Secret 33
広いパーティー会場に入場した、一組の男女。
お金に糸目もつけず着飾った多くの人々も、煌びやかな照明さえも、並んで入って来た二人に比べたら、全てのものが霞んで見える気がした。
作られたものではない、慈愛に満ちた男性の眼差しは、きっと生涯一人にしか向けられない。
それを当たり前だと決して思わない女性は、その眼差しをしっかりと受け止め、溢れる笑顔で見つめ返す。
いつもより道明寺さんへも、先輩にも、寄り付いてくる人が少ないのは、近づくのさえ躊躇うほど圧倒的な存在感と、二人が醸し出す雰囲気に飲み込まれているからかもしれない。
すれ違う誰しもが、その場で足を止め、息を呑み、思わず視線を向けずにはいられないでいる。
そんな人々へ挨拶をして回る二人。
的確に動いてるのは、この二人と、それを追うマスコミ関係者だけかもしれない。
フラッシュを浴びるのに慣れている筈の先輩でさえ、休みなく与えられるそれに、時折目を細め顔を背ける場面もあった。
……にしても、やたらと目を気にし過ぎではないかしら?
「よう、桜子。何、眉間に皺寄せてんだよ」
「え、皺!?」
「過剰に反応すんな! それより、本当にいいのかよ、あれで?」
私を見つけ近づいてきたのは西門さんで、やはり気になるのは二人ことのようだ。
「良いも悪いも、あれを誰が止められると思います?」
「だな。牧野はともかく、なんだ、あの締りのねぇ司の顔は。これじゃ、明日は二人の話題で持ちきりになんじゃねーの? 大丈夫なんかよ」
「まあ、“お似合いのカップル”程度に騒がれるなら良いですけどね」
「でもよ、ああやって見ると幸せそうだよな」
「…………そうですね」
確かに幸せそうな二人。
でも、本当に大丈夫なのかと、何故か不安が拭えない。
みんなで集まったあの日。
滋さんに敵対心を持った言葉をぶつけられた先輩は、それからも全く様子は変わらなかった。
意地を張り、強がって無理する所は、先輩の癖みたいなものだけど、それでも一日の大半を一緒に過ごしていると、ふとした拍子に見え隠れする本音の部分。今は、それが見えない。
先輩の本心が何処にあるのかが掴めなかった。
ただ、良くない方向へ進むのではないか、と嫌な想像ばかりしてしまうのは、無駄に余計なことを考えてしまう先輩と、長いこと一緒にいるために感化されたせいだと思いたかった。
✢
「これは楓社長、本日はおめでとうございます」
「大河原社長、本日はお忙しいところお越し下さり、ありがとうございます」
「いや、驚きましたよ。世間を欺く演出には。世間は、滋が司君のパートナーを務めると思っていたでしょうな。
勿論、演出に過ぎないと思いますが、司君もちゃんと理解していると思って良いのですよね? でなきゃ、あまりにも滋が不憫だ」
「えぇ、勿論演出ですわ。今の彼女には勢いがありますから。
司にしても、どう自分が振舞うべきかは分かっております。時期が来たら、司が判断し決断するでしょう。
恐らく、そう遠い話ではありません。あまり待たせては、私も滋さんに申し訳ないと思っておりますのよ。司が動かないのなら、私が働きかけるまでです」
流石は鉄の女だ。
牧野つくしは使い捨てか。
財閥の為なら息子の人生さえも何とも思わないのだから、牧野つくしなんぞ利用するだけして、後は無残に捨てる腹積もりか。そこには何の躊躇いもないだろう。
こちらとしても好都合だ。
だが、息子の方は気をつけるべきか? 油断はしない方がよさそうだ。
うちと道明寺だけが推し進めているわけではないこのプロジェクトが、予定より早く進んでいる。
この動きの裏には何かあるのか。
人々に囲まれている牧野つくしを、忌々しげに見る。
どちらにせよ、早いとこあの女には退場してもらった方が良さそうだ。
✢
「先輩、お疲れ様です。大丈夫ですか? 疲れてません?」
「なんとか大丈夫だよ」
喉を潤す為、一旦道明寺さんから離れ、会場の隅に作らせたパーテーションで仕切った一角に先輩が戻って来た。
ミネラルウォーターで一気に喉を潤すと「はぁー」と、盛大な溜息を落とす。
「しかし、凄い人だよね。美作さんともすれ違ったけど、手を挙げただけで話も出来なかったよ。
覚悟はしていたけど、これだけの人がいると、流石に笑顔振り撒き過ぎて頬が攣りそう」
「そうですよね。先輩の場合、来客には適当に、先輩にはとびきりの笑顔で、なんて接する道明寺さんの真似させる訳にもいかないですしね」
「その度にフラッシュの嵐なんだもん。眩しすぎて困っちゃう」
「それにしても、目大丈夫ですか? 随分と気にしてるように見えましたけど」
「フラッシュのせいかな。残像なのか、目の奥が光る感じがするんだよね」
「疲れですかね」
「でも大丈夫、心配しないで」
二人で会話をしていると、
「牧野さん、そろそろ良いですか」
他人行儀な声が割って入ってきた。
他人の振りを演じてる道明寺さんだ。
「はい」
たった数分しか休憩していないのに、恐らくは、道明寺さんがひと時も先輩と離れたくなて、いそいそとこうしてやって来たに違いない。
しかも、他人行儀はここまでで、周りに誰も居ないのを確認すると、先輩への小言が始まった。
一応、声は潜めてるけど。
「お前な、愛想振り撒きすぎなんだよ。 適当にしとけ」
「出来る筈ないじゃないですか。これも仕事ですから」
「仕事だろうがムカツクんだよ」
「では、参りましょうか」
妻の方はあっさり風味で敬語も崩さない。
道明寺さんのヤキモチには耳も貸さず、呼びに来た道明寺さんを置いていく勢いで、会場へと戻っていく先輩。
ここに居ては、道明寺さんの小言が煩くて堪らないと、会場に戻ることで道明寺さんの口封じに出たのだろう。
慌てて後を追い掛ける道明寺さんも、パーテーションの外に出てしまえば、流石に人の目があって何も言えない。
先輩の思惑通り小言を呑み込むしかない道明寺さんは、笑顔で歩く先輩に寄り添い、主催者の立場で来賓たちに接している。
一人一人に、メープルの専属モデルとして、先輩を紹介しながら……。
見るからにお似合いの二人。
息の合ってる振る舞いも二人だからこそで、見つめ合う眼差しも本物なのに、妻と紹介出来ないたった一つの秘密が、今日はやけに悲しく感じられた。
翌日、この日のパーティーの様子は、テレビ、新聞、週刊誌と、予想通りマスコミがこぞって取り上げた。
しかし、内容は私たちの想像を大幅に外れる。
二人の関係が詮索されるどころか、その心配は皆無に等しい。
そして、これを境に、本心を隠していた先輩の中で、何かが音を立てて崩れて行ったのかもしれなかった。

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