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Secret 44



忙しい最中に掛かってきた一本の電話は、開口一番、脅し文句から始まった。

「ずっと面倒見てきたのは誰だっけ? 分かったんなら、すぐに迎えに来て」 

久しぶりに聞く姉貴の声は、科白とは裏腹に沈んだように訊こえ、無視出来るものではなかった。

指定されたホテルに赴き、地下駐車場に車を止めたところで姉貴のスマホを鳴らす。
電話に出た姉貴が『直ぐ行く』と言った言葉通り、数分後には帽子にサングラスにマスクの完全武装で車に乗り込んできた。

「ごめん、進」

「どうしたの、姉ちゃん。一体何があったんだよ」

「良いから、早く車出して」

「出すって、どこ行けばいい?」

「あんたのマンション」

自宅に帰らないということは、夫婦喧嘩でもしたんだろうか。

「兄さんのところに帰らないでいいの?」

「お姉ちゃんが行ったらまずいわけ?」

「そうじゃないよ。もともと姉ちゃんのマンションだしさ」

横浜の国立大学に通っていた俺の面倒を見る為に、姉貴は大学近くにマンションを買い、姉貴が結婚するまで一緒に住んでいた。
今もそこに住まわせてもらっている俺は、当然、姉貴の部屋だってそのままにしてあるし、いつでも使えるように掃除だって怠っていない。
しかし、この状況は普通じゃない。
戸惑う俺を余所に、姉貴はこれ以上の会話を重ねる気はないようだった。

「お願いね。着いたら起こして」

話を拒むように助手席のシートを倒し顔に帽子まで乗せて、完全に寝る体制だ。
頭の上がらない俺は、仕方なくアクセルを踏み込み、指示どおり自宅へと向かう。
よっぽど疲れていたのか、道すがらも姉貴は一度も起きなかった。
着いてからも、「ここにいること誰にも言わないで」とだけ言うと、自分の部屋へ入るなり、再びベッドへと倒れこんだ。

大丈夫なんだろうか、と不安だけが募る。
仕事だって順調だって訊いている。寧ろ、忙しいくらいだと。
こんなところで、のんびりしている余裕があるわけがない。
誰にも言うなってところが、何かあったと証明してるも同じだったが、今はゆっくり話を聞き出す時間はなかった。
何せ仕事を抜け出してきている。
新人のペーペーが、いつまでも無断で時間を消費していていいはずがなかった。
車だって営業車だ。一度、社に戻らなければならない。
戻ったら大急ぎで書類を作って、なるべく早く帰れるようにしよう。事情を聞くのはそれからだ。
高校生の時からずっと働いて来たんだ。事情によっては、暫くここで休ませてもいい。
今夜は少し遅い夕飯になるだろうけど、何か美味しいもので食べさせよう。たまには奮発して高級肉でも買ってすき焼きでもするか、と主婦並みに夜の献立を考えながら、鍵を掛け家を出た。







姉貴を気に掛けながらも残業は避けられず、どうにかこうにか仕事を終えた時だった。
スマホが鳴り画面に目を落とした俺は、「やべぇ」と呟くと同時に心臓が縮んだ。
画面には『桜子さん』の名前が表示されている。
姉貴のことに違いなかった。
誰にも言うな、と言われている以上、誤魔化さなければならない。
バクバクと心臓を高鳴らせながら、スマホを耳に当てる。

「はい、もしもし」

『進君、お久しぶりね。元気だったかしら? ところで早速で悪いのだけど、先輩に代わってもらえる?』

「お、お久しぶりです桜子さん。姉ちゃんがどうかしたんですか? こっちには来てませんけど」

上擦りそうになる声を必死で抑えながら、素知らぬ風を装う。

『あら、先輩から電話貰って横浜のマンションにいるって聞いたんだけど、違うの? 頼まれた物をこれから届けようと思って電話したんだけどね、電源が切れてるみたいなのよ。先輩、直ぐに充電するの忘れちゃうから』

何だよ、人に口止めしておいて自分で言ったのかよ!
無駄に焦って損した、と詰まっていた息を吐き出した。

「何だ、桜子さん知ってたんですね。口止めされてたから、てっきり桜子さんにも内緒なのかと思っ、」

『やっぱりそこにいるのねっ!』

大きな声が鼓膜を直撃する。
桜子さんの声は食い付き気味に豹変し、

『今すぐ行くから!』

続けられた言葉を最後に、無情にも電話は切られた。

「えっ…………いや、ちょっ、桜子さん! 桜子さん!?…………やべぇ」

今度こそ本気でヤバイ。
プツリと途切れた通話。当然、何度呼びかけても返答はない。
まんまと桜子さんに嵌められた、と気付いたところで後の祭り。
これは高級肉を買ってる場合じゃないと、大急ぎでマンションへと急いだ。




駅からノンストップで走り、呼吸が乱れたまま辿り着いたマンションの周りには、それらしき車は見当たらなく、どうにか桜子さんより先に帰ってこれたようだ。
息が上がったまま家に上がり、姉貴の部屋へと直行する。

「姉ちゃん? 俺だけど入るよ」

返事はなく、勝手にドアを開け入っていく。
まだ寝てるのか部屋は真っ暗だ。

「……姉ちゃん?」

廊下から差し込む淡い光で捉えた姉貴は、ベッドの上に座り枕を抱えていた。

「起きてるなら電気付けるよ」

部屋が明るくなると、今まで分からなかった姉貴の顔がハッキリと見え、ギョッとする。
寝すぎたって顔じゃない。多分、泣き腫らした顔。
もしかして、迎えに行った時からそうだったのか?
サングラスを掛けていたから気づかなかったけど、この顔を見る限り、ただ事ではない。
桜子さんが来ることを告げようと思ったが、止めだ。桜子さんの到着を待った方が良い。
何も話そうとしない姉貴を部屋に残し、リビングで三条さんが来るのをそわそわしながら待った。
それから暫くして桜子さんは現れた。 







「先輩、入りますよ?」

「…………桜子」

痛々しいまでに腫れ上がった瞼。どれだけ涙を流したのだろう。
先輩の表情は無の状態で、私の名前を呼んだきり口を噤む。
私は勝手に話を進めた。

「先輩、よくマスコミに見つからずに此処まで来ましたね。お蔭で、私の方も動きやすくて助かりましたよ。これから一週間程お休みにしましたから、ゆっくりしましょうね。ただ、こんな時でもなきゃなかなか行けないので、明日は目の検査を受けに行きましょう。この前から目の様子が気になってたんですよ。明日の朝、一番で検査出来るよう病院へは手配済みですから」

返答はない。先輩は一切の会話を拒んだ。
正確には、拒んだというより、どんな言葉を投げかけても反応を示さなかった。
一先ず今夜は、進くんに先輩を預け翌朝出直した。


そして今朝。
病院へ行くために、何も言葉を発しない先輩の腕を掴み立ち上がらせる。
拒絶さえしない先輩の瞼は、まだ少し腫れている。
先輩を心配して有給を取った進君に、検査が終わったらまた戻って来ると伝えると、待たせておいた車へと乗り込んだ。


結果として、検査を受けたのは正解だった。
先輩は網膜裂孔と言う病気で、放っておけば網膜剥離に繋がる可能性もあった。
網膜に小さな穴が見つかった為に、その場ですぐに日帰りのレーザー手術を受け、取り敢えずは問題はなくなったけれど、レーザーの光の残像と瞳孔を開いた薬を使った影響は、殊更光を眩しく感じさせるらしく、極端に明かりを嫌がった。
マンションに戻ってからは、カーテンで光を遮断し、暗闇の静寂の中に閉じこもっている。

「桜子さん、なんか色々と迷惑を掛けてすみません」

先輩を部屋に残しリビングに場所を移すと、先輩と同じく温和な顔をした進君は、困惑の色を隠せないままに言った。
事情を知らないのだから、困惑するのも無理はない。

「そんな謝られることじゃないわ。それより、暫く先輩をここに住まわせても良い?」

NYで何があったのかは、椿お姉さんから詳しく事情を聞いた美作さんから知らされていた。
今の先輩はおそらく、道明寺さんと距離をとりたいはず。先輩名義の部屋に住んでる私のところでは、道明寺さんと同じマンションだし意味がない。
仕事を投げ出してまでNYへ行ったのに、とんぼ返りのように帰ってきてしまった先輩は、今までギリギリのところで自分を保っていただけに、崩れるには十分すぎる程だったのだと思う。

「桜子さん、姉ちゃんに何があったんですか?」

この質問は昨夜も受けていた。
仲の良い姉弟だ。心配するのは当然だ。
けれど、曖昧に濁し明確な答えは避けてきた。

「私にもまだハッキリした事は分からないの。でも、ここ最近ずっと悩んでいたのは本当。これから道明寺さんが来るから、話はそれからになると思う」

進君が実の兄のように道明寺さんを慕っていることを思えば、迂闊に話せない。

「兄さんが? そうですか」

「それまで私もここで待たせてもらっていいかしら?」

「ええ、勿論です」

道明寺さんの心配は尋常じゃなく、先輩が無事見つかり横浜のマンションにいることだけは伝えてある。
先輩が帰国しているか分からない内は、余計な心配を与えるだけだと連絡を躊躇ったけれど、帰国しているとさえ分かれば、真っ先に思い当たるの進君で、それを道明寺さんに伝えないわけにはいかなかった。色々と調べてもらった手前……。
でも、あんな状態の先輩を目の当たりにしてしまうと、いくら道明寺さんが先輩を心配しているとは言え、責めてしまいたくなる自分もいる。

自覚する気持ちの乱れは一向に治まらないまま、やがて道明寺さんはやって来た。 

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  • Posted by 葉月
  •  6

Comment 6

Wed
2020.12.16

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2020/12/16 (Wed) 00:31 | REPLY |   
Wed
2020.12.16

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2020/12/16 (Wed) 01:28 | REPLY |   
Wed
2020.12.16

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2020/12/16 (Wed) 15:48 | REPLY |   
Wed
2020.12.16

葉月  

子✢ 様

こんばんは!

つくしが頼った場所は優しき弟君、進のところでした。
働きすぎだし精神的疲労も重なったので、ここで少しお休みした方が良いですよね。
先ずは目の回復が優先です。
到着した司も進のところへ身を寄せたつくしを心配していると思いますが、果たしてどんな場になるのか……。
滋も椿お姉さんに言われたことにより、少しは変わっていると良いのですがねぇ(汗)

司、やはりお説教なのですね!
洗うお手伝いなら率先してやらせて頂きます!任せておいて下さい(*^^)v

コメントありがとうございました!

2020/12/16 (Wed) 20:04 | EDIT | REPLY |   
Wed
2020.12.16

葉月  

林✢ 様

こんばんは!

いよいよ本気で滋さんファンに怒られるんじゃないかと心配になって参りました(汗)
さて、横浜のマンションに司も到着した模様です。
決してつくしを悲しませたいわけじゃない司ですが、果たしてどんな場面になるのか。
滋も早く大人しくなってくれると良いのですがねぇ……。
引き続き、次話も宜しくお願い致します。

コメントありがとうございました!

2020/12/16 (Wed) 20:07 | EDIT | REPLY |   
Wed
2020.12.16

葉月  

ス✢✢✢✢✢✢✢ 様

こんばんは!

まさかの進君の所でした!
桜子相手に、純粋で素直な進君が騙し通せるはずないですよね。早速、バレました。
すき焼きもお預けです。
司も進君のところだとは、考えもしなかったのではないかと思います。
気持ちにも余裕がないようですし、思考能力が著しく低下中なのかも!?

そうなんです、美徳ではないんですよね。
余計に悪化させる状況を作り上げているだけかと。
ここは是非、ス✢✢✢✢✢✢✢さんがガツンとお願いします!

駆け付けた司はどうするのか。
そして進君は……って、ス✢✢✢✢✢✢✢さん、もしかしてエスパーですか?笑

次回も引き続き宜しくお願い致します!

コメントありがとうございました!

2020/12/16 (Wed) 20:12 | EDIT | REPLY |   

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