、クリスマス一緒に過ごせなくて」
「あ、それは全く気にしてない」
こいつ、本気で気にしてなかったのかよ。
包み込んでいた俺の腕の力が緩むと、牧野はテーブルにあるグラスを取って俺に握らせ、ワインを注ぐ。
飲みかけの牧野のグラスにも注ぎ足すと、カチンとグラスを合わせ、一口飲んでから牧野が言った。
「あたしね。本当にクリスマスなんてどうでもいいんだ」
世間はクリスマスだって浮かれてんのに、情緒ってのがねぇのか、この女は……。
普通は、もっと夢見がちになるもんじゃねぇのかよ。
「そりゃあね、あたしだってクリスマスデートに憧れがない訳じゃないけど、でも、そんなにこだわることでもないと思ってるんだよね」
まるで俺の考えを読み取ったように気持ちを告げる牧野は、俺の隣に腰を下ろすとワインをチビチビ飲みながら話を続けた。
「今だから言うんだけど。あたしね、長い間、道明寺と離れ離れで結構しんどかったんだよね。不安で不安で苦しくて、いっぱい一人で泣いたりもした」
「……牧野」
遠距離中、そんな泣き言を一言だって聞いたことはねぇ。
それは、俺に心配かけないために、強がって明るく振る舞ってるだけだと分かっちゃいたが、こうしてはっきり口に出されると、正直胸が痛む。
「でも、勘違いしないでね? 道明寺にとってNYで過ごす時間は、将来を見据えれば無くてはならないものだったし、あたしにとっても絶対に必要な時間だったって思えるの。
もし、道明寺と離れずに、あのまま日本で付き合ってたとしたら……。もしかすると、別れてたかもしれない」
「例え話でも縁起悪りぃこと言うな」
「ううん、もしかじゃない。絶対に別れてた」
「………」
「あたし、きっと色んなものに押し潰されて、駄目になってたと思う」
「…………、いてっ!」
シリアスな告白に胸を痛ませれば、更に加わる頬の痛み。
「何で急に抓ってんだよ」
「だって、らしくない顔してんだもん。こんな話をするってことは、今はもう何の迷いも悩みもないからこそ話せるんだからね」
笑いながら抓っていた手を離した牧野は、俺の肩にこてんと頭を預けた。
「クスっ。良いよね、こういうの」
酒のせいで顔がほんのり赤くなった牧野がポツリ呟く。
「そうだな」
誰にも邪魔されない二人の時間。俺にとっても安らぐ最高のひと時だ。
だが、幸せに満ちていたこの空気感を、牧野の発言が一瞬にして変えた。
「あたし、遠距離中にね、何度も道明寺に内緒で飲み会に行ってたの」
「あ? んだと?」
甘いトークに発展するのも時間の問題かと思ってた矢先。思ってもみない告白に早業で青筋を立てた俺は、牧野の肩をギュっと強く掴んで抱きよせる。
その衝動でワイングラスの中身が揺れ、「おっと、零れちゃう」と、マイペースに言う牧野に低い声で問い質す。
「そんなに何度もあったのかよ」
「うん? 何がぁ?」
「惚けてんじゃねぇーよ! お前が俺に内緒で行ってたって言う飲み会だ!」
「まぁ、数知れず?」
「数知れずだと?」
「うーん、行ってたね。道明寺が心配するから言わなかっただけで」
「てめ……」
「道明寺が沢山の女性達に何度も誘惑されても、あたしが心配するから黙ってたように、どんなに気心知れた同僚との飲み会だって言っても、心配しちゃうだろうから言えなかった」
……何でこいつがそれを?
牧野が言うように、馬鹿な女共がいたのは確かだが、それで俺がどうにかなったなんてことは一度もねぇ。そこは全くブレねぇ。
けど、余計な心配掛けたくもねぇし、言う必要もねぇと思ったから黙ってたんだが……。
牧野が知ってるとしたら、あいつらか?
意味なくふらりとNYへ現れちゃ、パーティーまで着いてきて、そんな女共も目にしただろう、あの祭り好きなバカ二人組か?
……次に会ったら問答無用でシメてやる!
「そう言うことなんだよね。離れてる距離って」
「ん?」
「離れてからね、こんなに道明寺が好きなんだって気付いたの」
「離れる前に気付かなかったのかよ」
「クスッ」
フォローはなしか? 笑って誤魔化すな、と文句を言いたいとこだが、ここは黙って言葉を待った。
「だからね、離れてるだけに思ってることはきちんと言葉にしなくちゃいけないんだって道明寺から学んだから、あたしも努力したの」
「あぁ」
「一度想いを口にしちゃうと、案外気持ちのいいもんなんだって分かったし、伝えるって大切な事だから、出来るだけ言葉にしてみたりもした」
「おぅ」
「でもね、道明寺が不安になったり心配するようなことだけは、どうしても言えなかった。だってさ……、」
そこまで言うと、牧野はワインをまた口に含み、
「あっ、チーズあったんだ!」
話の流れをぶった切った。
……今なのか? 今、必要なもんなのか、それは!
すっと惚けた思考回路に全く付いていけねぇ。
この大事な会話の場面でチーズは絶対に必要ねぇはずだ。
酒のせいで舌っ足らずな口調に変わった牧野が立ち上がりそうになるのを押えると、つまみは要らねぇから続きを言え! と促した。
「えっと、なんだっけ……あ、そうだ。だってね? 道明寺が心配したり不安になっても、それを補うだけの時間がなかったから。納得させる自信がなくて言えなかったんだよね。
道明寺もそうでしょ? そう思ったから、あたしに何も言わないでいてくれたんでしょ?」
「……まぁ、だな」
「だからね、良いなって思うんだ」
「何がだ?」
「例えね、心配掛けることでも、隠さず話せる距離がいいなって。不安になっても、お互いに拭いきれるこの距離にいられるっていいなって」
「……牧野」
「何度でも話せるこの距離がいい。だから特別な日じゃなくていい。クリスマスじゃなくてもいい。普通でいいの。傍に道明寺が居てくれたら、それだけで嬉しいんだ。
道明寺が怒っても、喧嘩しても、それさえも幸せだなって感じられる」
「だからおまえ、いつも俺が何言ってもクスクス笑ってんのか?」
「うん、だって本当に嬉しいんだもん!」
口調からしても確実に酔ってると分かる牧野。
例え、酒が此処まで口を滑らかにさせたとしてもだ。こんな可愛いことを次々に言われ、大人しくしてられるはずがねぇ。
自分のグラスをテーブルに置くと、牧野の手からもグラスを奪った。
「嫌だー! まだ飲みたいんだから、返してー!」
「グラス持ってたらキスすんのに邪魔だろうが」
「…………うん? キス……?」
何かを考えるように、牧野は首を傾げた。その角度がキスするには丁度良く、牧野との距離を無くそうとする俺に、
「あーーっ! 思い出した!」
絶叫に近い声が耳を劈いた。
「おまえな、何なんだよ突然。耳が痛ぇだろうが」
文句言う俺の胸を押しのけ、フラフラと立ち上がった牧野は、よろめきながらキッチンへ向かう。
「ムードぶち壊して、こんな時にチーズなんて持ってくんじゃねぇだろうな」
「チーズなんてあげない!」
キッチンから返ってきたのは、刺々しい返答だ。
何故だ。何故、急に怒りだした?
暫くしてまたヨロヨロと戻って来た牧野の手にはタオルが握られていた。
「動くな~っ!」
偉そうに命令形で指図するが、酔ってるせいかちっとも迫力のねぇ牧野は、温い濡れタオルを俺の左頬に押し当ててきた。
もしかして、こいつ……。
「……見てたのか?」
「見た。しっかりと」
「おまえが悪りぃんだぞ。俺を無視して男とベタベタしやがって」
「皆がいるのに話しかけられるはずないじゃん。それにベタベタなんてしてないし、キスもしてなければされてもない」
「し、仕方ねぇだろ。おまえが気になって油断しちまったんだよ。アレは事故だ、事故。俺だって気持ち悪りぃ」
「知ってる。でも、あんなところ見れば普通にムカつく」
どうしたんだ、こいつ。酔ってるせいか?
滅多に焼きもちなんてやかねぇのに、唇を尖らしてタオルでゴシゴシと頬を拭く牧野を見ていると、自然と顔が緩んじまう。
そんな俺に牧野は不機嫌な声を出した。
「あたしこれでも怒ってるんですけど」
「焼きもちか?」
「文句ある?」
「ねぇよ。もっと焼け」
「調子に乗るなーっ!」
でもこいつ。焼きもち焼いた割には、さっきまでそのこと忘れてたんだよな?
忘れる焼きもちって、どうなんだよ。
そう突っ込みたくもなるが、
「あっ、赤くなっちゃった。痛い?」
かなり力を入れて拭いていた俺の頬を指で撫でながら、シュンとしちまった牧野を見ちまうと、そんなことどうでも良くなって。
逆に、それでなくても昔と違って素直になった牧野なのに、酒が入ると一層こんな可愛い姿を見せるのかと思うと、俺の方が嫉妬に襲われる。
「痛くねぇから気にすんな。それより牧野。おまえ、もう外で飲むの禁止だかんな」
「どうして?」
「決まってんだろ。おまえの酔ってる姿、他のヤロー共なんかに見せてたまるか!」
「それなら大丈夫」
「あ?」
「あたし、外でお酒飲まないから」
「はぁ?」
飲みに行ってた奴が何言ってんだ。
酔ってるせいで、意味不明なこと言いだしただけか?
「あたし、一滴もお酒飲んでないよ? 道明寺に内緒で行ってた飲み会も、今夜も、ウーロン茶しか飲んでない。
飲むのは、F3や桜子達と一緒の時か、一人で部屋で飲むくらいだから」
マジかよ。あっ、だからか?
今夜、ホテルで牧野を見掛けた時も、他の連中に比べ落ち着いて見えたのは、酒も飲まずに素面だったせいか?
「牧野、ホントにいつも飲まなかったのか?」
「うん」
「何でだよ」
「だって、あたし自分がお酒に弱いの知ってるもん。酔って何か失敗でもあったら、離れてる道明寺に心配かけちゃうでしょ?
だから、大学の時も社会人になってからも、F3や桜子達が居ない所では飲まなかったの。
でも、今夜飲まなかったのは、違う理由の方が大きいかなぁ」
その理由とやらを聞きたいのに、俺の頬をまだベタベタと触る牧野は、赤くなった頬への興味はもう失くしたらしく、今度は肌がすべすべでずるいとか、とんちんかんなことを言ってやがる。
いつまでも頬を撫でる牧野の手首を掴むと、その理由とやらを吐かしにかかった。
「おい、違う理由って何だよ。教えろ」
「クスッ……自慢? したくなるからかな」
「何だそれ」
「あたしね、いつも聞き役だったんだよね。周りの女の子達の彼氏自慢。それは全然構わないんだけどさ、本当は少し羨ましかったんだ。
でも最近、うっかり言いそうになる時があるんだよね。恋人はいないって言ってるのに、お酒なんか飲んだら道明寺のこと黙ってる自信なくて、彼氏自慢しちゃうかも」
……そ、そんな可愛い理由で飲まなかったのか?
やべぇ、マジで嬉しいかも。
掴んでいた手首を引き寄せ、牧野を強く抱きしめた。
「言えばいいだろ? 他の奴等に自慢しろよ」
「言っちゃおうかな~」
「おぅ、どんどん言え」
「そうだねぇ、自慢しちゃおうか? あたしの彼氏はバカで、我儘で、凶暴で、俺様で~」
……おい。
この悪口三昧のどこに自慢の要素があんだよ。
人を持ち上げたかと思えば突き落としやがって、俺を弄んでんのか?
抱きしめていた腕を緩め、目を細めて牧野を見下ろす。
「それの何処が彼氏自慢だ」
そんな俺の言葉を聞いてんだか聞いてないんだか、身体をゆらゆら揺らす牧野は、「それでね~」のんびりとした口調で続きを口にした。
「地位も名誉も、おまけに顔だっていいのに、ホント馬鹿だと思うんだよね~」
「てめ」
「何であたしなんだろうって。どんなに好きでも、あたしは道明寺に相応しい女じゃないのにって。
本当は、ずっとそんな思いを抱えてて、押し潰されそうになった時もあったけど……。
でも、迷わず帰って来てくれた。7年も離れていたのに、迷わずあたしのところへ帰って来てくれた」
「……牧野」
「それって簡単じゃないと思うんだよね。 なのに、当り前な顔してあたしの所へ帰って来てくれた時、あたしの中の不安が完全に消えたの。この人なら絶対に信じられるって。
この人があたしでいいって言うなら、それでいいんだって、やっと本気で思えるようになった。
7年掛かりで臆病なあたしに自信を与えてくれた、そんな素敵な彼氏なんだって、そう皆に言ったら驚くかな?………うっ、ぐ、苦しい」
牧野が話終えると同時に、腕の中に牧野を収める。
全然こいつは分かっちゃいねぇ。
おまえに相応しい男になりたかったのは俺の方だ。
道明寺に生まれたってだけで、運命を決定づけられて。どうせ決められた人生なら、自由な内は好き勝手してやると、道明寺の名に踏ん反り返っていたガキだった俺。
その俺が牧野に出会って変わった。
自分の足で立ち、正しい道でしっかりと生きる牧野に認められたくて、いい男になりたくて、必死になってやってきたっつーのに。
憎んでいた自分の運命ですら受け入れられたのも、牧野の存在があったからだ。
「ジタバタすんな」
「だって苦しいんだもん」
「おまえがバカな癖に可愛いこと言うから悪りぃんだろ」
そう言いながらも、少しだけ腕の力を抜いてやる。
「なぁ、俺とのこと、隠す必要ねぇだろ? 言いたきゃ言えばいい」
「えー、嫌っ!」
「あ? てめぇが自慢したいっつったんだろうが」
ったく、こいつは言うことコロコロ変えやがって。そんなに酔ってんのかよ。
酔ってねぇ俺を、どんだけ振り回す気だ。
「やっぱり道明寺の自慢はしないことにした」
「おまえなぁ」
「だって、こんな自慢しちゃって道明寺のファンが増えたら嫌だもん。それでなくても女性が近づいてくるのに。勿体ないから教えないことにした」
「っ!」
まさか、こんなとこで勿体ないが使われるとは…………限界だ。
「もう無理。我慢出来ねぇ」
「うん? 何が~?」
「いいからちょっと待ってろ」
そう言ってソファーから立ちあがると、掛けてあるコートの所へと向かう。
────良かった、持ち歩いてて。
目的のものを手にし振り返ると、ソファーから床に移動した牧野は、そこにペタリと座りこみ、ワインを継ぎ足しては飲んでやがる。
これ以上飲んで酔われちゃ堪らねぇ。
「酒はもう終わりだ」
背後からグラスを取り上げると、そのまま後ろから牧野を包み込んだ。
「牧野、おまえ酔ってるか?」
「ほろ酔い?」
「その程度なら、まだ記憶はしっかりしてるよな?」
「多分?」
全部疑問形っつうのが怪しいが、やっぱ我慢出来ねぇ。
抱きしめながら、牧野の手をしっかりと押えた。
「いいか、牧野。よく聞けよ」
「うん」
「牧野、俺と結婚してくれ。おまえ以外愛せない。だから、この指輪受け取ってくれねぇか?」
「……へっ?」
間の抜けた声で俺を見上げてから、盛大に輝く石に目線を移す。
「これって、ピアスとお揃い?」
「あぁ。クリスマスにはピアス。おまえの誕生日には、この指輪を渡してプロポーズしようって決めてた。
なのに、おまえが可愛いことばっか言うから、フライングしちまったな」
ダイヤの周りにピンクダイヤも散りばめたエンゲージリング。
ピアスとお揃いのそれは、もうずっと前に用意していたもんだ。
俺が日本に帰国する前夜。牧野との事は俺に一任すると、突然言ってきたババァは、『幸せになりなさい』とも付け加えた。
牧野の誕生日にプロポーズをし、来春辺り結婚出来ればと半年も前から考えていたが、もう我慢出来ねぇ。
今すぐにでも、俺だけのもんにしてぇ。
「おい、返事は? 俺は暇じゃねぇんだよ。予定詰まってっから早く言え」
「えっ? もしかして、まだ仕事残ってたの?」
「違ぇ。こんな時間から仕事なんかするか。つーか、おまえが脅して俺に仕事させたんだろうが」
「じゃあ、ちゃんと仕事は片づけてきたんだよね?」
「あぁ」
「良かったぁ!」
何、嬉しそうな顔して笑ってんだよ。
んな仕事の話より、今は大事なプロポーズ中だろうが!
「で、答えはどうなんだよ」
「ねぇ、仕事も終わってるのに、何でそんなに急いでんの?」
「んなの決まってんだろ。このあと俺は、おまえを押し倒す予定になってんだよ。だから早くしろ。俺が暴走する前に早く言え」
「何それっ! そんな理由でプロポーズの余韻にも浸らせて貰えないわけ?」
「煩ぇ」
愛を確認するのには一番の方法でもあんだろうが!
「でもさ、とっても不思議なんだよねぇ」
「何がだ」
「指輪、受け取ってくれねぇか? って聞かれたはずなのに、なんでもう、その指輪があたしの指に嵌ってるんでしょーか?」
「おまえが受け取るのは分かってんだよ。 だから嵌めてやったんだろうが。でも、おまえの口から聞きてぇ。言えよ、プロポーズの返事」
「クスッ、やっぱり俺様だ~」
「俺様で何が悪りぃ。誰よりも俺がおまえを幸せにしてやるから覚悟しろ」
情けねぇ。
俺様でも何でもねぇ、お前の前じゃ情けない唯の男だ。
牧野に聞こえそうなほど高鳴る心臓を誤魔化すために強がっちゃみたが、返事を待つこの間も、バクバクと鼓動は大きさが増す。
「宣戦布告だね」
「まぁな」
「じゃあ、やって貰おうかな」
「それって、OKって事だよな?」
「うん。ありがとう司。あたしを選んでくれて。こちらこそ宜しくお願いします。……って、うわっ!」
マジで、夢じゃねぇよな?
牧野を包む腕に力を入れ、ベッドに行く暇も惜しくてそののまま押し倒す。
ずっと手にしたかった、唯一の女。やっと、本当の意味で俺の夢が叶った。
幸せすぎて油断すると震えそうになる身体に牧野の腕が巻きつけば、煩かった胸の奥が、じんわり温かくなるのを感じた。
「朝起きたら、酔ってて覚えてねぇとか言うんじゃねぇぞ」
「その時は、もう一度プロポーズしてね」
耳元で言えば返ってくる声に、何度だって言ってやるって気にもなるが、まぁ、その必要はねぇな。
これから直ぐにアルコールなんざ蒸発させてやる。
触れ合う互いの身体の熱で。
牧野の頬に手を添え、二人に距離が無くなるまであと少し────が。
「あっ、ちょっと待った!」
…………この女。
何で甘い雰囲気をこいつは意図も簡単にぶっ壊すんだよ!
この期に及んで俺の胸を押し退けるなんて、喧嘩でも売ってんのか!?
それとも。
「てめっ、焦らしプレイか?」
「何、それ。訳わかんない」
「訳分かんねぇのはこっちだ! 今更仕事で朝起きれねぇとかって理由で、俺にお預け喰らわせるつもりじゃねぇだろうな!」
「明日……や、もう今日だけど、土曜日で休みだよ。それにね?」
悪戯っ子のように牧野が笑う。
「西田さんから少しだけ遅いクリスマスプレゼントだって。道明寺も、今日と明日はお休みだよ! ずっと休日も仕事だったもんね」
「はっ? んなこと、一言も聞いてねぇぞ」
「言わないように西田さんにお願いしておいたの。次の日が休みだって知ったら、絶対道明寺、無理してここに来ちゃうでしょ? ずっと忙しかったから、お屋敷でゆっくり休んで欲しくて口止めしといたんだけど、でも結局来ちゃったね?」
だからか?
だからせめて、休む前に片付けられるだけの仕事をやらせておきたかったって訳か。
どうやれば、俺が仕事をするか。
最強で最愛の女と、優秀な西田にタッグ組まれちゃ、この俺も太刀打ち出来ねぇ。
そうやってこれからも、牧野に操縦され主導権は握られっぱなしな気もするが、それも牧野なら仕方ねぇって思うほどなんだから、どうしようもねぇ。
全ては、俺の為を考えて動く女だから、牧野になら一生振り回されたって構わない。
そんな最愛の女は、俺に『待て』をさせたまま、ごそごそ身体を動かしテーブルに手を伸ばしている。
「何やってんだよ」
「これを取りたかったから、待ってって言ったの」
伸ばした牧野の手にはアロマキャンドル。
それを近づけると、フゥーっと牧野が息を吹きかけた。
「見えねぇじゃねぇか」
「見なくていいの」
こんなとこだけは昔から変わらねぇ。
何度も抱いてるっつうのに、未だにこの時だけは恥ずかしそうにしやがる。
暗がりでも分かる顔を赤く染めてるだろう女から、唯一主導権を取り返せる時。
そのうち目も慣れてくんだろうし、盛り上がってくれば、キャンドルに火を点けても気付かねぇだろうから、それまでは仕方ねぇ。牧野に合せて我慢してやる。
我慢する代わりに、
「つくし、愛してる」
「あたしも、愛してるよ……司」
甘く艶めいた声だけは、これからたっぷりと聞かせて貰う。
俺だけが許された最愛の声を、この腕の中で─────。
fin.

にほんブログ村
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
このお話で年内の更新は最後となりますが、後日、改めてご挨拶だけさせて頂きたいと思います。
今一度となりますが、どうもありがとうございました。
そして、ハッピーバースデーつくし!!
- 関連記事
-
- Darling Voice 3【最終話】
- Darling Voice 2
- Darling Voice 1