Secret 36
真っ青な顔をして直ぐに駆け付けて来た三条が、頭を下げる。
「道明寺さん、すみません! 私の責任です。」
「違う。お前のせいじゃねぇよ」
「でも、一人にさせるべきじゃなかった。…………先輩が立ち寄りそうなところには何処にもいないし、スタッフ総出で探してますけど、一体どこにいるのか……」
「こっちもSPに探させてるから、気に病むな」
三条のせいなんかじゃねぇ。
つくしの気持ちの安定を図れなかった、俺の不甲斐なさが原因だ。
どんなに誠意を尽くして言葉を届けても、つくしの心を打ち破れず、どうして良いのか迷いが生じた思慮不足のせいで。
互いに余裕がねぇ口調で、今日一日のつくしの様子や言動を突き合わせながら、ドアを開け放ったままの玄関先で話していると、俺の手の中で音が鳴り携帯が震えた。
SPからだと思い込んでいた俺に気持ちのゆとりの余白はなく、相手の確認もせずに電話に出る。
「見つかったのかっ!」
『いきなり大声張るとはご挨拶だな。その余裕のなさは、牧野を探してるからか?』
苦笑混じりに言う相手の声は、聞き慣れたあきらのもので、
『牧野なら俺と一緒にいる』
思ってもみないところから、つくしの所在は齎された。
「なんだと? ふざけんなーっ! なんでこんな時間まで連れ回してんだよ!」
『待てって、落ち着けよ。牧野と会ったのは偶然だ。俺が取引先の奴と飲んでた場所に、たまたま牧野がモデル仲間と一緒にいたんだ。ただ、あまりにも飲むピッチが早いのが気になって、取引先が帰った後に無理矢理合流した。勿論、帰るようには言ったんだがな……』
そこまで言ってあきらは言葉を濁した。
全部を言わねぇってことは、あきらの言葉に聞く耳持たなかったってことか。
「で、つくしは!」
『悪い。酔い潰れて寝てる。俺が強い酒飲ませて沈めた』
「お前が付いていながら、何そんなに飲ませてんだっ!」
『仕方ねぇだろう。司には電話するなって言うしよ、俺のスマホを取り上げて、へし折る勢いで帰らないって騒ぐんだから、寝かすしかないだろうが』
「兎に角、今すぐ迎えに行く。場所を言え!」
『待て。司、お前は動くな。目立ちすぎる。俺がこれから送り届けるから』
すぐにでもつくしの元へ駆けつけたいのに、そんな自由もねぇのかよ。
かと言って、強引に動けば、またその事が変に書きたてられる可能性もある。
悔しいが、あきらに頼むしかねぇ。
「あきら、頼む」
『ああ。それより、コイツ寝てるから抱きかかえるが、後で俺のこと殴んなよ? そこんとこキッチリ約束しろ。俺は我が身が可愛い。身の安全を要求する』
「なっ、」
仕方ねぇと頭で理解はしても、気持ちが直ぐには納得しねぇ。
自分でも呆れるが、こんな時でも指一本、他の男には触れさせたくなんかねぇ。
だが、流石に今はそんなことも言ってらんなかった。
「…………分かった」
『安心しろ。牧野は俺の女のカテゴリーに入れてねぇから。じゃあ、後でな』
電話を切ると、心配顔の三条が俺を見上げる。
「先輩いたんですか? 大丈夫なんですか?」
「あぁ。飲んでたらしい。たまたま、その場に居合わせたあきらが、今送ってきてくれる」
「……良かった」
強張っていた体の力を抜き安堵の息を吐いた三条の目は、縁が涙で濡れていた。
「先輩が帰ってくるまで、こちらで待たせてもらっても良いですか?」
「あぁ」
安心したとは言え、つくしの顔を見るまでは落ち着かない俺達は、玄関先からピタリとも動かずに、無言でつくしの帰りをひたすら待った。
感覚的には数時間。しかし、実際には30分程か。
つくしは、あきらに抱きかかえられ無事に帰って来た。
「つくし!」
「先輩!」
姿を確認するなり飛びかかる勢いで俺と三条が出迎えるが、あきらの腕の中にいるつくしは、ぐっすり眠っていて起きる気配もねぇ。
つくしを奪い、あきら達にはリビングに上がってるようにと告げると、完全に寝入っちまってるつくしをベッドルームへと運ぶ。
「ごめんな、つくし……」
振動を与えないよう静かにベッドに横たえ、乱れた髪を指で梳かしてやりながら額にキスを落とす。
「辛いよな、言われなくてもいいこと言われて。聞きたくもねぇことばかり聞かされて……苦しいよな。ごめんな、つくし」
このまま傍を離れたくはねぇが、リビングにはあきら達も待っている。
まともに礼もしていなかった俺は、もう一度つくしにキスを落とすとベッドルームを後にした。
「あきら、世話んなったな」
「気にすんな。どうだ? 牧野起きないか?」
「あぁ。多分、朝まで起きねぇな」
「ぐっすり眠れるならそれで良い」
誰に言うわけでもなく、三条が漏らした言葉にあきらも頷く。
「司、牧野のこと怒るなよ?」
黙って出掛けたことには少しばかり腹は立つが、怒れねぇよ。
「分かってる」
報道が過熱してからも、なるべくつくしとの時間を取ろうとしていたし、色んな話もした。
でもそれは、ハッキリと一方通行のものへと変わった、と実感している。
少し前までは、自分の事も話してくれていたつくしは、今じゃ俺の話を黙って聞いてるだけだ。
出回る情報ばかりがつくしの気持ちを乱すのも分かるが、俺の声は本当にアイツに届いているのかと自信をなくす。
これ以上どうやって想いを伝えれば良いのか、俺自身、正直分からなくなることもあった。
「道明寺さん、公表も早められたんです。何とかそこまで踏ん張りましょう」
三条も早いとこ何とかしたいと思っているに違いない。
俺たちの結婚を、予定より2ヶ月早く公表出来るよう、事務所に掛け合ってくれたのは三条だ。簡単じゃなかったろうに、それでも三条は事務所からの承諾をもぎ取ってくれた。
それまで、何とか持ち堪えてくれ、と願うのは、俺も三条も共通の願いだ。
「司、何か出来ることがあれば言ってくれ。じゃ、俺はそろそろ帰るから」
「あきら、サンキューな」
「おう。あ、桜子。今度の撮影ヨロシクな!」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
最後に三条と言葉を交わし、あきらは帰って行った。
「あきらんとこの仕事か?」
あきらが居なくなり三条に問いかける。
「えぇ、フランスから帰って来てからですけどね。……道明寺さん、私も帰りますね。先輩の事、宜しくお願いします」
「あぁ。三条も悪かったな」
首を横に振る三条は、疲れの滲む顔で微笑し、部屋を出て行った。
俺は、すぐつくしの元へ戻り、隣へ身体を滑り込ませる。
首の下に腕を差し入れ、つくしを抱き寄せ寝顔を見ていたが、一気に疲れが押し寄せた俺は、重くなってきた瞼に逆らうことなく目を閉じた。
✢
……っ、…………痛い。
頭の奥をハンマーで叩かれたような激痛に堪えながら横を見れば、すやすやと眠る司がいた。
ってことは、ここは自宅だ。
靄がかかったように呼び出す記憶は曖昧で、どうやって帰って来たのかが分からない。
頭に刺激を与えないよう、静かに上半身を起き上がらせ、こめかみを押さえながら必死に昨夜の事を思い出す。
飲みに行って、確かそこには美作さんがいて……。
そこまで記憶を遡ったところでハッとする。
まさか! 見られてない?
慌てて飛び起き、ふらつく身体と頭の痛みを我慢して、バッグの在処を求めて辺りを探す。
ソファーに掛けてあったコートの下に目的のものを見つけ胸をなでおろすと、司が熟睡しているのを確認して、バックを掴み寝室を後にした。
リビングのソファーに座り、バッグに忍ばせていたものを取り出す。
司、本当ならはっきり言って欲しい。
…………いや、やっぱり無理だ。
真実を聞く勇気はまだない。
相反する思考が右へ左へと揺れながら、定まらない気持ちが胸を掻き乱す。
「司」
手にした写真に映る姿を見て、喘ぐように呟く。
これ以上は見ているのも限界で、ファスナーがついているバッグの内ポケットに、怖いものを隠すようにしまい込んだ。

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