Secret 31
リビングへ戻ると、誰もが口を閉じ静まり返っていた。
滋さんの先程の様子からすれば、気安く話しかけるのは躊躇われたけど、このまま無言でいるのは、もっと気まずい。
「みんなして、どうかした?」
反応を示したのは類だ。
「牧野。俺、明後日からフランスへ行くことになったんだ」
フランス……あぁ、それで。と納得する。
「出張? それで来週のパーティーにも来られないの?」
「ううん、出張じゃない。フランス支社の重役ポストに就くことになった。最低でも二年は向こうかな」
────二年。
そうか、行っちゃうんだ。
司がいなかった時も、当たり前のように傍で支えてくれた類。
でも仕方がない。いつまでも子供のままではいられないのだから。
だから皆、言葉を失くしてたんだ。
漸くこの静けさの意味を理解する。
F4のこんな姿を前にも見たことがある。
司がNY行きを決めた時も、皆こんな険しい顔していたっけ。
分かってはいても、誰もが寂しいって気持ちが伝わってくる。
私だって、やっぱり……。
「寂しくなるね」
「…………寂しいって……、つくしには、司がいるじゃない」
呟いた私に向けられた責めの言葉は、いつもの滋さんの声からすれば小さなものだ。
でも、静まり返っているこの場では、全員の耳にも届いたのは明らかで、確認しなくても皆が息を呑んだのが気配で分かる。
見る間に広がった気詰りな空気。それを素早く払拭したのは、桜子だった。
「適齢期真っ只中にいると、捻くれた言葉の一つや二つ言いたくもなりますよね。目の前でイチャつかれるのに慣れている私でも、嫌味を言いたくなりますもの。要は、羨ましいって事です」
拾い上げるように美作さんが続く。
「桜子、お前は間違ってる。お前の捻くれ具合は、今に始まった事じゃない」
「ちょっと、失礼じゃありません? こんな良い女に対して、見る目無さ過ぎです!」
「自分で言うことからしておかしいっつーの」
「西門さんまで!」
桜子と美作さん、西門さんが盛り上げようと気を使っているのが良く分かる。
敢えて、それに気付かぬ振りして私も一緒になって笑っていると、桜子がさり気なく話を振ってくる。
「そう言えば今月末には、私達も撮影でパリに行くんですよ、ねぇ先輩!」
「そうそう、そうなの」
「じゃ、あっちで美味しいものご馳走するよ、今日のお礼に」
類が爽やかに笑って言うけど、それでは今日手料理を振る舞った意味がない。
以前にご馳走になったからこその、お礼だったのに。
「それじゃあ、今日のお礼の意味なくなっちゃうよ」
「その通りだ。飯なんか食いに行くなっ!」
今まで黙っていた司まで参戦し、いつものように騒ぎ出す。
「じゃあ、お茶にする?」
「ダメだ!」
「司には言ってないんだけど」
「うるせぇー。てめぇは向こうで仕事だけしてろ! つくしに構うな!」
「イヤだ」
わざとなのか、それとも本気なのか。
いつものように大きな声で制圧しようとする司と、静かにそれをかわして行く二人のやり取りは、お祭りコンビをも巻き込んで、さっきまでの澱んた空気を完全に消し去った。
こんな四人の姿も暫くはお預けだ。
寂しさを胸に置き、焼き付けるように四人の姿を目に映した。
険しい顔でお酒を呷る、滋さんの存在を視界の端で捉えながら。
「そろそろ、失礼しますね。道明寺さん、先輩」
男四人が落ち着きを取り戻した頃、桜子の一声で皆も帰り支度を始める。
「滋さん? 大丈夫?」
視線も定まらないほど酔っている様子の滋さんに声を掛けても、返ってくる反応はない。
「先輩、大丈夫ですよ。今夜、私の所で泊まらせますから。って言っても先輩のお部屋ですけど、良いですよね、先輩?」
「勿論。お願いね、桜子」
司と一緒に皆を玄関で見送る中、明後日には旅立つと言う類に司が声を掛けた。
「頑張って来いよ」
ふっ、と笑った類は手を挙げてドアを潜る。
けれど、ドアが閉まりかけた時、類がヒョッコリ顔を覗かせ、
「牧野がパリに来るの楽しみに待ってる」
「類、てめっ…………ったく、あいつ!」
言うだけ言って、司が怒鳴りだす前にドアは閉められた。
最後の最後まで司をおちょくった類だけど、もしかしてわざとだったのかもしれない。
湿っぽい別れになるのを回避するために……。
舌打ちしながら悔しがる司。
からかわれてる司を見て、思わず緩んだ口元をこっそりと隠し、玄関に背を向け部屋に戻ろうとした時だった。手を掴まれ温かい腕の中へと閉じ込められる。
「……寂しいか?…………類が行っちまうと」
寂しくないと言ったら嘘になる。
でも、いつまでも同じ場所へはいられない。
それを理解し、すんなり受け止められるくらいには、私もいい大人だ。
「寂しいけど、それは皆も同じでしょ? それに仕方ないことだしね」
「俺がいるだろ? つくしの傍には、俺がいる」
私の首元に顔を埋めて囁く司の声は、やけに弱々しかった。
だからか、司の言葉が私の中に染み入って来ないのは。
違う、そうじゃない
二人を引き裂く足音が、ゆっくりと、でも確実に近付いている、そう私自身が感じてしまうからだ。
類が旅立つように、人には向かわなくてはならない道がある。
司にも。多分、私にも。
そして、そんな二人が向かう先は、きっと交差しない別の道だ。
私は、胸の内を悟られないように、「そうだね」と、静かに顎を引いた。
✢
「おい、類どうした?」
それぞれの車を目前に、歩くのを止めた俺にあきらが振り返り言う。
「忘れ物した」
「忘れ物? そんなのあったか?」
「うん、ちょっと取りに行って来る」
「そんなのいつでも…………って、そうか」
いつでもいい時間が俺にないことを思い出したらしいあきらは、
「類、見送りには行けない。早いとこ仕事片付けて帰って来いよ。待ってる」
暫しの別れを口にする。
「司みたいに延長しないようにな」
「総二郎、不吉なこと言わないでよ」
あきらと総二郎と拳をぶつけ合い交わす挨拶は言葉少なく、だが、俺たちの間ではこれだけで充分だった。
友人達を乗せた車が走り出す。
暗闇に消えるまで見届けてから、くるりと身を翻す。
冷たい風に押されるように来た道を一人戻り、再び足を踏み入れたエントランス。
この地に忘れ物を残さぬように、ルームナンバーを押した。

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