Secret 34
いつもと変わらない朝。
起きて直ぐのリビングで、昨日のパーティーが取り上げられているのかが気になり、普段ならこの時間には観ないテレビを点ける。
番組から流れるのは、やはり昨日の私達だった。
どれくらいそうしていただろう。
朝の光が差し込む明るいリビングで、自分は身じろぎもせず茫然と突っ立っていたのかと、テレビを点けた時と同じ格好のままでいることに気づいたのは、随分と経ってからだ。
画面の中では、コメンテーターたちが既に違う話題で盛り上がっていた。
手が白くなるほど強く握り締めていたリモコンのボタンを押し、テレビを消す。
時計に目を向ければ、いい加減朝食作りに取り掛からないと間に合わない時間だった。
普段の足取りとは違い、地に足がついていない浮遊した感覚を覚えながらキッチンへと向うと、それからは意識して思考を止め、黙々と調理に没頭した。
そろそろ限界か、と息を吐く。
憂鬱を乗せた分だけ、吐き出した音はどんよりと重く感じる。
もう司を起こさなければならない時間だった。
それに、桜子も今朝は早く来ると言っていた。程なくして顔を出すはずだ。
濡れた手をタオルで拭き、カウンターに置いてあるスマホに手を伸ばした。
『……………はい』
電話の向こうから不機嫌な声が届く。
「おはよう。もう時間だよ、起きて?」
『…………あ?……つくし!? え? もう出掛けてんのか?』
「ううん、家だよ。もうご飯の用意出来てるから早く起きてきてね」
無駄な会話はせず、要件だけ伝え電話を切る。
直ぐだった。直ぐに大きな足音を鳴り響かせ、司はダイニングへと飛び込んんで来た。
「つくし、何で電話なんだよ」
「司ってさ、どんなに夜中でも朝方でも、電話が鳴るとしっかり出るじゃない? どっかで仕事かもって気が張ってるのかもね」
「だからって何で電話なんだっ!」
「私が起こしてもなかなか起きない癖に、電話だと起きるでしょ? なんで今までこの手があったことに気付かなかったんだろうね」
そこにタイミング良く割り込んできたのはチャイム音。きっと桜子だ。
良かった、と司に気付かれないように安堵する。
出来れば司と二人きりで過ごしたくはなかった。
今の自分は、もしかしたら上手く笑えないかもしれない。
それどころか、何か言ってしまいそうで怖い。
普通を装うことも億劫で、投げやりになりそうな自分を抑えられる自信がない。
そこに来ての桜子の登場は、私には救いであり、待ってましたとばかりに玄関へと走った。
✢
「おはようございます」
「おはよう、桜子コーヒーで良い?」
コーヒーじゃダメだ。
全自動のコーヒーマシンで、直ぐに淹れたてのものが出来上がってしまう。
他に何かないかと思考し、別のものが頭に浮かぶ。
普段なら飲まないけれど、今は仕方がない。
他に思い浮ばない以上、少しでも作るのに手間がかかるそれをお願いする。
「先輩、ココアをお願いしても良いですか?」
「ココア? 珍しいね、うん、いいよ。ちょっと待っててね。司、先に食べてて」
キッチンへ向かうため、先輩が私達に背を向ける。
「三条、そんなの後にしろよ。つくしだって、メシまだなんだよ!……痛ぇっ!」
テーブルの下から道明寺さんの脛に蹴りを入れると、目配せしながら「しっ!」と、人差し指を口元に突き立て短く言う。
私が指を下ろすのと先輩が振り返ったのは、ほぼ同時だった。
お願いします、これ以上余計なこと言わないで下さいよ、道明寺さん。少しでも時間稼ぎしたいんです。と、ひたすら念を送る。
「大丈夫だよ、桜子。すぐ作るから待っててね」
「ありがとうございます。慌てないで良いですからね」
完璧な笑顔を貼り付ければ、特におかしいと思われた様子もなく、先輩はキッチンへと入って向かう。
こういう時、広い家は便利だ。先輩がキッチンへ入ってしまえば、小声でなら距離に邪魔されて会話を聞かれる心配もない。
先輩の姿が消えるなり、早速苦情が入った。
「てめぇ、なんなんだよ。いきなり蹴り入れやがって。お前だけは、口は減らなくても暴力は振るわねぇと思ってたのによ」
「もう、すみませんって。仕方ないじゃないですか。私だってしたくてした訳じゃないんです。兎に角、先輩の前では話せないので用件だけ言います」
「なんだ」
何かあると気付いた道明寺さんは、食事には手を付けず、真面目な顔つきに変わり話を聞く構えをみせた。
「食事しながらで結構です。食べていないと不審がられますから。
用件は、昨日のパーティーの件です。
道明寺さんと先輩のことが騒がれています。お二人の関係が疑われるかと警戒してたんですけどね、違いました。
テレビ、新聞、雑誌全て、先輩は滋さんのダミーだって内容で報道されています。それに……、」
心配要らないと思いながらも、一呼吸置いてしまう。
まさか、先輩と道明寺さんがこんな取り上げられ方されるとは思ってもみなかった。
それだけ、道明寺さんと滋さんの関係を世間は疑わず、二人の恋人説が根強く浸透してしまっている証拠でもあった。
「ったく、なんだよそれ。それより、続きを早く言え」
「はい。その前に一つお尋ねしますが、その……、ないですよね?」
身を乗り出し道明寺さんを覗き込む。
「何がだ」
「滋さんと肉体関係」
「はあ~っ!?……ってぇっ!」
考えるより先に足が動いてしまった。
それも思いきり、二度目の蹴りも弁慶に綺麗に決まる。
口にするより手っ取り早いこのやり方は、なかなか使えるかもしれない。
昔、やたらと暴力を振るっていた先輩の気持ちが、少しだけ分かった気がした。
「…………てめっ」
「声が大きいんですってば! 次からは小声で答えて下さいね。で、どうなんです? 滋さん、抱きました?」
ストレートに訊いたからか。ブホっ、と吹き出し咽せ返る道明寺さんは、それが落ち着くと無声音に近い小声で精一杯に喚いた。
「ふざけたこと抜かすなっ! んなことあるわけねぇーだろうがっ!」
そうだろうと私も思うけど、念の為の確認は怠れないと、半目で道明寺さんを見る。
細めた目に猜疑心をチラつかせ、黙ってただひたすらジーッと見つめ圧をかける。
「な、何だよ、その疑いの眼差しは」
顔を引き攣らせ、慄いたように体も仰け反らせているけれど、どうやら嘘は言ってないようだ。
「あるはずないですよね。失礼しました」
半目から普通サイズの目に戻せば、道明寺さんは横を向き、大きな塊を吐き出すように溜息をついた。
「一応念の為に確認しときたかったんです。というのも、滋さんの妊娠説が出ていて、滋さんの体を気遣ったから、道明寺さんのパートナーを先輩に依頼した、って記事にしているところが一社あるんです」
「ざけんなっ! んな根も葉もねぇこと書きやぎって」
いくら嘘だとは言え、こんな記事が出るなんて想定外もいいところだ。
それも、書き立てたのは、以前に先輩と城崎を取り上げた週刊誌。
道明寺、大河原両サイドに近い関係者からの証言もあると書かれていた。
これをどうやって先輩に伝えるべきか。いずれバレるなら、早めに伝えてしまったほうが良い。
「先輩にどうやって伝えましょうか?」
「俺が言う。疚しいことなんてねぇよ。堂々と違うと否定すればいいだけだろ」
確かに心配する必要はない。実際に何もないのだから。
「えぇ、そうですよね。ではお任せしました。お願いします」
「おぅ」
それでも、気分は晴れない。
次から次へと創作される偽情報に、どうしたって心は沈みがちになった。

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