Darling Voice 1
こちらは昔のお話となりますが、クリスマスに絡んだ短編(全3話)となっております。
宜しければ是非お付き合い下さいませ。
いつからだ?
俺の惚れた女は、こんな女だったか?って感じるようになったのは。
4年の約束を3年と数カ月オーバーして、牧野の待つ日本に帰国したのは半年前。
長い遠距離の間、些細な喧嘩はあったりもしたが、不器用ながらも俺達のペースで愛を育んで来たつもりだ。
出来る限り連絡も取ったし、僅かな時間を見つけては、牧野をNYや出張先に呼び出したり俺が日本に戻ったり。
普通の恋人同士のようにベッタリ過ごす時間は半端なく少なかったけど、これだけ長い付き合いの関係だ。
少しずつステップを踏んで、それなりに蜜の濃い時間を過ごしたりもした。
そんな中でふと気づいた牧野の変化。
制服を着ていた頃。忙しなく動き回る落ち着きのない少女は、自分の気持ちを言葉にするのを得意としていなかったはずなのに、大人になった今では、恥じらわず愛しい声に乗せて気持ちを伝えて来るようになった。
時に甘えてみたり、10代の頃とは違う形で怒ってみたり……。
昔から牧野に関しちゃ余裕のない俺が、その度にドキッとさせられ、翻弄され────そして、少しの不安が顔を出す。
Darling Voice Act1
「悪りぃ。ホントごめんな?」
「そんな気にしなくていいのに。それも仕事の内なんだし、嫌な顔せずに頑張ってね」
日本で牧野と過ごす初めてのクリスマスイヴ。
正確には、付き合ってから初めて過ごせると思っていたクリスマスイヴ。
あれ程までに余計な予定を入れるなッ! と言っておいたのに、ババアと有能な秘書に阻まれ、早々に俺のスケジュールは埋められた。
せめて25日は、今まで離れ離れで寂しい想いをさせた数年分、恋人らしく甘い時間を共に過ごそうと計画していた……なのに。
一週間前に取引先で会った我儘な社長令嬢のせいで、それすらボツになったと知らされたのは、クリスマスを明後日に控えた今日になってからのことだった。
「ったく、急過ぎんだよ」
牧野に散々予定を入れるな、残業はすんじゃねぇぇぞ、と言っておきながら、俺の方がダメになったのが申し訳なくて、急遽、牧野を呼び出し、今俺達は繰り上げのクリスマスディナー中。
それも、残すはデザートだけとなっていた。
「確かに急ではあるよね。よっぽど道明寺を気に入っちゃったんだね」
「お前さぁ、ヤじゃねーの?」
「何が?」
牧野は、デザートのジェラートを口に含んで首を傾げる。
「何がって……。お前とクリスマスも過ごさねぇで、他の女に招待された、しかもそいつの誕生日まで兼ねてるパーティーに行くんだぞ?」
「それも仕事ならしょうがないじゃない。副社長に就任したばかりなんだし、付き合いは大事にしないとね?」
「そりゃそうだけどよぉ。普通、もっと嫌がったりすんじゃねーの?」
「なに、道明寺はそのお嬢様と、あたしが嫌がるような何かをするつもりでいるとか?」
クスッと、悪戯な笑みで俺を見る。
「は? するわきゃねぇだろが!」
「だったら、あたしが嫌がる理由なんてないじゃない。ね、それよりさ、道明寺食べないの?」
焼きもちの"や"の字も出そうもない牧野は、自分のデザートをさっさと平らげ、金持ちの令嬢のことも『それより』でさっさと片付た。
牧野の興味は、手を付けてない俺のデザートの方にあるようだ。
「食いたきゃ食えよ」
「やった! いただきまーす!」
差し出した皿をキラキラした目で嬉しそうに見つめ、それを次々と旨そうに口に運んでいく。
クリスマスデートがキャンセルになったのに、全くと言っていいほどショックを受けた様子はない。
俺は、パーティーなんか行きたかねぇのに。牧野と二人で過ごしてぇのに。
二人でのデートを楽しみにしてたは俺だけかよ。
初めてなんだぞ? 初めて過ごすはずのクリスマスだったんだぞ?
「なに機嫌悪くなってるの? もしかして、デザート食べたかった?」
見当違いなことを口にする牧野にムッとする間もなく、「じゃ、一口あげる。あーん」って、可愛い声でスプーンを差し出されりゃ、食いたくもねぇのに条件反射で口を開けちまう。
「美味しいでしょ? でも、もうあげない」
俺のまで奪っといて、まだ足りねぇのか?
腕使ってデザート隠さなくたって、取ったりなんかしねぇっつーの。
「食い足りねぇーなら頼んでやるから、腹怖さねぇ程度に好きなだけ食えよ。それに、俺の機嫌が悪りぃのは食いもんじゃねぇんだよ。ホントに分かんねぇのか?」
スプーンを口に運ぶのを止めるつもりはないらしく、じゃ、何なのよ、とでも言いたげな視線で俺を見る。
「お前と二人きりで過ごすクリスマスを俺は楽しみにしてたっつーのに、お前はそうでもなかったみてぇだなと思ってよ。ダメんなっても落ち込むでもねぇし」
「えーっ!?」
口に突っ込んでたスプーンを抜き取り、突っ立てるようにギュッと握りしめた牧野は、急に驚いた顔をし目を見開いた。
「んだよ、でけぇ声出して」
「だって、これクリスマスデートじゃなかったの?」
「あ?……そりゃ一応はそのつもりだけどよ」
「だよね、そうだよね! もう驚かさないでよ。クリスマスデートだと思って楽しんでたの、あたしだけかと思っちゃった!」
楽しいって、そう思ってくれるのは俺としても嬉しいし、そうやって笑う牧野の顔からも本心だというのは伝わる。
「けど、今日はイヴでもなけりゃ、クリスマスでもねぇ」
固く握りしめられてた筈のスプーンを正しい持ち方に戻した牧野は、人を馬鹿にしてんのか、デザートを口に頬張りながら可笑しそうにクスクスと笑っていやがる。
「やってることは同じなのに? 二人でイルミネーションも見たし、こんな素敵な食事にまで連れて来て貰って、間違いなくクリスマスデートじゃない。
それに、あたしのプレゼントは要らないって言い張るくせに、あたしはプレゼント二つも貰っちゃったんだよ? 本当に申し訳ないくらいだよ」
耳に輝くピンクとホワイトのダイヤに、口元を緩ませた牧野はそっと指で触れた。
相変わらず、高価なモンは貰えないって言い張る牧野を説得して渡したピアス。
『折角、お前に似合うだろうなって、喜ぶ顔想像しながら時間作って選んだのによ』
と、ホントの事だがそう恩着せがましく言えば、嬉しそうな顔してどうにか受け取り、直ぐに耳につけたクリスマスプレゼントだ。
それでも、何年も一人にさせた上に今年は日本にいるのにドタキャンだ。
モノで喜ぶ女じゃねぇって分かっていても、これだけじゃ俺の気持ちが治まんねぇ。
牧野が歩きたいって言う街中を二人で意味もなく歩き、立ち並ぶ店に目を向けては、欲しいモンがあるならいくらでも買ってやるって言ってんのに、この女が強請るはずもなく……。
『好きな女の欲しがるもの買ってやんのも、男の楽しみなんだよ』
そう男心を言って聞かせ、やっとその気になってくれた牧野に連れて行かれたのは、若い女共がごちゃごちゃといる、居心地悪りぃ雑貨屋とか呼ばれる店。
周りの女たちからの化粧やら香水やらの混じった匂いと視線に堪え、狭い店内をウロウロする牧野にくっ付き、付きあうこと30分以上。
散々迷った挙句、『これ買って貰ってもいい?』と、牧野が手にしたのはアロマキャンドルだった。
それも中学生のガキでも買えるほどの安モン。
『ラッピングもいいかな?』
別に確認するほどのことでもねぇのに、牧野が遠慮がちにそう訊いて来たのは、ラッピングが有料だからと気にしたせいだ。
たかだか数百円上乗せするにも躊躇う牧野は、包装されたそれを受け取ると、カールされた真っ赤なリボンにまで感激して、胸に抱き喜んだ。
キャンドルよりも、それにラッピング代を加えても、確実に目の前にあるデザートの方が高けぇのに、そこには一切の遠慮が感じらんねぇ牧野の価値観は、いまいち分かんねえけど。
屈託なく笑う牧野の顔を見ちまうと、こんな喜んでんなら、これがクリスマスデートってことでいいか─────なんて思えねぇんだよ!
「なら、今夜は泊りな」
「またそれ? 悪りぃって、謝る以上に何度も言われてる気がするんだけど。その度に、ムリって断ってるの、ちゃんと聞いてくれてる?」
「お前、やってることは同じっつっただろうが。これのどこが同じだ! 全然同じじゃねぇ。やれることもやれないで、やってること同じっつーのは可笑しな話だろが!」
クスっと牧野が笑う。
「ヤらしいことをややこしく言わないでよ」
今日牧野に会ってから、もうすでに何度目かの、泊る、泊らない、の押し問答。
「クリスマスデートっつーなら、そうなんだろ? 25日は、お前とゆっくりメープルで過ごすつもりだったんだ。それが出来なくなったんだからよ、今夜一緒に過ごしたっていいじゃねぇかよ」
「あのね、急に言われても無理だから。明日は仕事だし、朝から大事なミーティングがあるの。早めに帰って早く寝ないと」
「俺だって明日は5時起きだ」
「だったら、道明寺も早く帰って身体休めなきゃね?」
「一日寝ねぇくらい、どうってことねぇ」
「道明寺とあたしの体力を一緒にされちゃ困るんですけど。でも、何もしないって約束するなら、考えてあげてもいいよ?」
ニヤニヤしながら、覗き込むように俺を探り見る。
「なんも………しねぇ」
「あっ、目泳いだ!」
そりゃ、泳ぎもすんだろ!
どんだけ牧野に触れてねぇと思ってんだよ。
俺の仕事のせいで予定を狂わしたっつーのに勝手な言い草だとは分かっちゃいるが、クリスマスも含めて、この後に続く牧野の誕生日にも会える時間をもぎ取る為に、今まで以上に我武者羅に仕事に没頭してきたんだ。
二人でこうして会うのだって久々だってのによ……。
「とにかく、今日はお泊まりはナシの方向で!」
「………」
「もう、そんな拗ねないでってば」
拗ねてねーよ。
ガキ扱いすんな!
「あたし、今すごく楽しいよ? 道明寺は楽しくない?」
「んなことは言ってねぇだろ」
「じゃあ、機嫌直してよ。ねぇ、お願い」
「……っ!」
き、汚ねぇ女!
俺の方に身を乗り出して、首傾げながら上目遣いで見んな!
その顔に弱い俺は、何も言えなくなんだろうが!
「これもあげるから。はい、あーんして?」
止めには、デザートの最後の一口をスプーンに乗せ俺の口元へと運んでくる。
「美味しい?」
「……おぅ」
「幸せだね?」
「あぁ」
「身体だけが目的じゃないもんね?」
「あ、当たりめぇだろ」
「こうして一緒にいるだけで充分幸せだよね~」
「…………あぁ」
完全に牧野のペースに持って行かれ、送るその時まで覆すことが出来なかった。
「今日は本当に楽しかったなぁ。忙しいのに時間作ってくれてありがとね、司!」
一か月の内、1、2度くらいしか牧野の口から出ない俺の名前。
しかも、大抵はベッドの上でしか言わねぇのに、こんな帰り際になって口にしやがって。
益々、帰らせたくなくなるだろうがッ!
「明日もお仕事頑張ってね。おやすみ」
最愛の女の声で名前を呼ばれ、甘くくすぐったい感覚に見事陥った俺の頬では、不意打ちに「チュッ」とリップ音が鳴る。
柔らかい唇で触れられ、俺の脳は途端に溶けかかった。
これは、最後まで我儘を言わせないためにと、牧野が仕掛けた罠なのか。だとしたら、まんまとその罠に嵌った俺は、
「す、すんなら口にしろっ!」
牧野の可愛らしさに意識の全てを奪われ、慌てて我に返ってみても時すでに遅し。
無情にも俺の抗議は、牧野が部屋の中へと消えて行った後だった。
✦
数日前までは、今日は牧野と過ごせると思っていたのに、何が悔しくてあんな馬鹿みてぇな女の言いなりになって、パーティーなんか行かなきゃなんねぇんだよ。
既にその会場へと向かう車中にいる今になっても納得いかず、イライラしながら吸う煙草は、この車に乗ってからもう何本目かも分かんねぇ。
イラつきを紛らわせるために煙草をくゆらせ窓の外を見れば、見渡す限りクリスマスカラーに彩られた街並みと、そこを歩くイチャつくカップルに、余計に腹立たしさは増すばかりだった。
昨日のイヴだって、牧野とは短いメールのやり取りのみ。
それも、滅多にしないメールを会食中のテーブルの下で打って送ってみれば、ものの数分で返って来た牧野からは、
【仕事で疲れたから寝るね! だからメールはもういらないよ】
寂しさの欠片も漂ってない短い一文のみで、何度か往復して続くと思われたメールは、呆気なく終了。
あまりの俺との温度差で生まれた当たり所のない感情は、『そんな数本なら潔く抜いちまえ!』目の前にいる会食相手である禿オヤジを胸の中でなじり、憂さを晴らすしか方法はなかった。
どいつもこいつも、ニヤけた顔晒してるってのに。
街中に目を向けちまう度に出る重い溜め息を吐きながら、短くなった煙草を乱暴に灰皿に押し潰す。
何でアイツは、あんなにサラッとしてんだよ。
マジで寂しくねぇのかよ。それとも、俺に気を遣わせない為に無理してるとか?
そうだよな?
きっとそうに決まってる!
時計に視線を落とすと、時刻は午後6時過ぎ。牧野の仕事も終わってる時間だ。
気を取り直した俺は少しでも牧野の声が聞きたくて、ポケットからスマホを取り出すと、メールなんて絶対しねぇ、と心ん中で呟きながら、直ぐさま電話を繋いだ。
暫く続いた呼び出し音の後に、漸く牧野が出た。
『もしもーし』
「出んの遅せぇ。まだ仕事だったか?」
『ごめんね。もう仕事は終わったんだけど、近くに会社の人達がいたから。道明寺は、これからパーティー?』
「あぁ。マジで行きたくねぇ。つーか、何で社の連中がいると電話出れねぇんだよ」
『だって、色々と面倒なんだもん』
「あ? 俺のことが面倒って言いてぇのか?」
『違うってば、そうじゃなくてね、』
会えない寂しさとイラつきを牧野にぶつけるのは筋違いだって分かりながらも、言葉の端々が強くなる俺に、
『牧野ー! 電話の相手、もしかして男か?』
更に追い打ちをかけるように電話を通して訊こえて来たムカつく声。
…………誰だよ。
突然割り込んで来た、その耳障りな声の男は!
「牧野、その男誰だ!」
荒げた俺の声が、牧野の耳に届かないはずねぇのに、無視か?
『ヤダなー。友達だよ友達。終わったらすぐ追いかけるから、木村君、先行ってて。…………あ、もしもし? 道明寺、ごめんね?』
無視された挙句、友達だと!?
「俺はいつから、お前のダチに格下げんなったんだ?」
『もう、そんな怖い声出さないでよ。ああ言うしかなかったから言っただけでしょ? あたし、恋人はいない設定になってるし』
「てめっ、俺はダチで木村って男とホントは付き合ってんじゃねぇだろうな!」
『クスッ。何、馬鹿なこと言ってんの。あのね、あたしは道明寺で働く唯のOLなのよ? 道明寺副社長が恋人です、なーんて言える訳ないじゃない。
道明寺の名前を出さないにしても、恋人がいるなんて言ったら、同僚の女の子達にアレコレ訊かれちゃうもん。女性はそう言う話好きだからね、その攻撃をかわすのが面倒だから、いないってことにしてあるの。
副社長、分かって頂けましたでしょうか?』
何が副社長だ、ふざけんな!
しかも俺が怒ってんのに、電話からはクスクスと笑い声が訊こえてきやがる。余裕で俺をあしらいやがって。
そんなことより、だ。
「牧野、木村ってヤローと、どっか行く気なのか? 追いかけて何処行くつもりだ!」
『あっ、そうそう。ちょっと飲みに行ってくるね!』
行ってくるね、って、悪びれもしねぇで可愛い声で言われたって、おぅ、行って来い! なんて、男が一緒だと分かっていながら言えるか!
「飲みだと? 行きてぇんなら、女と行きゃいいだろうが!」
『女の子達も一緒だよ? 帰り際にいきなり誘われちゃったのよ。あたし達のいるフロアの中で、恋人のない人達が集まって寂しいクリスマスを楽しもうじゃないか!ってことらしくてさ』
「だったら、その企画の趣旨からおまえは外れてんだろうがっ!」
『だから! あたし、恋人はいないってことになってるんだってば!』
ふざけんじゃねぇぞ。
牧野がいる総務部のフロアっつったら、他にも人事・経理・広報……。
そん中に、どんだけ寂しいヤロー共がいると思ってんだよ!
「ダメだ。行くな」
『もう行くって約束しちゃったもん』
「断われ!」
『一度行くって言ったものは断れないよ』
「女に飢えてる男共の所なんて行ったら、何されるか分かったもんじゃねぇ! 寂しいヤロー共の生贄になるつもりか!」
俺の叫びに、ひたすら笑う牧野。
笑える話なんて何一つしてねぇのに。
昔なら、『煩いわね』とか何とか言って、反抗的な態度を見せてた牧野も、今じゃそんな風に怒ることもなく、怒鳴る俺を余裕で受け止めやがる。
そんな牧野の扱い方に俺は未だに戸惑っちまって、声のトーンを少しだけ落ち着かせた。
「あのな、牧野。俺は、真面目に心配して言ってんだよ。なーんも可笑しな話なんてしてねぇだろ?」
『うん。ごめんね。ちゃんと気を付けるから。それに、みんな道明寺の部下だよ? 部下を少しは信用しなさいって!』
名も顔も知らない、どんだけいるか分かんねぇ部下を、どうやって信用しろっつーんだよ。
「社にいる時と外の顔が同じだと思うなよ? 男なんてな、優しい顔に下心隠して、何企んでるか分かんねぇ生き物なんだぞ?」
『ふーん。道明寺もそうなんだ』
「アホか、俺をそこ等辺のヤローどもと一緒にすんな! 企むのは、おまえに対してだけだ」
『あ、そろそろ行かないと』
てめ、何聞き流してんだよ。
「おい、行くなっつってんだろうが!」
『大丈夫。危険を察知したら弁慶の泣き所に蹴り入れて逃げて来るから! 若い頃は、道明寺相手に鍛えてきたんだから心配要らないって』
「それは俺が逆らわずに、お前の暴力を無抵抗で受け止めてただけだろうが! いざとなったら、女が男に力で敵うわきゃねぇんだよ。
それにな、弁慶が泣くとこなんてどーだっていいんだよ。男が泣くとこは股間だ。股間を蹴り上げろ! ついでに、小指掴んで逆方向に捻ってやれ」
『うん、分かった。頑張ってやってみる。じゃ、行ってくるね~』
……って、そうじゃねぇっ!
危険な場所で戦わせてどうすんだよ!
「あー、待て牧野! 頑張んねぇでいいから、初めからそんなとこ行かなきゃいいだろ?」
『道明寺もお嬢様達に襲われないようにね? 危ないと思ったら、ちゃんと逃げなきゃダメよ? あっ、でも道明寺は暴力振るっちゃダメだからね』
「襲われるはずねぇだろうが! それよりお前は人の話を聞───」
『道明寺……、愛してるよ』
「うっ……」
『じゃ、行って来まーす』
「あっ、待て。牧野、おいっ、こらっ!」
あーっ、くそっ!
ブツリと切られたスマホを感情の赴くままに投げつけてみたものの、……やべぇ。牧野から連絡来るかもしんねぇのに壊れたらどうする。
下に転がるスマホを慌てて拾い上げ、壊れてないか確認する。
画面を操作し、正常に繋がるか試してみれば、相手の呼び出し音を聞いてワン切りした。
それから直ぐに鳴り響く俺の携帯。
良かった。
着信も問題ねぇ。どこも壊れてねぇな。
画面には、折り返し掛けてきた、ワン切り相手であるあきらの名が表示されている。
それには出ずにポケットにしまうと、頭は牧野で一杯になる。
マジで大丈夫なんかよ。
牧野に何かしてみろよ?
犯人抹殺、飲み会に参加した奴等は、連帯責任で全員首にしてやる!
心配で仕方ねぇのに合わさって、ポケットでしつこく鳴り続けるスマホにイラっとしながら、また煙草を一本引き抜き火を点けた。
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